荷物は血抜きされた裸の鶏と、パン、それから大量の薪だった。ディアナはナイフで薪を削ぎ、花びらのように割いてから着火する。そうすることで空気が通りやすく、燃えやすい。

 レイナードが積んだ石の上に鍋を置き、雪と一緒に鶏肉も入れた。鶏肉は凍っている。

レイナード「がさつな料理だ」

ディアナ「それはスピナーの食事。
     レイナードはこれ」

 投げ渡された石にそっくりのパン。レイナードはためしにかじってみたが、固くて食えたものではない。

レイナード「なんだこれは。
      本当に食い物か」

ディアナ「ふひひっ。
     それは湯にひたして食うんだ。
     軍が使うただの携行食だからな」

レイナード「こんなもので
      腹を満たしたところで、
      士気が高まるものか」

ディアナ「そう思うんなら、
     あんたが国を変えればいい」

レイナード「なんで俺が?」

ディアナ「説明しないとわからない?」

 竜に乗せ、観光で金を稼ぐディアナは、レイナードの事情を知りはしない。レイナードには兄弟がおり、軍事に関われるほどの権利は持ち合わせていない。それが劣等感となっていたが平民相手に説明など、レイナードのプライドが許さなかった。

レイナード「くっ! お前ってやつは…」

ディアナ「私の名前は、お前じゃない」

レイナード「なんと言うんだ」

ディアナ「知らないんじゃなくて
     忘れたんでしょ。
     竜屋で呼ばれてたのを
     聞いてたくせに」

 両のまぶたを強く閉じ、眉間に小さくシワを寄せて、ディアナの正論をこらえた。

レイナード「…すまない。
      ならば改めて聞かせてくれ。
      名前はなんというんだ」

ディアナ「そうそう。最初から
     そのくらい素直になればいいのに」

レイナード「名前は!」

ディアナ「ディアナ。姓はない。覚えた?」

レイナード「覚えた! 覚えた!」

 パンにナイフで切り込みを入れ、沸いた湯に浸して柔らかくする。それから解凍した鶏肉の足を切り落として、皮と身を挟みレイナードに渡した。

レイナード「いいのか?」

ディアナ「自分が客なの忘れてるでしょ。
     だからいいんだよ」

 鶏肉は生臭く、パンは砂のような味がしたが、香辛料が効いていて身体の中から温かくなり、口の中で溶ける。

ディアナ「スピナー! まだ熱いぞ?」

 ディアナに名前を呼ばれた地竜が、湯気を立てて口を大きく開ける。雪に落とされた片足の無い鶏肉を口に入れると、その熱さに口を何度か開閉を繰り返す。

 鶏肉の骨ごとバリバリと噛み砕き、満足そうに金の目を細める。

ディアナ「もうないから、
     ちゃんとしたごはんは帰ったらな」

 鼻の横から伸びるヒゲを根本から撫で、ディアナは自然とやわらかな表情を見せる。やがて両腕で撫で、乗り上げると手足を使って全身で撫でる。そうしてるうちに白い毛だらけになる。

 竜とともに育った女。

 レイナードもにわかには信じがたいが、彼女のその表情は、自分に向けられたものとは違うのがわかった。