森の中で宇宙船を発見してから一週間が過ぎた。俺たちは発見して以降森には行っていなかったが、あの宇宙船が誰かに見つかったという話は一度も無かった。つまり、あの船を知っているのは俺とレイとセイジの三人だけという状況だった。
俺は学校の教室の窓際の席であの宇宙船のことを考えながら、秋晴れの空を眺めていた。
「ええと、1940年代、日本は世界を相手に戦争をしていました。なぜ日本が戦争をしたかと言うと……」
先生が歴史上の出来事を黒板に書き込んでいく。今から百八十年以上前の出来事を説明されても俺にそれが同じ世界で起こった事だとは実感が湧かなかった。俺は仕方なしに時代遅れのノートと鉛筆で板書をした。今の時代、都市部の学校ではタブレット端末で全ての授業を行うというのに、俺たちの学校は今もなお授業を紙で行なっている。そういった些細なことが重なって、俺はこの日々が退屈でしょうがなかった。
あの宇宙船が有れば、この退屈な日々から抜け出せるのだろうか。この一週間で気がつくと俺はそんなことを考えるようになっていた。船さえあればどこにだって行くことができる。あの船で旅に出れば人生が楽しくなるような気がしていた。
「なあ、このキャラ、強くね」
昼休み。クラスメイト達四人が流行りのゲームのことを話していた。俺はそんな彼らの声を聞きながら昼ごはんを食べるのが趣味だった。
「強えぇ!」
「しかも、かわいい」
「なあ、星野、これかわいいと思わないか?」
彼らのうちの一人が俺に声をかけてきた。それと別の一人が同時にゲームの画面を見せてくれた。そこには露出度の高いコスチュームを着た魔法使いの女の子が映っていた。
「興味ないね」
「ええ、かわいいじゃん」
彼らの顔を見ると、いかにも白けた雰囲気だった。
「俺は、そういうのには興味ない。俺が興味あるのは……」
「あるのは?」
「なんの話?」
すると、突然ユイが話に入ってきた。ユイはこのクラスの中でも人気の女の子で、男達はこぞって好きだった。
「ううん、なんでもないよ」
俺は今ここで言うのは、なんだか、はばかられることのような気がした。
「ちぇ、つまんない奴」
そう言って、男達は揃って向こうのほうへと行ってしまった。
「なんだったのかな、あの人たちは?」
「突然俺にゲームのキャラがどうこう聞いてきた。ああゆうこと聞いてくる奴らは苦手なんだ」
「そうなんだ」
彼女は微笑むと、何か思うところがあったのか、毒を吐いた。
「本当、この街の男達の価値観は古いよ」
「本当にそうだよ。なんか考え方が古いよ、あいつらは」
この街の男達の価値観は、一回りも二回りも古かったと思う。それは日本という国が百年近く前から抱えている問題で、未だに根強い何かがあったように思っていた。それは、俺にとって大きな違和感だった。それが蓄積して、この頃の俺は、こんな古臭い考えの街なんか嫌いだと思っていた。
「じゃあ、またね」
「うん、また」
昼休みがそろそろ終わろうとしていたので、俺とユイはそれぞれの席に戻った。彼女は優しい笑みを浮かべていた。それはまるで、あの子のようだった。なんとなく、首に掛けているネックレスを触る。柱状の金属製ネックレス。忘れることはできない、彼女との思い出が脳裏を過った。
「ねえ、これを見てよ!」
放課後、俺と一緒に帰ろうとしていたセイジの前にレイが急いだ様子でやってきた。手には紙の新聞を持っている。
「どうしたんだ?」
セイジがレイに尋ねる。レイは急いで来たために息が上がっており、一呼吸休んでから話を切り出した。
「これを見てくれ。森の宇宙船の持ち主がわかったかもしれない」
セイジと俺はレイが持ってきた新聞記事に目をやった。そこには、一人の男の顔写真が載っており、見出しには有名作家行方不明と書かれている。
