「はい、あーん。カイ君、次はどれにする?」
「えっと、じゃあ……バナナで」
「いいわよ。じゃあ、綺麗に皮をむいてあげるね」
バナナの皮くらい当然自分でむけるんだけど、今の俺――カイは異世界転生により、幼さの抜けない十歳くらいの少年の姿になってしまっていた。
そのため、異世界で初めて出会ったリアという十八歳くらいの長い緑髪の少女が、エメラルド色の大きな瞳で俺を見つめながら、ものすごく世話を焼いてくる。
荒れ地の真ん中に一人でいる白いワンピース姿の少女という、よくわからない状況を差し引いても、リアは美人と言って差し支えがない。
そんなリアの膝の上に座らされ、フルーツの盛り合わせを食べさせてもらうというこの状況を見れば、どこの王族のバカ息子だよ! と自分自身に言いたくなるけど、残念ながら状況はちょっと違う。
「あ、あの……」
「ん? カイ君、どうしたのかな? して欲しいことがあれば、何でも言ってね」
「えっと、何か飲み物を……」
「あっ、ごめんねっ! 今すぐ用意するから待ってて!」
そう言ってリアが右手を前に出すと、瞬きする間にココナッツが出現していて、パカっと二つに割れる。
ここは南国みたいな気温ではないし、周囲に海なんて一切ないんだけど、さすがは異世界だけあって何でもありだな……と、出されたココナッツミルクを飲みながら、この世界へ来ることになった経緯を思い返してみた。
◇◆◇
「吉野夏生さん。残念ながら、あなたは会社で過労死しました。働き過ぎです」
俺は会社の自席にいたはずなのに、いつの間にか真っ白な部屋にいて、見知らぬ金髪の女性から死んだと言われてしまった。
余りにも突然過ぎることで少し驚いてしまったが、今はそれどころではない。
「すみません。どなたか存じませんが、仕事に戻らないといけないんです。今、納期がヤバくて」
「もうお仕事のことは忘れて大丈夫ですよ。あなたはブラック企業でシステムエンジニアとしてプログラム作りに励んでいましたが、それももう終わりです。既に亡くなっているのですから」
「あ、そういうのいいです。俺が頑張らないとプロジェクトが……って、扉はどこですか?」
変な女性を無視して、部屋から立ち去ろうとしたのだけど、どこにも扉が見当たらない。
それどころか、今まで壁だと思っていた所が天井だったり、床だと思っていた所が壁だったりして、自分がどこを向いているのかすら、わからなくなる。
よく見れば、先程の女性も俺も、宙に浮いているような気がするし……まさか本当に死後の世界だったりしないよな!?
「いえ、その通りです。厳密に言うと、死後の世界というより、天国と現世の境目ですが」
「し、思考を読まれたっ!?」
「あなたには変な女だと思われていますが、これでも私は女神なので」
思ったことが全部筒抜けになっている!?
というか、女神様はちょっと怒ってない? 変な女って思ったから!?
いや、あなたは既に死んでいる……なんて言われたら、大半の人はそう思うでしょ!?
