日が傾き、夜の暗闇が森を覆う。それにも増して、月光がディアナを赤く照らした。

レイナード「なんでこんなことに…」

 天竜の滝に近づくとスピナーも、いくつか石弓(いしゆみ)の矢を受けており、川沿いで弱々しい息を吐いて地に伏せた。

レイナード「スピナー! お前まで…!
      起きてくれ! ディアナ!」

 ディアナもスピナーの背の上で、(うつ)ろな目をしたままわずかに息を吐く。腹部にも矢を受けており、スピナーの白い毛を赤黒く染めた。

レイナード「おい! ディアナ!
      しっかりしてくれ!」

 瀕死(ひんし)のディアナの上半身を起こして、レイナードは無意味な行為を自覚する。

 くしゃくしゃになって泣き叫ぶレイナードの顔に、ディアナの血と毛だらけの手が触れる。毎日手綱(たづな)を握った硬い手で、朦朧(もうろう)とする意識の中でレイナードの頬に触れ、弱々しく撫でた。その手はすぐに力を失う。

レイナード「俺をひとりにするな!
      一緒に南に行くんだろ!」

 レイナードはディアナの亡骸(なきがら)を抱きしめた。力なく、血を失い、熱を失いつつある彼女を抱いて、これから先の運命さえも受け入れず、思考を停止させていた。

 そんなレイナードを叱責(しっせき)するかのように、ディアナは彼を突き飛ばした。

 レイナードはスピナーの背から回転して落ち、ディアナの血と、雪と泥に再びまみれた。

 ディアナは月光の中、スピナーの背の上で立ち上がり、首にささった弓を抜き取った。それから腹に刺さった弓も抜いた。

 ディアナはレイナードを見下ろして、また白い息を吐く。

レイナード「ディアナ?」

ディアナ「許可なく私に抱きつくな!」

 ディアナもスピナーの背を身軽に飛び降り、大きな顔に向かいヒゲを、頬を力強く撫でた。

ディアナ「よくやってくれた。
     私の同胞(はらから)

 スピナーは起きない。何度撫でても、呼びかけても、鳴くことも、匂いのする息さえも吐かない。

 ディアナは腰のナイフを抜いて、力を込めて首を切る。

レイナード「なにを…?」

ディアナ「(とむら)いだ。静かにしろ」

 スピナーの血で雪が溶け、地面が赤く染まる。

 スピナーの身体にナイフを突き立て、厚い皮を切る。ディアナは地竜の巨体など物ともせず、スピナーを横倒しにする。

 それからさらに腹を割ると、大量の内臓を抜き出し、いくつかの部位を見定め、ディアナは生のままかじった。

ディアナ「お前も食え。これはまだ食える」

 地竜の大きな肝臓(かんぞう)。レイナードは目の前で起きていることが理解できないまま、弱々しくかじりついた。まだほのかに温かいが、血の、鉄の味しかしなかった。

ディアナ「おい、レイナード。
     凍死(とうし)したくないだろ。
     こっちへ来い」

 信じがたいことが起きている。目を皿にして、ディアナと共に、亡骸(なきがら)となった地竜の腹の中の、抜かれた内臓の隙間に入った。

 寒さが和らぎ、肉に残った熱が冷え切った手足を守ってくれる。

ディアナ「ふっ…これがスピナーの最期だ」

 暗闇の中でディアナが言った。泣いているようにも、笑っているようにも聞こえる。

レイナード「ディアナ。
      きみは…大丈夫なのか?」

 震える声でレイナードは言った。

ディアナ「当然だ。
     殺されても死なん。
     なんせ私はお前たちの言う
     天竜だからな」