「どういうことだよ」
俺がレイに質問する。レイは冷静に答えを返した。
「この写真の作家がこの町で目撃されたのを最後に行方不明になっていて、彼がここまでやってくるのに使われたとされる船もどこにあるかが分からないんだってさ。そして、作家が所有していた船の型は僕たちが見つけた船と同じ型だって」
「それってまさか、俺たちが見つけたあの船がその作家の物だってことか」
「そうなると思う」
「まてよ。じゃあ、あの作家が見つかればそれで話は片付くんじゃないのか?」
セイジが食い下がる。確かにその通りだ。だが、レイはすぐにその可能性を否定した。
「それはもうできないと思う。この記事が出てからもう三年は経っているから、この作家が生きているのは絶望的なんじゃないかな」
「そんな……」
俺たちの間に沈黙が流れた。あの船が仮にその作家の船だったとしたら、作家はあの場所に船を停めたあと、亡くなったという可能性が大きい。つまり、あの船が帰りを待っているであろう人物はもういないのだろうということだった。三人揃ってこの事実へのショックが大きかったのだと思う。俺たちの心は大きく沈んでいるのに対して、日が暮れて月が見えるようになった夕空は俺たちに構うことなどなくて、ただ綺麗に感じられた。
船の持ち主とその顛末は分かったが、結局なぜあの草原に船を置いて姿を消したのかは、分からずじまいだった。後に聞いたレイの推測によると、あの草原一帯は人の手が入ってない状況からして、そもそも誰も知らない場所だった可能性があり、それを船の持ち主が偶然見つけて、そこに船を捨てたのではないかとのことだった。つまり、誰もあそこを探そうとしなかったのだ。山の中に船があるという噂はおそらく、船がこの地で捨てられた時に誰かが目撃していたからではないだろうか、ともレイは考えていた。
「さっきさ、ユイと話していたらまた思い出したんだ」
帰り道でレイとセイジと歩く俺は、この日思ったことを話した。
「ユイって、あいつにそっくりなんだよな。俺も、アイツを見てると思い出すよ」
セイジは、左手首に嵌めてるブレスレットを見つめた。ブレスレットには、金属製の柱がぶら下がっている。
「そうだね……」
レイも柱状の金属がついたイヤーカフを触った。
俺たちにはどうしても忘れられない出来事があった。それを忘れないために、俺たちはそれぞれ柱をアクセサリーにして身に付けていた。
「じゃあ、そろそろ別れ道だな。また明日」
しばらく歩いていると、それぞれの家までの三叉の分かれ道に入った。セイジは左端の道へ、
「僕も、じゃあね!」
レイは右端の道へ、
「二人ともまた明日!」
俺は真ん中の道へと進んでいった。それから、家に帰ってからのことを考えると、ため息が出た。
俺は黄昏たまま家へと着いた。なんの変哲も無い二階建ての一軒家。リビングに向かうと晩ご飯を作っていた母がいた。忙しそうだったので母とは特に何も話さず俺は階段を登って上へと上がり自分の部屋に入った。どうやら父はまだ帰ってきていないようだった。
荷物を置いて、着替えた後でリビングへと向かい、ご飯を食べることにした。下へと降りる。母は何も言わずにご飯を出してくれたが、心の中は冷めきっていたと思う。俺の家族の関係は少し拗れていた。俺が歳頃だったということも大きいが、両親は喧嘩が絶えなくなり、俺はその影響でどちらからも冷たく扱われていた。今思うとこれは異常だった気がしている。それでも、当時の俺にはどうすることもできず、ただただ、世界から必要以上に無視され続けられているような心地がしていた。会話も無い食卓。かまってもらいたくは無い。でも、本当に何もかまってくれないのが辛かった。
