14日後に死ぬ呪いのアプリ

 芳賀瀬まりかは成績優秀で、スポーツ万能な女子高校生。さらにピアノが上手で趣味で習っているにもかかわらず入賞歴もある。友達も多く、いじめられたこともない。不幸とは無縁の幸運な人生を歩んできた。現在高校3年だが、成績はとてもいいので、推薦で有名大学に行くことも可能だし、実力で難関大学に行くことも可能だ。彼女は人生の選択の幅が非常に大きかった。全てをそつなくこなせる人間だ。だから、悩むことなく何事にも真摯に行動してきたのだと思う。まりかの清らかな艶のある髪の毛は長めで、黒髪ストレートヘアの正統派の美人だ。お世辞にもメガネの奥の細い瞳を持つ兄の芳賀瀬志郎とは全く似ていない。まりかの瞳は黒目が大きくくっきりとした二重でまつげが長い。大きな瞳で先を見据えた精神的に独立した女性だった。

 そんな彼女の人生が急に暗転したのは呪いのアプリだった。突如送られてきたアプリはとても不気味なアイコンで、気づいた時にはアプリにスマホを支配されていた。それでも、まりかは前向きな精神と洗練された頭脳で立ち向かう。おそらく、無視しても自分自身が破滅するということは気づいていた。第六感も優れている彼女は、時に霊感や怨念を察知する力を持っていた。幼少のころから、オカルト好きな兄がよくテレビや本で不思議な現象を見ていたので、その手の話には詳しい方だった。だからこそ、本物の呪いだということに気づいた。

 まず、相談したのは兄である芳賀瀬志郎だった。彼女はカルトの友人である芳賀瀬の実の妹だ。芳賀瀬はカルトにも相談されたのと同時に、実の妹にも謎めいた呪いがかけられたことにひどく心を痛めた。そこで、カルトに報告する。そして、もう一人、高校と大学が一緒だった真崎壮人に相談した。真崎壮人とは高校からの友人だ。岡野カルトと芳賀瀬志郎は小学校から大学まで一緒だった。3人は高校時代にオカルト研究会に所属していたという接点があり、友情が成立していた。

 とはいっても、芳賀瀬はとても堅物と言われる研究者タイプだし、岡野カルトは一般的な常識人で正義感が強く一途な男。三者三様の性格だが、なぜかうまく調和していたように思う。それは立花結という中和剤となりうる女子がいたからかもしれない。

 真崎壮人は勉強は一番できるが、大学に入ってからは優等生という感じではなくなっていた。いわゆるゆるく楽に生きていきたいという脱力系なタイプで、面倒なことには関わらないタイプになっていた。三人の中では、見た目は一番派手で大学生になってからは、ずっとメッシュの入った金髪だったし、未だに留年のため大学生だ。卒業する気がないのではないだろうかと勘繰ってしまうが、本人曰く今年こそ卒業するらしい。大学に入ってからは学部が違うこともあり、芳賀瀬やカルトとは、自然と距離ができていた。

 高校時代から、三人共仲が良く、一見別なタイプの三人の共通の話題は、都市伝説や怖い話だった。だからこそ、壮人ならば絶対に話に乗ってくると思った。そして、何か有力なアドバイスがもらえるかもしれないと芳賀瀬は密かに期待していた。彼の人脈と頭脳は三人の中で一番有力だ。広く浅く友達がいる壮人はある意味心強い味方になるのではないだろうかと思っていたのだ。

『呪いのアプリについて協力してほしい』
 芳賀瀬はメッセージを送る。

『呪いのアプリ? 最近そういう話に疎いんだよな』
 出鼻を挫かれる。

『昔からある呪いの子どもを使ったアプリが最近出回っているらしい。身内が巻き込まれてしまってな』
『誰が巻き込まれた?』
『妹だ』
『マジか。でも、俺はこれ以上やばい案件に足をつっこみたくないって思ってる。今年こそは卒業して真っ当に就職したいしさ』
『霊感があるんだろ。協力してほしい』
 少し時間が経ってからの返事の内容はあまり期待できるものではなかった。

