『攻略本』を駆使して、異世界で生きていく。~はずれスキルのはずだったのだが~

「こっちか」

「次はこっち」

「ぜぇぜぇ、こっちか。本当に合ってるんだろうな?」

 一人きりとなったダンジョン攻略。一人で残されたことに対して悲しく思ったのか、自然と独り言が増えてきた。

 一人暮らしの時間が長くなると、独り言も増えると聞いたことがある。そこに一歩足を踏み入れてしまったのだろうか。俺はため息つきながらそんなことを考えていた。

「お、アイテムあるじゃん」

 長い道のりの先にはアイテムボックスが置かれていた。本当なら、このボックスに罠がないかを確認する必要がある。

 しかし、『攻略本』を使うことでこのアイテムボックスに罠がないことは確認済みだ。それどころか、開ける前からここに入っているアイテムが何であるのか教えてくれていた。

『レベルアップの欠片』。そのアイテムの効果も頭に自動で流れ込んでくる。どうやら、文字通り俺の冒険者としてのレベルを上げてくれるらしい。

 俺の今のレベルは5。色んな特訓を付けてもらってようやくレベル5になったのだ。早乙女達はもう二桁のレベルになったと聞いたな、どうやらできが違うのだろう。

 俺はそのボックスを開いて『レベルアップの欠片』を手に入れた。本当なら、ダンジョンに入ったときはアイテムは山分けにするのだ。しかし、このようなレベルを上げるアイテムは俺達の元にはおりてこない。基本的に一軍の皆様が使われるのだろう。

「まぁ、黙って使ってもバレないだろ。……そういや、どうやって使うんだ?」

 そんなことを考えると、俺の脳にそのアイテムの使い方が流れ込んできた。これも『攻略本』の効果なのかもしれない。

 なんか『攻略本』って大まかなギフトだと思ったが、使いようによっては結構使える能力なのかもしれないな。

 俺は『攻略本』から教えてもらった使い方通り、その欠片を指の先で潰してみた。

 すると、潰れた欠片が周囲に舞った。煌めく欠片の破片が舞っていく中で、体の奥の方が微かに熱くなるのを感じた。

 俺は何気なしにステータスが記載されているカードを確認して見ることにした。多分、使い方があっているのならば、レベルとかステータスが上がっているはず。

「おー、本当にレベルとステータスが上がったな」

 俺のレベル上昇に従って、ほぼすべてのステータスが上昇しているのが分かった。あれだけレベルを一つ上げるのに苦労したというのに、こんな欠片一つでレベルが上がるのかよ。

