秋も深まってきた。
ディーンとメイベルのお茶会は、すでに数回目となっており、二人の間に漂う雰囲気もずいぶんと気安いものになった。
お互い、あまり話すことを好むタイプではないと分かってからは、黙っていても苦にならず、むしろ静けさが居心地よかった。
今日も森のそばの庭で、穏やかに時が進む。
このまま、ディーンとの婚約が続けば、その先には結婚が待っている。
こんなにも美しい人が夫になるなど、想像ができない。
メイベルはディーンの横顔を見た。
ディーンは目をつむり、森で鳴いている鳥の声を聞いていた。
だんだんと冷えてきた空気をつんざくように、時折鋭く高い声がする。
閉じた瞼に生え揃う金色のまつ毛が、顔に長い影を落としていた。
(そう言えば、治癒の魔法は盲目にも効くのかしら?)
怪我や病気の類であれば、メイベルの治癒魔法はその効果を示す。
ディーンにはまだ、メイベルが何の特殊魔法持ちなのかを話していない。
それは親族間だけの秘密だからだ。
だが、いずれ夫になるのならば、もう親族と見なしてよいのではないか。
「あの、ディーンさま。もし良かったら目を診てもいいでしょうか?」
「ん? 僕の目を? どうぞ、好きなだけ」
メイベルは『診る』つもりだが、ディーンは『見る』と受け取ったようだ。
そこでもう少し説明を付け加えた。
「実は私、治癒魔法の使い手なのです。それで、ディーンさまの目に魔法をかけてみてもよいでしょうか?」
「え? 治癒魔法の?」
ちょっとディーンは驚いたようだ。
確かに治癒魔法の使い手は珍しい。
国にも数人、いるかどうかだ。
メイベルのように名乗り出ていないだけかもしれないが。
「僕が小さなときに、治癒魔法をかけてもらったことがあるよ。そのときは何も起こらなかったんだ」
「その使い手の方は、どれほどの魔力量だったのでしょう?」
「どうだったかな? 治癒魔法というだけでかなり稀有だからね。魔力量はあまり問題視されていなかったように思う」
「そうですか――自分で言うのもなんですが、私の魔力量はとても多いのです。もしかしたら以前の使い手の方が出来なかったことも、出来るかもしれません」
あまり期待を持たせてもいけないと思ったが、どうしてもやらせてもらいたくてメイベルは強く出た。
そんなメイベルの様子が珍しかったのか、ふっとディーンは笑った。
「いいよ、好きにして。僕は目を閉じたほうがいい?」
ディーンがメイベルの方を向いて、目を閉じて見せた。
そこへメイベルはそっと近寄り、ディーンの目に手をかざす。
「そのまま、しばらくジッとしていてくださいね」
「わかったよ」
ディーンの瞳にメイベルは治癒魔法をかける。
自分の魔力がディーンの目に浸透し、怪我や病巣を探している。
しかし、何も見当たらず魔力はそのまま通り抜けていった。
(おかしいわ。――もう一度やってみましょう)
メイベルは繰り返した。
だが、何度やっても、結果は同じだった。
(目は健康だわ。でも実際には見えていない……)
メイベルはかざしていた手を下ろす。
手が離れたのが分かったのか、ディーンは目を開いた。
「ディーンさま、目にはどこにも異常がありません。とても健康です」
「健康だけど見えない?」
「そうです、おかしいんです。ディーンさまは先天性の盲目ということですが、これは病気ではありません。何か他の、違うものによって見えなくされているんだと思います」
メイベルに分かるのはそこまでだった。
絶対に病気ではない。
自信を持って言える。
「そうか……僕の目は、どうしてしまったんだろうね」
ディーンは少しうつむいた。
治癒魔法が使えると豪語したことで、期待をさせてしまっただろうか。
メイベルは強気に出た自分のことを後悔した。
「違うよ、メイベルの気持ちはありがたかった。どうか萎れてしまわないで」
見えるはずがないのに、ディーンはメイベルの心を読む。
空気から何か伝わっているのだろうか。
ディーンは手すり付きの椅子の線を辿り、メイベルの手を見つける。
そっと握りしめて、温もりを分け与える。
「嬉しかったよ。僕のためを思ってくれたことが。そして治癒魔法が使えることを、告白してくれてありがとう」
本当は隠しておくはずだったのでは? とディーンは聞いた。
メイベルの答えは決まっている。
