船を発見してから二週間後の土曜の朝、俺たちは、まず、ジャンクショップを訪れた。
「本当にここなんだよな?」
セイジが聞いてきた。目の前には、廃品や何かの部品が野ざらしで置かれ、あちらこちらの鉄柱が錆びている、寂れた店が建っていた。
「ここでいいはず」
レイがモバイルデバイスを見つめた。俺は、ここは大丈夫な店なのかと不安になった。
「とりあえず、入ろうぜ」
セイジが足を踏み出した。それに続いてレイも恐る恐る店内へと進んだ。俺は少し一呼吸を置いてから、二人の後を追いかけた。
店内に入ると途端に油などが混ざった臭いが鼻についた。少し埃を被ったまだ使われていなさそうな部品の数々、「半額!」と書かれた貼り紙。まるで昔のSF映画から飛び出してきたような状況だった。
「いらっしゃい」
奥から掠れた女性の声がした。現れたのは、三十代程の見た目で、薄っすらと汚れた作業着を着崩した女性だった。レイはいつになく真剣な表情で、彼女に訊ねた。
「あの、ここに宇宙船用のコンプレッサーやジェネレーターの交換用パーツってありますか?」
「具体的な部品の名前を見ないとわからないよ」
彼女は、手に持っていた飲み物を飲んだ。まるで、俺たちのことを侮っているようだった。それでも、レイは怖気付くことなく、彼女に詳細なメモを無言で手渡した。
「なんだいこれは?」
「僕たちが必要としている部品のリストです」
彼女は目を丸くして、メモに目を通した。素早く、丁寧に読み込んだ彼女はメモをレイに返すと、
「全部あるぞ」
と言って、奥へと戻った。
程なくして、彼女は部品を大きなケースを二つ持ってきてくれた。
「これはまだ必要なものの一部だが、まずはこれでいいか?」
彼女はそれを地面に置いた。レイはすぐに部品を確認すると、こう言った。
「買います!」
それから俺たちはあの店で借りてきたリアカーに買った船の修理に必要な部品たちを積み、それを引っ張りながら歩いた。結局、レイとあの店の店主である日向さんと意気投合し、船に必要な部品は全てあそこで仕入れることとなった。
「これ、結構重いな…… 」
リアカーを引っ張っているセイジが言った。実際、かなりの数の部品が積まれているのと、整備されているとは言い難い山道を進むにはとても大変そうだった。
「しょうがないよ、最初に見たときに必要そうだった部品は全て揃えて持ってきたから重くなって当然だよ」
レイが反論した。彼もまた、図面や端末をリュックサックや手提げバックにぎっしり詰めていたので大変そうだった。すると、レイとセイジが声を合わせて
「ワタル、お前もなんか持ってくれ」
と言ってきたので、俺は急いでレイが持っていた手提げバッグをもらった。持ってみると予想していたよりもかなり重かった。
「こんなに重かったのかよ」
俺がそう言うと、二人は激しく頷いた。
そうしているうちに、目的の場所である、草原へと到着した。発見してから二週間は経っていたが、船は相変わらずそこで、今度は俺たちを待っていたかのように存在していた。
「なあ、これを動かすんだよな?」
セイジが言った。
「そうだよ」
レイがセイジに返しを入れた。
「どんなことが起きるだろうな」
俺が一言更に言った。俺たちはまるで、覚悟を決めるかのように喋っていた。
俺たちの計画はあまりにも荒唐無稽だった。宇宙船を直して、この田舎町を出る、それ以外は決まっていない。でも杜撰すぎるこの道を歩みはじめた、引き返せるかもわからなかったのに。レイが装置を弄ってスロープを展開し、俺たちは船内へと入った。それからすぐに運んできた荷物を船内に移した。その後、ラウンジで作戦会議を始めた。はじめにレイから、話を始めた。