「一軍は、これにプラスして豪華な食事つきか。そりゃあ、いつまで経っても距離が縮まらない訳だ」

 きっと、どこかに行く度にこういうアイテムを見つけて使用しているのだろう。

 羨ましいと思う反面、今さら三軍に戻って訓練を受けるのも馬鹿らしく思えてきたな。

「……なんか、アイテムの反応がそこら中にあるな」

 俺の『攻略本』が反応していたので、周囲に意識を向けてみるとアイテムの反応があることに気がついた。

 しかし、アイテムの反応がある場所まで行っても周囲にはアイテムボックスのような物はなかった。

『攻略本』の誤反応? いや、そんなことはないと思うのだが。

 そう思ってその反応する場所に目を凝らしてよく見てみると、そこには赤色の結晶のような物が落ちていることに気がついた。

 それを拾ってよく見てみると、それが『攻略本』が示していたアイテムであったことが分かった。

 誤反応などではない。ただ俺が気づくことができなかっただけだったのか。

「これは、『攻撃力向上の欠片』。アイテムボックスにも入ってない物なんてあるのか?」

 アイテムって、こんな形で落ちてたりもするんだな。俺は『攻略本』の情報から、それが何であるのかを確認した。

ていうか、こんなの鉱石とかに詳しい人じゃないと分からないだろ。

俺はその赤く輝く結晶を角度を変えて眺めていた。先程は『レベルアップの欠片』を勝手に使用してしまった。今回は持って帰った方がいいのだろうか。

「まぁ、たまには羽を伸ばしても罰は当たらないだろ」

 俺はそんなことを考えながら、『攻撃力向上の欠片を』指の先で砕いたのだった。

 俺の攻撃力が上がった。
「『防御力向上の欠片』」

「今度は『素早さ向上の欠片』」

「「『魔力向上の欠片』。お、二つもあった」

 俺はそれからアイテムの収集に夢中になってしまった。初めはそれぞれの欠片を砕く度にステータスを確認していたが、面倒くさくなって確認をしなくなっていた。

 面白いくらい見つかるせいもあって、カードを確認するのももったいない。そんなふうに数十個も拾ったアイテムを使用していると、さすがにアイテムも見つからなくなってきた。このダンジョンにあるアイテムをほぼ見つけてしまったのかもしれない。

 そこまでいって、ようやく思考がまともになってきた。興奮して拾ったアイテムを使いすぎてしまっていたことに気がついたのだ。

 さすがに、使いすぎたかな? 

「まぁ、別に気づかれんだろうな」

 俺はアイテムの収集をほどほどにして、再びこのダンジョンの最下層を目指して歩き出した。しかし、そこで『攻略本』が最下層とは別の道を示し始めた。

 アイテムの反応とは別の反応。最下層とは違う方向を示す矢印、その道に進むことが正規のルートだとでも言いたげに、脳内に曖昧ながら強い意志を伝えてくる。

 どうしたものだろうか。

 早乙女達は『攻略本』が示す方向とは違う方向を進んでいった。それならば、俺はせめて『攻略本』が強く示す方に進むことにしよう。

 そもそも、『攻略本』の通りに進んだ場合にどうなるか。早乙女達と比較してどれくらいダンジョン攻略に時間がかかるかを確認してるんだよな。ここで、『攻略本』が示す方向とは別の方に進んでしまっては意味がないだろ。

 俺はそんなことを考えながら、最下層へと向かう道とは異なる道を進んでいったのだった。

「なんだ、これは?」

 そうして『攻略本』の指示通りに進んだ先には、身の丈を大きく超える大きさの結晶に閉じ込められている少女がいた。

 銀色の長い髪をした少女。古風なメイド服姿をした浮世絵離れしたような少女だった。俺よりもいくつか年下だろう。

そんな子が結晶の中に閉じ込められているというのに、俺はその美しさに目を奪われていた。

現実味がない作り物のような精巧な顔立ちをしている。

「いや、見惚れている場合ではないか」

 一刻も早くこの子を助け出さねば、というかまだ生きているんだよな? 白すぎる肌からは生気のような物感じることができない。

 というか、この結晶を壊せば少女は助かるのだろうか? これって、力づくで壊すしかないのか?

 そんな俺の考えが伝わったのか『攻略本』が発動して、俺にその少女の助け方を教えてくれた。

 俺はその指示に従う形で、彼女が閉じ込められている大きな結晶に触れた。そして、脳に流れてくるどこの国の言葉か分からない言葉を口にした。

「~~~~」

 すると、俺が結晶に触れている部分が小さな青色の光を放った。かすかな光はそのまま結晶に亀裂を入れるように広がっていき、やがて鈍い音と共に目の前の結晶が砕けた。

 結晶が砕けていく中で、ゆっくりと目の前にいる少女は目を開けた。

 切れ長の目はどこか感情が感じられず、人形のように繊細な造りをしていた。硝子細工でできているようなまつ毛が揺れて、こちらをじっと覗き込んできた。

 しかし、それも数秒。目の間にいる少女は俺に跪くと、そのまま首を垂らした。

「ノスフェラトゥ・リリィと申します。なんなりとお申し付けください、ご主人様」

「え? ご主人様?」

「はい。忠誠を誓う代わりに助けていただきました」

 一体、この子は何を言っているのだろうか。

 確かに、俺はこの子を助けようと思った。でも、別にこの子に忠誠を誓ってもらうためとかではない。

 ていうか、助けられたから忠誠を誓うなんてそんなゲームじゃあるまいし。

 しかし、そんな俺の考えとは裏腹に俺と少女の体は青い光によって包まれていた。なんで同じ光に包まれているのだろうと思ったら、その光は先程俺の手の平にあった物と同じ物だったことに気がついた。

