宰相(さいしょう)「レイナード王子も
   もうじき成人を迎えられる」

竜屋(りゅうや)「ははぁ、それでレイナード様を
   地竜に乗せてパレード、ですか」

宰相「左様。しかし王子は
   まだ搭乗経験がないのでな」

竜屋「王家が竜に乗るとは時代ですな。
   昔は瘴気(しょうき)の元なんて言われたものだ」

宰相「まったくだ。
   私の時代では考えられんよ。
   しかし、これも王家の意向だ。
   年寄りが口出しすべきことではない」

竜屋「いや、まったく。年を食うとすぐ
   小言が増えていかんですな」

 ふたりは身分は違えど、同じ高齢の身を笑い合う。

宰相「王子に似合いのものはあるか?」

竜屋「では、あの子に任せましょう。
   大人しくて賢く、若い娘です」

 宰相の後ろで退屈そうにしていた王子レイナードの前に、巨大な竜たちが並ぶ。雪深いこの国でも竜たちの群れが放つ熱で、一部の雪は溶けている。つややかな黒い髪の王子は、独特の匂いと熱気に鼻を塞いだ。

 竜屋が指し示した先は、白い体毛を持つ竜。長い鼻先がキツネのようにも見える外見だが、その体長は大人十数人分に匹敵する。空を飛ぶための羽はなく、地竜と呼ばれる竜の種類である。尾はとても太くて大きい。

宰相「白い地竜とは、これは美しい」

竜屋「ディアナ。ディアナ!」

 主人に名前を呼ばれたにも関わらず、白い竜の首はそっぽを向いた。宰相はこの賢くない竜に良い顔をしない。しかし、ディアナは竜の名前ではなかった。

ディアナ「なんですか、旦那(だんな)ぁ」

 竜の背の体毛から、金の髪をした女が出てきた。年の頃は王子と同じ、成人前後である。

竜屋「降りてこい。上客だ」

 ディアナは竜の背を軽く叩くと、白い竜は地に伏せて、彼女を地面に降りやすくした。ディアナは道具もなしに器用に地竜の身体を滑り降りる。

 ディアナは下町で働く娘だが、客商売故に身なりはそれなりに整っている。レイナードは自分よりも背が高い彼女が気に入らなかった。

ディアナ「お客さん、どちらまで?」

竜屋「旅の客じゃない。
   王子に竜の乗り方を教えてやれ」

ディアナ「王子ぃ?」

レイナード「この女が?」

 露骨に不満をあらわにしたレイナードの顔に、ディアナは息を吹き付ける。

レイナード「うぁ! なにをする!
      無礼な」

ディアナ「竜は繊細なんですよ。
     そんな態度ではこの子に
     嫌われてひと噛み。
     気をつけてください、王子さま」

竜屋「こりゃ、ディアナ」

 ディアナは叱られても満面の笑みで謝るので、竜屋の主人はこの若い娘に何も言えなくなる。

宰相「大丈夫ですか?」

竜屋「いや、ディアナの言う通り。
   竜は巨大であっても繊細です。
   扱いを間違えれば、ほれ」

 依頼主の心配は当然のことである。しかし竜屋は慣れたもので、懐に入れていた自らの失った右手首を見せる。王子は手首の先を見て血の気が失せた。

竜屋「この地竜もおとなしい子なんで、
   天竜様への挨拶なら何度もしてる。
   この子らが一番の適任でさ」

宰相「ならばよいが…。
   事故があっては困るからな。
   荷は多めに積んでくれよ」

ディアナ「ふひひっ…。料金割増~。
     それではよろしいですかな?
     王子さまは」

 王子であってもまだ幼く、巨大な竜を目の前にして(ひる)む。そんなことを気にせず、奇妙に笑ったディアナは大きな革紐を持ってきて、地竜の腹に巻きつけた。

ディアナ「おい、スピナー!
     遊びじゃないんだぞっ!」

 地竜はその大きく鋭い爪で、紐と戯れたので、大声で叱責(しっせき)した。地竜は目を見開き、驚きと同時に(こうべ)()れる。王子も同時に驚き、萎縮(いしゅく)してしまった。それから薪や食料なども乗せる。

ディアナ「さぁ、乗って。
     ビビってると日が暮れますよ」

レイナード「なにを!
      ビビってなどいない!」

 レイナードは客用に出された縄梯子を、恐る恐るよじ登った。