ウィロビー王国には魔法使いが存在する。

 多くは属性魔法持ちで、土・風・水・火・光・闇のいずれかの魔法を使う。

 中でも光と闇は珍しく、本人の魔力量が少なくても重宝された。

 そんな魔法使いの中には特殊魔法という一風変わった魔法を使う者がいる。

 属性魔法とは違った人並外れた能力で、光や闇よりも貴重な存在だった。

 遠距離を一瞬で移動する能力や他のものに姿を変えられる能力など、内容は多岐にわたる。

 魔法や魔力量は遺伝すると考えられていて、貴族の間ではそれを見越した結婚が多く結ばれた。



 しかし、リグリー侯爵家の赤ちゃんはそうした思惑とは関係なく、愛し合う両親の間に産まれる。

 魔力量が多く土魔法の使い手である父親と、特殊魔法のひとつ治癒魔法の使い手である母親の血を受け継いだ赤ちゃんは、魔力量が多く治癒魔法の使い手であると推定された。

 母親譲りの茶色のふわふわした髪、透き通った海より青い瞳。

 美しい少女に育つだろうと想像される容貌に、青痣が影を落とした。

 産まれたときから葉脈のような醜い青痣が、左目の周りに浮かび上がっていたのだ。

 それでも、メイベルと名付けた娘を、両親は心から愛した。

 青痣があることを卑屈に思わないよう、のびのびと領地で育てることにした。

 珍しい治癒魔法の使い手であることは、親族以外には秘匿された。

 幼子の頃は、貴重な特殊魔法の使い手は誘拐されやすいからだ。

 同じ治癒魔法の使い手だった母親は、先代王の従妹であり王族であったにも関わらず、他国に狙われ誘拐されそうになったことがあるという。

 心配性の両親をよそに、メイベルはすくすくと成長し、レディの一歩手前の11歳となる。

 そして明るく朗らかで優しい少女だったメイベルの人生は、ここから転落する。



 11歳の誕生日が過ぎて数日、メイベルは両親の帰りを自室で待っていた。

 誕生日パーティではしゃぎすぎてしまって、ここのところメイベルは微熱が続いていたのだ。

 疲れからくる発熱のため病気というわけでもなく、母親の治癒魔法が効かなかった。

「大人しくしていることが、一番の薬よ」

 大好きな母親にそう言われて、メイベルはベッドで横になっている。

 本当ならば両親と一緒に、今日は町へ買い物に行くはずだった。

 しかし、万が一を危惧した両親によりメイベルの留守番が決まる。

 必ずたくさんのお土産を買ってくるという約束を信じて、メイベルは今か今かと両親の帰りを待っていたのだ。

 かなり日が傾いても、両親の乗った馬車は影も形も見えない。

 ソワソワとメイベルが落ち着きをなくしたころ、早馬によって最悪の知らせがもたらされる。

 市場で買い物中だった両親は、暴れ馬に引きずられて傾いだ荷車の下敷きとなり、他の複数の人と共に、その場で死亡が確認されたという。

 とっさに父親が土魔法で障壁を作った形跡もあったが、積み荷をまき散らしながら倒れてきた荷車の重量には敵わなかったのだろう。

 荷車の下では父親が母親を護るように覆いかぶさり、母親はお腹をかばうように腕を回していた。

 そう、母親のお腹の中には、メイベルの弟か妹がいたのだ。

 だが三人とも帰らぬ人となった。

 メイベルは突然、すべての家族を失ったのだ。

 

 かなりの人が亡くなった市場の事故は、新聞にも大々的に掲載された。

 それをぐしゃりと握りしめて、メイベルは泣いた。

 早馬で知らせを聞いたときには信じられない思いが強かったが、こうしてニュースになり文字として読むと、それが真実なのだと分からされる。

 