「うお、なんだこの手の甲の奴」

 俺の甲には何かの魔方陣のような物が浮かび上がっていた。まるで、目の前にいる少女と共鳴するかのようにその光は強くなる。

「ご主人様は、契約をするのは初めてでしたか?」

「契約? まぁ、未成年だし俺名義では初めてかな?」

「そうでしたか。失礼ですが、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「え、ああ」

 俺はただ普通に名乗ろうとした。しかし『攻略本』によって、名乗るときはこうやって名乗れと言われている気がして、俺は言葉を続けた。

「上田京也。我の名のもとに契約を成立させる」

「謹んでお受けいたします」

 その言葉を受けて、手の甲にあった魔方陣は光を増したようだった。そして、しばらくすると、その魔方陣は光と共に消えていった。

 一体、何だったんだ。

「何なりとお申し付けください」

「何なりとって言われてもなぁ。あ、そうだ、ノスフェラーーえっと、なんだけ?」

「ノスフェラトゥ・リリィです。呼びにくいようでしたら。リリィとお呼びください」

「じゃあ、リリィさん。リリィさんって、結構強かったりする?」

「私ですか? そうですね、それなりに力はあるかと思います」

「それじゃあ、俺がこのダンジョンを出るのを手伝って欲しいんだけど、お願いできたりする?」

「ええ、謹んでお受けいたします」

「よかったぁ。モンスターと出くわしたらまじで死ぬところだったわ」

「死ぬ? ご主人様がですか?」

「あー、ご主人様じゃなくて、京也でお願いしてもいいですか? ご主人様なんて大層なもんじゃないんで」

「ご謙遜を。吸血鬼と契約をすることができるほどのお方なのに」

「吸血鬼?」

「ええ」

「だ、誰が?」

「私がですが」

 きょとんと二人して首を傾ける俺達。いくら考えても答えが見えてきそうもなかったので、俺は言葉を続けた。

「リリィさんって、もしかして人間ではないの?」

 そんなわけはない。そんな一縷の望みにかけて。

「生前最強と言われた吸血鬼です、ご主人様」

「……まじすか」

『攻略本』というダンジョンの案内役しかできないようなハズレ能力。それがどうして、吸血鬼なんかと契約してんの?

 これって、もっと別の能力の奴らがやることだよな? 

 おかしいな、『攻略本』の通りに動いただけなのに。

 自分の能力である『攻略本』それを信頼していたはずなのに、初めてそれに疑惑を持った瞬間だった。

「どーしよ」

 俺に与えられたギフトである『攻略本』を駆使してダンジョンに潜っていたら、なんか知ないうちに吸血鬼と契約していたらしい。

『攻略本』にそうやって指示されて行動しただけなのに、こんなことってありえるのか?

「そう言えば、リリィさんを助ける前にどこの国の言葉か分からない言葉を言ったな」

 リリィが結晶に閉じ込められているとき、その結晶に触れながら何かブツブツと唱えた気がする。その後に、リリィが解放されたということは、やはりあの時の言葉がきっかけか。

