振り返ると、俺の人生のピークは高校生の頃だったと思う。
誰もが認めるイケメン、サッカー部のエース。グラウンドのふちには常に女子生徒が集まり、俺がボールを蹴るたびに歓声があがっていた。
チャットグループでは俺の試合中の隠し撮りが共有され、女子たちはそれを愛でることで俺への憧れをつのらせていた。噂ではファンクラブまであったらしい。そのうち男子までもが俺の写真を撮って女子に売りつけるようになり、何人かはバレて先生に摘発されていた。
テストを受ければ全国一位で、授業が終わるたびにクラスメイトが勉強を教えてほしいと集まっていた。文武平等とはまさにこのこと。すべての人類から将来を期待された俺は、まさしく神童、選ばれし存在だった。
……などということは、一切なかった。高校時代の俺は運動部ではなく文化部、勉強は中の下、桜の木の下で告白される同級生を横目で見ながらクラスメイトと深夜アニメの話題で盛り上がる、絶妙に痛い日々を送っていた。それでも俺は、あの頃が人生の中で一番輝いていた。
高校を卒業して六年が経ち、今は社会人二年目だ。押しも押されもせぬブラック企業勤務である。ふとハゲ上司の怒り顔を思い出して、さっき食べた枝豆がペーストとなって出てきそうになった。はっとして上半身を起こす。
どうやら半寝状態だったらしい。あたりを見渡すと、目の前には発泡酒の空き缶と年代物のパソコン、そして三人の元同級生がいた。
俺の様子に気づいたイチカが、赤ら顔で笑っている。
「あ、ヒロキ起きたー。相変わらずお酒よわっ!」
彼らはモニターの中、三つに分割された枠の中にそれぞれが収まっていた。
今日は、高校時代の部活仲間とオンライン飲み会の日だ。
土曜夜七時に集まり、ぐだぐだと飲み続けている。高校でできた友人は一生モノになるというけれど、こいつらがまさにそれ。半年に一度ほど集まるのが恒例になっていた。
モニターの向こうは多種多様な部屋の風景がある。リビング、自室、キッチンの片隅。それぞれがそれぞれのアルコールとおつまみを前に、好きなように過ごしている。
長方形の中で蠢く人間というのは、精巧なミニチュアのようでおもしろい。いや、ミニチュアなのは格安で買った俺の十インチのモニターか。
みんなの会話を聞きながら発泡酒を飲んでいると、ふと、イチカの声が響いた。
「〝ねぇ、告白大会しなーい?〟」
右下の枠の中でイチカがグラスを揺らしている。俺はあくびをしながら答えた。
「なに、告白って。この中に好きなやつでもいんの?」
「そっちの告白じゃなくてー。秘密を告白するほうの告白。みんなでひとりずつ自分の秘密を話してくの」
「なんでそんなことしなきゃいけないんだよ」
「話題が尽きたから〜」
たしかに話題は尽きていた。もう三時間もぶっ通しで話しているのだ。近況や思い出話、最近ハマっていることや職場の愚痴、今話したいことはあらかた話し終えていた。
話題がないなら解散すればいいのに、みんな名残惜しいのか解散のかの字も言わない。そういう関係性が俺は気に入っているけれど、イチカから提案された企画はあまりにもスカスカで、上司に提出したら即ボツをくらいそうな代物だ。
「秘密なんてねーよ。あったとしてもお前らだいたい知ってるだろ。そこそこ長い付き合いなんだし」
「えー、なくはないでしょ。たとえばー、ヒロキが二年生の頃補習受けてるときにトイレ行きたくなって、でも沢田先生怖いから言い出せなくて、女子生徒もいる中で盛大に漏らし」
「わかった。やろう。やりましょう」
「秘密なかったら、でっち上げでもいいからね!」
でっち上げ?
つまりはうそってことかよ。自分の秘密なんてパッと思い浮かばないけれど、うそをつけと言われてもそれはそれで浮かばない。そもそも、そんなことを発表し合って楽しいのだろうか。
……秘密、なんて、今さらなにもないのに。
ひとまずなにを言おうか考えていると、モニターの左下、やたらと図体のでかい男が手を上げた。
「〝じゃ、俺からいきまーす〟」
ユウダイだ。ビール瓶を傾け手酌をしている。
彼は部員の中でもリーダー的存在だった。
というか、部長だったのだから当然だろう。ユウダイはリーダーシップがあり人の悩みも真摯に聞いてくれる、頼れる存在だった。俺も困ったことがあるとまずユウダイに相談していた。
彼は料理全般、特にお菓子を作るのが得意で、よくクッキーやカップケーキを作ってはクラスで振る舞っていた。今も彼の前にあるのはお手製ポテトチップスだ。まめなところは高校時代から変わっていない。
ユウダイはリビングの机の上に肘をつくと、わざとらしく声のトーンを落とし口を開いた。