「……こほん。本題に移りましょう。あなたが前世で作った、困っている人の声を集め、弱者を救うべき者へ伝えるアプリを別の神が高く評価しています」
「あー、仕事とは関係無しに趣味で作ったアレですか」
「えぇ。その神は現世の未来を視る力を持っていて、あなたの作ったアプリが今後大勢の人々を救うことになるのだそうです」
良かった。世界中に困っている人が大勢いるのは知っているけれど、俺一人の力で全員を救うことなんて出来ないし、お金も時間も無い。
そこで、唯一自分の特技だと言えるプログラミング能力を活かして、あるスマホアプリを作ったんだけど……そっか。あのアプリを作った意味はちゃんとあったんだ。
「残念ながら、あのアプリが人々を救うところをあなた自身が見ることは出来ませんでしたが、その功績を称えて、次の人生を豊かにしてあげて欲しいと、転生を司る私のところへ依頼があったのです」
「なるほど。次の人生を豊かにという話ですが、もう一度日本人として転生も出来たりするんですか?」
「残念ながら、生まれる世界は決まっているので、変更出来ません。ですが、その世界の中であれば、生まれる場所や、授かるスキルを選ぶことが出来ます」
「スキルっていうと、よくゲームやラノベに出てくる、あのスキルですか?」
「えぇ。あなたが転生する世界は、科学の代わりに魔法が発達していて、十歳になったら神からスキルという特別な技能を授かることができます」
転生先について詳しく話を聞くと、魔物や精霊などが存在する世界で、精霊の力を借りて魔法を発動することが出来るのだとか。例えば、風の精霊の力を借りて空を飛んだり、水の精霊の力を借りて砂漠で飲み水を確保したりと。
あと、スキルは一人につき一つしか授からないものの、人生を左右する程の影響を持つらしい。
「授かるスキルは前世の行いによって決まるのですが、戦闘に関するスキルや魔法に関するスキル、商売や学問に、生産や生活など、多岐に渡ります。あなたは、どういったスキルを得たいか、希望などはありますか? 先程お伝えした功績もありますし、ある程度融通を利かせますよ」
「希望と言われても、どんなスキルがあるかわからないので何とも言えませんが、やっぱり魔法ですかね」
「あなたの前世に無い技能ですから、憧れますよね。わかりました。では、魔法に関するスキルで、あなたに適したものを私が見繕っておきましょう。転生ですので、零歳から人生がやり直しとなりますが、レアなスキルを授けますので、十歳の誕生日を楽しみにしておいてください」
魔法に関するスキルか。
現時点では何かわからないけれど、せっかく魔法が存在する世界で生きていくのに、魔法が使えないという事態にはならなさそうだ。
「……って、待ってください。十歳の誕生日を楽しみにと言う話でしたが、転生後にこのやり取りを覚えているのでしょうか」
「えぇ。前世の記憶や経験をそのままに異世界へ転生しますので、安心してください」
なるほど。それはありがたい。いわゆる、異世界転生ものの必須項目だもんな。
あとは、自動翻訳と鑑定と異空間収納とかがあると、チート主人公になれそうなんだけど。
「スキルは一人一つまでです。自動翻訳くらいならおまけで付けてあげられますが、鑑定スキルや異空間収納スキルにするなら、先程私が話した、超レアなスキルは無かったことにしますが」
「い、いえ、冗談です! 元々予定されていたスキルでお願いします」
「わかりました。では自動翻訳はおまけしておきますので、最後に転生先の場所について希望があれば教えてください」
「そうですね。日本ではものすごく人が多い都市で働いていて、毎日忙しく帰宅できない日々が続いていました。なので、人が少ない田舎で、のんびりスローライフが送れると嬉しいです」
会社がテレワークを導入してくれなかったがために、朝の地獄の通勤電車に乗り、夜は帰れずに会社で寝泊りすることも多々あって、食事は毎日コンビニ弁当だったからな。
「大変だったんですね。まぁ過労死する程ですし……ひとまず、転生先の座標を田舎にして、零歳から今の記憶が呼び覚まされるように設定しました」
女神様がそう言うと、真っ白だった部屋に黒い穴が現れ、ゆっくりと吸い込まれて行く感じがする。
「そこへ入ると、次の人生です。今度は過労死なんてすることなく、人生を楽しんでくださいね」
「はい。ありがとうございます」
「いえ。私は依頼されたことをやったまでです。これは前世でのあなたの行いが……あっ!」
「えっ!? 今の、あっ! って何ですか!? ちょっと、女神様!? 女神様ーっ!? ……返事しろーっ!」
俺の心の底からの叫び声も虚しく、黒い穴に吸い込まれ……意識を失ってしまった。
目が覚めると、青い空が視界に映る。
起き上がって周囲を見渡してみると、異世界転生先はまさかの屋外だった。
それも、地平線が見えるくらいに広い草原というか、一本だけポツンと立っている高い木があるんだけど……こういう場所をサバンナって言うんだっけ?