「お父さま、お母さま、どうして私を置いて行ったの。一人は寂しくて悲しいわ」



 泣きじゃくることを許された子どものメイベルをよそに、知らせを聞いた親族一同はリグリー侯爵家に集まった。

 メイベルの父親の弟である叔父を中心に、今後のことを話し合うためだ。

 その中には、メイベルの後見をどうするかも含まれている。

 結局はリグリー侯爵家を継ぐ叔父が、メイベルの面倒も見ることになった。

 メイベルの両親と産まれなかった赤ちゃんの葬儀には、多くの参列者が駆け付けた。

 それだけ両親がたくさんの人に慕われていたということだろう。

 黒い喪服に身を包み、ヴェールで顔を半分隠したメイベルの青痣を見て、何か言う人はいなかった。

 だからメイベルは、新たなリグリー侯爵となった叔父と一緒に暮らすことになっても、このままでいいと思っていたのだが。



「やだ! 怖い! 気持ち悪いよう!」



 メイベルは領地から、王都にあるリグリー侯爵邸へ引っ越してきた。

 領地は田舎すぎて、叔父は好きではないのだという。

 もともと、王都にあるリグリー侯爵邸の管理を任されていた叔父とその家族は、長らく領地を訪ねてこなかった。

 なにかあったとしても、足を延ばすのは叔父だけ。

 だからメイベルは、この日に初めて1つ年下の従妹と顔を合わせたのだった。

 そしてこれからは義妹となるシェリーの口から飛び出したのが、先ほどの言葉だった。

 シェリーは叔父によく似た黒髪を長く伸ばし、水色の瞳を潤ませていた。

 メイベルの青痣を見て、怯えているのだ。

 メイベルは母親に似たふわふわの茶色の前髪を引っ張って、ちょっと顔の左側を隠してみる。

 今までメイベルに青痣があることは普通で、両親も使用人も領民も、こうして言及することはなかった。

 だからメイベルはあまり気にしていなかったのだが、シェリーに気持ち悪いと拒絶されたことで心がざわついた。



「ねえ、あなた。領地では良かったかもしれませんが、ここは王都です。メイベルの青痣は、隠した方がいいでしょう。変な評判になってもいけませんし」



 リグリー侯爵夫人となった義母が叔父に進言している。

 

「そうだな、メイベルはただでさえ貴重な治癒魔法の使い手だ。注目を浴びるのはよくない。よし、化粧か何かで隠してしまおう」



 メイベルの意見は聞かれることもなく、青痣は化粧で隠すことが決まった。

 メイベルは初めて、青痣がよくないものなのだと知った。

 そして義母に教わって、化粧で青痣を隠す術を覚えた。



「メイベルのためよ。青痣のある令嬢なんて、王都ではろくな扱いをされないわ。必ずこうやって人目に触れないようにするのよ」



 義母は、母子というにはいくぶん義務的な接し方ではあったが、メイベルにつらく当たることはなかった。

 むしろ領地でのびのびと育ち、貴族社会のなんたるかをまるで知らなかったメイベルに、よく教育をしてくれた。

 メイベルは義母から、ドレスにも種類があるのだと言われ驚いた。

 昼に着るもの、夜に着るもの、家で着るもの、外で着るもの。

 それがシーズンごとに変わるのだと言う。

 メイベルは遊び着のようなドレスで、昼も夜も、家でも外でも過ごしていた。

 考えてみれば田舎の領地で、ちゃんとしたドレスを着ても仕方がない。

 どうせ外で遊んで、汚してしまうのだ。

 令嬢にとっては当たり前のことを知らない義姉を、シェリーは馬鹿にすることもあった。

 だが義母は丁寧に、メイベルが分かるまで説明してくれた。

 聞けば義母も特殊魔法の使い手で、小さいときは同じように領地で匿われて育ったらしい。

 義母はシェリーが産まれたとき、娘が特殊魔法を受け継いでいると分かって、メイベルのように領地で育てたいと希望したそうだ。

 だが田舎が嫌いな叔父がそれに反対した。

 仕方なく、義母は王都でシェリーを育てたという。



「あの子は魔力量が多くはないから、たとえ特殊魔法を使ったとしても限定的なの。誘拐されるほどではなかったのが幸いね」



 義母は特殊魔法を持つ子を育てる悩みを、メイベルの母親と共有していた。

 だから今回の事故については、とても胸を痛めていた。



「本当の母親のようにとはいかないでしょう。それでも、メイベルが令嬢として恥ずかしくない振る舞いが出来るように、私が手を貸します」



 血の繋がりのない義母であったが、血の繋がりのある叔父や義妹より、よほどメイベルのことを考えてくれた。

 しかし、そんな義母も数年後にはこの世を去る。

 突然の心不全で、メイベルの治癒魔法が間に合わないほどの急逝だった。



「こんなときに役に立たないなんて! 何のためにこの家にいるのよ!」



 シェリーから投げつけられた棘のある言葉は、メイベルが何度も自問自答したことだった。

 なんの見返りも求めずに、メイベルに必要な知識を与えてくれた人。

 感謝してもしきれない義母を救えなかった。

 メイベルはまた、大切な家族を失ったのだった。