「ねえ、最近何か隠してるでしょ?」
母が尋ねた。意外な言葉に動揺しながらも俺は答えようと口を開くが、
「何か隠してるでしょ!」
その時、母は叫びながら皿を俺に叩きつけた。咄嗟のことで混乱したが、母は俺の答えを聞く前に怒鳴って、物を投げた。それだけの事実がそこにあった。俺はまたこれかとなって、怒鳴る母を宥めるために対話を始めた。
「落ち着いて。何も隠してはいないから」
「そんなの嘘だ!」
確かに宇宙船のことは隠していたので実際嘘になる。それでも、そう言うしかできなかった。
「……わかったわ」
「……」
母は十分ほどヒステリックになった後すぐに落ち着いた。落ち着いたのを見計らって俺は自室へと戻った。直ぐに母との対話で疲れ果て、明かりも点けずにベッドで横になる。当時の俺はこのヒステリックな母とこの惨状を見もしなかった父との日々に限界を感じていた。
ああ、もう家族や周りのことなんか捨て去って、レイとセイジと一緒にあの宇宙船でどこかへ行ってしまいたい。この時、俺はそう思った。そう、それが大きな一歩だった。
六、七時間ほど寝た後でモバイルデバイスにチャットメッセージが来ていたことに気がついた。相手はレイとセイジで、こう続いていた。
『さっきさ、セントラル大学で開かれる講演会に行っていいかって、お母さんに聞いたらダメって言われちゃった。ああ、宇宙船があればすぐに行ける場所なのに』
『俺もさ、さっきバイト先で何もしてないのにまた怒られた。なんでそんなことでって理由でさ、嫌になった』
『はは、悪い事って重なるものだね』
『そうだな。ところで、宇宙船ってさ、あれ俺たちで直せないのか?』
『僕たちの力であれは直せるよ。どうして、そんな事聞くの?』
『いや、なんか、さっきのこととかで、俺の居場所ってどこなんだろうって思ってさ。あれを直してみたらなんか変わるかなと思って』
『それは同感。僕も同じこと考えてた』
『奇遇だな』
『だね。ワタルにも伝えておこうよ』
『そうだな』
『ワタルへ、宇宙船の件で思いついたことがあるから至急、赤松公園へ』
それを読んだ俺はただならぬ直感が働いた。そして、レイとセイジに会うために急いで身支度を済ませて、俺は母に気づかれぬように玄関へと向かい、家を出た。
時刻は深夜の四時を過ぎていて、田舎とはいえ光っている町のネオンを横目に俺は全力で自転車を漕いでいる。二人が指定した赤松公園は高校からは近かったが、俺の自宅からは遠かった。十五分ほどかけて俺は公園にたどり着いた。辺りを見回すと少し遠くの方にレイとセイジが見えた。二人は少し前からいたようで、既にその場のウッドテーブルに様々な資料を置いて打ち合わせをしているようだった。俺は自転車を停めて、ゆっくりと二人の元へと向かう。夜の闇を照らしている月はとても輝いていた。
「来たか、ワタル」
俺が座れる状態を整えながらセイジが喋った。
「来たよ。で、なんだよ。話っていうのは」
座った俺が尋ねる。よく見ると、二人の端末には“宇宙船の整備方法”、“宇宙船の操縦方法“などと書かれた電子書籍が表示されていて、紙媒体のいくつかの資料は俺たちが見つけた宇宙船の設計図、部品リストだった。
「チャット見てればわかると思うけど、セイジと僕で考えたんだ。僕たちであの船を動かせないかな?」
三人揃って船を動かそうと考えだった。俺は同意の意味で頷いてから質問をぶつけた。
「それは、俺も動かしたいとは思う。けどな、そのあとでどうするんだよ?」
「それは、また同じ場所に戻して、さよならだよ」
セイジが返しを入れる。だが、俺はもっと凄いことを考えていた。
「それじゃあ、あまり意味がない気がする。だから、だから…… 」