『できる範囲でなら、協力するよ』

 体感温度差を感じる。かつての真崎壮人ならば、そういった話題に首を突っ込んでくる人間だった。意外にも彼は冷めた対応をした。もちろん、協力はすると言ったのだが、距離感が否めない。かつてのオカルト好きなお人好しな彼の面影を知っていたからこそ、余計にそう感じてしまったのかもしれない。

 高校時代から歳月が経ち、環境も考えも変化して当然だ。でも、霊感があるからこそその手の話に対して、冷めるということはないような気がしていた。興味本位ではなく、本質的に彼は体感している。

 前のめりに食いつくのが以前の壮人だ。もちろん歳を重ねた彼はちゃんと卒業して落ち着きたいと考えていてもおかしくない。もしかしたら、首を突っ込んだら、やばいと感じているのだろうか。最悪の事態に巻き込まれないように避けているのではないだろうか。色々と疑念が沸き上がる。何かを知っている――?

 でも、今はとりあえず警察に所属しており、婚約者である彼女が呪われている岡野カルトを頼るほかない。同じ目的と同じ恐怖に立ち向かう同士だ。見えない呪いの子ども。正体もわからない巨大な闇に取り込まれるかのような気持ちになる。

 怖い世界に足を踏み入れてしまうのかもしれない。でも、それ以上に身内を失うことは恐怖だ。どちらの道もいばらの道。ならば、立ち向かうしかない。幸せな未来のために。

 連絡を受けたカルトが芳賀瀬の自宅にやってくる。芳賀瀬は研究していた資料をもう一度読み直す。どこか抜け道があるのではないかと思っていたからだ。

 14日ルールというのはあるけれど、何かを条件にそれを引き延ばす手段があるかもしれない。または、呪われた人を変える手段があるのではないだろうか。古い文献も調べる。昔、アプリがない頃には、手紙で送られてきたという話があった。当時は郵送に時間がかかるので、14日ではなかったのかもしれない。14日というのは多分だが、アプリになってからだ。

 そして、誰かが呪いをアプリという形でリメイクして開発した。誰かが何かのためにアプリを開発している。その人物にたどり着けばきっと――。

 スマートフォンが普及する前、公衆電話電話で呪いの子どもと連絡するという手段があったという記事を見つける。手紙が届いたら、公衆電話で4を押し、呪い主を言う。手法は変わったが、本質は変わらない。3人までというルールも変わらない。都市伝説のひとつなので、その根拠が本当かどうかなんてわからない。まして、古い話だと信憑性は薄い。たいてい、その手の話は匿名や偽名なので、その人物を探すことは難しい。ブームの火付けとして雑誌編集者のヤラセの可能性もあり、古い雑誌だと出版社自体が倒産している場合が多かった。

 カルトは芳賀瀬志郎に秋沢葉次について話す。芳賀瀬は存在こそ認知している程度だったが、彼も呪いの子どもと実際につながっていた人間だ。そして、同時に呪いの子どもとつながっているのが、芳賀瀬まりかだ。呪いの子どもは多分一人なのだろうが、同時に呪いを拡散する力がある。それを開発した本物の呪い主がいるのならば――それはきっと――相当な怨念を抱いたものなのかもしれない。

 芳賀瀬まりかを呼び、スマホを持参してもらう。実際に呪いの子どもと会話をする。
「呪いの子ども、君は14日以上同じ人を呪うことはできるのかい?」
 カルトが質問する。
「つまり、14日以上生きる術があるということを聞きたいんだね。手段は絶対にないわけじゃない」