「確かあの女神様は、異世界に転生して零歳から人生を送るって言っていたよね? 俺、いきなり立ち上がっているし、歩けるんだけど」
自分の身体や手足を見てみたけど、どう考えても零歳の赤ちゃんではない。
幼稚園ってことはなさそうだが、小学生くらいだろうか。
自分の頭に触れ、前髪を降ろしてみると黒髪が見えたから、日本人っぽい容姿なのかな?
持ち物は、変な服――おそらく、この世界の服なのか、ゴワゴワした布で出来た、ダボダボのロンTみたいな服とズボンに、革で出来たサンダルみたいな靴……だけ!?
実はポケットとかに何か……って、ズボンにポケット自体が無いのかぁぁぁっ!
「マジかー。確かに田舎でのんびりスローライフとは言ったけど、ちょっと厳し過ぎじゃない?」
おそらく、女神様が最後に言った「あっ!」で、何か失敗したんだろうけど、とりあえず思っていた異世界転生スローライフとは違うみたいだ。
俺のイメージでは、辺境の農家の次男辺りに転生して、かわいい幼馴染の女の子と一緒にのんびりと畑を耕していくと思っていたんだけどな。
理想と現実のギャップを悲しく思いながらも、雲の位置が変わって日差しが厳しくなってきたので、この辺りで唯一生えている木の下へ移動することにした。だけど、このサンダルが中々に歩き難い。
「そうだ! 確か、魔法が使える世界だって言っていたよね! 魔法って、どうやって使うんだろ? 十歳になっていないと、まだスキルを貰えていないから使えないかもしれないけど……とりあえず、ゲームによくある魔法の言葉で発動するかな?」
ゲームならコントローラーで選んでボタンを押すだけなんだけど、とりあえず、あの木の許へ行くイメージしながら、思いっきり叫んでみることにした。
「テレポート!」
……どうしよう。めちゃくちゃ恥ずかしい。
いや、誰に聞かれた訳でもないんだけど、思いっきり瞬間移動する自分をイメージして叫んだのに、一ミリも動いていないからね。
何度か、俺の思う魔法の使い方を試し……うん。歩いて行くことにした。
やっぱり普通は魔法って、誰かに教わるとか本を読むとかっていう、学習が必要だろうしね。
ただ日本でシステムエンジニアとして働いていた時は、まったく知らないプログラム言語のソースコードをいきなり渡されて、仕様書も設計書も何も無いまま、これを動くようにしろ言われて……って、今考えるとおかしいよな。
今更ながらに、前世の職場のブラック企業っぷりについて考えていると、段々と目的地である木が近くなってきて……おぉっ! 人がいるっ!
「すみません。転生……じゃなくて、道に迷ってしまったのですが、街や村ってどっちに行けばありますか?」
ものすごく長い緑髪で、十八歳くらいの少女が木陰で休んでいたので話し掛けてみると、大きな目を丸く見開いて俺を見つめてくる。
だけど、その少女は口をパクパクさせているだけで、声になっていない。
これはもしかして、言葉が通じていないのだろうか。
……って、自動翻訳スキルはおまけしてくれるって言ってなかったっけ!?
でも、女神様がいろいろと失敗したっぽいから、おまけの自動翻訳スキルがなくなっちゃったってこと?
赤ちゃんからやり直しになるなら、ゆっくり時間をかけて、この世界の言語を覚えることも可能だと思うけど、超短期間で、まったく習ったことのない初めての言語なんて、覚えられるのだろうか。
ぶっちゃけ、自分の年齢がわからないことよりも、この年齢で一切言葉がわからない方がマズいよね。
未だに口をパクパクさせている少女に、どうやってコミュニケーションを取ろうかと考えていると、突然少女が立ち上がり、俺の手を両手でぎゅっと握ってきた。
「き、君……凄く幼い子供なのに、どうして私の言葉で話せるの!?」
「え? どうしてって、普通に話しているだけだよ?」
「私の言葉もわかるっ! しかも、イントネーションもすごく自然! すごいっ! すごいすごいすごーい!」
そう言うと、少女が俺を思いっきり抱きしめてくる。
とりあえず、さっきの口パクはこの少女が驚いていただけで、言葉が通じているのか!?