「ひとまず、僕たちが最優先でやるべきは機関室に行って、実際に飛べるように直すことだと思う」
「それで良いぜ」
「俺も賛成」
俺とセイジが同意する。レイは更に話を進めた。
「では、このまま機関室へと行こう。どこが壊れているかを念入りに再確認するところから始めよう」
「じゃあ、いよいよだな」
セイジが言った。
「行こう」
俺が少し大きい声で言った。すると、二人は、
「おう」
と言って、俺たちは必要な道具を持って機関室へと向かった。
機関室へと入った。機械に強いレイの指示で、俺とセイジが部品を外してレイがそれを一つずつチェックすることにした。どれが動いて、どれが壊れているのかを調べるために。俺はこの手の機械を弄ったことが無かったので、部品を外すだけでも苦戦した。対してセイジは、一度機械を弄ったことがあると本人から聞いていただけあって、手際よく外していた。外した部品はすぐにレイがチェックした。俺たちはこの作業を二時間程続けた末、全てのチェックが終わった。
「ふう。やっと、確認が終わった」
レイが疲れた口調で呟いた。レイは今度は俺とセイジに向けるように言葉を続けた。
「これは、直すのに思っていたよりも時間がかかりそうだよ。今日用意してない部品も交換が必要だった」
「おいマジかよ」
セイジが残念そうに言った。どうやら、早く済むかと思っていたらしい。俺も少し残念だったが仕方ないと思ったので、
「仕方ない。全力で直して、こいつを飛ばすんだ」
と二人と自分を勢いづけた。
「そうだな。よしやるか」
セイジが顔を叩いて気合を入れる仕草をする。
「やろう」
レイもそれに応じた。こうして、俺たちの船を直す作業がはじまった。この日はその後一時間ほど更に時間をかけて交換や修理が必要な部品をリストアップして船を出た。
俺たちはそれからというもの、土日に集まって、日向さんの店から部品を仕入れては、船のある草原まで行って船を修理をする日々が続いた。そのことは誰にも知られてはいけないはずだった。はずだった。
「ねえ、山の中であなた達、何をしているの?」
ある日の帰り。俺たちは揃って学校から帰ろうとすると目の前にユイがいた。ユイはまるで、悪事を暴いた探偵のような勢いで話しかけてきた。
「なんのことかな?」
俺は知らないふりをした。
「なんのことって、あなた達、最近山奥で宇宙船の修理をしているみたいじゃん」
彼女には何もかもお見通しのようだった。俺たちは大人しく降参することにした。
「そうだよ。俺たちはあの船を直しているんだ。でも、この通りだ。誰にも言わないでくれ」
俺は恥を覚悟で土下座をした。
「おい、ワタル……」
「そこまでしなくても……」
レイとセイジの声がする。すると、ユイは俺の土下座を見て何を思ったのか、こう言った。
「ねえ、あの船で私をイギリスまで連れて行って」
「えっ?」
俺は思わず顔を上げた。
「私のお父さんはイギリスに単身赴任中でさ。たまには会いたいなと思って」
それは俺にとって意外なことだった。ユイは至って真面目な性格で、こんなことには決して付き合わないような人だと思っていた。
「イギリスまではここからそんなにかからなし、旅客船だって通ってるよ。なのになんで、わざわざ僕らのことを頼ろうと思ったの?」
レイが訪ねた。その通りだった。なぜ、俺たちを頼ろうと思ったのだろうか?