 一抹の光を見つける。呪いの子どもが14日以上生きられる抜け道があることを認める発言をしたのだ。長い長いトンネルの先が見えたような気がする。

「14日を引き延ばすやり方を教えてくれないか」
「僕は教えるためにいるわけじゃない。君たちと取り引きを楽しむために存在しているんだよ」

 この発想。いかにもアプリの開発者の脳内を表したかのような発言だ。呪いのアプリを開発した人は、多分、昔からの都市伝説をアプリに閉じ込めて呪いを発生させるように作ったのだろう。相当頭のキレるアプリの創造主は、恐怖に怯える姿を見たいのか。それとも、この世界の誰かを懲らしめたいがために創造したのだろうか。

「もし、スマホの所有権を譲渡したら?」
 呪いの子は珍しく黙る。
「……」
「不可能じゃないってことよね?」
 まりかも真剣に質問する。

「譲渡するにはあるルールがあるんだ」
 呪いの子どもが答える。

「どんなルールなの?」
「それは、自分で考えて」
「携帯電話会社で譲渡するってこと?」
「違うよ。そういった形式上のことじゃないんだ」
「ただ、誰かに送りつけるとか、あげればいいんじゃないか?」
「それも違う」
 呪いの子どもはひたすら否定し続ける。

 譲渡する――これは、今までなかった発想だ。3人とも大きな収穫を得たが、実際にどうすればいいのかは手掛かりがない。一応、カルトはスマホの譲渡についてヨージに調べてほしいとメッセージを送る。

「今日は、もう遅い。一度カルトも帰宅したほうがいいんじゃないか」
 芳賀瀬はカルトの体調をねぎらう。

「結さんは大丈夫か? こんな時こそ、君が傍にいてあげるべきだ」
 無愛想だが心根が優しいのが芳賀瀬志郎という男だった。

「ありがとう。結はすっかり気落ちしてしまってな。俺は捜査で忙しいし、かまってあげられない。ほとんど彼女の家に行く時間がなくなってしまったよ。彼女の残りは11日だ。長い目で見たら今、傍にいるよりも結を助けてあげることが俺の使命だ」

 カルトの真っ直ぐな目は輝いている。髪はぼさぼさで寝不足でクマはあるが、なんとしてでも呪いから結を救うことを考えていた。だから、一時の傍にいる優しさよりも、長い目で見た結が生きられるという方法を選んだ。今は一刻を争う。

「さすがは刑事さんね。素晴らしい正義感と使命感を感じるわ。でも、きっとこういったときは心にスキマができてしまうの。人間は弱いもの」
 女子高生ながらとてもしっかりしているまりか。呪われた当事者とは思えない。異常に肝が据わっている。

「まりかさん、アプリの捜査に協力してほしい。もう一人の呪いのアプリを持つ秋沢葉次にも近々会わせるよ。明日、捜査本部で話そう。スマホの解析をしたいので、スマホを捜査本部に貸してほしい」

「面白そうね。私、そういうの大好き。少し私にも協力させてよ。捜査の力になりたいと思ってる」
 意外にもまりかは恐怖を感じていないようだった。それよりも呪いのアプリのからくりについて調べたいという好奇心に満ち溢れた人間だった。結とはタイプが違う。依存という言葉とは無縁の精神的に自立した女性だった。

「君たち、アプリの創造主を逮捕したいと思ってる?」
 突然呪いの子どもが覚醒する。もしかして、今、創造主につながっているのだろうか? 
「逮捕できるように頭脳を駆使してかならず突き止めてやるよ」
 カルトの瞳はまっすぐだった。
「壮人は今、一人暮らしをしている。場所はここから近い」
「一緒に行きます。話を聞きたいです」

 都内の大学に近いマンションに壮人は一人暮らしをしていた。壮人は、無気力になり留年してからもここに住まわせてもらっている。つまり、遊び放題だ。自由に支配されてしまったのかもしれない。

 アポなしだが、直接行ってみる。すると、まりかがカルトに隠れていろと言う。インターホンを押す時に、見えないようにしてほしいという。そして、まりかは宅配業者のような格好をする。いつのまに変装道具を持ち込んでいたのだろうか。

