日を追うごとに近付いてくる卒業式。そんなある日

「ちょっと皆に聞きたいことあるんだけど」

そう言って私達を手招きしているのは同じゼミで4年生の小林くん。

「どうしたの?」

こう尋ねたのは同じく4年生の芽衣。

「もうすぐ俺らって卒業するじゃん?だから、皆ってどこに就職すんのかなって思って」
「確かに!就職先がお互い離れてたら、中々会いにくくなるもんな!」
「悠真!そうだよ!!そういうこと!」

すると、皆は納得したように口々に自分たちの就職先を言い始めた。ちなみに私は経済学科なのに会計士でも、銀行でも、市役所でもなく、一般企業に勤めることになっている。周りが話している中、一人何も喋らずにボーッと突っ立っていた私のことを不思議に思ったのか、小林くんが直接話しかけてきた。

「咲良さんはどこに行くの?」

まさか小林くんに話しかけられるとは思ってもいなかった私は、驚きながら答える。

「あー、えっとね……ァ、アサハネってとこ」
「アサハネ……?え!もしかしてあの企業?確か、スマホとかの……」
「うん!そうそう、そういうやつのプランを立てて提供したり、ウイルスとかに対応したりする、インターネット関連の企業だよ」
「えぇ!凄いじゃん!!その企業めっちゃ有名だよね!頑張って!!」
「ありがとう」

そう、私が勤める予定の企業は何を隠そう、日本でトップ10にも入る大企業なのである。
4年生の皆で幾らかお喋りをした後、私はこっそりとその場を抜け出して近くの公園へ行った。一人になるとやっぱり考え事をしてしまう。
空一面、雲で覆われていたけれど、逆に今はそっちの方が落ち着く気がする。もう3月の初めなのに、まだ寒さを感じる風に吹かれながら空を見上げていると

「璃奈ー!!」

ふと、耳元によく馴染みのある声が聞こえてきた。
別に私は逃げないのに、何故か全速力で走り寄ってきた悠真が肩を上下に動かしながら私の隣に座る。

「どうしたの?笑」
「いや、何でもない」

何でもないって言ってるくせに、まだ肩を上下に動かしながら息をしている悠真は、一体何なんだろう。

「嘘だ。じゃあ何で走ってきたの?」
「……あのさ」
「うん」
「璃奈なんかあった?」

あー前にもこういう事あったなと不謹慎にも話しながら思う。

「何もないよ。何で?」
「あ、えと、何かよく分かんないんだけど、なんとなく璃奈が拓哉と話してるとき、少し悩んでそうな顔してた気がしたから」

小林くんと話してるときに……って何故か昔から悠真はこういうのに鋭いんだよな……。

「えーそうかな?」
「うん」
「けど大丈夫!ちょっと就職したときのこと考えたらやっていけるか不安になっただけだから!」

悠真に心配させたくなくて、誤魔化してしまった。

「璃奈なら大丈夫だよ。他には?」
「他?ないから大丈夫!」
「ほんとに?」

悠真はまだ疑ってくるけど、私は何があっても今すぐ話す気はない。

「うん!」
「……分かった。でも、ほんとに悩み事とか何かあったら相談してよ……絶対に」

それでもまだ疑ってるようだった。でも、私の考えてることが分かったのか、渋々とだけどこれ以上詮索するようなことはしてこなかった。

「はーい!ありがと!!」
「おう!じゃな!!」
「うん!じゃねー!!」

多分バレてるだろうな……。嘘ついてること。なのにあんまり追及してこないから、ありがたいんだよね。流石、悠真……だよね。
昔も悠真と同じ会話したもんな。


---およそ5年前---

これは私が高校二年生だった時のこと。
成績が思うように上がらなかったり、友達と話しててもうまく話せていないように感じたりして、私は悩んでいた。
“どうせ私なんか”とか
“どうせ私はバカだから”だとか
成績が上がらない理由を全部“どうせ”と自分を卑下するような言葉で片づけたり
“何で上手く話せないんだろう”
“私って何なんだろう”
“私って友達なのかな”
“寂しい”
“私は……誰?”
友達と一緒に話していても何故か疎外感を感じて、考えれば考えるほど自分のことが分からなくなって、しまいには
“私って必要なのかな?”
とまで思ったりしていた時に悠真が話しかけてくれた。

「咲良」
「ん?」
「ねぇ、何かあった?」
「え?」
「咲良の顔が……何だか思い詰めてるように見えたから」

その時はどうしてそんな事を聞くんだろうと思っていたけど、今なら分かる。悠真は私の事をほんとにただただ心配していただけなんだって。でも、それを分かっていなかった当時の私は

「別に。何もないよ」
「ほんと?」
「うん、ほんと。ほんとに何でもないから気にしないでよ!」

こう、突き放すような事を言ってしまった。

「そっか……。ごめんね」

悠真は少し傷ついたよう表情で寂しそうに笑った後、戻っていった。
もしあの時話していれば、少しは私も変わっていたのかな。
高校生の頃、倫理を習っている中で読んだ教科書に出てくる本文の一部をふと思い出した。
「青年期は傷つきやすい心を持つ同様の時期でもある。心や身体の急激な成長につれて、友情、愛情、家族間など様々な人間関係の中で心が揺れ、感情の起伏(きふく)が激しくなり、孤独感・不安感・劣等感などの情緒に苦悩する。」
これを習ったとき、私が今まで感じていたことの理由が腑に落ちて安心した。“あぁ、私はおかしくなかったんだ……”と。だから、きっと青年期が終われば、この悩みも消えると思ってた。孤独感・不安感・劣等感などが消え去るだろうと。教科書に載っていたエリクソンのライフサイクル論には青年期は13~21歳位と書かれていた。もうすぐ私は22歳の誕生日を迎える。そうすると、青年期は過ぎたことになる。——そのはずなのに、私は当時と少しも変わっていない。大学は凄く楽しいはずなのに、ふとした時に
“寂しい”
って感じる。それに
“私がいる価値や意味ってあるのかな”
“私って何だろう”
これをずっと考え続けてる。
今日も私は、自分の事が分からないまま話していた。就職先だって、既に決まっているのに今もずっと何処で働こうか悩んでいる。
私の心は今も高校二年生の時のまま何も成長していない。
——私は、そんな自分が大嫌いだ。