夏休みシーズンという事もあり、東京駅は混雑していた。
「モバイル切符の方はこちらへ!」などの駅員の案内する声はごった返した人のせいで改札の近くまで聞こえてこなかった。
僕達は改札機に切符を通すと電光掲示板に表示された18番線の文字に従って広い構内を進んでいく。
指定席とはいえども新幹線のホームにたどり着くまでが時間がかかるので時間には余裕を持って移動しておいているのだ。
やっとの思いで人混みをかき分けながらホームにたどり着いた頃にはすでに僕はクタクタになっていた。
「や、やっと着いた……。」ずっと外に出ていなかったことによる運動不足の弊害は大きく、階段を登るだけでも足がパンパンになりそうなくらいだ。
ホームで待っている間に誰もが子供の頃にやったことはあるだろうスーツケースの取手を背もたれにして座るということをいい年をした僕はホームでしていた。
「やっぱりあんたを連れ出してよかったよ。絶対運動不足だっただろうしね。」
「だからってスーツケースまで持たせることはないだろうがよ……。」
「いいや?まだスーツケースなんて甘い方だよ。向こうでイベントの設営の手伝いをしてもらうからね!もうおじさんたちには伝えてあるから!」
「嘘だろ……。」
イベントというのは毎年この時期におじさん達の住んでいる愛宕村で行われている愛宕祭のことだ。
毎年屋台やミニライブイベントなど色々なイベントが行われており、その時期だけは普段帰ってこないような若い人たちも帰ってきて地域が一体となって行われるお祭りなのだ。
「んで、手伝いっつても何をやるんだ?」
僕は新幹線に乗る前に買っておいたお弁当のシュウマイを頬張りながら母親に尋ねる。
「今年は少し遠いところからバンドクラブのメンバーがライブをしに来るらしいんだよ。だからそのセッティングとか打ち合わせとかをして欲しいらしくてさ。」
『バンドクラブ』その言葉を聞いて少し寒気がした。
「なんで僕なんだよ……別に他の人でもいいじゃないか。」
お弁当の中身はもう後は赤い梅干しの乗ったご飯しか残っていない。
「運営する人の中でバンドのセッティングをしたことがある人が今年は用事で来られないらしくてさ。あんたが部活でやってるって話は前からおじさんにしてあるからさ。」やめたって話はしてないけど……と、小声で母親は付け足す。
「セッティングはいいけど打ち合わせってどういうことだよ……その位は誰でもできるだろ。」
「いやいや、そんなことはないよ。楽器の名前とか機材の名前とかあんたの方が詳しいだろ?おじさん達そういう話をされても分からないらしくてさ。」
「はぁ、そういうことならしゃーないな。分かった、僕がやるよ。」
渋々僕はその手伝いの件を了承する。
お弁当に残っていた梅干しは普通のより甘酸っぱいものだった。
新幹線はそのまま新大阪を通過して広島へと到着する。
「うっわ……あちぃ。こっちってこんなに暑かったっけか?」
新幹線を降りた直後に襲ってくるのは恐ろしいほどの熱気で、とてもじゃないが長時間外にいることは出来なさそうだ。
「こりゃあ暑いなぁ。とりあえず、近くのカフェ入ろっか。」
母親の言葉に同意し、駅ビルの中にあるカフェへと入りジンジャーエールを注文する。
シュワシュワとした感触が僕の喉を潤し、涼しい気分にさせてくれる。
少しカフェで涼んだ後で僕たちはバスに乗り換え、郊外へと向かう。
初めはビルやコンクリート造りの家など東京でもよく見るような建物ばっかりだったがしばらく走っていくと段々と広い田んぼや畑が多くなってきて大きかったり高い建物などは全く見えなくなった。
「ほら、次のバス停で降りるよ。用意しな。」
気づけば実家の近くのバス停に近づいていて、僕は急いでスーツケースなどをまとめて降りる用意をする。
「うわぁ……こっちも暑いなぁ。どう過ごせばいいんだよこれ。」
都市部とは違ってたまに吹くビル風もなく、自然の風のみなのでとてもじゃないがずっと外にいるのは自殺行為に近いと言えるような気温になっており、道路には陽炎が出来ている。
バス停から降りて少し進んでいくと今ではもう珍しい木造の家が見えてくる。
「おーい!吉人ぉ!」家の入り口のところで僕を呼んでいるのは秀影おじさんだ。
「秀影おじさん、お久しぶりです!」
「おぉ!元気そうで良かったよ。今年は愛宕祭の設営を手伝ってくれるらしいじゃないか、よろしく頼むぞ。」
去年、実家には帰らなかったが家の中はほとんど変わらずだった。
「昭恵おばさんもお久しぶりです。」僕は家の中にある仏壇に向けて挨拶をする。
昭恵おばさんが亡くなったのは3年前の事で、農作業中に熱中症を拗らせてしまい、医者の努力も虚しくそのまま亡くなってしまったのだ。
「昭恵も吉人に会えて喜んでいるだろうな。まぁ、今日は疲れただろうしゆっくり休むといい。ただ、明日からは農作業を手伝って貰うぞ。」
農作業の手伝いという単語に僕は気が遠くなりそうになりながら、はいと一言答えてしまった。