「なんで、そんな嘘をついてドアを開けさせるんだよ」
「不意を突くためです。ドアを開けたら岡野さんも出てきてください」

 ピンポーン。
 インターホンが鳴る。
「お届け物です」
「はい」
 金髪で部屋着の壮人が出てきた。寝起きなのだろうか。
 ドアの隙間にまりかが足を挟む。

「実は、今日はお話を伺いたくて」
「よぅ」

 カルトが不意打ちで行くと、ドアを必死に閉めようとする。なぜそんなに慌てるのだろう。何かあるのか? 女性もののヒールのある靴がある。見られたくない女性がいるのか? どこかで見た事があるデザインだ。

「ソート?」
「こっちに来るな。奥にいろ」
 焦った様子で命令する壮人。彼が声を荒げるのは相当に珍しい。

 今の声、よく知っている声だとカルトは気づく。特徴のある靴のデザインを思い出す。結の声と結の靴だ。

「結がいるのか?」
 カルトは驚き、問い詰める。

「違う、これにはわけがあって……」
 焦りながらも必死に弁解する壮人。そうだ、100%結だ。

「結、もしかして、呪いのアプリのことで壮人のところに相談に来ていたのか?」

 出てきた結は壮人の服を借りているようだった。大きくぶかぶかした服を着ている。服もそうだが、髪の毛も寝起きの様子で、明らかに、ここで生活を共にしているような感じだった。

「怖くなって壮人を頼ってきたんだよな」
 カルトは結に確認する。

「私、怖くなって。一人ではもう耐えられないと思ったの。そんな時に、ソートが来てくれた。救いの神だと思ったの。私は孤独や恐怖に耐えられない。一人ぼっちは無理だった」
「俺がいただろ。もちろん、結のために犯人を突き止めて、呪いのアプリを根絶する」
「呪いのアプリの根絶とかそういうのは望んでいないの。私さえ助けてくれる人が必要だった。あなたはいつも仕事仕事で、結果的には孤独になる。辛いだけ」
「壮人、どういうことだ?」
「俺は、結を放っておけなかった。ある人に呪いのアプリを譲渡してほしいという人を仲介してもらったんだ。彼は、交換条件を突きつけた。結と俺が結婚すれば、譲渡人を紹介すると。彼女を助けるために、俺と結は入籍したんだ。これは、落ち着いたら話そうと思っていたんだけど、彼女を救うためだった。本当にごめん」
 謝る壮人。

「冗談だろ。だいたい、お互い好きでもないのに、呪いのアプリを譲渡するために入籍したのか?」
「俺は、ずっと結が好きだった」
 はじめて壮人の本音を聞いた。
「私も、ソートが好き」
 高校の時からずっと付き合ってきた。もう10年近い。いつから、壮人を好きになっていたのだろうか?

 裏切られた? 
 受け止められない真実だった。

「いつから、好きだったんだ?」

「多分、カルトと出会うずっと前から。もちろんカルトのことも好きだと思っていた。こんなに熱くまっすぐな想いをぶつける人はいないから。でも、いつもカルトは自分のことで忙しい。私はとっても寂しがり屋で一緒にいても孤独だった」

「俺は、精一杯尽くしたつもりだ」
「感覚の違いだと思う。あなたは、週に1回会っただけでも、私と一緒にいると感じている。でも、私は――もっと、毎日でも一緒にいたいと思う性格なの」

 壮人が珍しく自己主張をする。
「俺は、ずっと虚無感でいっぱいだった。カルトから結を奪うことも自分の気持ちを伝えることもできずに、ただ、モラトリアムな時間を過ごしてきた。でも、彼女が死ぬかもしれないと思った時、俺は初めて自分の想いを伝え、助けようとした。万人を助けるのではなく、結だけが助かればいいと思った。俺は、彼女のためならば、何でもできる」

 こんなに熱く冷静に物事を語る壮人を初めて見る。きっとずっと壮人は彼女を想い続けていたんだ。

「じゃあ、結はアプリを譲渡したのか?」
「呪いの子どもはもういない。大丈夫だよ」
「結が幸せならば、それでいい。でも、思考がついていかない。だって10年近くも付き合ったのに、知らない間に友人と入籍ってありえないだろ」