「簡単な話よ。お母さんがなかなかオッケー出してくれないの。お父さんとお母さん、少し仲が悪いし……」
「じゃあ、イギリスまで一緒に行こうよ! 僕らも目的地が決まっていなかったから丁度良かった」
レイが笑顔で答えた。セイジも俺もそれに異論は無かった。
「ありがとう! じゃあ、船が直ったら教えてね」
彼女は嬉しそうにこの場を後にした。俺は彼女の後ろ姿を見て、あの子のことをまたしても思い出していた。それと同時に、なぜユイは俺たちの船のことを知っていたのだろうかという疑問が残った。
船の修理は二ヶ月ほど続いて、気がつけば、季節は冬となって、学校は冬休みになっていた。
「雪が降ってきたな」
「そうだな」
この近辺では冬になるとよく雪が降る。船の外で休憩をしていたセイジと俺は空から降ってきた結晶たちを見て呟いた。
「おーい、二人。準備ができたよ!」
そこにレイが大声を出しながらやってきた。そう今日、遂に船の修理が終わろうとしていた。どうやら、レイが最後の部品を取り付ける準備を整えたようだ。
「お、いよいよか」
セイジが立ち上がって嬉しそうに言う。俺もセイジに続いて立ち上がった。
「よしやりますか」
俺はストレッチもどきをしながらそう言った。そして、俺たちは船内へと戻っていった。機関室へと三人で入っていく。床には交換用の部品が置いてある。これを取り付ければ、いよいよこの船は息を吹き返す。
「じゃあ、いくよ」
レイが促す。俺とセイジは頷いた。そして、レイは慎重に確認をしながら部品を取り付けた。部品が収まるところに収まり二ヶ月続いたこの船の修理が遂に終わった。
「できた!」
「終わった」
「やっとか」
俺たちは思わず、ハイタッチをして船の修理が終わったことを喜びあった。
「さて、じゃあいつ出発しようか? 」
達成感からか無言が少し続いた後、俺が二人に聞いた。二人はすぐに、
「今日の夜とか?」
「いいな。俺も今夜でいいぜ」
と言ってくれたのでその流れでこの日の夜に船で宇宙へと飛び立つことを決めた。目的地はイギリス、ユイを連れて行かなければならない。
「あと、ユイにも連絡しないと」
「そうだね」
俺はデバイスのチャットアプリでユイに連絡を取った。「船が直ったから今晩に旅立つ。山の麓で集合」という内容を送った。
それから、俺たちは宇宙へと旅立つ荷造りをするために一度、それぞれの自宅へと帰ることにした。船を出ると雪はまだ降り続いていて、地面は少しだけ白になっていた。
俺が荷物を取るために家に帰るとリビングで両親がいつも通り喧嘩をしていた。内容はわからなかったが、母がまたしてもヒステリックになっていて、父は母の話を聞いているようで聞いていなさそうな態度だった。俺は気づかれないように上へと上がろうとした。その時だった。
「あああ!!」
母は叫びながら玄関を飛び出していった。俺はただ驚いて、階段の上で母が出て行く瞬間を見届けることしかできなかった。
「…… 」
父は相変わらずの表情だった。冷蔵庫から酒を取り出して一杯飲んだ。特に追いかけようとする素振りは全く見えなかった。俺はそれがどういう訳か許せなくなって、リビングに駆け込んだ。
「父さん! いくらなんでも追いかけないのはひどくないか! 母さんだってその態度が許せなかったからあんなになったんだろ!」
俺は思わず激昂していた。だが、もう何もかもがどうでもよさそうな父にはこの叫びは届かなかったようで、
「だから?」
とあっさり返されてしまった。
「じゃあ、こんな家こっちから出ていってやるよ!」
俺はまたしても思わず口に出していた。これくらい言えば、父も考えを改めるだろうと思っていたが、それもむなしい願いで、
「好きにして」
と、どうでもいいように返された。
俺はこのロクでもない男を正すのはもうダメだと思った。それと同時にこいつはこうも言った。
「お前、仲間達となんかやってるみたいだな。でもな、お前もどうせ本当の仲間や家族なんか、できたりはしねぇよ。だって、俺の息子なんだから」
