1時間ぐらい経った時、どこか分からない場所の駐車場に車は停まった。

「優衣花、母さんに手伝って貰って、これに着替えて欲しいんだけど大丈夫そ?」
「これに? う、うん。分かった」

 桃李くんから大きな袋を受け取る。
 なんだろうと、袋の隙間から覗くと白い布だけがちらっと見えた。急に着替えてって言われて、不思議な気持ちになったけど、桃李くんに頼まれたことだから、着替えようって素直に思えた。

「実は桃李の分もあるんだけど、先に着替えといて」

 お母さんが桃李くんに言う。

「まじかっ! 優衣花だけでいいのに」
「いいから、これね!」

 桃李くんのお母さんは、桃李くんに紙袋を渡した。桃李くんは顔をしかめている。

「さっ、優衣花ちゃんはこっちこっち」

 桃李くんの気持ちが気になったけれど、状況がよく分からないから、とりあえず桃李くんのお母さんのあとについていく。すると、美容室に着いた。

「こんにちは。予約した……」
「……ではこちらへ」

 美容室の店員さんと桃李くんのお母さんがふたりで予約の確認をして少し話をしている。それが終わると、私は椅子に座らされた。
 それから、濃いめなメイクをされ、普段しないような、お姫様みたいなフワフワなアップへアになった。

「お着替えはあちらでお願いします」

 案内された部屋で、さっき桃李くんから預かった袋を開けると白いドレスが入っていた。

「これって……」
「ウエディングドレス。桃李が作ったの」
「えっ? 桃李くんが?」
「そう。デザインから物凄く悩んでいてね……あんなに一生懸命に何かやってるところ、初めて見たわ」

 フワフワなレースが何重にも重ねられて、いっぱい花が付いていて、すごく可愛い白いドレスが目の前にあった。

「作るの、すごく大変そう、これ」
「優衣花ちゃんのためにって、本当にすごい頑張ってたわ……昨年の冬辺りかな。その時から桃李はドレスを作っていたの」

 その頃って、遊びに誘ってくれなくなってきた時期だ……ドレスを作ってくれていたから遊べなかったんだ――。

 というか、桃李くんが私なんかのために?
 その話を聞くと、ウルっとしてきた。

 針を手にして、ドレスを縫っている桃李くんを想像した。作っている姿を想像するだけで胸の辺りが熱くなって涙が溢れそうになってきた。



 ひとりじゃ着るの難しくて、お母さんに手伝ってもらいながら何とか着替えた。

 その部屋にあった全身鏡で自分の姿を見た。
 まるで、魔法をかけられたみたいに、別人のように思える。本当にお姫様みたい。

「すごい、これ、私?」
「そう、優衣花ちゃんだよ。可愛い! じゃあ、移動するから車に乗って?」
「はい」

 歩きづらくてもたもたしていると、お母さんがスカートの裾を持ってくれた。

 歩きづらさに苦労しながらも、なんとか車に着いた。
 桃李くんがすでに後ろの席に座っていて、私は再び彼の隣に座る。

「可愛いな、似合うわ」

 桃李くんがじっと私を見つめながらそう言った。

 今、可愛いって、桃李くんが私に……。
 桃李くんの言葉を聞くと、顔が一瞬で熱くなってきて、ほてってきた。


 桃李くんは白いタキシードの中に薄いグレーのベストと蝶ネクタイを合わせたコーディネート。


 ビシッと決めたタキシード姿。
 いつもよりも丁寧にワックスでまとめてある、黒い髪の毛。

 桃李くんこそ、カッコよすぎだよ。

 恥ずかしくて直接そんなこと言えないから、心の中で何度も「カッコイイ桃李くん」って呟いた。


 再び車は移動する。

 少し経って着いた場所は、色んな色の紫陽花を中心に、沢山の種類の花が咲いている広い庭園。

「優衣花、ここで写真撮るから」
「写真?」

 ここは、結婚するカップルなどが実際にドレスを着て写真を撮ったりする、ウエディングフォトに使われるらしい場所だった。
 
 そして水色の紫陽花の門を通り、カラフルな、花の迷路みたいな道を歩いていく。中心まで歩いていくと、鐘があるところに辿りついた。

 ふたりでこの鐘の下へ行き、一緒に鐘を鳴らすと、ずっとふたりは幸せでいられるらしい。お母さんが教えてくれた。

 桃李くんが鐘の下に行く。
「優衣花、おいで」って手招きされて、私も鐘の下へ。

 そして一緒に鐘に繋がってるヒモを揺らす。
『桃李くんが幸せでありますように』って願いながら。

 カランカランって音が鳴り響いた。

 ここはこの庭園一番のフォトスポットらしく。
 写真映えするよう白い紫陽花が一面に咲いている。

 横に説明が書いてある小さな看板があった。
 白い紫陽花は『一途な愛』って花言葉らしい。

――素敵な花言葉。