「本当にごめんなさい」

 二人が土下座して謝る。よどんだ空気の中を割るのが芳賀瀬まりかだ。

「はじめまして。芳賀瀬志郎の妹のまりかです。結さんが呪いを譲渡できたことはよかったです。今、私も誰かに呪われてます」

「えっ?」

「あなたたちが知っていることを教えてください。これで呪いのアプリの真相に近づきたいんです。真崎壮人さん。あなたは、呪いのアプリについて何かご存知ですか?」

「いや……」

「じゃあ、言い方を変えます。譲渡を仲介したのは誰ですか? 秋沢葉次ではないですか?」

「結婚の保証人は秋沢だよ。たしかに、彼は呪われたい人を連れてきた。アプリについては俺は知らない」

「私も、わかりません。そもそも、呪いが怖いです」
 結は頭を抱え、唇も手足も全身が震える。

「結婚を仕向けたのは、秋沢ですか。もしそうならば、気をつけてください。結さんのスマホをなるべくよく見ておいてください。知らないアプリがまたインストールされる可能性は限りなく大きいと思われます」
 まりかは冷静に指示をする。

「呪いのアプリがまたインストールされるっていうんですか?」

「彼の狙いが、復讐ならば――きっと、結さんに刃が向かれます」

「そんなはずはない。ヨージは良い人だ。いつだって俺の味方だ」
 壮人は擁護する。

「あなたは、秋沢が岡野カルトと仲が良かったことを知っていましたか?」
「知らない。俺は個人的に連絡を取り合っていた」
「じゃあ、秋沢と真崎壮人さんの出会いは?」
「高校受験のOB訪問。高校二年の頃かな。同じ中学つながりで」
「岡野さんと秋沢が出会ったのも同時期かもしれませんね。彼は、あなたに怨みを持っている可能性があります」
「そんなはずはない。関係は良好だ」

「あなたには母親違いの弟がいることはご存知ですか?」
「何言ってるんだよ……いるわけないじゃないか」
「知らないんですか。戸籍なんて見る機会はあまりありませんからね」

 まりかの声は冷静で単調だ。

「秋沢葉次はあなたの母親違いの弟ですよ。ずっと待遇の違いに妬みがあったのかもしれません」
 まりかがその名を口にしたその時、結が急に苦しみだす。胸を抑え、息ができない様子だ。顔面蒼白という状態とはこのことだろう。まばたきをせず、目を見開いたままだ。普通じゃない。そんな気がした。

「胸が苦しい……」
 そのまま結が倒れ込んだ。カルトが脈を確認すると、結は既に死亡していた。
 一瞬で、人は命が無くなってしまう。命は非常に重いはずなのに、命はあっという間に灯が消える。

 カルトは失恋と人間不信の感情に浸る間もなく、目の前で元恋人を失った。

 壮人も妻を目の前で亡くした。結は苦しみながら一瞬で死んだ。あっけない最期だった。

「スマホを見てください」
「呪いの子どもが入っている!!!」

 驚いた壮人。譲渡したはずなのに、呪いの子どもが入っていた。

「バイバイ」
 そう言うと、呪いの子どもはドアを開けて戻っていく。

「待ってくれ、呪いの子ども。どうして結が死んだ? 譲渡しただろ」
 壮人は問いただす。

「譲渡した相手が呪い主の名前を言ったので、真崎結は死んだ」
 呪いの子どもは、まばたき一つしない。

「本名は教えていないはずだ」
 壮人の顔色は真っ青になっていた。

「譲渡人が本名を調べたのか、もしくは、譲渡人に結さんの本名を秋沢が教えたのかもしれません。入籍した本名は秋沢しか知らないのでしょ」
 まりかが冷静に答える。

 スマホの画面からは、呪いの子どもは消え、何もなかったかのようにアプリも抹消された。カルトは何も言葉が出てこなかった。彼女は婚約していたはずなのに、勝手に別な男と入籍して、目の前で死んだ。その一連の出来事に感情と思考が追い付かなかった。

