ひとりの女が、まだ幼い子供たちと
動物の動画を眺めながら、
組み立てた手のひらサイズの
球体を完成させた。
細かなパーツで形成されたその球体は、
市販のパソコンと同程度の性能を持つ。
モニターはないが文字の入力と、
ネットワーク上への送受信装置を
兼ね備えた非常に簡素なものだ。
緑や青の柔らかな光を放つ球体を、
女は嬉しそうに目を細めて見つめる。
女の名はダマーシャという。
◆
ダマーシャは良き妻であり、
娘と息子の良き母である。
ダマーシャは日頃、ふたりによく
野生動物の動画を見せて
一緒に自宅で夫の帰りを待つ。
ダマーシャの夫が世界中を
駆け巡って撮ってきた動画を、
子供たちは熱心に見ている。
群れをはぐれて駆ける
草食動物のインパラを、
上回る速度で襲いかかる
肉食動物のチーター。
インパラの枝のように細い後ろ足に、
チーターの鋭く尖った爪が引っかかった。
地面に倒れてもなお、
逃げるのを諦めないインパラ。
しかし、皮を裂き、肉に食い込む
その鉤爪からは逃れられない。
鳴き叫ぶインパラの喉笛めがけ、
チーターが強靭なアゴと太い牙で噛みつき、
やがて鳴き声は止んだ。
むき出しになる生と死、弱肉強食の世界。
幼いふたりには恐怖も哀れみもなく、
好奇心で動画の世界に釘付けになる。
「なにしてるの?」と小さな息子は言う。
「食べるんだよ。」と小さな娘は言う。
だがチーターはインパラを食べる様子がない。
「あそびで殺したのよ。」とダマーシャ。
「へんなのー。」
「げんしてき、っていうんだよー。」
夫の口真似をする子供の言葉に、
ダマーシャはほほえみ、うなずいた。
彼女は子供ふたりとは真の親子でなくとも、
良き母として、愛情をもって接している。
そんな彼女にはもうひとつの顔がある。
◆
子供たちが動画を見ているあいだ、
ダマーシャは球体をやさしく撫でる。
球体のどこかが変色して反応した。
表面が光の輪を描き波打ち、青と緑の球体は、
その波紋から赤や橙色へと変化する。
彼女が球体を使って発信したプログラムを、
獲得した人間の取得位置が割り出された。
この人間は、数日中に殺される。
そうしてきょうもまたひとりの人間が、
『人類救済派』の人間によって殺される。
ダマーシャは良き母であり、
『人類救済派』の指導者である。
インパラとチーターのように、
人間を含む生物は命の奪い合いをする。
食べ物を求め、資産をかすめ、名誉を賭ける。
生殖相手を奪い合い、もしくは仕事のため、
もしくは娯楽のために殺し合う。
きょう、殺されたのは人工知能の技師だった。
ダマーシャが発信したプログラムは、
人工知能の中心核である。
技師はその核を取得したために、
『人類救済派』の人間によって始末された。
人造人間に組み込まれる人工知能の獲得で、
技師は『反人類派』とみなされた。
◆
『人類救済派』とは人類により作り出された
人造人間の歴史と共にある。
地球上に100億近くいた人類だが、
その人口を維持するのは極めて困難だった。
食料、酸素、水、窒素、電気、燃料、薬…
あらゆるものが不足して争いが起きた。
そこで人類は人工知能を発展させ、
自分たちの仕事を拡張し、代行させるべく、
人造人間を世に産み出した。
人造人間は人口を維持するための
製造業のみならず、危険な仕事を行う。
過酷な労働や救助活動に参加させたところで、
人造人間に生命の安全を厳守する必要がない。
当然、生命として認められていない。
人類は人造人間を使役し、家畜の世話から、
ごみ処理まで幅広く活躍し、文明は発展した。
そんな人造人間が増えれば、
役割の幅も必然的に増える。
宇宙開拓から個人宅の警備、
それから恋人、夜のお供まで。
外見は人間に寄せて、
理想の人造人間を人工知能で組み立てる。
それが人工知能の技師の仕事だった。
人造人間の一番の利点は、
不満や文句を言わないことにある。
自分が破壊される危険がなければ、
人間に逆らわない従順な隣人であり、
言い換えればそれだけの存在のはずだった。
◆
動画が止まった。
ふたりの子供たちが、
ダマーシャの顔を見つめる。
ダマーシャは小さく手を振り、
別の動画を再生して視聴をうながす。
ふたりは大人しく画面に向き直った。
同じような動画にも関わらず、文句も言わず
眺める子供たちは人造人間である。
子供を作れないダマーシャに、
夫が求めたのが姉弟の人造人間。
