「ルールは簡単。ビンゴが三つ揃ったらプレゼントを差し上げます。景品の内容はいつも通り先着順。一番最初にビンゴを三つ揃えたら一等賞」
 彼女の昔からの仲間たちは、ビンゴと聞いて歓声をあげた。私たちも勢いで歓声をあげる。だけど「恒例の」と言われても私にはいまいちピンと来なかった。そう思っていると、かりんさんが私の方へと来て、ひそひそ声で喋りかけてきた。
「ビンゴ大会は昔からずっと、やっててね。かなり盛り上がるの」
「そうなんですね」
「これ、景品がかなり豪華で、一等賞が最新の高級コスメ」
「本当ですか?」

 私とかりんさんが話している間にも友美はビンゴ用の小さなガラガラをテーブルの上に置いた。
「今から、これからカードを配るね」
 友美はビンゴのカードをその場の全員に配りはじめた。一人一人、丁寧に渡して回る。私が友美の様子を眺めていると、かりんさんが肩を叩いてきた。
「じゃあ」
 そう言ってかりんさんは私の隣からいなくなった。次第に友美は私の方へと近づいてくる。
「由香里もどうぞ」
 友美がカードを差し出す。彼女の顔は笑っていた。私は彼女の顔をほんの一瞬見つめる。その表情には曇りな無かった。

「ありがとう」
 私はカードを受け取った。

 友美がこの場にいる全員に用紙を配り終えるとすぐにビンゴゲームが始まった。
「23番!」
 友美がガラガラを回して、出てきた玉に書かれた数字を読み上げていく。豪華な景品が貰えるからなのか、室内は静かな熱気に包まれていた。

「だめね」
「あ、リーチ」
 静かなこの空間に密かに声がする。ここにいるほとんどが真剣そのものでビンゴに挑んでいる。かく言う私もつい熱が入ってしまっていた。
「次、33番!」
 友美がガラガラを回す。

「ああ、当たらないな。悔しい」
 思わず声が出てしまった。周りの声も次第に大きくなっている。室内の熱気が盛り上がっているのが感じられた。そうしている間にも友美はまたガラガラを回した。
「45番!」
 全員が用紙上の45番の数字を探す。すると、向こう側にいた誰かが手を挙げた。
「ビンゴ出た!」

 その後、次々と「ビンゴ出た」の声が聞こえてきたが、ビンゴを三つ揃えた人はなかなか現れなかった。私に至っては、そもそもビンゴが一つも出せていない。決着がつかない中、会場の熱気は最高潮に達している。友美の顔を見ると、楽しそうだった。

「それじゃあ、次行くよ!」
 友美がガラガラを回そうとした、その時だった。どこからともなくチャイムが鳴った。
「あれ、どういうこと?」
 友美が不思議そうな顔をした。彼女はすぐに「少し待ってて」とみんなに言ってからこの部屋を出ていった。このタイミングで誰かが来たのだろうか? 私は少し変に感じた。それは、ここにいる全員が同じ考えだったようで、ひそひそ声で「どういうこと?」と言っていた。時刻は午後四時。こんな時間にから参加するとは珍しいなと思う。私は友美が誰かを連れて戻ってくるのを待つことにした。

 友美が出ていってから何分かが経った。もうそろそろ戻ってきてもいい頃合いなのに、彼女がなかなか戻ってこない。ここにいる全員が待ちぼうけしていた。待っている間、私はあることを思い出した。
『そういえば、友美が毎年クリスマスにパーティーをしているのだけど、今年はあなたも来る?』
 少し前に聞いた倉持咲の言葉が頭を過ぎった。彼女はこれまでこのパーティーに来ていたのだろうか。少なくとも今、ここには居ない。そう思った時、私はあることに気づいた。
「え、ちょっと待って!」
「由香里!?」

 私は急いで広間を出た。数時間前に通った、玄関までの道を急ぐ。もし、倉持咲がこのタイミングで来たとしたら、友美はどんな反応を示すのだろうか? そう考えたら、二人は喧嘩をしてしまうような気がして、私は急いで誰が来たのか確かめたくなった。

 玄関まで走っていると段々、声が聞こえてきた。
「入れてよ!」
「だめ、来ないでよ!」
 ああ、そんな。本当に来てしまったのだろうか。友美と誰かが言い争う声がする。玄関の前まで来ると、そこには友美と倉持咲の姿があった。
「何してるの!」
 私は慌てて声をかけた。友美と彼女がここで言い争っているのを止めたかったからだ。
「由香里……、来ないで!」
 だが、咄嗟に友美は私のことを拒んだ。

「どういうこと?」
 私は思わず強い口調で友美に訊ねた。
「これは、私と倉持の問題なの! 由香里には関係ないことなの!」
 彼女もまた強い声で言い切った。それに対して私は、これ以上は言えなかった。私にはこれ以上二人と言葉を交える勇気がなかった。それが、後々に命取りになることも知らずに私は、ここで言葉を止めてしまった。

 二人の諍いは私の目の前でなおも続いた。
「なんで、私を拒むの?」
「あんたが気に食わないから!」
「どうして?」
 倉持咲はついに彼女の方に近寄って両肩に手を置いた。だが、友美はそんな彼女の言葉に答えもせず、彼女の手を握り払う。そうして、彼女を突き飛ばした。
「きゃっ!」

 倉持咲は大きな音を立てて一瞬にして床に倒れ込んだ。私は突き飛ばした友美の方を見る。友美の顔はどこかぎこちなく、でもスッキリしたような表情をしている。一方で倉持咲は半ば泣きそうな顔をして、倒れ込んだままだった。私はついに友美のことが理解できなくなった。どうして、ここまで執拗に倉持さんを拒むのか。その行動が私にはもう理解できなかった。自分の顔がこわばるような感覚に襲われた。すると、友美はこっちの方を向いた。
「何か、あるの?」

 その目はどこか虚無のようなものを包んでいた。私はそれが怖くて、またしても何も言うことができなかった。
「ああ、ああ、あああ!」
 すると、背後から倉持さんが起き上がって、友美を背中から蹴りつけてしまった。友美はその場に倒れ込む。それから倉持さんは周りに置かれていた雑貨品を手で払い除けたり、持ち上げて床に叩きつけたりした。彼女の目はどこか悲しそうだった。

 悲しげに暴れる倉持さんを私は見つめた。向こうは私の視線には気づかない様子だった。一方で友美も倒れ込んだままそれを目にしていた。それから彼女は急に泣き出して、玄関を飛び出していった。
「待って!」
 私は声をかけた。それでもこの声が倉持さんに届くことはなかった。

 程なくして友美が起き上がった。
「友美……」
「なに?」
 彼女のその言葉には怒りや苛立ちの思いが含まれていた。
「ううん。何でもない……」
 私にはそれ以上言うことができなかった。

 友美は辺りを見回す。私もそれにつられて周りを見た。倉持さんが散らかした物が散乱している。それはまるで、友美と倉持さんの関係性を示しているように思えた。すると、彼女は私にこう告げた。
「今日のパーティーはおしまい。帰って」
 その言葉には棘が含まれていた。
「待ってよ」
「いいから、帰って!」
 そう言って彼女はみんながいる方へと一人で向かっていった。彼女の背中には孤独が付き纏っているように見えた。

 一人になった私はその場に座り込んだ。それから一息、深呼吸をした。
「なんで、こんなグチャグチャなんだろう……」
 顔を上げて何も無い天井に向かって呟いてみる。もちろん、何も答えは返ってこなかった。