 まさか、あれが契約の儀式だったなんて思いもしなかった。

「まぁ、考えてもしかたないか。とりあえず、俺一人じゃこのダンジョンからでれないだろうしな」

「出られないというのは、どういうことでしょうか?」

「え、ああ。俺ってかなり弱いからさ、モンスターと戦えないのよ」

「弱い? ご主人様がですか?」

「えーと、京也でお願いできないか? さすがに、照れ臭い」

 照れ臭いというかそういうプレイをしている気になって、興奮してしまう。だから、俺の鼻息が荒くなるまえにその呼び名をやめて欲しい。

「失礼しました。京也様とお呼びいたしますね」

「いや、様もいらんのだけど」

「なりません。それと、私のことはリリィと呼び捨てでお呼びください」

「いや、女子相手に呼び捨てはちょっと」

「……」

 別に、名前を呼び捨てで呼ぶのが嫌いという訳ではない。ただ、思春期の男子からすると可愛い女子を呼び捨てで呼ぶという行為は緊張するのだ。

「リリィ」

 だから、俺の声が少しだけ上ずったことはスルーして欲しい。

「なんでしょうか、京也様」

「……様付けは何とかならんものですか」

「なりません」

「……さいですか」

 何とかならないなら仕方がないか。

 リリィの言葉を聞く限り、俺とリリィの関係には上下関係があるように見える。というよりも、主従関係のようなものなのかもしれない。

 友達のようなフレンドリーさなんてものは感じられず、後ろから付き従うかのような言動だしな。

 そうなると、俺が結んだ契約は主従関係なのか? ダメだ、ただリリィを助け出そうと思って言葉を呟いただけだから、あの言葉が何を意味するものだったのか分からない。

 契約内容が分からない契約って、かなり怖いな。

……今度契約するときは、面倒でも契約書を隅々まで読みこむことにしよう。

「ご主人様は、何か戦えない理由があるのですか?」

「いや、俺が弱いからだけど」

 なんでここではてなワークがついてしまうんだ? 難しいことは言っていないはずなのに。

「分かった。それじゃあ、仮に俺がモンスターと対峙したときにでも確認してくれ。あ、でもあれだぞ、危なくなったら助けてくれよ?」

「ええ、分かりました」

 言っても伝わらないなら、実践で俺の弱さを確認してもらうことにしよう。

 ……なんか情けないな。

 そうは言っても、このダンジョンに入ってからモンスターと出会ってない。リリィに俺の弱さを証明する機会も来ないかもしれないな。

 俺達がしばらく歩いていくと、道が二股に分かれた。片方を示すのはこのダンジョンに入ってからずっと頼ってきた矢印。そして、もう片方は先程リリィを助けたときに見たのと同じ色の矢印だった。

 分岐点でありながら、『攻略本』が強く示すのはリリィを助けたときと同じ色の矢印。

 ……なんか嫌な予感がするな。

 俺は振り返って、リリィの方に視線を向けた。

 俺の視線を受けて、リリィはきょとんと可愛らしく首を傾けていた。

 まぁ、この子を助けたことを後悔してるわけでもないしな。『攻略本』がそうしろと言うのなら、そうするよ。

 俺はその『攻略本』が示す道に従って歩き出した。


 そうして歩くこと数分。俺達の前には道を塞いでいる大きな猪のモンスターと遭遇した。距離が遠いせいか、まだ俺達の存在には距離がついていないみたいだ。

 カバを一回り小さくしたくらいの大きさをしたそれは、鋭い角を二本鼻の脇から伸ばしている。

 あんなのに突進でもされたら、ひとたまりもないな。

「うわっー、どうしよ。引き返すか」

「戦わないのですか?」

「戦えないの」

「どういう意味でしょう?」

「戦ったら俺死んじゃうからーーいや、丁度いいか」

「俺がどれだけ弱いのか、見せておこう」

 どうやら、俺がリリィと契約をしたからか、リリィは俺のことを強者か何かだと勘違いしているらしい。なんか知らんが敬われているしな。

 それなら、ここで俺の弱さをアピールしておこう。

 多分、これからダンジョンを潜っていくにあたってリリィの力は必要になる。本当の危機に遭遇するよりも前に、俺の弱さを証明しておく必要があるだろう。

 そうしないと、いざという時の反応が遅れるはずだ。俺を助ける反応が。

 早くも俺は尊厳を失うのか。はぁ。

「もしも、というか、絶対に俺負けそうになるから颯爽と俺を助けに来てもらってもいいですか? 本当に。危ないと思った時にはもう手遅れなので、そこんところお願いします!」

「わ、分かりました。なぜそんな剣幕でおっしゃるのでしょう?」

「だって、見捨てられたら俺死んじゃうからな。頭くらいいくらでも下げるよ」

 相手のモンスターは小柄ではないが、肉食獣という感じではない。なぶられても殺されることはないだろう。

 それに、なんかリリィって最強とか言ってたしな。問題ないだろ。

 俺はあえて音を大きく出して、猪のようなモンスターに向かい合った。当然、こちらが戦闘態勢を見せれば相手も戦闘の体勢に入る。

 見つかったぁ。

 というか、もしかして俺達のことには気づいていたのではないだろうか。戦う意思を見せなければ、黙って通してくれたかもしれない。

 まぁ、目の前で突進に入る体制を取られた今となっては、もう遅いのだけれども。

「よ、よし、このくらいでいいだろ。リリィ、そろそろーーん?」

 なんだろうか。モンスターを前にして何かの情報が頭に流れ込んできた。

 まるで、アイテムを見つけたときと同じように『攻略本』が勝手に反応しているかのようだ。そして、頭には『モンスター攻略法』という文字が流れてきた。

 な、なんだこれ? 『モンスター攻略法』?