俺は思わず拳を強く握りしめてこいつの顔を一回思いっきり殴った。殴ってもこいつは相変わらず、それがどうしたと言わんばかりの顔だった。
「俺はあんたとは違う! あんたは仲間なんか作れなかったかもしれないけど、俺は違う! 俺には大事な、大事な仲間達がいるんだ!」
一時の満足感を得た俺は自分の部屋へと向かい、まとめた荷物を持って家を飛び出した。こんな家、二度と戻ってやるかとも思った。
走った、全力で走った。ただ、森にいるであろう二人のために俺は全力で走った。途中で聞こえた救急車のサイレンなんかも気にしないで走った。後になって知ったことだが、このサイレンが聞こえる十分ほど前に女性と車が衝突し、結果として爆発事故が起きたという。女性は全身が炎で焼け爛れたために身元不明。だが目撃者からの情報を聞く限り、その女性は母だった。
俺は山の麓へとたどり着く、そこにはレイとセイジ、それからユイがが既に待っていた。
「おそいよ、ワタル」
「いくら待ってたと思うんだ」
「そうよ、そうよ」
「ごめん、ごめん」
日が暗くなりはじめていたので、俺たちは急いで船の場所まで向かった。
「随分とかかるよね……」
ユイが息を切らしながら言った。
「そうだね。ところでさ、なんでここに船があることを知ってたの?」
俺は前々から気になっていたことを彼女に聞いた。俺たちは足を止めずに進み続ける。彼女は少し息を整えてからこう答えた。
「簡単よ。あなた達が宇宙船のことを話している様子をこっそり聞いたからよ」
「そうだったんだ。答えてくれてありがとう」
もし、仮にあの子がまだ俺たちの前に居たら、きっと俺たちは四人で宇宙に行っていたに違いないと思った。ネックレスを触りながら、俺はあの子、メリーのことを思い浮かべた。
船のある草原へとたどり着くと、俺たちは船へと入った。入るやいなや俺たちは操縦室へと入りレイがエンジンを点火した。船の計器たちが一斉に起動する。
「エンジン、異常なし。出力、問題なし。その他計器、問題なし」
スイッチ類を一つずつオンにしながらレイが言った。一通りの確認が終わる。
「よし。飛ぶよ」
レイがそう言ったのを聞いて俺とセイジは改めて覚悟を決め、頷いた。
「じゃあ行くよ。テイクオフ!」
レイがレバーを上げると船が宙を浮いた。どんどん高度を上げていく。
ついに俺たちの冒険が始まった。
「本当にここなんだよな?」
セイジが聞いてきた。目の前には、廃品や何かの部品が野ざらしで置かれ、あちらこちらの鉄柱が錆びている、寂れた店が建っていた。
「ここでいいはず」
レイがモバイルデバイスを見つめた。俺は、ここは大丈夫な店なのかと不安になった。
「とりあえず、入ろうぜ」
セイジが足を踏み出した。それに続いてレイも恐る恐る店内へと進んだ。俺は少し一呼吸を置いてから、二人の後を追いかけた。
店内に入ると途端に油などが混ざった臭いが鼻についた。少し埃を被ったまだ使われていなさそうな部品の数々、「半額!」と書かれた貼り紙。まるで昔のSF映画から飛び出してきたような状況だった。
「いらっしゃい」
奥から掠れた女性の声がした。現れたのは、三十代程の見た目で、薄っすらと汚れた作業着を着崩した女性だった。レイはいつになく真剣な表情で、彼女に訊ねた。
「あの、ここに宇宙船用のコンプレッサーやジェネレーターの交換用パーツってありますか?」
「具体的な部品の名前を見ないとわからないよ」
彼女は、手に持っていた飲み物を飲んだ。まるで、俺たちのことを侮っているようだった。それでも、レイは怖気付くことなく、彼女に詳細なメモを無言で手渡した。
「なんだいこれは?」
「僕たちが必要としている部品のリストです」
彼女は目を丸くして、メモに目を通した。素早く、丁寧に読み込んだ彼女はメモをレイに返すと、
「全部あるぞ」
と言って、奥へと戻った。