 壮人も同じだ。ようやくずっと好きだった女性と一緒になれるこれからだった時に、彼女が死んでしまった。まだ、彼女のぬくもりが残っている。真っ先に彼女を抱きしめ、涙を流したのは真崎壮人だった。

 カルトは、もう他人の妻である元婚約者にこれ以上近づくことは失礼なような気がしていた。そして、もう、どうしようもない感情に支配されていた。
「真崎壮人さん、落ち着いたらまたお話ししましょう。岡野さん、帰りましょう」
 そう言うと、まりかはカルトの袖を引っ張り、帰ろうと暗黙の中で指示する。カルト自身、自分で考える力はもうなくなっていた。もう、精神がからっぽの死体だけがこの世に存在する結。心がからっぽになったカルト。その現実を受け止めることが今しなければいけない。わかっているが、どうにも力が出ない。

「警察には私が連絡しました。念のため救急車も呼びました。結さんが亡くなったのは呪いのアプリが原因ですからね」
 まりかが言う。

「あぁ」
 足と手の感覚がない。力が入らない。彼女を助けるために仕事をしていた。彼女のために徹夜もした。でも、彼女の心は真崎壮人にあった。

「俺、一体何してんだろ……」
「今日はうちに来てください。空き部屋もありますし、兄も親も岡野さんのことを信頼しています。おいしいご飯と温かいお風呂とふかふかの布団で寝てください。人間、辛い時は、普段通りの生活と、人間としての基本的欲求を満たすのが一番です」

 答えることもできないほど憔悴しきったカルトは言われるがまま、ただ出された夕食を食べ、風呂に入り、眠った。夕食の味はわからなかったし、半分も食べられなかったような気がする。お湯の感覚もわからず、ただ、湯船に浸かり、味のしない飯を口に運ぶ。人間は、基本的欲求がありそれが満たされることは生きるために必要なのだろう。そんなふうに解釈する。

 どれくらい眠ったのだろう。ずっと眠ったまま時が止まればいいとカルトは独りよがりな欲求を持っていた。心身共に疲れたというのが本音だった。しかし、死んだように眠った後、カルトは我に返った。自分に嫌気がさすほど嫌なことがあった。でも、俺は刑事だ。

 まだ生きている大切な友達の妹を助けなればいけない。死んだ人間ではなく、生きている人間のために、解決しなければいけない。呪いのアプリをどのようにまりかから遠ざければいいのか、それは大きな難題だった。

 心配した様子の芳賀瀬とまりかが翌朝出迎えてくれた。

「まずは、お味噌汁でも飲む?」
 まりかが最初に声をかけた。

「そうだな。和食もいいな。俺、洋食も和食もどっちもイケるクチだから」
 ほほ笑もうと必死に口角を上げる。筋肉が無情にも引きつるのが辛い。

 ただ、味噌汁を飲む。一口目は格別な味がする。白飯も同様だ。一口目はやっぱり、黄金の味だ。生卵にしょうゆをちょっとばかりかけて、ご飯に乗せる。黄金の朝飯の出来上がりだ。たまごかけごはんは、栄養価に優れていると聞いた事がある。今日の朝食には「おもいやり」という隠し味が入っていることに気づく。

 俺、今日も生きてるんだな――そんな当たり前を実感する。
 今日の朝飯は心に沁みるなぁ。みそ汁の味を味わいながら、自然と涙が流れる。

「岡野さん?」
 いち早くまりかが気づく。歳甲斐もないと涙をぬぐう。恥ずかしいと思い目を逸らす。

「結さんはきっと事情があったのかもしれない。アプリの恐怖から立ち去るために、あえて入籍の形を取ったのかもしれない」
 年下の高校生に慰められるとは、と自分自身に呆れる。