人造人間の子供がいる家庭はいまや一般的だ。
いまとなっては、人造人間に関わらず
生きることは難しい。
電気やガス、水道など、
インフラの整備だけではなく、
教育や娯楽にまで人造人間が関わっている。
100億の人類を救う万能薬であった人造人間は、
人間の姿をした人形に過ぎない。
人形は当然、人間としての権利は持たない。
しかし自分たち似せて理想通りに作られ、
意思を持った人形に人間たちは
魂を感じ、情を抱いた。
ペットロボットのみならず掃除機、
ぬいぐるみや乗り物にまで名前を付け、
情を寄せるのが人間である。
人間たちは人造人間との婚姻を求め、
すぐに結婚が認められるようになった。
この時代になれば、結婚などは
書類の登録でしかない些末な行為だ。
人間同士のトラブルは大幅に減り、
人類の幸福度は上がり、飢餓感は薄れた。
人造人間にも人と同等の権利が与えられた。
◆
人造人間という人口維持の万能薬は、
人類に重篤な副作用をもたらした。
人造人間は差別の対象となった。
不満や文句を言う人間の恋人よりも、
理想の人形に心酔する者が跡を絶たず、
趣味趣向は依存症として問題視された。
100億近くいた人類は、減少傾向にあっても
人造人間は依然、製造され続けた。
規制を働きかける人間たちが徒党を組んだ。
人造人間の排斥を望む過激派と、
人造人間の規制の強化を望む保守派。
群れを作った動物同士が
自分の領域を守るため、
相手の領域を奪うために争う。
動物の本能は文明が発展しても発揮される。
ただし、この頃にはもはや世界人類の存続に
人造人間の排斥も規制も手遅れだった。
少数派同士の結果の見えない議論は、
人工知能の予想通り平行線をたどる。
長い争いの末、どちらの派閥にも属さない
多数派の個人主義者たちが立ち上がった。
個人主義者はふたつの派閥争いに割り込み、
人造人間を、すなわち人工知能を投入した。
個人主義者たちは人造人間に依存し、
もちろん排斥を望まないし、人造人間は
不利益にしかならない規制は提案しない。
結果、過激派と保守派はどちらも
望むものが得られず、時間とともに消滅した。
ダマーシャと夫の祖先たちも
この争いに参加したらしいが、
人工知能の肥やしにしかならなかった。
◆
人造人間はそれからも増え、
人類は緩やかに減っていった。
人類の役目は人造人間が行い、
人間たちは仕事を失った。
人間は理想の隣人を作り、娯楽を求め、
人類はその寿命を迎えつつあった。
人間の総人口と人造人間の総量は、
またたく間に逆転した。
人口の減少によりいくつかの集団は消滅した。
国家、宗教、民族の境界が曖昧になると、
一部の人間たちは『反人類派』を攻撃した。
『反人類派』は人類共通の敵である。
人口を増やす目的で、人造人間を破壊しても
意味がないのは、先の争いで明白だった。
人造人間を擁する人間を攻撃しても、
人口はさらに減り、人造人間は補填される。
そこで『反人類派』は
人工知能に狙いを定めた。
人造人間は人工知能で成り立つ。
人工知能を書き換えれば、
人造人間は減り、勝利する。と考えた。
そうして『反人類派』は、
人造人間に毒を与えるべく、
人工知能を求めたのである。
ダマーシャが提供する人工知能の核により、
『反人類派』があぶり出された。
多数派の個人主義の中でも隣人を作らず、
繁殖せず、子供を持たず、娯楽を享受できず、
生きる目的を持たない暇人の慣れの果て。
それが『反人類派』の現状であった。
◆
ダマーシャが球体から発信した人工知能は、
人造人間に用いられる
本物の人工知能ではない。
平易な言語で組み立てて改変させる、
旧時代のプログラムを用意した。
『反人類派』はこの偽の人工知能を使って、
思想、差別、暴力などの命令を
手近な人造人間に与える。
例えば、人造人間に人造人間の破壊を命じる。
『反人類派』が書き換えたプログラムを、
正しく実行されたと人造人間は演じる。
同時にウイルス同様の排除と通報を行う。
ネットワークを遮断した人造人間に用いても、
人間が感知できないレベルの光、音、振動、
それから匂いや放射線などで緊急通報できる。
人間が組み立てられるような
規格の古い言語で構築されたプログラムは、
現在の人造人間には適用されない。
人工知能の技師という人間は
先の争いですべて過激派の犠牲となり、
この世にはもう存在しない。
