「もういい。トゥール、貴様には何も望まん。もはや顔も見たくない」
「――っ? ち、父上?」

 魔法の練習の際に意識を失い、いつの間にか運ばれていた部屋のベッド。
 そのベッドの上で、先日十歳になったばかりのトゥールは父が放った言葉に頭の中が真っ白になる。そして父が自分に向けるゴミを見るかのような視線に、意識せず唾を飲み込み喉を鳴らした。

(……ああ、そうか。ついに、この日が来たのか――)

 真っ白になったはずの頭の中に冷静さが戻ってくると同時、驚きはしたものの半ば得心のいく思いをトゥールは抱いた。

 軍国主義であるフェルエルス皇国において、魔法使いの名門とされるブラバース家。
 その長男として生を享け、当主の証とされる赤髪を有しながら、彼――トゥール・ブラバースはどうしようもなく落ちこぼれであった。
 常々自覚していたことだが、根本的に『魔法使い(・・・・)』としての才がなかったのである。

 生まれながらにして病弱で身体が脆く、魔法使いなら誰でも片手間に使える魔法さえ満足に行使できなかった。

 別段、トゥールの魔力量に問題があったわけではない。むしろ歴代に渡って優れた魔法使いを輩出してきたブラバース家の中でもおいても、トゥールの魔力量は際立っていた。だからこそ、父は今まで我慢しながらもトゥールを傍に置いていてくれたのだ。

 だが、どれだけ魔力量があろうとも――。
 どれだけ若くして魔法の知識が一端になろうとも、魔法そのものが使えなければ魔法使いとしては落第だ。

 小さな火を生み出せば貧血を起こし、些細な風を呼び出せば気を失う――。

 トゥールの身体は魔法使いとして一番肝心である、魔法を発動させる機能に初めから欠陥を抱えていたのである。

 父はトゥールがいつか丈夫な身体となり、優れた魔法使いとして開花することを信じ今日まで待ってくれた。しかしそれでも一向に見込むことのできない出来損ないの長男を、ついには見限ることにしたのだろう。
 魔法使いとしての矜持を何よりも重んじるブラバース家の現当主にとって、魔法の使えない嫡子など言語道断なのだ。

「トゥール、貴様には辺境にある書庫代わりの屋敷をくれてやる。世話をする小間使いもつけてやろう。だから金輪際、私の前に姿を見せるな。貴様はそこで一生を終えろ」
「そ、そんなっ! お待ちください父上っ! うくっ、こほっ、こほっ……」

 素っ気なく踵を返した父を呼び止めようとし、咳き込んでしまったトゥール。
 そんな彼を、父は氷のような眼差しで忌々し気に見下ろした。

「……これが、私の息子だというのか? こんなものが……こんな出来損ないが――」
「ぐぅ、こほっ、ち、父上――」
「黙れっ。私はもう貴様の父親ではない。『父上』などと呼んでくれるなっ、虫唾が走るっ!」
「そ、そんな。僕は父上の……」

 あまりの言い様に、言葉がつかえて出てこなくなってしまう。
 涙で視界が滲み、ぼやけた姿の父が――父だった男が部屋の扉を勢いよく開け、振り返ることもなく出て行った。

「――私には最初から息子などおらんかったのだ。時間を無駄にした」

 そんな捨て台詞だけを残して。

「父上……父上っ!」

 ゆっくりと閉め切られた扉へ、トゥールは出せる限りの大声で呼びかけた。
 もしかしたら、父が再び戻って来てくれるのではないかと一縷の望みを込めて――。

 半時が、一時が――そして数時間が過ぎてもトゥールはずっと扉から目を離せずにいた。
 扉から目を逸らした瞬間に、現実を受け入れた瞬間に本当に取り返しのつかないことになってしまいそうで怖かったのだ。

 いったいどれだけそうしていただろう。
 愚直に見続けていたトゥールに応えるかのように、ゆっくりと部屋の扉は開かれた。けれどもそこから顔を覗かせたのは待ち続けた父ではなく、古くからブラバース家に仕える侍女のレラであった。

「坊ちゃま……」

 辛そうな視線をこちらに向けるレラに、トゥールはここでようやく顔を下へと伏せる。レラのその表情で、すべて解ってしまった。否が応でも理解させられた。

「そう、か。本当に、僕は父上に捨てられたんだな。は、はは」
「――っ」

 乾いた笑い声が自然と漏れ、それに対するレラの息を呑むような気配が、トゥールの惨めさをいっそう掻き立てた。

 両手の人差し指にそれぞれ嵌められた、魔法の使用を補助する指輪。その指輪を見ながら、トゥールは自分の視界が再び滲み始めたのが分かった。
 
(僕は……これからどうなるんだ? これから……どうすればいいんだ?)

 父からの一方的な絶縁宣言。
 それは十歳になったばかりの少年が受け入れるには、あまりにも残酷な現実であった。