冒険者学園には剣士科はもとより、魔法科や戦士科、罠師科や薬師科やなど色んな学科がある。当然、編入者の列もたくさんあって迷いそうだ。

 実際にマイカが案内してくれなければ、トゥールも迷っていたかもしれない。

「トゥールちゃんって剣士科の試験に受かったからここにいるんだよね? すごいね、トゥールちゃんの歳で試験に合格したなんて話聞いたことないよ。もしかしたら最年少かも」
「そうなんだ? 僕は免除してもらったから試験に合格したわけじゃないけど。それよりその『トゥールちゃん』って呼び方はやめてもらえないか? トゥールでいい」
「――『免除してもらった』? えっ? なんで? どうして?」

 トゥールの言葉に立ち止まって驚きを露にするマイカ。
 告げた本人であるトゥールの方が、マイカのそんな反応に戸惑った。

「なに? そんなにおかしなことなのか?」
「だってよほど有力な貴族の子どもか、五つ星以上の冒険者の推薦がないと試験の免除なんてされないんだよっ!」
「ああ、なるほど。僕のいも――知り合いが五つ星冒険者なんだ。それでその『推薦』って奴をしてくれたんだろう」

 トゥールは冒険者学園の編入に関し、完全にドロシーに任せっきりだったので事情はよく知らない。
 だがドロシーは冒険者の最高位を七つ星とした時、序列三位の五つ星だと聞いたことがある。マイカの話を踏まえれば、トゥールを冒険者学園に推薦して試験が免除されるようにしてくれたのだろう。

「大陸全土でも百人もいない五つ星冒険者に知り合いがいるの? すごいっ! 名前、名前は? 『銀星流風』のエルファ・ロッド様? それとも『氷結凍界』のツェッラ様?」
「え? あ、いや……ドロシー・ブラバースって名前だけど……」

 勢いよく顔を寄せて捲し立ててきたマイカに身を仰け反りながら伝えれば、彼女は息を止めるようにして目を見開いた。

「――『万能無比』のドロシー様? すごいっ! 学園の歴史上でも四人しかいない15歳以下の卒業者にして、弱冠十七歳で五つ星にまで至った桃色髪の才女。家柄も元帥魔軍大将の娘で『魅力的な冒険者ランキング』においても常に五本の指に毎回ランクインする美貌とスタイルの持ち主っ! 冒険者を目指す魔法使いなら誰でも憧れる存在なんだよっ? もちろん私も彼女みたいになりたいんだっ!」
「あ、あはは……そうなのか……」

(おお、よく回る舌だな……)

 早口過ぎてあまり聞き取れなかったトゥールは、マイカの滑らかな舌の動きに感心した。そしてそれと同時に、やはり彼女に似たウェルナのことをふと思い出して少し笑った。

「……ふふっ」
「――えっ? あ、またやっちゃった……有名な冒険者のことになると私ってばすぐに熱くなっちゃうんだ。それでよくみんなから怒られたり呆れられたりんだけど、気を悪くしちゃったならごめんね?」
「ああ、いや。マイカが僕の知り合いによく似ていて、なんだか楽しくなっちゃっただけさ。気にしないでくれ」
「そう? でもさっきも言っていたけど、そんなに私に似ている人かぁ。ねぇ、いつか紹介してよ。会えたら面白そう」
「――っ」

 そんな無邪気なマイカのお願いに、トゥールは何も言えずに立ち尽くす。
「それは無理だ」と言えばいいだけなのだが、その言葉を口から発することができなかったのだ。
 それを言ってしまえば最後、トゥール自身もウェルナに会うことができないことを認めてしまうようで、無意識に躊躇してしまったのだろう。

「――うん? あっ、ごめんごめん。剣士科の列に早く並ばないと遅れちゃうね。行こう、トゥールちゃんっ」
「……ああ、そうだな」

 押し黙ったトゥールに不思議そうな眼を向けた後、剣士科の列が長くなっていることに気付いたようにマイカが歩き始めた。
 トゥールもマイカに並びながら、気付かれないようにこっそりと溜息を吐いた。

(――踏ん切りをつけたつもりだったんだけどな)

 編入までの一ヵ月で、この身体になったこともウェルナが死んだことも、自分なりに向き合い折り合いをつけたはずだ。納得したはずだ。
 けれどウェルナの妹であるマイカと出会い、再び心が脆く揺れ動いてしまっている。我ながら本当に情けないことだ。

「どうしたの? ほら、こっちだよ」

 歩みの遅いトゥールを心配したように、マイカがこちらの手を握って先導してくれる。その手の温かさと柔らかな笑みをつくる横顔に、トゥールは言いようのない心地よさを感じた。

「今度は……絶対に守るから」

 別にマイカをウェルナの代わりにしようなんて思ってはいない。
 たとえ姉妹であったとしても、ウェルナとマイカはまったく違うのだ。代わりになんてなるはずがない。
 けれどそれでも、この身体はウェルナでできていて、彼女はトゥールの命の恩人だから。
 妹であるマイカを守ることは、きっとウェルナへの恩返しになるはずだから。

「――何があろうと、マイカは僕が守るから」
「……うん? どうしたのトゥールちゃん? 今、何か言った?」
「いや、別に。なんでもないよ」

 自分ともう一人(・・・・)にしか聞こえないように呟いたはずの誓いの言葉は、マイカの耳にも微かに届いてしまったようだ。不思議そうな顔で見下ろしてくる。
 そんな彼女を見上げながらゆっくりと首を横に振り、微かな笑みを浮かべたトゥール。
 しかしすぐに真顔になると、トゥールは改めて注文した。

「なぁ? お願いだから『トゥールちゃん』はやめてくれないかな? トゥールでいいって」
「うーん……」

 そんなトゥールに対し、握っている手と反対側の掌の指を顎に当てて思案したマイカはにっこりと微笑んだ。

「いや。『トゥールちゃん』の方が呼びやすい」
「……は、はは」

(――もう勝手にしてくれ)

 なんだかその笑顔に毒気が抜かれしまい、彼女に呼び捨てで呼ばせることは諦めた。