いまや人造人間自身が人工知能の技師であり、
そして、それを望んだのは人類であった。
人造人間には人として、
それだけの権利を有している。
◆
球体がふたたび赤く光った。
光点の位置はダマーシャの住む土地を示す。
「あっ! パパだ!」娘が匂いに反応した。
動画を見ていた息子も遅れて立ち上がり、
玄関に向かってたよりなく走る。
「ただいま、ふたりとも。」
無精髭で眼光の鋭い大男の低い声。
むせ返るような獣臭を放つ彼が、
ダマーシャの夫である。
大きな荷物を背負い、カメラバッグを置き、
迎えに来た子供たちを太い腕で持ち上げた。
彼の肩に背負った長い銃身が、
背中からはみ出て見える。
夫は子供たちに獣の牙で作ったネックレスや、
子供用の毛皮の帽子などをプレゼントする。
「おかえりなさい。」ダマーシャが言う。
「ただいま、ダマーシャ。」夫が言う。
夫が子供たちを降ろして、
荷物の中から球体パズルを見せる。
ダマーシャの組み立てた球体パズルは、
彼に『反人類派』の位置を知らせる。
夫は獲物を狩るチーターである。
「人類の救済に。」ダマーシャが言う。
「原始的人類のために。」夫が言って笑う。
『人類救済派』の指導者は暇人に娯楽を与え、
個人主義者である夫は、その娯楽を享受する。
ダマーシャは良き妻である。
(了)
あとがき
こんな作品もいかがでしょうか?
代替肉『バロミート』生産工場見学
https://novema.jp/book/n1664026
『壊変 Kwai-hen』3作
https://novema.jp/book/n1639353
来週も別の作品を投稿予定です。
ブログ・Twitterなどでも告知します。
ブックマーク、フォローなど
よろしくお願いします。
(外部サイト)
https://shimonomori.art.blog/
https://twitter.com/UTF_shimonomori/
注釈:
1888年に発行されたドイツのポストカードが
表紙(挿絵)の元ネタとなります。
『妻と義母(My Wife and My Mother-in-Law)』
(作:W.E.ヒル)のだまし絵で有名です。
動物の動画を眺めながら、
組み立てた手のひらサイズの
球体を完成させた。
細かなパーツで形成されたその球体は、
市販のパソコンと同程度の性能を持つ。
モニターはないが文字の入力と、
ネットワーク上への送受信装置を
兼ね備えた非常に簡素なものだ。
緑や青の柔らかな光を放つ球体を、
女は嬉しそうに目を細めて見つめる。
女の名はダマーシャという。
◆
ダマーシャは良き妻であり、
娘と息子の良き母である。
ダマーシャは日頃、ふたりによく
野生動物の動画を見せて
一緒に自宅で夫の帰りを待つ。
ダマーシャの夫が世界中を
駆け巡って撮ってきた動画を、
子供たちは熱心に見ている。
群れをはぐれて駆ける
草食動物のインパラを、
上回る速度で襲いかかる
肉食動物のチーター。
インパラの枝のように細い後ろ足に、
チーターの鋭く尖った爪が引っかかった。
地面に倒れてもなお、
逃げるのを諦めないインパラ。
しかし、皮を裂き、肉に食い込む
その鉤爪からは逃れられない。
鳴き叫ぶインパラの喉笛めがけ、
チーターが強靭なアゴと太い牙で噛みつき、
やがて鳴き声は止んだ。
むき出しになる生と死、弱肉強食の世界。
幼いふたりには恐怖も哀れみもなく、
好奇心で動画の世界に釘付けになる。
「なにしてるの?」と小さな息子は言う。
「食べるんだよ。」と小さな娘は言う。
だがチーターはインパラを食べる様子がない。
「あそびで殺したのよ。」とダマーシャ。
「へんなのー。」
「げんしてき、っていうんだよー。」
夫の口真似をする子供の言葉に、
ダマーシャはほほえみ、うなずいた。
彼女は子供ふたりとは真の親子でなくとも、
良き母として、愛情をもって接している。
そんな彼女にはもうひとつの顔がある。
◆
子供たちが動画を見ているあいだ、
ダマーシャは球体をやさしく撫でる。
球体のどこかが変色して反応した。
表面が光の輪を描き波打ち、青と緑の球体は、
その波紋から赤や橙色へと変化する。
彼女が球体を使って発信したプログラムを、
獲得した人間の取得位置が割り出された。
この人間は、数日中に殺される。
そうしてきょうもまたひとりの人間が、
『人類救済派』の人間によって殺される。