俺が言葉に詰まる。
「だから?」
「だから…… ?」
レイとセイジが訊き返す。不自然な間が少し空いた。俺はやっと、自分が言いたい事を言葉にできたので遂に口を開いた。
「なあ、行ってみないか? 宇宙とやらに」
「はっ?」
「…… 」
セイジとレイが俺の突拍子もない提案に唖然とした。二人は船を少し動かして近所の上空を飛ぼうとしていたらしかった。後になって考えると、自分でもあの時の提案は突飛だったと思う。
「宇宙に行くって、どういうことだよ?」
セイジが訊き返す。俺は少し興奮気味で返した。
「宇宙に行って、どこか違う星に行こう! いろいろ考えるのはその後だ!」
「つまり、家出するってこと?」
「違う! ちが…… 、はい。よく考えるとそうでした」
レイが的確な疑問を投げた。俺は苦い顔をしてそれを認めた。
俺たちは静寂に包まれた。何も喋らない俺たちを置いて、時間はただ進んでいく。あと、もう少し経てば日が昇る。俺はこの沈黙を破るため、そして自分の思いを吐き出すために声を振り絞った。
「俺は、もうこんな日々が嫌なんだよ! 田舎町に、学校、うんざりするほど喧嘩する親。こんなのが続く毎日で、やってられんねーよ!」
「…… 」
「…… 」
レイとセイジが沈黙の中ハッとするような顔を浮かべる。そして
「僕も飽き飽きなんだよ! こんな、何もない田舎町で一生を無駄にするのは!」
レイが叫んだ。普段は大人しい彼が抱えていた思いを聞いて、俺とセイジは驚いた。更に、
「俺もうんざりだ! いつもいつも怒られて。人前で良いやつを演じているのはもうたくさんだ!」
セイジも叫んだ。俺たちは揃いも揃って、この日々に居場所がなかったし不満を抱えていた。だからこそ、俺たちは円陣を組んで声を合わせ、全力で叫んだ。
「宇宙へ行くぞ! おお!!」
空には太陽が昇りはじめていて、辺りが明るくなりだしていた。三人揃って叫んだ後に見た朝日はとても美しかった。
俺は学校の教室の窓際の席であの宇宙船のことを考えながら、秋晴れの空を眺めていた。
「ええと、1940年代、日本は世界を相手に戦争をしていました。なぜ日本が戦争をしたかと言うと……」
先生が歴史上の出来事を黒板に書き込んでいく。今から百八十年以上前の出来事を説明されても俺にそれが同じ世界で起こった事だとは実感が湧かなかった。俺は仕方なしに時代遅れのノートと鉛筆で板書をした。今の時代、都市部の学校ではタブレット端末で全ての授業を行うというのに、俺たちの学校は今もなお授業を紙で行なっている。そういった些細なことが重なって、俺はこの日々が退屈でしょうがなかった。
あの宇宙船が有れば、この退屈な日々から抜け出せるのだろうか。この一週間で気がつくと俺はそんなことを考えるようになっていた。船さえあればどこにだって行くことができる。あの船で旅に出れば人生が楽しくなるような気がしていた。
「なあ、このキャラ、強くね」
昼休み。クラスメイト達四人が流行りのゲームのことを話していた。俺はそんな彼らの声を聞きながら昼ごはんを食べるのが趣味だった。
「強えぇ!」
「しかも、かわいい」
「なあ、星野、これかわいいと思わないか?」
彼らのうちの一人が俺に声をかけてきた。それと別の一人が同時にゲームの画面を見せてくれた。そこには露出度の高いコスチュームを着た魔法使いの女の子が映っていた。
「興味ないね」
「ええ、かわいいじゃん」
彼らの顔を見ると、いかにも白けた雰囲気だった。
「俺は、そういうのには興味ない。俺が興味あるのは……」
「あるのは?」
「なんの話?」
すると、突然ユイが話に入ってきた。ユイはこのクラスの中でも人気の女の子で、男達はこぞって好きだった。
