レイナードは恥辱(ちじょく)排尿(はいにょう)を済ませ、汚れた顔を袖で拭いてから、再び地竜の背に乗った。

 ディアナは気分良く鼻歌を歌う。レイナードはもう何も言わず、黙って前方を見つめる。

 地竜はゆっくりと歩く。背に乗れば、一歩ごとに大きく揺れ動くが、下を見ていた時よりはマシだった。しかし、緊張感で吐き気は耐えない。

ディアナ「見ろ、もうじき天竜の滝だ」

 川沿いに作られた竜の道。その先には切り立つ崖が遠くに立ちはだかる。成人のパレードを前にしたレイナードは、この地に初めて踏み込む。荘厳な自然の景色に息を呑む。

レイナード「…天竜は、本当にいるのか?」

ディアナ「なに? まだビビってるの?」

レイナード「ビビってないと言ってるだろ」

ディアナ「こんなとこにいるわけないって」

レイナード「俺をたぶらかすな。
      何度かここに来てるはずだ」

ディアナ「ひとの言葉を操り、
     竜を殺す力を持つ。
     そんな伝承なんて作り話だ。
     それじゃああなたたちの国なんて、
     あっと言う間に滅んでる。
     竜を(まつ)る民たちが、
     (いまし)めに作ったんだろ?
     竜に悪さしちゃダメだ、
     って具合に」

 人も踏み込めない巨大な崖から、流れ落ちる天竜の滝。瀑布(ばくふ)が作る一本の巨大な線が、生命のようにも見え、人々は畏敬(いけい)の念でそう呼んだに過ぎない。

レイナード「不信心者め」

ディアナ「あのな。私はここらで
     生まれ育ったからわかるんだよ」

レイナード「こんなところで?」

 植物さえも()てつくような環境で、にわかに信じがたいことを言った。

 真冬であれば、このあたりで一夜を明かすこともままならない厳しい環境。

ディアナ「それじゃあ
     竜に育てられたなんて
     言ったところで信じないだろ」

レイナード「こいつに?」

ディアナ「スピナーは私のきょうだい。
     ほかにも居たけど覚えてない」

レイナード「信じられるか…」

ディアナ「言っただろ。
     信じなくていい。
     竜と民にかしずくのが
     あんたら王族の役目だ」

レイナード「くっ…逆じゃないか」

ディアナ「あんたは成人し、これから
     数十万の民と竜たちの
     命を預かるんだ。
     天竜なんてもんは
     気休めに過ぎない。
     まあ、自分の治める土地を
     見限るんであれば別だけどな」

レイナード「好き勝手言ってくれる…」

 天竜はただの巨大な滝でしかない。見上げた滝にレイナードは白い息を吐いたが、伝承どおりの竜など存在せず、肩透かしを食う。

ディアナ「ふひひっ。
     おかげで気休めにはなっただろ」

レイナード「自分の小ささが身にしみる」

ディアナ「愚息(ぐそく)の話か?」

レイナード「違う! 断じて違う!」

 ディアナはレイナードを背から降ろし、竜屋を出る前に積んだ荷物を降ろす。

ディアナ「さぁ、ごはん食べたら
     さっさと帰るぞ。
     レイナード」