「親族には話してもいいのです。ディーンさまは……」
顔が熱い。
きっと真っ赤になっている。
メイベルはディーンの手を握り返す。
「私の夫となる方ですから」
メイベルが言い切ると、ディーンはハッと目を見開き、そしてメイベルに負けない勢いで顔を赤くした。
また森から鳥の鳴き声が聞こえる。
秋の高い空に吸い込まれていく。
しかし、二人はもう寒くはなかった。
◇◆◇
侍従は王への報告のあと、先代王の執務室へ向かった。
今日のディーンとメイベルのお茶会の中で、不思議に思ったことがあったからだ。
ジョージはそんなこともあるんだなと、軽く流していたが。
ディーンの父親である先代王は、違う反応をする気がした。
事前に面会の約束をとっていなかったので、侍従はかなり待った。
それでも伝えるべきことだと判断した。
ジョージが即位してからも、先代王はある程度の権限を握り、執務を行っている。
その仕事の隙間時間に、なんとか謁見の許可が出た。
「話を聞こう。ディーンのことだな」
「はい、本日ディーンさまは、婚約者のリグリー侯爵家メイベルさまとお会いになりました。そのときにメイベルさまが治癒魔法をディーンさまの目にかけられたのです」
「何? メイベル嬢は治癒魔法の使い手か?」
「そのようです。しかし、ディーンさまの目が見えるようにはなりませんでした」
「そうか。以前も治癒魔法の使い手を探し出し、試したことはあった」
「ところがメイベルさまは、不思議なことをおっしゃったのです。ディーンさまの目はとても健康である。これは病気ではなく、他の何かによって見えなくされていると」
「病気ではない?」
「メイベルさまはとても魔力量が多い方です。きっと以前の治癒魔法の使い手よりも、分かることがあったのではないでしょうか」
先代王は椅子の背にもたれ、熟考し始める。
「分かった。知らせてくれたことに感謝する」
侍従は深く頭を下げて、先代王の前を辞した。
先代王の言葉を聞く限り、伝えて良かったことのようだ。
侍従はホッと胸をなでおろし、ディーンの住む離宮へと戻る。
先代王はすぐに魔法師団長を呼んだ。
魔法師団長とは、この国の魔法使いのトップを意味する。
国に所属する魔法師、魔法剣士、魔法研究員などを率いて、統括している。
当代の魔法師団長は若く、しかし才能にあふれた人物だ。
長い白髪をたなびかせ、溶岩のように赤い目を光らせ執務室へやってきた。
「お呼びと伺いました」
「相談がある。ディーンのことだ」
先代王は侍従の持ってきた話を魔法師団長に伝えた。
「儂はこれまで、ディーンの盲目は病気だと思っていたので、最先端の医療ばかりを試していた。しかし、もっと先に思いつかねばならないことがあった。――呪いの可能性だ」
「光属性よりも珍しい闇属性の使い手がかける呪い、のことですね?」
「もしかしたらディーンの目が見えないのは、呪いのせいかもしれない。なんとか出来ないか」
「……呪いは発動させた者を見つけるのが解呪のためには必要不可欠。先代王、呪われる心当たりがおありのようですね?」
苦渋にゆがむ先代王の顔を見て、魔法師団長は問いかける。
先代王にとって、それはずっと背負ってきた業だった。
「そうだ、心当たりがある。側妃フロリタの生んだディーンを呪うほど恨んでいる人物……」
小国出身であったがゆえに、先代王の側妃になることを拒めなかった王女フロリタ。
だが、フロリタには恋人がいた。
無理やり別れさせられた幼馴染の護衛騎士、名前はセリオ。
「きっと彼だろう」
ディーンとメイベルのお茶会は、すでに数回目となっており、二人の間に漂う雰囲気もずいぶんと気安いものになった。
お互い、あまり話すことを好むタイプではないと分かってからは、黙っていても苦にならず、むしろ静けさが居心地よかった。
今日も森のそばの庭で、穏やかに時が進む。
このまま、ディーンとの婚約が続けば、その先には結婚が待っている。
こんなにも美しい人が夫になるなど、想像ができない。
メイベルはディーンの横顔を見た。
ディーンは目をつむり、森で鳴いている鳥の声を聞いていた。
だんだんと冷えてきた空気をつんざくように、時折鋭く高い声がする。
閉じた瞼に生え揃う金色のまつ毛が、顔に長い影を落としていた。
(そう言えば、治癒の魔法は盲目にも効くのかしら?)