「ううん、なんでもないよ」
俺は今ここで言うのは、なんだか、はばかられることのような気がした。
「ちぇ、つまんない奴」
そう言って、男達は揃って向こうのほうへと行ってしまった。
「なんだったのかな、あの人たちは?」
「突然俺にゲームのキャラがどうこう聞いてきた。ああゆうこと聞いてくる奴らは苦手なんだ」
「そうなんだ」
彼女は微笑むと、何か思うところがあったのか、毒を吐いた。
「本当、この街の男達の価値観は古いよ」
「本当にそうだよ。なんか考え方が古いよ、あいつらは」
この街の男達の価値観は、一回りも二回りも古かったと思う。それは日本という国が百年近く前から抱えている問題で、未だに根強い何かがあったように思っていた。それは、俺にとって大きな違和感だった。それが蓄積して、この頃の俺は、こんな古臭い考えの街なんか嫌いだと思っていた。
「じゃあ、またね」
「うん、また」
昼休みがそろそろ終わろうとしていたので、俺とユイはそれぞれの席に戻った。彼女は優しい笑みを浮かべていた。それはまるで、あの子のようだった。なんとなく、首に掛けているネックレスを触る。柱状の金属製ネックレス。忘れることはできない、彼女との思い出が脳裏を過った。
「ねえ、これを見てよ!」
放課後、俺と一緒に帰ろうとしていたセイジの前にレイが急いだ様子でやってきた。手には紙の新聞を持っている。
「どうしたんだ?」
セイジがレイに尋ねる。レイは急いで来たために息が上がっており、一呼吸休んでから話を切り出した。
「これを見てくれ。森の宇宙船の持ち主がわかったかもしれない」
セイジと俺はレイが持ってきた新聞記事に目をやった。そこには、一人の男の顔写真が載っており、見出しには有名作家行方不明と書かれている。
「どういうことだよ」
俺がレイに質問する。レイは冷静に答えを返した。
「この写真の作家がこの町で目撃されたのを最後に行方不明になっていて、彼がここまでやってくるのに使われたとされる船もどこにあるかが分からないんだってさ。そして、作家が所有していた船の型は僕たちが見つけた船と同じ型だって」
「それってまさか、俺たちが見つけたあの船がその作家の物だってことか」
「そうなると思う」
「まてよ。じゃあ、あの作家が見つかればそれで話は片付くんじゃないのか?」
セイジが食い下がる。確かにその通りだ。だが、レイはすぐにその可能性を否定した。
「それはもうできないと思う。この記事が出てからもう三年は経っているから、この作家が生きているのは絶望的なんじゃないかな」
「そんな……」
俺たちの間に沈黙が流れた。あの船が仮にその作家の船だったとしたら、作家はあの場所に船を停めたあと、亡くなったという可能性が大きい。つまり、あの船が帰りを待っているであろう人物はもういないのだろうということだった。三人揃ってこの事実へのショックが大きかったのだと思う。俺たちの心は大きく沈んでいるのに対して、日が暮れて月が見えるようになった夕空は俺たちに構うことなどなくて、ただ綺麗に感じられた。
船の持ち主とその顛末は分かったが、結局なぜあの草原に船を置いて姿を消したのかは、分からずじまいだった。後に聞いたレイの推測によると、あの草原一帯は人の手が入ってない状況からして、そもそも誰も知らない場所だった可能性があり、それを船の持ち主が偶然見つけて、そこに船を捨てたのではないかとのことだった。つまり、誰もあそこを探そうとしなかったのだ。山の中に船があるという噂はおそらく、船がこの地で捨てられた時に誰かが目撃していたからではないだろうか、ともレイは考えていた。
「さっきさ、ユイと話していたらまた思い出したんだ」
