スピナーの腹の中で、裸にひん()かれて朝を迎えたレイナード。全身に血と獣臭さがこびりつき、服と顔を洗う。

 肌着だけはなんとか履いているが、動いていようが寒さで奥歯を震えさせる。

 その間、スピナーの背に残った薪を集めてディアナは手際よく火をつける。その仕草は石弓(いしゆみ)で倒れる前の日と同じである。

 震えながら飛び散る火の粉に騒ぐレイナード。

 ディアナは持ち前の力で地竜の屠体(とたい)を転がして、分厚い皮を剥ぎ取る。ひと仕事終えると、鍋に雪を入れて湯を沸かし、地竜のふとももの肉をくり抜いた。

ディアナ「これを朝食にしよう」

レイナード「服を着ろ! せめて下着を」

ディアナ「育ちがいいと小うるさいな」

 ディアナはレイナードの小言を皮肉って笑った。しかしレイナードはそんな侮辱にもまったく反応しない。

レイナード「…これからどうしたらいい?」

 頭を抱える。

ディアナ「私に思考を(ゆだ)ねるのか?」

レイナード「そうじゃない…
      そうじゃないが…
      どうすればいい?」

ディアナ「まずはごはんだ。
     腹が減れば思考は(にぶ)る」

 ディアナは荷物の中から余っていたパンを投げつける。当たるとやはり石のように痛いのでレイナードが半泣きで騒いだ。

 食事を終えるとレイナードは、半乾きの服で薪を集める。雪の重さで折れたばかりのものは使えない。雪ばかりの土地で、乾いた木を探すのは難しい。

 薪を探していれば考えが整理されると思っての行動だった。冷え切ったスピナーの腹の中で、きょうの夜を越えるのはもう難しい。それにディアナが毛皮を剥いてしまっている。

 歩いて街へ向かったところで、まだ雪が深く足元が悪い。夜までにたどり着けるかも怪しい。

 ディアナは川岸で、スピナーから剥ぎ取った皮にこびりついた脂や肉を取り除き、毛皮を作ろうとしていた。

レイナード「毛皮なんか作ったところで
      ひと晩越えられるものか」

 その上、毛皮は丸一日掛けて完成するほど容易なものでもない。非現実的な行動に不満が声に出た。

レイナード「あいつが、天竜だなんて――」

 雪の上を大きな影が走った。空を見ると1頭の飛竜。

レイナード「昨日のやつか!」

 見上げたところでまた石弓(いしゆみ)の矢が飛んできた。矢は隣の木に突き刺さる。

レイナード「まずいっ! ディアナ!」

 林に逃げ込み、川沿いを走る。雪の中では上手く走れないが、相手も林の隙間に飛竜を飛ばすことはできない。

レイナード「ディアナー! 敵だっ!
      早くっ、隠れろぉー!」

 息も絶え絶えに叫ぶ。川にいれば空から見つけやすく、見つかるのも時間の問題だ。

 しかし手遅れだった。

 偵察の飛竜はすぐにディアナを見つけ、第2射を放った。だがディアナの行動はそれよりも早かった。

 天高く跳躍し、飛竜の頭をゆうに越え、竜の太い首を()じ折った。搭乗していた竜騎兵は放り出され、岩に身体を叩きつけられる。

レイナード「ディアナ!」

ディアナ「うるさい!
     わめくと連中にまた見つかる」

 竜騎兵は岩の上で、虫の息であった。

ディアナ「こいつ、どこの誰かわかるか?」

レイナード「知るわけないだろ」

 しかし、服装を見ても、汎用(はんよう)的な防寒着であり、国を示すものも見当たらなかった。

ディアナ「傭兵(ようへい)か?」

レイナード「おい! なんで俺を…
      我が国を狙った」 

ディアナ「私も狙われたが?」

 竜騎兵は右腕と背骨を強く打ち付けて、肺を損傷するほどの重症を負っている。

竜騎兵「はぁ…誰だ…お前は…」

ディアナ「元気なやつ」

レイナード「王子のレイナードだ。
      貴様はどこの所属だ!」

竜騎兵「死にぞこないの…王胤(おういん)か…」

レイナード「国は! 王はどうなった!」

竜騎兵「ははっ…がはっ…」

 昨日のディアナと同じように竜騎兵は血を吐き続け、白目を()いてもはや息をするのも難しい様子であった。

ディアナ「楽にしてやってもいいが、
     こいつはこのまま川に流せ。
     事故死を装えば捜索はされまい」

レイナード「でもなっ!」

ディアナ「感情的になっても
     なにも解決しない。
     荷物はありがたくもらっておこう」

 死んだ飛竜の背負っていた竜騎兵の荷物には、兵士と飛竜の糧秣(りょうまつ)があった。

ディアナ「やっぱり鶏肉があるな。
     それに変なパンだ」

レイナード「干し葡萄(ぶどう)だ。南部人か…」

ディアナ「飛竜を使役してれば、
     それくらい誰だってわかる。
     干し葡萄(ぶどう)なら我らの国でも
     食ったことあるだろう。
     それに高かったぞ」

レイナード「軍のパンに入れるなんて、
      金があるのか」

ディアナ「土地柄で安く手に入るだけだ。
     毛皮作りも()いてきたし、
     そろそろ雪の家でも作るか。
     おい、レイナード。薪は集めたか?
     私はちゃんと食料を手に入れたぞ」

 レイナードは瀕死(ひんし)の兵士を、言われたとおり川に落とした。

レイナード「俺は報復すべきか…」

ディアナ「レイナードがそうしたければ、
     勝手にすればいい」

レイナード「なら協力してくれ、ディアナ。
      お前は天竜なんだろ?」

 飛竜よりも高く跳躍する能力があれば、まだ若いレイナードでもその願いは簡単に叶えられる気がした。しかし、ディアナの返事はレイナードの望むものではなかった。

ディアナ「いやだね」

レイナード「なんでだ?
      あいつらはスピナーの(かたき)だろう」

ディアナ「スピナーはちゃんと(とむら)った。
     他者の死をお前の都合で(もてあそ)ぶな」

レイナード「それは…すまない」

ディアナ「それに、つまらないだろ。
     人間同士のケンカなんて」

レイナード「つまらない…?」

ディアナ「そうだ。お前らはつまらない。
     殺し、殺されをいつまでも
     ねちねちと繰り返す連中だ。
     無能なお前なんて
     ここに捨て置いて、
     いっそ他所の国で竜屋として
     過ごしていたほうがマシだ」

 岩に腰掛けて頭を抱える。ディアナの言う通り、レイナードは思考を他者に(ゆだ)ねている。知りえない相手への報復も、皮相(ひそう)模倣(もほう)である。