怪我や病気の類であれば、メイベルの治癒魔法はその効果を示す。
ディーンにはまだ、メイベルが何の特殊魔法持ちなのかを話していない。
それは親族間だけの秘密だからだ。
だが、いずれ夫になるのならば、もう親族と見なしてよいのではないか。
「あの、ディーンさま。もし良かったら目を診てもいいでしょうか?」
「ん? 僕の目を? どうぞ、好きなだけ」
メイベルは『診る』つもりだが、ディーンは『見る』と受け取ったようだ。
そこでもう少し説明を付け加えた。
「実は私、治癒魔法の使い手なのです。それで、ディーンさまの目に魔法をかけてみてもよいでしょうか?」
「え? 治癒魔法の?」
ちょっとディーンは驚いたようだ。
確かに治癒魔法の使い手は珍しい。
国にも数人、いるかどうかだ。
メイベルのように名乗り出ていないだけかもしれないが。
「僕が小さなときに、治癒魔法をかけてもらったことがあるよ。そのときは何も起こらなかったんだ」
「その使い手の方は、どれほどの魔力量だったのでしょう?」
「どうだったかな? 治癒魔法というだけでかなり稀有だからね。魔力量はあまり問題視されていなかったように思う」
「そうですか――自分で言うのもなんですが、私の魔力量はとても多いのです。もしかしたら以前の使い手の方が出来なかったことも、出来るかもしれません」
あまり期待を持たせてもいけないと思ったが、どうしてもやらせてもらいたくてメイベルは強く出た。
そんなメイベルの様子が珍しかったのか、ふっとディーンは笑った。
「いいよ、好きにして。僕は目を閉じたほうがいい?」
ディーンがメイベルの方を向いて、目を閉じて見せた。
そこへメイベルはそっと近寄り、ディーンの目に手をかざす。
「そのまま、しばらくジッとしていてくださいね」
「わかったよ」
ディーンの瞳にメイベルは治癒魔法をかける。
自分の魔力がディーンの目に浸透し、怪我や病巣を探している。
しかし、何も見当たらず魔力はそのまま通り抜けていった。
(おかしいわ。――もう一度やってみましょう)
メイベルは繰り返した。
だが、何度やっても、結果は同じだった。
(目は健康だわ。でも実際には見えていない……)
メイベルはかざしていた手を下ろす。
手が離れたのが分かったのか、ディーンは目を開いた。
「ディーンさま、目にはどこにも異常がありません。とても健康です」
「健康だけど見えない?」
「そうです、おかしいんです。ディーンさまは先天性の盲目ということですが、これは病気ではありません。何か他の、違うものによって見えなくされているんだと思います」
メイベルに分かるのはそこまでだった。
絶対に病気ではない。
自信を持って言える。
「そうか……僕の目は、どうしてしまったんだろうね」
ディーンは少しうつむいた。
治癒魔法が使えると豪語したことで、期待をさせてしまっただろうか。
メイベルは強気に出た自分のことを後悔した。
「違うよ、メイベルの気持ちはありがたかった。どうか萎れてしまわないで」
見えるはずがないのに、ディーンはメイベルの心を読む。
空気から何か伝わっているのだろうか。
ディーンは手すり付きの椅子の線を辿り、メイベルの手を見つける。
そっと握りしめて、温もりを分け与える。
「嬉しかったよ。僕のためを思ってくれたことが。そして治癒魔法が使えることを、告白してくれてありがとう」
本当は隠しておくはずだったのでは? とディーンは聞いた。
メイベルの答えは決まっている。