帰り道でレイとセイジと歩く俺は、この日思ったことを話した。
「ユイって、あいつにそっくりなんだよな。俺も、アイツを見てると思い出すよ」
セイジは、左手首に嵌めてるブレスレットを見つめた。ブレスレットには、金属製の柱がぶら下がっている。
「そうだね……」
レイも柱状の金属がついたイヤーカフを触った。
俺たちにはどうしても忘れられない出来事があった。それを忘れないために、俺たちはそれぞれ柱をアクセサリーにして身に付けていた。
「じゃあ、そろそろ別れ道だな。また明日」
しばらく歩いていると、それぞれの家までの三叉の分かれ道に入った。セイジは左端の道へ、
「僕も、じゃあね!」
レイは右端の道へ、
「二人ともまた明日!」
俺は真ん中の道へと進んでいった。それから、家に帰ってからのことを考えると、ため息が出た。
俺は黄昏たまま家へと着いた。なんの変哲も無い二階建ての一軒家。リビングに向かうと晩ご飯を作っていた母がいた。忙しそうだったので母とは特に何も話さず俺は階段を登って上へと上がり自分の部屋に入った。どうやら父はまだ帰ってきていないようだった。
荷物を置いて、着替えた後でリビングへと向かい、ご飯を食べることにした。下へと降りる。母は何も言わずにご飯を出してくれたが、心の中は冷めきっていたと思う。俺の家族の関係は少し拗れていた。俺が歳頃だったということも大きいが、両親は喧嘩が絶えなくなり、俺はその影響でどちらからも冷たく扱われていた。今思うとこれは異常だった気がしている。それでも、当時の俺にはどうすることもできず、ただただ、世界から必要以上に無視され続けられているような心地がしていた。会話も無い食卓。かまってもらいたくは無い。でも、本当に何もかまってくれないのが辛かった。
「ねえ、最近何か隠してるでしょ?」
母が尋ねた。意外な言葉に動揺しながらも俺は答えようと口を開くが、
「何か隠してるでしょ!」
その時、母は叫びながら皿を俺に叩きつけた。咄嗟のことで混乱したが、母は俺の答えを聞く前に怒鳴って、物を投げた。それだけの事実がそこにあった。俺はまたこれかとなって、怒鳴る母を宥めるために対話を始めた。
「落ち着いて。何も隠してはいないから」
「そんなの嘘だ!」
確かに宇宙船のことは隠していたので実際嘘になる。それでも、そう言うしかできなかった。
「……わかったわ」
「……」
母は十分ほどヒステリックになった後すぐに落ち着いた。落ち着いたのを見計らって俺は自室へと戻った。直ぐに母との対話で疲れ果て、明かりも点けずにベッドで横になる。当時の俺はこのヒステリックな母とこの惨状を見もしなかった父との日々に限界を感じていた。
ああ、もう家族や周りのことなんか捨て去って、レイとセイジと一緒にあの宇宙船でどこかへ行ってしまいたい。この時、俺はそう思った。そう、それが大きな一歩だった。
六、七時間ほど寝た後でモバイルデバイスにチャットメッセージが来ていたことに気がついた。相手はレイとセイジで、こう続いていた。
『さっきさ、セントラル大学で開かれる講演会に行っていいかって、お母さんに聞いたらダメって言われちゃった。ああ、宇宙船があればすぐに行ける場所なのに』
『俺もさ、さっきバイト先で何もしてないのにまた怒られた。なんでそんなことでって理由でさ、嫌になった』
『はは、悪い事って重なるものだね』
『そうだな。ところで、宇宙船ってさ、あれ俺たちで直せないのか?』
『僕たちの力であれは直せるよ。どうして、そんな事聞くの?』
『いや、なんか、さっきのこととかで、俺の居場所ってどこなんだろうって思ってさ。あれを直してみたらなんか変わるかなと思って』
『それは同感。僕も同じこと考えてた』