 その意味が分からないままでいると、そんな俺の考えなどお構いなしに猪のモンスターが突っ込んできた。慌てて視線をリリィに向けるが、リリィは特に動こうという様子を見せない。

 え、まさかのスルーですか?

 俺は急いで視線を猪のモンスターの方に向け直した。すると、先程の『モンスター攻略法』が勝手に頭に流れ込んできて、俺の行動を指示する。

 何もしないと、俺はこのモンスターの突進を避けることはできない。そう考えた俺は、流れに任せるように『モンスター攻略法』に頼ることにした。

 俺は体の動きをその『攻略法』に合わせるように、『攻略法』に体を任せるようにすることにした。むしろ、意識的に『モンスター攻略法』を発動させた。すると、何か脳の中でちかっと光のような物が見えた。

 次の瞬間、体が勝手に動いていた。

 無駄のない動きで短剣を引き抜くと、そのまま流れるように突進してくるモンスターに刃を向けた。攻撃をかわしながら、見切ったような体の使い方。そして、筋肉の流れに沿ったようにモンスターに当てられた刃は抵抗なくモンスターの体を切り裂いた。

 ほんの数秒の出来事。短剣から血を払って鞘に納めた俺の後ろには、一太刀で切られて倒れているモンスターがいた。

「さすがです、京也様」

「……え?」

 え、俺がやったのか?

 いや、俺がどうやって? ていうか、俺って戦闘に向かないハズレのギフト持ちだったはずだろ?

 それがどうして、こんなにあっさりとモンスターを狩っているんだ?

 そこでふと、先程頭に流れ込んできた情報について思い出した。

『モンスター攻略法』。

 まさか、『攻略本』ってただのダンジョン案内以外に使い道があったのか?

 ていうか、『モンスター攻略法』ってなんだ?

 
「さすがお見事です京也様」

「え、ああ、ども」

 俺が猪のモンスターを倒し終えると、リリィが何事もなかったかのように俺の近くやってきた。

 あれだけ俺が慌てていたというに、顔色一つ変えないとは何事だと言ってやりたいが、リリィの態度を見ると俺がこのモンスターを倒すのを確信していたようだった。

 いや、俺弱いって初めに言ったはずなんだけどな。

「どうかなさいましたか?」

「いや、多分どうもしてないんだろうな」

 きょとんとした顔を向けられてしまうと、俺が負ける方がありえなかったみたいな気になってしまう。

 まぁ、そんな勘違いをしたりはしないんだけどな。俺戦闘向きの『ギフト』じゃないし。

「さて、このモンスターどうしたものかな」

 いちおう、この世界のモンスターは物によっては食べることができるらしい。

 俺が倒したのは見るからに食用のモンスターだが、俺にさばける技術があるかは別の話である。スーパーに売ってある肉でさえまともに調理したことないのに、いきなりジビエから入るのは挑戦し過ぎだ。

 仕方ないけど、このモンスターはここに置いてーー。

 そう思った俺の頭に、『料理攻略』『モンスター解体攻略』という文字が流れてきた。

 どうやら、『攻略本』を使えばこのモンスターも調理することができるらしい。

「京也様、どうされました?」

「いんや、リリィって猪の肉好き?」

「そうですね、私は特に嫌いな物とかはござません」

「じゃあ、せっかくだから休憩がてらこの猪でも食べるか」

「え、京也様は料理もできるんですか?」

「多分、としか言いようがないな。いや、料理するにもフライパンもないし無理――」

そんな俺の思考に反応するように、『冒険者攻略』『サバイバル攻略』といった文字が流れてきた。

 ……。

「でも、俺火の魔法なんて使えないから、火を使った料理もないし、あと調味料もないから味付けもできないーー」

そんな言い訳を作ろうとすると、新たに『基礎魔法攻略』『ダンジョン飯攻略』の文字が頭に流れてきた。

まるで、会話でもしているんじゃないかというような反応速度。

 ……分かったよ、作ればいいんだろ、作れば。

「そうですよね、調理器具もなければ調味料もありませんし、難しいですよね」

「簡単な料理しかできないからな?」

 俺はそう言うと、『サバイバル攻略』に書かれている通りに燃える物を集めて、『基礎魔法攻略』に従って火をつけて、『サバイバル攻略』に指示をもらって、平たい石を見つけてフライパンの代わりにしてーー。