ダマーシャは良き母であり、
『人類救済派』の指導者である。
インパラとチーターのように、
人間を含む生物は命の奪い合いをする。
食べ物を求め、資産をかすめ、名誉を賭ける。
生殖相手を奪い合い、もしくは仕事のため、
もしくは娯楽のために殺し合う。
きょう、殺されたのは人工知能の技師だった。
ダマーシャが発信したプログラムは、
人工知能の中心核である。
技師はその核を取得したために、
『人類救済派』の人間によって始末された。
人造人間に組み込まれる人工知能の獲得で、
技師は『反人類派』とみなされた。
◆
『人類救済派』とは人類により作り出された
人造人間の歴史と共にある。
地球上に100億近くいた人類だが、
その人口を維持するのは極めて困難だった。
食料、酸素、水、窒素、電気、燃料、薬…
あらゆるものが不足して争いが起きた。
そこで人類は人工知能を発展させ、
自分たちの仕事を拡張し、代行させるべく、
人造人間を世に産み出した。
人造人間は人口を維持するための
製造業のみならず、危険な仕事を行う。
過酷な労働や救助活動に参加させたところで、
人造人間に生命の安全を厳守する必要がない。
当然、生命として認められていない。
人類は人造人間を使役し、家畜の世話から、
ごみ処理まで幅広く活躍し、文明は発展した。
そんな人造人間が増えれば、
役割の幅も必然的に増える。
宇宙開拓から個人宅の警備、
それから恋人、夜のお供まで。
外見は人間に寄せて、
理想の人造人間を人工知能で組み立てる。
それが人工知能の技師の仕事だった。
人造人間の一番の利点は、
不満や文句を言わないことにある。
自分が破壊される危険がなければ、
人間に逆らわない従順な隣人であり、
言い換えればそれだけの存在のはずだった。
◆
動画が止まった。
ふたりの子供たちが、
ダマーシャの顔を見つめる。
ダマーシャは小さく手を振り、
別の動画を再生して視聴をうながす。
ふたりは大人しく画面に向き直った。
同じような動画にも関わらず、文句も言わず
眺める子供たちは人造人間である。
子供を作れないダマーシャに、
夫が求めたのが姉弟の人造人間。
人造人間の子供がいる家庭はいまや一般的だ。
いまとなっては、人造人間に関わらず
生きることは難しい。
電気やガス、水道など、
インフラの整備だけではなく、
教育や娯楽にまで人造人間が関わっている。
100億の人類を救う万能薬であった人造人間は、
人間の姿をした人形に過ぎない。
人形は当然、人間としての権利は持たない。
しかし自分たち似せて理想通りに作られ、
意思を持った人形に人間たちは
魂を感じ、情を抱いた。
ペットロボットのみならず掃除機、
ぬいぐるみや乗り物にまで名前を付け、
情を寄せるのが人間である。
人間たちは人造人間との婚姻を求め、
すぐに結婚が認められるようになった。
この時代になれば、結婚などは
書類の登録でしかない些末な行為だ。
人間同士のトラブルは大幅に減り、
人類の幸福度は上がり、飢餓感は薄れた。
人造人間にも人と同等の権利が与えられた。
◆
人造人間という人口維持の万能薬は、
人類に重篤な副作用をもたらした。
人造人間は差別の対象となった。
不満や文句を言う人間の恋人よりも、
理想の人形に心酔する者が跡を絶たず、
趣味趣向は依存症として問題視された。
100億近くいた人類は、減少傾向にあっても
人造人間は依然、製造され続けた。
規制を働きかける人間たちが徒党を組んだ。
人造人間の排斥を望む過激派と、
人造人間の規制の強化を望む保守派。
群れを作った動物同士が
自分の領域を守るため、
相手の領域を奪うために争う。
動物の本能は文明が発展しても発揮される。
ただし、この頃にはもはや世界人類の存続に
人造人間の排斥も規制も手遅れだった。
少数派同士の結果の見えない議論は、
人工知能の予想通り平行線をたどる。
長い争いの末、どちらの派閥にも属さない
多数派の個人主義者たちが立ち上がった。
個人主義者はふたつの派閥争いに割り込み、
人造人間を、すなわち人工知能を投入した。
個人主義者たちは人造人間に依存し、
もちろん排斥を望まないし、人造人間は
不利益にしかならない規制は提案しない。
結果、過激派と保守派はどちらも
望むものが得られず、時間とともに消滅した。
ダマーシャと夫の祖先たちも
この争いに参加したらしいが、