『奇遇だな』
『だね。ワタルにも伝えておこうよ』
『そうだな』
『ワタルへ、宇宙船の件で思いついたことがあるから至急、赤松公園へ』
それを読んだ俺はただならぬ直感が働いた。そして、レイとセイジに会うために急いで身支度を済ませて、俺は母に気づかれぬように玄関へと向かい、家を出た。
時刻は深夜の四時を過ぎていて、田舎とはいえ光っている町のネオンを横目に俺は全力で自転車を漕いでいる。二人が指定した赤松公園は高校からは近かったが、俺の自宅からは遠かった。十五分ほどかけて俺は公園にたどり着いた。辺りを見回すと少し遠くの方にレイとセイジが見えた。二人は少し前からいたようで、既にその場のウッドテーブルに様々な資料を置いて打ち合わせをしているようだった。俺は自転車を停めて、ゆっくりと二人の元へと向かう。夜の闇を照らしている月はとても輝いていた。
「来たか、ワタル」
俺が座れる状態を整えながらセイジが喋った。
「来たよ。で、なんだよ。話っていうのは」
座った俺が尋ねる。よく見ると、二人の端末には“宇宙船の整備方法”、“宇宙船の操縦方法“などと書かれた電子書籍が表示されていて、紙媒体のいくつかの資料は俺たちが見つけた宇宙船の設計図、部品リストだった。
「チャット見てればわかると思うけど、セイジと僕で考えたんだ。僕たちであの船を動かせないかな?」
三人揃って船を動かそうと考えだった。俺は同意の意味で頷いてから質問をぶつけた。
「それは、俺も動かしたいとは思う。けどな、そのあとでどうするんだよ?」
「それは、また同じ場所に戻して、さよならだよ」
セイジが返しを入れる。だが、俺はもっと凄いことを考えていた。
「それじゃあ、あまり意味がない気がする。だから、だから…… 」
俺が言葉に詰まる。
「だから?」
「だから…… ?」
レイとセイジが訊き返す。不自然な間が少し空いた。俺はやっと、自分が言いたい事を言葉にできたので遂に口を開いた。
「なあ、行ってみないか? 宇宙とやらに」
「はっ?」
「…… 」
セイジとレイが俺の突拍子もない提案に唖然とした。二人は船を少し動かして近所の上空を飛ぼうとしていたらしかった。後になって考えると、自分でもあの時の提案は突飛だったと思う。
「宇宙に行くって、どういうことだよ?」
セイジが訊き返す。俺は少し興奮気味で返した。
「宇宙に行って、どこか違う星に行こう! いろいろ考えるのはその後だ!」
「つまり、家出するってこと?」
「違う! ちが…… 、はい。よく考えるとそうでした」
レイが的確な疑問を投げた。俺は苦い顔をしてそれを認めた。
俺たちは静寂に包まれた。何も喋らない俺たちを置いて、時間はただ進んでいく。あと、もう少し経てば日が昇る。俺はこの沈黙を破るため、そして自分の思いを吐き出すために声を振り絞った。
「俺は、もうこんな日々が嫌なんだよ! 田舎町に、学校、うんざりするほど喧嘩する親。こんなのが続く毎日で、やってられんねーよ!」
「…… 」
「…… 」
レイとセイジが沈黙の中ハッとするような顔を浮かべる。そして
「僕も飽き飽きなんだよ! こんな、何もない田舎町で一生を無駄にするのは!」
レイが叫んだ。普段は大人しい彼が抱えていた思いを聞いて、俺とセイジは驚いた。更に、
「俺もうんざりだ! いつもいつも怒られて。人前で良いやつを演じているのはもうたくさんだ!」
セイジも叫んだ。俺たちは揃いも揃って、この日々に居場所がなかったし不満を抱えていた。だからこそ、俺たちは円陣を組んで声を合わせ、全力で叫んだ。
「宇宙へ行くぞ! おお!!」
空には太陽が昇りはじめていて、辺りが明るくなりだしていた。三人揃って叫んだ後に見た朝日はとても美しかった。