自動翻訳スキルが無いはずなのに、この少女と会話が出来ていることについて確認が必要だが、それよりも、大きな問題がある。というのも、今の俺は小学生くらいに見えるかもしれないけど、中身は三十手前の立派な大人なんだ!
見た感じ、十代後半くらいの少女に抱きしめられるのは、嬉しいけど事案になってしまうっ!
しかも、この少女の背が高いのか、それとも俺の背が低いのか。抱きしめられると胸に……大きくて、柔らかくて、温かい胸に顔が埋もれるっ!
「……ぷはっ!」
「あ! ごめんね! 大丈夫?」
せっかく転生して新たな生を授かったのに、少女の胸で窒息して人生が終了してしまうところだった。
大きく深呼吸して、まずは疑問に思ったことを聞いてみる。
「あ、あの! どうしていきなり抱きしめたの?」
「えへへ。久しぶりに誰かと会話出来たのが嬉しくて、つい」
「久しぶりに……って、君はずっとここにいたの?」
「そうなの! お姉ちゃん……あ、私はリアっていうんだけど、いろいろあってね。こうして、周囲に誰もいないこんな場所から動けなくなっちゃったの。だから、私の言葉がわかる君が来てくれて、本当に嬉しいのよ」
そう言って、リアと名乗る少女が再び俺を抱きしめてきた。
……って、死んじゃうから!
「ま、待って! その、俺は見た目こそ幼いけど、これでも二十七歳なんだ!」
「えっ!? 二十七歳!?」
「うん。だから、君が思っているような年齢ではなくて……本当にごめんなさい!」
さすがにこれは引かれると思ったのだが、リアは俺の年齢を聞いても腕の力を緩めない。
それどころか……頭を撫で始めた!?
「たった二十七歳でこんな所へ一人で……大変だったんだね。そうだ! 君、名前は?」
「え? たった!? ……俺はカイっていう名前だけど?」
「カイ君は偉いね。リアお姉ちゃんなんて、もう百八十歳なのに、まだ一人ぼっちに慣れなくて。そうだ! お腹空いてない!? 何か出してあげる!」
え!? 百八十歳って言った!? そんなバカな!
どうみても十八歳くらいにしか見えないし、そもそも百年も……って、ここは異世界だったぁぁぁっ!
リアの耳は尖ったりしていないけど、もしかして長寿のエルフとかなのだろうか。
そんなことを考えていると、リアが幼児を扱うかのように、軽々と俺の身体を持ち上げ、クルっと身体の向きを変える。
先程まで俺の目の前にあった胸が背中に押し付けられた状態で、そのままリアが静かに草むらの上に座ると、その伸ばした脚の上に座らされた。
「な、何を……」
「いいから、いいから。えーい!」
リアが手をかざすと、緑色の光のようなものが地面に注がれ、そこからニョキニョキと小さな木のようなものが生えてくる。
何だろうかとみていると、あっという間に見たことのあるフルーツがなった。
「これは……ブドウ!?」
「そうだよ。種無しで、皮まで食べられるから……はい、あーん」
「え? あーん……」
思わず口を開けてしまい、リアが細い指で小さな粒を俺の口へ運ぶ。
「お、美味しい!」
「えへへ。カイ君が喜んでくれた! じゃあ、次はこれ!」
雛鳥のように何粒か口へブドウを運ばれたところで、次はミカンが生えてきた。
その次はモモ。さらに次はリンゴ……これが異世界の魔法か。すごいな!
