セミがうるさく泣き喚く放課後、今日は普通は生徒がいない日曜日だというのに音楽室からベースの軽快な音やドラムの重低音が下駄箱のエリアまで聞こえてくる。
 少し考えてからそういえば文化祭がそろそろ開催の時期かと思い出す。
 「このままでは単位未認定で留年になってしまいます。」と深刻な顔で先生に言われた帰りなのもありベースやドラムの音は僕の心にチクチクと刺さってくる。

 「あんたも軽音楽部続けてりゃあよかったのに。」と僕の母親の真理子は独り言のように呟く。
 「いいや。僕が、あのバンドに僕がいる資格は全くもってない。」僕は思い出したくもないが思い出してしまったあの日のことを思い出す。
 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 その日もセミはうるさく泣いていた。
 「それでは、本日最後の野外ステージを飾りますのは軽音楽部の皆さんです‼︎」
 放送部の合図でステージ裏に待機していた僕達は、既に文化祭運営委員会の有志の人達がセッティングしてくれている楽器が置かれた壇上へと左右の仮設階段から登っていく。

 「こんにちは!軽音楽部部長兼私達のこのバンド、サマーナンバーズでボーカルを勤めています、KANADEです!最後の公演、ぜひ楽しんでいってください!」
 バンドリーダーの奏が挨拶をし終わると、野外ステージで盛り上げのために集まってきてくれていた文化祭運営委員会の男子達を中心におぉぉ!という歓声があちこちから湧き起こる。

 「では、まずは一曲目からオリジナル曲です――『ラストサマースカイ』。」
 ドラムスローンに座っている明梨がスティックで4カウントを刻み、スネアとフロアを軽快に叩き鳴らす。
 それと同時に僕はギターを、ベース担当の綾音はベースをかき鳴らす。
 そこに奏は歌詞を乗せていく。
 一気に一曲目が終わり、二曲目の流行りのアニソンのカバー曲も無事に終わらせた。

 予定通り前を陣取っている男子どもがアンコールを大声でステージに向けて叫び出すと今度はアンコールの波が湧き起こる。
 「アンコール、ありがとうございます!アンコールにお答えして演奏いたしますのは、新曲となります!」
 またもうぉぉ!と歓声が長い時間上がり、中には口でホイッスルのような音を出している人もいた。

 「沢山の声援ありがとうございます。三曲目の曲名は『エピック・キャンパス』です!これまでの学園生活の思い出を所々に入れ込んだ曲となっているので最後までお楽しみ下さい!」
 この曲だけはボーカルの奏が4カウントをすることで始まる。

 序盤のAメロ、Bメロと順調に進んでいっていたがサビで事件は起こった。
 僕がステップを踏みながら演奏していた時にコードに足でを引っ掛けてしまい、アンプを使う楽器の音が鳴らなくなりそのまま曲が止まってしまったのだ。
 せっかくの新曲に熱血していた観客席はベースアンプと共に静寂に包まれる。

 その後はどうなったかは全く覚えていない。
 気づいたら公演も文化祭も終わっていて家のベッドで一人、泣いていたのだけは記憶に残っている。
 メンバーからの電話も親がノックしてくる音も鍵をかけて入れないようにして無視をし、一人部屋の中で泣きじゃくった。
 その後から僕はバンドメンバーに合わせる顔も無くなり、学校に行くことが怖くなった。

 そのまま僕は不登校と引きこもりのレッテルを自分に貼り付け、部屋に篭りネットゲームや動画サイトで映画などを見るような1日をずっと過ごし、外に出ることは無くなった。
 毎回スマホを開く度にバンドメンバーからのチャットメッセージの通知が見えることが怖かった。
 みんな優しい言葉を送ってきているが実際に戻った時に一斉に罵声をかけられるのでは無いかとビビってしまっていたのだ。

 僕はそして数日後に奏から「無理しなくてもいいよ、それが君の選択なら。」というメッセージが送られてきたという通知が表示されている日にバンドメンバー全員をブロックし、メッセージを見れないようにした。
 その後はバンドメンバーと学校内で会わないようにしながら、なぁなぁに過ごしてなんとか落第も避けて僕は高二に進級をなんとかすることができた。

 そして時は過ぎ、今年も文化祭が行われようとされている時期で学校は夏休みの真っ最中。
 僕は高二になってから一度も学校に登校せずにずっと家でゲームをしたり、動画を見たりして1日を過ごしていた。

 そして、先生から今日の三者面談で夏休み後から全授業に出席できないようでは留年になるでしょうと言われてしまった。
 そしてその帰りに僕の母親は「なぁ、今年は長めに実家に帰らないかい?」と提案してきた。
 どうせ軽音楽部のみんなは練習でここら辺にずっといるだろうし少しでもこの街の重い雰囲気から逃れたかった。

 「いいよ。なんなら明日からでもいいよ。」と僕は答える。
 「流石に明日からは無理さ……。早くて明々後日に出発だね。ちゃんと準備しておくんだよ、もう私は手伝わないからね。」
 小学生に言うようなことを僕に言ってきたので僕は苦笑いしながら「分かってるよ。」と答えた。