ついた場所は、見渡す限り草原だった。一見すると何もなかったが、遠くの方を見ると、何かが直立していることに気がつく。
「ここはな、ソールズベリーと呼ばれてる街の中心から二十キロは離れた場所で、もう少し歩いた場所に遺跡があるんだ。遺跡と言っても、地球にあった物のレプリカだが」
 エドが現在地の説明をゆっくりした速さで歩きながらはじめる。俺たちは彼の歩くスピードに合わせてついて行った。ソールズベリーという街もまた、かつて地球にあった街の名前から来ていて、観光業で経済を回していると彼は教えてくれた。

「ここには人間が住むまでは何も無かった」
 エドが感慨に浸りながら話を少しずつ切り出していく。彼は何かに思いを馳せているようだった。話が続く。
「半世紀以上前。当時の人類は国家間での戦争の危機や人口問題、それ加えて環境や資源の問題を抱えて暗い時代を生きていた。そんな中でコンピューターの技術的特異点が起こった。その結果、多くの技術が見直された上、全く新しいものも発明された。その末に人類は惑星環境をテラフォーミングする技術とワープドライブエンジンを手に入れて宇宙開拓を始め、多くの国家、人々が新天地を求めてあちこちの星へと移っていった」

 エドの話は学校のいつかの授業で習ったものだった。もともと地球には七十億以上の人間が住んでいたが、宇宙進出が始まると徐々に住人は減っていき、今現在地球に住んでいるのは一世紀前と比べて四分の一にも満たない数だという。俺は何か壮大な物語を現実に見ている気分になっている。つい一週間ほど前まで地球の片田舎に住んでいた俺にとって今の世界は現実味が無く、人が本当に宇宙で暮らしているも実感が湧かななかった。だけど、今こうして宇宙を飛んで、人が宇宙で暮らしているのを見て、この時は言葉では表せなかったが強い思いが俺の中を駆け回っていた。

「さあ、歩いているうちに着いたぞ」
 いつの間にか目的の場所へとたどり着いた。前方を見るとさっき遠くで見た直立している何かがとても近くにあった。よく見ると、巨大な石を立てているだけの簡単な造りで、同じ物が円を描くように何個も並んでいる。
「これはストーンヘンジという物で、地球にあった遺跡の複製だ」
「すごい……」
 俺たちはこの壮大なストーンヘンジを見て、思わず息を呑んだ。

「どうして、複製をここに建てたんだ?」
 セイジが気になることをエドに尋ねた。確かになぜ、複製を建てる必要があったのだろうか。
「確かに、気になる」
「俺も」
 レイも気なっているようだし、俺も思わず同意していた。エドは俺たちになんと言えば納得してもらえるのかと考えているのようだった。しばらく同じ場所で立ち止まって無言が続く。時は少しずつ進んでいくがエドはなかなか答えてくれない。冬の風がさっきと変わらない強さで吹きつけている。

 エドはついに満足のいく言葉を見つけたのか、納得した表情をして俺たちの疑問に優しい口調で答えはじめた。
「自分たちの文化と歴史をこれから生きる人々に伝え残すためだ。かつては何十、何百の文化が同じ星でひしめき合っていた。文化と土地は人間が文明という物を持ちはじめた頃から脈々と受け継がれた。だが、次第に土地が意味を持たなくなって、いずれは文化ですら意味を持たなくなるかもしれない。それでも、人々は自らの土地と文化を残したいと思ったから、建てたのだ」
 
 エドの言葉を俺は必死で理解しようとしたが、すぐにはできず、彼の言葉を完全に理解できたのはこの時から何年も経った後となる。だけど、彼の答えは何故だか納得のいくもので、俺は理解はできなかったが満足だった。レイとセイジの二人も同じ思いを抱いていたと思う。エドと俺たちはまた歩きはじめた。サークルの中へと入っていくと、思っていたよりも広い。俺たちは石でできたサークルの中をただ歩き続ける。歩き続けているとあることが俺の頭の中に浮かんだ。
「コレってどういう意味で建てたんだろう?」
 気がつくと思わず呟いていた。それに気づいた様子のセイジが、
「確か、ストーンヘンジはどんな目的で造られたのか理由はわかってないはずだ」
 と返してくれた。さすがは歴史に詳しいだけはある。さっきのエドとの会話も実はセイジが一番理解していたのかもしれない。そう思いながらセイジに礼を言ったあと、俺はまた思考の渦に嵌る。“意味”という言葉に引っかかって、自分が今ここにいる意味がわからなくなった。

 サークルを見回しながら、俺はまたしても"居場所"や"意味"ついて考えている。そんなことを考えても良いことはないというのに。レイとセイジは俺から少し離れた場所でそれぞれ石像を観察している。俺の考えはどんどん落ちていく。
「悩んでる様だね」
「うわあ!」
 思わず叫んでしまったが、エドがいつの間にか近くまで来て俺に声を掛けた。彼はどうやら俺の心を見抜いているようで、俺は今思っていることを話すことにした。
「……母は家を飛び出して、父はそれを追いかけようともせずにいたから俺は思わずアイツを殴ったんです。その勢いで俺も家を飛び出して…… 、生活にウンザリして飛び出した俺にもう居場所とかあるのかな、旅してる意味ってなんなんだろうと思うんです」

 俺の目からは少し涙が出ていた。エドは俺を優しく見てくれていたのだと思う。レイとセイジは、俺が泣いていることに気づいていない。エドは俺が泣き止むのを待ってくれた。数分間、温かな静寂がこの辺りを包んでいた。俺がある程度泣き止んだところで、エドは話を再びはじめた。