見れば、いつの間にか大きな葉っぱが器代わりに置かれていて、フルーツの盛り合わせのようになっている。
「えっと、リアさん」
「どうしたの? 何か食べたい物があるのかな?」
「そうではなくて、自分で食べられるので……」
「あ! もしかして照れているのかな? カイ君、かわいい!」
そう言うと、リアが俺の顔に頬ずりしてきた。
……ダメだ。リアに変なスイッチが入っているというか、今は何を言っても俺が子ども扱いされてしまい、まともに会話出来そうにない。
久しぶりに誰かと会話したと言っていたし、リアの気が済むまでしばらく付き合い、その後にこの世界のことや、先程からリアが使っている魔法について教えてもらおう。
「はい、あーん。カイ君、次はどれにする?」
「えっと、じゃあ……バナナで」
「いいわよ。じゃあ、綺麗に皮を剥いてあげるねー」
先程同様にリアがバナナを食べさせてくれたのだが……の、喉に詰まるっ!
「あ、あの……」
「ん? カイ君、どうしたのかな? して欲しいことがあれば、何でも言ってね」
「えっと、何か飲み物を……」
「あっ、ごめんねっ! 今すぐ用意するから待ってて!」
飲み物を……と出してもらったココナッツミルクを飲み、一つ気付いたことがある。
「リアさんが使える魔法って、植物に関する魔法なんですか?」
「んー……植物を生やしたり、動かしたりは出来るかな。私は木の精霊のドリアードだから」
「なるほど……って、精霊!? ドリアード!?」
「カイ君は知ってたんじゃないの? 精霊語を話しているし」
「精霊語!?」
「うん。カイ君の精霊語、完璧だよ! 精霊語が話せる人間族なんて、たぶん数百年前の賢者さんくらいじゃないかな? 私が生まれる前のことだから、あんまり詳しくないけど」
そっかー。異世界で人を見つけたと思って話しかけたら、精霊だったのか。
……この世界の精霊って、どういう存在なんだ? とりあえず、人間を嫌っているって感じはしないけど。
「えっと、リアさんとは普通に会話出来ていますけど、この文字って読めます?」
「ん? どんなのかな?」
リア曰く、精霊語を話しているらしいけど、俺としては日本語で普通に話しているだけだ。
なので、実は自動翻訳スキルが発動しているのではないかと思い、指で地面に文字を書いてみることにした。
≪こんにちは≫
「えぇ、こんにちは。カイ君は上手に字が書けるのね」
どうやら平仮名は読めるらしい。相変わらず子供扱いはされているけど。
とりあえず次だ。
≪今日は天気が良いですね≫
「そうだね。というか、今は乾季だから、ほとんど雨なんて降らないけどね」
漢字も読めると。それなら、これはどうだろう?
≪HELLO≫
「ん? カイ君。その文字はなぁに?」
「あ、わからなければ、良いです。気にしないでください」
英語だと伝わらないということは、やっぱり自動翻訳スキルとかではなくて、精霊の言葉が日本語だったってことか。
あ、危ない。精霊の言葉が日本語でなければ、リアに出会えても会話が出来ず、詰んでいたかもしれなかったんだな。
「ありがとうございます。文字はもう大丈夫ですが、この辺りに人間族の街や村ってありますか?」
「え? そんなの無いよ? 一番近いところで……どこだろう? 山とかを越えたらあるのかな?」
えっと、どこを見ても山なんて無いんですけど! 見渡す限り地平線なんですけどっ!
「山……は、あるんだ」
「えっとね、確かあっちに……あれ? そっちだったかな? 何かね、遠くまで行けばあるらしいよ?」
あれ? もしかして、新しい人生が早速詰んだ?