程なくして、彼女は部品を大きなケースを二つ持ってきてくれた。
「これはまだ必要なものの一部だが、まずはこれでいいか?」
彼女はそれを地面に置いた。レイはすぐに部品を確認すると、こう言った。
「買います!」
それから俺たちはあの店で借りてきたリアカーに買った船の修理に必要な部品たちを積み、それを引っ張りながら歩いた。結局、レイとあの店の店主である日向さんと意気投合し、船に必要な部品は全てあそこで仕入れることとなった。
「これ、結構重いな…… 」
リアカーを引っ張っているセイジが言った。実際、かなりの数の部品が積まれているのと、整備されているとは言い難い山道を進むにはとても大変そうだった。
「しょうがないよ、最初に見たときに必要そうだった部品は全て揃えて持ってきたから重くなって当然だよ」
レイが反論した。彼もまた、図面や端末をリュックサックや手提げバックにぎっしり詰めていたので大変そうだった。すると、レイとセイジが声を合わせて
「ワタル、お前もなんか持ってくれ」
と言ってきたので、俺は急いでレイが持っていた手提げバッグをもらった。持ってみると予想していたよりもかなり重かった。
「こんなに重かったのかよ」
俺がそう言うと、二人は激しく頷いた。
そうしているうちに、目的の場所である、草原へと到着した。発見してから二週間は経っていたが、船は相変わらずそこで、今度は俺たちを待っていたかのように存在していた。
「なあ、これを動かすんだよな?」
セイジが言った。
「そうだよ」
レイがセイジに返しを入れた。
「どんなことが起きるだろうな」
俺が一言更に言った。俺たちはまるで、覚悟を決めるかのように喋っていた。
俺たちの計画はあまりにも荒唐無稽だった。宇宙船を直して、この田舎町を出る、それ以外は決まっていない。でも杜撰すぎるこの道を歩みはじめた、引き返せるかもわからなかったのに。レイが装置を弄ってスロープを展開し、俺たちは船内へと入った。それからすぐに運んできた荷物を船内に移した。その後、ラウンジで作戦会議を始めた。はじめにレイから、話を始めた。
「ひとまず、僕たちが最優先でやるべきは機関室に行って、実際に飛べるように直すことだと思う」
「それで良いぜ」
「俺も賛成」
俺とセイジが同意する。レイは更に話を進めた。
「では、このまま機関室へと行こう。どこが壊れているかを念入りに再確認するところから始めよう」
「じゃあ、いよいよだな」
セイジが言った。
「行こう」
俺が少し大きい声で言った。すると、二人は、
「おう」
と言って、俺たちは必要な道具を持って機関室へと向かった。
機関室へと入った。機械に強いレイの指示で、俺とセイジが部品を外してレイがそれを一つずつチェックすることにした。どれが動いて、どれが壊れているのかを調べるために。俺はこの手の機械を弄ったことが無かったので、部品を外すだけでも苦戦した。対してセイジは、一度機械を弄ったことがあると本人から聞いていただけあって、手際よく外していた。外した部品はすぐにレイがチェックした。俺たちはこの作業を二時間程続けた末、全てのチェックが終わった。
「ふう。やっと、確認が終わった」
レイが疲れた口調で呟いた。レイは今度は俺とセイジに向けるように言葉を続けた。
「これは、直すのに思っていたよりも時間がかかりそうだよ。今日用意してない部品も交換が必要だった」
「おいマジかよ」
セイジが残念そうに言った。どうやら、早く済むかと思っていたらしい。俺も少し残念だったが仕方ないと思ったので、
「仕方ない。全力で直して、こいつを飛ばすんだ」
と二人と自分を勢いづけた。
「そうだな。よしやるか」
セイジが顔を叩いて気合を入れる仕草をする。
「やろう」
レイもそれに応じた。こうして、俺たちの船を直す作業がはじまった。この日はその後一時間ほど更に時間をかけて交換や修理が必要な部品をリストアップして船を出た。
