四角く切り取られた画面上に、赤い瞳の小さな黒ウサギがいる。黒ウサギは狭い真四角の部屋の中を行ったり来たり、ときおり毛繕いをしたりしていた。

 この黒ウサギは、スマートフォン向けSNSアプリ『HAKONIWA』のアバターである。

 このアプリでは、アカウントを作成すれば自分のアバターを自由に作ることができ、同じアプリを使用する日本中の人たちとコミュニケーションをとることができるのだ。

『HAKONIWA』上で黒ウサギを名乗るその人物は、くるぶしまである黒のロングパーカーワンピースを着て、ソファに寝そべっていた。パーカーのフードには、画面の黒ウサギと同じふわふわのうさ耳がついている。

 アプリ画面とよく似た真四角の空間を支配するのは、大音量で流れるラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』。

 音楽に紛れて、ピコン、という機械音がした。見ると、黒ウサギの元に一件のメッセージが届いていた。
『ミカワさんにフォローされました』
 細く長い指先が、通知をタップする。画面が切り替わり、泣き顔のピエロのアバターが現れた。すぐに新たなメッセージが届く。
『あなたが噂の黒ウサギさんですか?』
 その問いかけに、黒ウサギは『いかにも』と、短く答える。
 会話は続いた。
『実は、お願いがあるんです』
 その文字を見て、黒ウサギはにんまりと口角を上げて笑った。

 数度のやり取りを終えると、泣き顔のピエロは退室した。

 それまで画面上でくつろいでいた黒ウサギの耳が、ぴんと立った。赤い瞳が怪しげにすうっと細められる。
『さぁ、ショータイムの始まりだ』
 黒ウサギは、部屋の隅にあったカラフルなおもちゃ箱を漁り、真っ赤なボウリングボールを取り出した。黒ウサギの赤い瞳によく似た、深い色をしている。まるで、動脈から抜いたばかりの鮮血のような。

 黒ウサギは、まんまるの手でボウリングボールを掴み、かまえる。
 画面上には、『LADY』の文字。
 黒ウサギは、持っていたボールを素早くスライドさせた。
『COROCOROCORO……』
 黒ウサギの手から離れたボールは、画面上をまっすぐに滑り、やがて……。

『BAN!!』
 ビィーッというけたたましいアラーム音とともに、画面上に真っ赤な文字が浮かび上がった。
『おめでとう! ジャックに成功したよ!』
 黒ウサギは赤い瞳を嬉しそうに細めて、ぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。

 直後アラーム音は消え、画面は真っ暗になった。