「えっと、リアさんの……」
「待って! カイ君、これから一緒に過ごしていくんだから、リアお姉ちゃんって呼んで欲しいな」
「え? 一緒に過ごす?」
「過ごしてくれないの? ヤダヤダ! 私、百年以上ずっと独りぼっちだったんだもん! 野菜とか果物とか、植物全般ならいくらでも出せるから、一緒にいてよ!」
詳しく話を聞くと、リアはこの大きな木に宿った精霊なので、ここから数歩分くらいしか離れられないのだとか。
時折、木陰を求めて動物がやって来ることはあるけど、当然精霊の言葉を話すことなんて出来ない。
だから、百年以上も孤独で……あー、それはちょっと可哀想かも。
「リアさんは……」
「リアお姉ちゃんって呼んで欲しいな」
「……リアは、俺が一緒にいると嬉しい?」
「うんっ! とっても! カイ君とお話し出来るんだもん!」
そう言って、リアが無邪気に笑う。
見た目は十八歳くらいで、実際は百年以上生きているみたいだけど、これまで他人と接していないからか、中身はすごく幼い気がする。
「わかった。これからリアと一緒にいるけど……」
「わーいっ! カイ君、大好き!」
「リア!? 待って! 話を聞いてっ!」
喜ぶリアがまたもや頬ずりしてきたので、何とか制して再び真面目な話をする。
「最初に言ったけど、俺の見た目は幼くても、中身は大人なんだ。だから、その……もう少し子供扱いを控えて欲しいかな」
「はーい! えっとー、カイ君は大人だから、ハグじゃなくて……チュー!」
「それも違―う!」
リアに思いっきりキスされそうになったけど、二回目の人生は、広大な草原のど真ん中でスローライフをすることになった。
異世界へ転生し、木の精霊のリアと草原で一緒に暮らすことになり、まずは生活する上で必要な物について考えてみる。
「リアは、植物を出せるっていう話だったけど、野菜なんかも出せるの?」
「もちろん! 例えば、こんなのとか!」
リアが手をかざすと、目の前の地面に突然キャベツが生える。
「やっぱり、リアはすごいな」
「でしょ! えへへ、カイ君に褒められた!」
手をかざしただけで野菜が出てきたので、素直に凄いと言ったただけでリアが満面の笑みを浮かべて見つめてくる。
それはともかく、注意しないとすぐに子ども扱いして抱きつこうとしてくるのは困ったものだけど。食べ物の心配はなさそうだが、リアの行動には困ったことになるかもしれないな。
ただ、野菜や果物ばかりだと、お肉が食べたくなったりするかも。
とはいえ、周辺に動物はいるそうなので、肉を食べたい欲求が限界まで来たら、リアに相談してみようか。
「あ! リア。この辺りって、夜は大丈夫なの?」
「大丈夫って?」
「いや、壁とか柵とかもないから、寝ていたら動物に襲われるなんてことがないかなと思って」
「それなら大丈夫! 木の上で寝れば良いんだよ! 木を登ったり、枝まで届いたりするような大きな動物は、この辺りにはいない……というか、そもそもこの辺りに動物自体が少ないから、安心して」
なるほど、木の上か。
一番下の枝はかなり太そうだし、今の子供の身体なら眠れそうだけど、問題が二つある。
一つは、その木の枝が俺の身長よりも遥かに高いこと。
もう一つは、木の上で安眠出来るかどうかだな。
「もしも寝ている時に、あの高さから落ちたら危ないよね」
「それも大丈夫だよ! そうだね、そろそろ陽が沈むし、実際に寝てみよう!」
「え? もうそんな時間なの? じゃあ、頑張って登ってみるよ」
そう言ったものの、かなり太い木だし、真っすぐで足をかけたりする場所がないから、登るのがかなり難しい。
「カイ君。リアお姉ちゃんが運んであげるから、大丈夫だよ」
「え? 運ぶ……って、どうやって?」
「こうやってね」
リアが、木登りに苦戦していた俺の身体を抱きかかえると、その場で立ち尽くす。
あれ? 何もしないのか? と思っていたら、スルスルとリアごと俺の身体が上に登っていく。
リアは身動き一つせずに枝の上に辿り着き、そのまま枝の上で寝転びだした……って、待った! リアが身体を倒そうとしている先には何も無いっ!?
「リアっ! ……あれ?」
「ふふふ。大丈夫って言ったでしょ。絶対に落ちないし、切れたりもしないから、心配しないでね」