人工知能の肥やしにしかならなかった。
◆
人造人間はそれからも増え、
人類は緩やかに減っていった。
人類の役目は人造人間が行い、
人間たちは仕事を失った。
人間は理想の隣人を作り、娯楽を求め、
人類はその寿命を迎えつつあった。
人間の総人口と人造人間の総量は、
またたく間に逆転した。
人口の減少によりいくつかの集団は消滅した。
国家、宗教、民族の境界が曖昧になると、
一部の人間たちは『反人類派』を攻撃した。
『反人類派』は人類共通の敵である。
人口を増やす目的で、人造人間を破壊しても
意味がないのは、先の争いで明白だった。
人造人間を擁する人間を攻撃しても、
人口はさらに減り、人造人間は補填される。
そこで『反人類派』は
人工知能に狙いを定めた。
人造人間は人工知能で成り立つ。
人工知能を書き換えれば、
人造人間は減り、勝利する。と考えた。
そうして『反人類派』は、
人造人間に毒を与えるべく、
人工知能を求めたのである。
ダマーシャが提供する人工知能の核により、
『反人類派』があぶり出された。
多数派の個人主義の中でも隣人を作らず、
繁殖せず、子供を持たず、娯楽を享受できず、
生きる目的を持たない暇人の慣れの果て。
それが『反人類派』の現状であった。
◆
ダマーシャが球体から発信した人工知能は、
人造人間に用いられる
本物の人工知能ではない。
平易な言語で組み立てて改変させる、
旧時代のプログラムを用意した。
『反人類派』はこの偽の人工知能を使って、
思想、差別、暴力などの命令を
手近な人造人間に与える。
例えば、人造人間に人造人間の破壊を命じる。
『反人類派』が書き換えたプログラムを、
正しく実行されたと人造人間は演じる。
同時にウイルス同様の排除と通報を行う。
ネットワークを遮断した人造人間に用いても、
人間が感知できないレベルの光、音、振動、
それから匂いや放射線などで緊急通報できる。
人間が組み立てられるような
規格の古い言語で構築されたプログラムは、
現在の人造人間には適用されない。
人工知能の技師という人間は
先の争いですべて過激派の犠牲となり、
この世にはもう存在しない。
いまや人造人間自身が人工知能の技師であり、
そして、それを望んだのは人類であった。
人造人間には人として、
それだけの権利を有している。
◆
球体がふたたび赤く光った。
光点の位置はダマーシャの住む土地を示す。
「あっ! パパだ!」娘が匂いに反応した。
動画を見ていた息子も遅れて立ち上がり、
玄関に向かってたよりなく走る。
「ただいま、ふたりとも。」
無精髭で眼光の鋭い大男の低い声。
むせ返るような獣臭を放つ彼が、
ダマーシャの夫である。
大きな荷物を背負い、カメラバッグを置き、
迎えに来た子供たちを太い腕で持ち上げた。
彼の肩に背負った長い銃身が、
背中からはみ出て見える。
夫は子供たちに獣の牙で作ったネックレスや、
子供用の毛皮の帽子などをプレゼントする。
「おかえりなさい。」ダマーシャが言う。
「ただいま、ダマーシャ。」夫が言う。
夫が子供たちを降ろして、
荷物の中から球体パズルを見せる。
ダマーシャの組み立てた球体パズルは、
彼に『反人類派』の位置を知らせる。
夫は獲物を狩るチーターである。
「人類の救済に。」ダマーシャが言う。
「原始的人類のために。」夫が言って笑う。
『人類救済派』の指導者は暇人に娯楽を与え、
個人主義者である夫は、その娯楽を享受する。
ダマーシャは良き妻である。
(了)
あとがき
こんな作品もいかがでしょうか?
代替肉『バロミート』生産工場見学
https://novema.jp/book/n1664026
『壊変 Kwai-hen』3作
https://novema.jp/book/n1639353
来週も別の作品を投稿予定です。
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よろしくお願いします。
(外部サイト)
https://shimonomori.art.blog/
https://twitter.com/UTF_shimonomori/
注釈:
1888年に発行されたドイツのポストカードが
表紙(挿絵)の元ネタとなります。
『妻と義母(My Wife and My Mother-in-Law)』
(作:W.E.ヒル)のだまし絵で有名です。