「今、この旅に意味を見出せなかったとしても、いつかその意味に気がつく日が来るのだよ。それが人生って物だ」
「どうして、そう断言できるのですか?」
 俺は思わず訊き返してしまった。それでも、エドはさっきまでと変わらぬ顔で話を続ける。
「言ったじゃないか。私だって旅をした。理由を言葉にできずに旅を続けていたらある時遂に気づいたんだよ。自分が旅をしている意味を、そして、自分が大事だと思えるモノを」
「その大事なモノってなんですか?」
「それは、自分でいつかわかる」
 この時エドは肝心な答えを俺に教えてはくれなかった。なぜ教えてくれないのかと訊くと、その答えは他人に言われても実感が湧かないだろうから今は教えない、と彼に返されてしまった。それでも、俺は数分前よりも気が軽くなっていく感覚があった。この紳士は俺のことをしっかりと見てくれていたのかもしれない。そう思うと心が少しだけ救われた。


 エドの屋敷に戻ったあと、俺たち三人は今後のことを決める方針会議を行うことにした。机に地図やデバイスを広げて、特に必要ではなかったが準備を念入りに整える。三人がそれぞれのイスに座ったところで会議は始まった。俺から今回の議題を切り出す。俺にはある一つの結論が出ていた。
「……この二日間で俺思ったことがあるんだよ。まだ、自分が旅に出た理由をみつけられてない。そう思ったら、見つけるまでは旅を続けたいと思った。……理由にはなってないかもしれない、でもそれを探すために旅をしたい。……ダメかな?」
 俺は恐る恐る提案をする。ダメと言われるかもしれないと思っていたが、意外なことにすぐにセイジが、
「いいぜ。俺もまだいろいろな星を見に行きたいし」
 と言ってくれた。それに続けてレイも
「僕もそうだし、まだ旅を続けようよ」
 と思っていたよりも明るく返してくれた。今度は二人に心を助けられた気がする。
俺たちは全会一致で旅を続けることにした。


「そうか。じゃあ、船を改造しないとな」
 会議のあと、俺たちがここを出て旅を続けることを告げると、エドはこう返した。
「どうしてですか?」
 レイがエドに尋ねる。すると彼はこの周辺の領域は進む航路によっては、海賊などがいて危険だと告げた。だから襲われた時のために船に自衛のための装備を付けた方が良いと助言を受け、俺たちは迷わず彼に自衛用の装備の取り付けをお願いした。

 船の改造には四日を要した。その間、俺たちはニューロンドンの散策をして時間を潰し、誰に渡すでもないお土産などを買い漁った。エドは船にどれだけの装備を積んだのかは俺には全て把握できなかった。レイでさえ、全てを確認できたか怪しい。こうしているうちにエドとアルフレッドに別れを告げる時が来た。
「寂しくなるな。一週間、君たちがいて楽しかった」
 ロンドン宇宙港のポート、俺たちが船でこの星を旅立つ前に俺たちはその場でエドとアルフレッドに別れの挨拶をしている。エドがとても寂しそうにこう言った。
「私も寂しくなります」
 続いてアルフレッドも感想を言ってくれた。彼はもしかすると、エドよりも悲しげかもしれない。
「僕たちも寂しいです」
 レイがエド達にこう返した。レイもとても寂しそうにしている。
「また連絡します」
 セイジも同じ思いのようだった。セイジはいつの間にか、エドの連絡先を聞いていたようだった。

「ありがとうございました」
 俺は単純だけど、一番思いが伝わる言葉を使って挨拶をした。俺もエドとの別れが寂しかった。
「じゃあな。君たち…… 、おっと、いけない。大事な物を忘れるところだった」
 そう言って、エドはポケットからデバイスを取り出した。よく見ると市販の物よりも無骨になっている。
「君たちのデバイスだ。返すのをすっかり忘れるところだった。改造を施してある。銀河系一つ分の広さならどこでも通じるようにしておいた」
 それは、俺たちがエドと出会った時に壊れたレイのデバイスだった。どうやら本当に直してくれた上、グレードアップまでしてくれたらしい。
「ありがとうございます!」

 レイはとても嬉しそうに自分のデバイスを受け取った。しばらくの談笑の後、俺たちは街で買ったお土産やエドから貰った今後の旅路で必要そうな道具といった荷物を持って船へと乗り込んだ。船に入るとエドが改造してくれた様々な箇所が目に見えた。以前まではなかった装置が空きスペースに詰め込まれていたり、緊急時の脱出ポッドも強化されているようだった。操縦室へと入ると、今まで無かった計器が新たに取り付けられている。エドから説明を受けたレイが確認しながらスイッチ類を押していく。

「エンジン順調! 問題なし。よし、行くよ!」
「オッケー」
「了解!」
 船のエンジンが起動して、出航するためのセッティングをレイが続ける。船のエンジンは順調でエンジン音を聞いていると今にも飛び立ちたいと船が言っているような気がする。窓から下を覗くと、船の横にはエドとアルフレッドがまだ見ていてくれた。
「出航!」
 船が離陸した。俺とセイジは下の二人に手を振った。向こうもそれに気づいたのか手を振り返している。ありがとう。俺の心は彼らへの感謝の念でいっぱいだった。街からどんどん離れていく。しばらくすると宇宙空間へと突入していた。

「これからどこへ行く?」
 俺が二人に尋ねた。二人は直ぐに結論を出したようで、セイジが、
「まあ、ひとまずあっちまで飛んでみようぜ」
 と窓の外を指さしながら答えた。レイもそれに同調する。俺もそれに従った。俺たちは特に行き先を決めずに通常速度で航行を開始する。さっきまでいた星がとても綺麗に見えていた。