 とにかく、猪料理を完成させたのだった。

 その後どうしたか? 知らん、『攻略本』に沿って作っただけだ。味の保証だって知らんからな。


「お、おいしいです。京也様はなんでもできるんですね」

「いや、そんなことはないんだけどな」

「ふふっ、ご謙遜を」

「いや、本当なんだが」

 というか、今の今まで俺だって知らなかったんだけど。何この便利すぎる『ギフト』。なんでも攻略本に載ってるって結構なチートなんじゃないか?

 こんな能力だって知っていれば、俺だってずっと三軍なんかにいなかったんだけど。

 ……ていうか、今まで気づかなかったっておかしくないか?

 こんな助けてなんとかえもんみたいに便利だったら、もっと早くにこの能力の神髄に気づいたはずだ。

 それなのに、俺はこの能力に今まで気づくことがなかった。いや、本当にそれだけなのだろうか?

 それにして、猪って旨いのな。家に持って帰りたい旨さだわ。

「確か、この系統のモンスターは下処理が下手だと臭みが出ると聞いたことがあります。京也様はどこかで料理の修業をされていたんですか?」

「したことないよ。ていうか、ちゃんとした料理作ったのも初めてだし。それに、初めてさばいたし」

「ふふっ、京也様ったら」

「いや、冗談とかじゃないんだぞ。本当だぞ?」

 俺がずっとボケてると思っているのか、リリィはまるで俺の言葉を信じようとしない。

結局、俺が弱かったことも信じようともしないし、このままだと俺強いモンスターに遭遇したときに見殺しにされるんじゃないか?

『殺されるとは思いませんでした』とか驚いた顔で言いそうだよな、リリィって。

「京也様ほど強い人間に会ったのも、久しぶりです」

「そっちこそ、冗談言うなよ。五万といるだろ、俺みたいな強さの奴なんて」

「ふふっ、京也様ったら」

 またしても俺の発言を冗談として受け取ったのか、リリィは上品な笑みをこちらに向けた。

なんかユーモアのある人としてリリィの好感度は上がってそうだが、この勘違いは早めに解いておいた方がいいだろう。

「冗談なんかじゃないって。ほら、これが冒険者カードな。ここに書いてあるだろ、レベル42――。42? ていうか、何だこのステータスは?」

 急にレベルが上がっていた事にも驚きだが、それ以上にステータスが馬鹿みたいに上がっていたことに気がついた。

 体力、攻撃力、魔力、素早さーーというか、全部上がり過ぎだろ。なにこれ、バグってんのか?

 そんな困惑する俺の顔を見て、リリィはきょとんと首を傾げていた。

 そのくらいのステータスがあるのは当たり前ではないか、そんなことがリリィの顔に書かれていたように思えた。

 まてよ、もしかして『攻略本』の能力が急に増えたのって……。
「『攻略本』の能力がレベルアップしたのか?」

 このダンジョンに来てから、『攻略本』のギフトを使ってできることが極端に増えた。ダンジョンに来てやったことと言えば、いたずらにレベルやステータスの上がるアイテムを見つけて、それを使用したくらいだ。