「親族には話してもいいのです。ディーンさまは……」
顔が熱い。
きっと真っ赤になっている。
メイベルはディーンの手を握り返す。
「私の夫となる方ですから」
メイベルが言い切ると、ディーンはハッと目を見開き、そしてメイベルに負けない勢いで顔を赤くした。
また森から鳥の鳴き声が聞こえる。
秋の高い空に吸い込まれていく。
しかし、二人はもう寒くはなかった。
◇◆◇
侍従は王への報告のあと、先代王の執務室へ向かった。
今日のディーンとメイベルのお茶会の中で、不思議に思ったことがあったからだ。
ジョージはそんなこともあるんだなと、軽く流していたが。
ディーンの父親である先代王は、違う反応をする気がした。
事前に面会の約束をとっていなかったので、侍従はかなり待った。
それでも伝えるべきことだと判断した。
ジョージが即位してからも、先代王はある程度の権限を握り、執務を行っている。
その仕事の隙間時間に、なんとか謁見の許可が出た。
「話を聞こう。ディーンのことだな」
「はい、本日ディーンさまは、婚約者のリグリー侯爵家メイベルさまとお会いになりました。そのときにメイベルさまが治癒魔法をディーンさまの目にかけられたのです」
「何? メイベル嬢は治癒魔法の使い手か?」
「そのようです。しかし、ディーンさまの目が見えるようにはなりませんでした」
「そうか。以前も治癒魔法の使い手を探し出し、試したことはあった」
「ところがメイベルさまは、不思議なことをおっしゃったのです。ディーンさまの目はとても健康である。これは病気ではなく、他の何かによって見えなくされていると」
「病気ではない?」
「メイベルさまはとても魔力量が多い方です。きっと以前の治癒魔法の使い手よりも、分かることがあったのではないでしょうか」
先代王は椅子の背にもたれ、熟考し始める。
「分かった。知らせてくれたことに感謝する」
侍従は深く頭を下げて、先代王の前を辞した。
先代王の言葉を聞く限り、伝えて良かったことのようだ。
侍従はホッと胸をなでおろし、ディーンの住む離宮へと戻る。
先代王はすぐに魔法師団長を呼んだ。
魔法師団長とは、この国の魔法使いのトップを意味する。
国に所属する魔法師、魔法剣士、魔法研究員などを率いて、統括している。
当代の魔法師団長は若く、しかし才能にあふれた人物だ。
長い白髪をたなびかせ、溶岩のように赤い目を光らせ執務室へやってきた。
「お呼びと伺いました」
「相談がある。ディーンのことだ」
先代王は侍従の持ってきた話を魔法師団長に伝えた。
「儂はこれまで、ディーンの盲目は病気だと思っていたので、最先端の医療ばかりを試していた。しかし、もっと先に思いつかねばならないことがあった。――呪いの可能性だ」
「光属性よりも珍しい闇属性の使い手がかける呪い、のことですね?」
「もしかしたらディーンの目が見えないのは、呪いのせいかもしれない。なんとか出来ないか」
「……呪いは発動させた者を見つけるのが解呪のためには必要不可欠。先代王、呪われる心当たりがおありのようですね?」
苦渋にゆがむ先代王の顔を見て、魔法師団長は問いかける。
先代王にとって、それはずっと背負ってきた業だった。
「そうだ、心当たりがある。側妃フロリタの生んだディーンを呪うほど恨んでいる人物……」
小国出身であったがゆえに、先代王の側妃になることを拒めなかった王女フロリタ。
だが、フロリタには恋人がいた。
無理やり別れさせられた幼馴染の護衛騎士、名前はセリオ。
「きっと彼だろう」