俺たちはそれからというもの、土日に集まって、日向さんの店から部品を仕入れては、船のある草原まで行って船を修理をする日々が続いた。そのことは誰にも知られてはいけないはずだった。はずだった。
「ねえ、山の中であなた達、何をしているの?」
ある日の帰り。俺たちは揃って学校から帰ろうとすると目の前にユイがいた。ユイはまるで、悪事を暴いた探偵のような勢いで話しかけてきた。
「なんのことかな?」
俺は知らないふりをした。
「なんのことって、あなた達、最近山奥で宇宙船の修理をしているみたいじゃん」
彼女には何もかもお見通しのようだった。俺たちは大人しく降参することにした。
「そうだよ。俺たちはあの船を直しているんだ。でも、この通りだ。誰にも言わないでくれ」
俺は恥を覚悟で土下座をした。
「おい、ワタル……」
「そこまでしなくても……」
レイとセイジの声がする。すると、ユイは俺の土下座を見て何を思ったのか、こう言った。
「ねえ、あの船で私をイギリスまで連れて行って」
「えっ?」
俺は思わず顔を上げた。
「私のお父さんはイギリスに単身赴任中でさ。たまには会いたいなと思って」
それは俺にとって意外なことだった。ユイは至って真面目な性格で、こんなことには決して付き合わないような人だと思っていた。
「イギリスまではここからそんなにかからなし、旅客船だって通ってるよ。なのになんで、わざわざ僕らのことを頼ろうと思ったの?」
レイが訪ねた。その通りだった。なぜ、俺たちを頼ろうと思ったのだろうか?
「簡単な話よ。お母さんがなかなかオッケー出してくれないの。お父さんとお母さん、少し仲が悪いし……」
「じゃあ、イギリスまで一緒に行こうよ! 僕らも目的地が決まっていなかったから丁度良かった」
レイが笑顔で答えた。セイジも俺もそれに異論は無かった。
「ありがとう! じゃあ、船が直ったら教えてね」
彼女は嬉しそうにこの場を後にした。俺は彼女の後ろ姿を見て、あの子のことをまたしても思い出していた。それと同時に、なぜユイは俺たちの船のことを知っていたのだろうかという疑問が残った。
船の修理は二ヶ月ほど続いて、気がつけば、季節は冬となって、学校は冬休みになっていた。
「雪が降ってきたな」
「そうだな」
この近辺では冬になるとよく雪が降る。船の外で休憩をしていたセイジと俺は空から降ってきた結晶たちを見て呟いた。
「おーい、二人。準備ができたよ!」
そこにレイが大声を出しながらやってきた。そう今日、遂に船の修理が終わろうとしていた。どうやら、レイが最後の部品を取り付ける準備を整えたようだ。
「お、いよいよか」
セイジが立ち上がって嬉しそうに言う。俺もセイジに続いて立ち上がった。
「よしやりますか」
俺はストレッチもどきをしながらそう言った。そして、俺たちは船内へと戻っていった。機関室へと三人で入っていく。床には交換用の部品が置いてある。これを取り付ければ、いよいよこの船は息を吹き返す。
「じゃあ、いくよ」
レイが促す。俺とセイジは頷いた。そして、レイは慎重に確認をしながら部品を取り付けた。部品が収まるところに収まり二ヶ月続いたこの船の修理が遂に終わった。
「できた!」
「終わった」
「やっとか」
俺たちは思わず、ハイタッチをして船の修理が終わったことを喜びあった。
「さて、じゃあいつ出発しようか? 」
達成感からか無言が少し続いた後、俺が二人に聞いた。二人はすぐに、
「今日の夜とか?」
「いいな。俺も今夜でいいぜ」
と言ってくれたのでその流れでこの日の夜に船で宇宙へと飛び立つことを決めた。目的地はイギリス、ユイを連れて行かなければならない。
「あと、ユイにも連絡しないと」
「そうだね」
俺はデバイスのチャットアプリでユイに連絡を取った。「船が直ったから今晩に旅立つ。山の麓で集合」という内容を送った。
それから、俺たちは宇宙へと旅立つ荷造りをするために一度、それぞれの自宅へと帰ることにした。船を出ると雪はまだ降り続いていて、地面は少しだけ白になっていた。
