天竜の滝からの帰路、降雪に阻まれたが、3日かけて国まで戻ってきた。しかし、記憶にある国の姿はもうそこにはなかった。

 木造家屋は焼け落ち、石造りの古い家も使役竜によって破壊され、あたりは煤で汚れている。

 国の象徴であった城の尖塔(せんとう)はどれも破壊され、崩壊している。

 道端に死体が転がり、燃えた人間は炭化し中から腐敗する。刺し殺された母親の横では、幼い子供が指を加えて凍死(とうし)している。

 生きた人間も、生きた竜もいない。

 ディアナは竜屋の大きな看板を拾い上げたものの、炭化しており自重で崩壊する。

ディアナ「竜は連れ去ったか…」

 連れされた足跡を見ると、やはり南方面へと伸びている。

レイナード「ダメだ…誰も」

ディアナ「火竜だな」

レイナード「火竜?」

ディアナ「気性の荒い大型竜だ。
     旦那いわく、使役が難しいらしい。
     中央の希少種だが、
     これは1頭2頭の仕業ではない」

レイナード「繁殖させたのか?
      国を襲うために」

ディアナ「可能性はある。
     気性が荒いやつは元来、
     性欲旺盛(おうせい)だからな」

レイナード「それなら、そいつらが(かたき)の国か」

ディアナ「まだ(かたき)討ちとか考えてるのか…」

 ディアナが挑発的に息を吹きかけた。

レイナード「ちが…おかげで手がかりが、
      わかったってだけで」

ディアナ「手がかり…まあそうだ。
     火竜の肉は食ってみたい」

レイナード「はぁ?」

ディアナ「地竜はもう食べたからな。
     それに希少種というのだから、
     火竜はさぞ珍味なんだろう」

レイナード「美味しくはないと思う。
      だからひとの手で
      繁殖させなかったんだろ」

ディアナ「そういう考えもあるか。
     ならばあの飛竜も、試しに
     食ってみればよかったな。
     しかし鶏肉には勝てまい…」

 竜舎は燃えて、ディアナの私物も残ってはいない。残ったのは背負っている同胞(はらから)の毛皮だけ。しかしここには彼女にとって、それよりも大事なものがあった。あるはずだった。

ディアナ「あーっ! なんで!
     私の鶏小屋が壊されてるぞ!」

 当然ではあったが、地竜たちと同じく鶏はすべて奪われて、それどころか小屋も火をつけて破壊されていた。

ディアナ「許さん…っ!
     おい、レイナード!
     これやった犯人を見つけてやる!」

レイナード「ディアナにも執着(しゅうちゃく)があるのか」

ディアナ「当然だろっ!
     天竜の宝を踏みにじった罪だ。
     私がこれを許すわけがない!」

 人間同士の戦争には無関心だった天竜、ディアナはいつになくやる気をあらわにした。


 (序章『天竜』終わり)