 途中から面倒くさくなって確認をするのをやめてしまったが、レベルとステータスが随分と上がっていたらしい。

 なるほど、『攻略本』でできることが増えたのはレベルが上がったからなのか。

 確かに、それなら納得できる部分が多い。

「あの、京也様。そろそろ、いただいてもよろしいでしょうか?」

「ん? いただく?」

 倒した猪のモンスターの料理を食べ終えて、そろそろダンジョンの下層に行こうとしていると、申し訳なさそうにリリィがそんなことを口にした。

「あの、私吸血鬼ですので、できれば京也様の血を頂きたいのですが」

「あー、なるほどね」

 そう言えばすっかり忘れそうになっていたが、リリィは吸血鬼だったのだ。それも、俺が大きな結晶に囚われていたのを救って、契約したのだった。

 そっか、確かに吸血鬼なら血は必要だよな。

「……えっと、血を吸われたら眷属にさせられたりするの?」

「眷属に? ふふっ、京也様は私の眷属になりたいのですか?」

 俺が冗談を言ったと思ったのか、リリィは愉快そうにくすくすと笑っていた。上品な笑い方をする古風なメイド服を着た吸血鬼。

 そんな吸血鬼の眷属になれるのなら、それはそれで悪くないのではないかと思ってしまう自分がいた。

 むしろ、こき使われるのも悪くない。うん、悪くない。

「ご心配なさらないでください。そんなことを京也様にはできませんよ、そういう契約ではないですか」

「え、ああ、そうなのね」

 どうやら、俺はよく分らない内容でした契約にそんな内容を含んでいたらしい。そもそも、どんな内容の契約だったのかも分からない。

 ……内容だけでも後で教えてくれないかな。

「少しの血と魔力を頂くだけです。京也様の魔力はドロッとしていて濃いような気がするので、そんなに多くは頂きません」

「魔力だよな? なんか妖艶な表情してるけど、魔力を少しあげるってことでいいんだよな?」

 なんか意味ありげな言葉回しが気にはなるが、俺が契約した以上血をあげないわけにもいかないだろう。

 そんなペットを飼ったはいいけど、餌を上げないみたいな状態は良くないはずだ。

「それなら、ほら。貧血になるまでは吸わないでくれよ?」

「あら、首から貰っていいんですか? ふふっ、誘われているんですかね?」

「さそっ、そんなんじゃないかな」

 何をどうしたらそんな取り方ができるのか、リリィはうっとりとした顔で俺の首を眺めながらそんなことを口にした。

 絶品を前に腹を空かせるというよりも、美女を前に喉を鳴らすような表情。

 ……吸血行動って、ただの食事っていう認識で良いんだよな。

「それでは、いただきます。ぺろっ、ちゅっ……ちゅぱっ」

「って、おい! なんで首責め始めてんの?! なんで前戯が始まってんの?!」

「あら、強引にされる方がお好きでしたか?」

「ご、強引なのも困るな。痛いのは嫌だし」

「それでしたらお任せください。もしかして、京也様は初めてですか?」

「……だったら何だって言うんだよ」

 初めてというワードが一体何を意味してるのか俺には分からない。吸血されるということなのか、女性経験の方なのか。

一体、どっちの意味で言っているのか分からないけど、どっちも初めてだから関係ないか。

「ふふっ、穢れていないのですね。でしたら、もっと濡らしておかないと」

 そういうと、リリィは必要以上に首を舐めてから吸血を開始した。献血をやったことがない俺は、血を抜かれる感覚を初めて知ったのだった。

 吸血が終わると、リリィは満足げに口元を緩めてうっとりとしていた。

「濃くて喉に絡みつくような魔力ですね。ごちそうさまでした」

「本当に血を抜いただけなんだよな? 変なこととかしてないよな?」

「ええ、とても美味しかったです」

 そんなことを言いながら唇を舐めるリリィは色っぽく、血を抜かれて体が少しだるいというのに少しだけ元気になったのだった。

 いや、何言ってんだろ俺。

「よしっ、それじゃあそろそろ行くか」

「もう動いて大丈夫なんですか?」

「まぁ、大丈夫だろ」

 俺はリリィにそう告げると、休憩もほどほどに立ち上がって下の階層に向けて歩き出した。

 あまりゆっくりもしてられないしな。

 多少俺が遅れてダンジョンを出るのは良いが、遅れ過ぎて早乙女達のグループに文句を言われても嫌だしな。

 そう言えば早乙女達は今どこまで行ったんだろうな。

 もしかしたら、すでにダンジョンを攻略して脱出してたりするのかな。

 ……十分にありえそうだ。だって、あいつら戦闘に特化したギフト持ちの集団だからな。

 そうなると、いよいよお役御免か。少しは早くここを出られるように頑張るか。

 俺はそんなことを考えて、少しだけ歩く速度を上げたのだった。

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