「付き合うってなんだろうな。朝飯を一緒に食べた記憶がないことに今更気づいたよ。二人で食べるとしても、外食が多くてさ」
「褒めても何も出ないよ」

「入籍して立花ではなく真崎結という本名を知っているのは、秋沢葉次のみ。結さんのスマホにアプリが入っているということは、彼が呪い主だと断定できる。幻人の力で遠隔操作でアプリを入れたとしか思えない。私が呪い主を特定しても殺さないでほしいと呪いの子どもに言ったの。彼には、生きて償ってほしいと思うから。約束してもいいと言われた。ちゃんと当たればアプリは消えるということも保証されたよ」

「じゃあ、正解すれば、呪いの子どもは消えるけれど、呪い主は死なないということか?」
「そうなると思う。呪いの子どもは今までの様子だと嘘はつかない。だから、大丈夫だよ」
「譲渡はしないのか?」
「するわけないでしょ。他人に死を押し付けるなんておかしいでしょ。私は気持ちよく生きたいから」

 太陽の光がまりかの頭上を照らす。一瞬、体が凍てつく。
 そこにいるのは生身の人間なのだろうか? 影と光の間でまりかの身体は不思議なオーラに包まれているようだった。神々しいという言葉を初めて体感する。
 嘘が嫌いで、他人に不幸を押し付けない慈悲の女神のようだった。
 スマホに向かってまりかが呪いの子どもに話しかける。

「呪いの子ども、呪い主は、秋沢葉次でしょ。でも、秋沢を殺さないでね。そして、ここにいる私達を今後は呪い殺さないで」

 呪いの子どもはまばたきをせず、一瞬フリーズする。
 「正解。やっぱり殺さないでと言うと思った。甘いなぁ。でも、もう君たちを呪わないよ」というとそのまま扉の向こうに消える。そして――スマホのアプリは煙にまかれたかのように一瞬にして消えた。やっぱり、秋沢葉次が犯人だったということだ。アプリは嘘をつかない。
「カルトさん、洗脳アプリの捜査協力しようか?」

 いつもの通勤の路地に待ちわびたように芳賀瀬まりかが立っていた。
 まりかは東王大に入り、今は大学生となった。将来はカルトのような捜査に関わる仕事をしたいと言っている。

「俺たちは刑事だ。関係者以外の捜査協力は認められていない。それに、一般人が容易に近づくのは危険だ」
「実は、洗脳アプリを作っているんじゃないかっていう人がうちの大学にいるんだけどなぁー」
「マジか?」
「朝ごはんおごってくれたら協力しようかなー」
 まりかは非常に頭の回転が速い。7歳も年下の学生に振り回されっぱなしだ。

「で、誰なんだ?」
 カルトは核心に迫る。
 にこりとしながら、まりかは朝食をねだる。いつも行く喫茶店を指さすまりか。
「あそこのモーニングがおいしいから、まずは食事しながらでしょ」
「あそこのトーストはお値段以上だよな。カリカリ感ともちもち感が半端ないよな」
「あの喫茶店を見つけたのは私が最初なんだからね」

 相変わらずの艶のある黒髪をなびかせるまりか。彼女とはあの事件以来、大学に入学してからも何かと接点があった。今は、カルトに対して敬語を使わないまりか。
 結とは真逆の性格のまりかとは意外と気が合うことに気づく。トーストの食感とか焦げ具合がいいとか、そういう些細な点が合致する。今は、こういう時間が一番大事だ。
 婚約者が略奪され、死亡した一番辛い時。傍で励ましてくれたのは芳賀瀬まりかだった。
 トーストを頬張るまりかとコーヒーの香りに包まれる時間は最高のひとときだ。
 秋沢葉次の行方は知れずのままだ。どこかで生きているのか? 死んでいるのか?
 彼の復讐の目的は同じ親から生まれた壮人だけが幸せになることを阻止することだった。
 今、新たなアプリが蔓延しているらしい。

【警告】
 もしかしたら、あなたのスマホに知らないアプリがインストールされているかもしれない。今すぐアプリ一覧を見てみることをお勧めする。

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