俺が荷物を取るために家に帰るとリビングで両親がいつも通り喧嘩をしていた。内容はわからなかったが、母がまたしてもヒステリックになっていて、父は母の話を聞いているようで聞いていなさそうな態度だった。俺は気づかれないように上へと上がろうとした。その時だった。
「あああ!!」
母は叫びながら玄関を飛び出していった。俺はただ驚いて、階段の上で母が出て行く瞬間を見届けることしかできなかった。
「…… 」
父は相変わらずの表情だった。冷蔵庫から酒を取り出して一杯飲んだ。特に追いかけようとする素振りは全く見えなかった。俺はそれがどういう訳か許せなくなって、リビングに駆け込んだ。
「父さん! いくらなんでも追いかけないのはひどくないか! 母さんだってその態度が許せなかったからあんなになったんだろ!」
俺は思わず激昂していた。だが、もう何もかもがどうでもよさそうな父にはこの叫びは届かなかったようで、
「だから?」
とあっさり返されてしまった。
「じゃあ、こんな家こっちから出ていってやるよ!」
俺はまたしても思わず口に出していた。これくらい言えば、父も考えを改めるだろうと思っていたが、それもむなしい願いで、
「好きにして」
と、どうでもいいように返された。
俺はこのロクでもない男を正すのはもうダメだと思った。それと同時にこいつはこうも言った。
「お前、仲間達となんかやってるみたいだな。でもな、お前もどうせ本当の仲間や家族なんか、できたりはしねぇよ。だって、俺の息子なんだから」
俺は思わず拳を強く握りしめてこいつの顔を一回思いっきり殴った。殴ってもこいつは相変わらず、それがどうしたと言わんばかりの顔だった。
「俺はあんたとは違う! あんたは仲間なんか作れなかったかもしれないけど、俺は違う! 俺には大事な、大事な仲間達がいるんだ!」
一時の満足感を得た俺は自分の部屋へと向かい、まとめた荷物を持って家を飛び出した。こんな家、二度と戻ってやるかとも思った。
走った、全力で走った。ただ、森にいるであろう二人のために俺は全力で走った。途中で聞こえた救急車のサイレンなんかも気にしないで走った。後になって知ったことだが、このサイレンが聞こえる十分ほど前に女性と車が衝突し、結果として爆発事故が起きたという。女性は全身が炎で焼け爛れたために身元不明。だが目撃者からの情報を聞く限り、その女性は母だった。
俺は山の麓へとたどり着く、そこにはレイとセイジ、それからユイがが既に待っていた。
「おそいよ、ワタル」
「いくら待ってたと思うんだ」
「そうよ、そうよ」
「ごめん、ごめん」
日が暗くなりはじめていたので、俺たちは急いで船の場所まで向かった。
「随分とかかるよね……」
ユイが息を切らしながら言った。
「そうだね。ところでさ、なんでここに船があることを知ってたの?」
俺は前々から気になっていたことを彼女に聞いた。俺たちは足を止めずに進み続ける。彼女は少し息を整えてからこう答えた。
「簡単よ。あなた達が宇宙船のことを話している様子をこっそり聞いたからよ」
「そうだったんだ。答えてくれてありがとう」
もし、仮にあの子がまだ俺たちの前に居たら、きっと俺たちは四人で宇宙に行っていたに違いないと思った。ネックレスを触りながら、俺はあの子、メリーのことを思い浮かべた。
船のある草原へとたどり着くと、俺たちは船へと入った。入るやいなや俺たちは操縦室へと入りレイがエンジンを点火した。船の計器たちが一斉に起動する。
「エンジン、異常なし。出力、問題なし。その他計器、問題なし」
スイッチ類を一つずつオンにしながらレイが言った。一通りの確認が終わる。
「よし。飛ぶよ」
レイがそう言ったのを聞いて俺とセイジは改めて覚悟を決め、頷いた。
「じゃあ行くよ。テイクオフ!」
レイがレバーを上げると船が宙を浮いた。どんどん高度を上げていく。
ついに俺たちの冒険が始まった。