「『防御力向上の欠片』」

「今度は『素早さ向上の欠片』」

「「『魔力向上の欠片』。お、二つもあった」

 俺はそれからアイテムの収集に夢中になってしまった。初めはそれぞれの欠片を砕く度にステータスを確認していたが、面倒くさくなって確認をしなくなっていた。

 面白いくらい見つかるせいもあって、カードを確認するのももったいない。そんなふうに数十個も拾ったアイテムを使用していると、さすがにアイテムも見つからなくなってきた。このダンジョンにあるアイテムをほぼ見つけてしまったのかもしれない。

 そこまでいって、ようやく思考がまともになってきた。興奮して拾ったアイテムを使いすぎてしまっていたことに気がついたのだ。

 さすがに、使いすぎたかな? 

「まぁ、別に気づかれんだろうな」

 俺はアイテムの収集をほどほどにして、再びこのダンジョンの最下層を目指して歩き出した。しかし、そこで『攻略本』が最下層とは別の道を示し始めた。

 アイテムの反応とは別の反応。最下層とは違う方向を示す矢印、その道に進むことが正規のルートだとでも言いたげに、脳内に曖昧ながら強い意志を伝えてくる。

 どうしたものだろうか。

 早乙女達は『攻略本』が示す方向とは違う方向を進んでいった。それならば、俺はせめて『攻略本』が強く示す方に進むことにしよう。

 そもそも、『攻略本』の通りに進んだ場合にどうなるか。早乙女達と比較してどれくらいダンジョン攻略に時間がかかるかを確認してるんだよな。ここで、『攻略本』が示す方向とは別の方に進んでしまっては意味がないだろ。

 俺はそんなことを考えながら、最下層へと向かう道とは異なる道を進んでいったのだった。

「なんだ、これは?」

 そうして『攻略本』の指示通りに進んだ先には、身の丈を大きく超える大きさの結晶に閉じ込められている少女がいた。

 銀色の長い髪をした少女。古風なメイド服姿をした浮世絵離れしたような少女だった。俺よりもいくつか年下だろう。

そんな子が結晶の中に閉じ込められているというのに、俺はその美しさに目を奪われていた。

現実味がない作り物のような精巧な顔立ちをしている。

「いや、見惚れている場合ではないか」

 一刻も早くこの子を助け出さねば、というかまだ生きているんだよな? 白すぎる肌からは生気のような物感じることができない。

 というか、この結晶を壊せば少女は助かるのだろうか? これって、力づくで壊すしかないのか?

 そんな俺の考えが伝わったのか『攻略本』が発動して、俺にその少女の助け方を教えてくれた。

 俺はその指示に従う形で、彼女が閉じ込められている大きな結晶に触れた。そして、脳に流れてくるどこの国の言葉か分からない言葉を口にした。

「~~~~」

 すると、俺が結晶に触れている部分が小さな青色の光を放った。かすかな光はそのまま結晶に亀裂を入れるように広がっていき、やがて鈍い音と共に目の前の結晶が砕けた。

 結晶が砕けていく中で、ゆっくりと目の前にいる少女は目を開けた。

 切れ長の目はどこか感情が感じられず、人形のように繊細な造りをしていた。硝子細工でできているようなまつ毛が揺れて、こちらをじっと覗き込んできた。

 しかし、それも数秒。目の間にいる少女は俺に跪くと、そのまま首を垂らした。

「ノスフェラトゥ・リリィと申します。なんなりとお申し付けください、ご主人様」

「え? ご主人様?」

「はい。忠誠を誓う代わりに助けていただきました」

 一体、この子は何を言っているのだろうか。

 確かに、俺はこの子を助けようと思った。でも、別にこの子に忠誠を誓ってもらうためとかではない。

 ていうか、助けられたから忠誠を誓うなんてそんなゲームじゃあるまいし。

 しかし、そんな俺の考えとは裏腹に俺と少女の体は青い光によって包まれていた。なんで同じ光に包まれているのだろうと思ったら、その光は先程俺の手の平にあった物と同じ物だったことに気がついた。

「うお、なんだこの手の甲の奴」

 俺の甲には何かの魔方陣のような物が浮かび上がっていた。まるで、目の前にいる少女と共鳴するかのようにその光は強くなる。

「ご主人様は、契約をするのは初めてでしたか?」

「契約? まぁ、未成年だし俺名義では初めてかな?」

「そうでしたか。失礼ですが、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「え、ああ」

 俺はただ普通に名乗ろうとした。しかし『攻略本』によって、名乗るときはこうやって名乗れと言われている気がして、俺は言葉を続けた。

「上田京也。我の名のもとに契約を成立させる」

「謹んでお受けいたします」

 その言葉を受けて、手の甲にあった魔方陣は光を増したようだった。そして、しばらくすると、その魔方陣は光と共に消えていった。

 一体、何だったんだ。

「何なりとお申し付けください」

「何なりとって言われてもなぁ。あ、そうだ、ノスフェラーーえっと、なんだけ?」

「ノスフェラトゥ・リリィです。呼びにくいようでしたら。リリィとお呼びください」

「じゃあ、リリィさん。リリィさんって、結構強かったりする?」

「私ですか? そうですね、それなりに力はあるかと思います」

「それじゃあ、俺がこのダンジョンを出るのを手伝って欲しいんだけど、お願いできたりする?」

「ええ、謹んでお受けいたします」

「よかったぁ。モンスターと出くわしたらまじで死ぬところだったわ」

「死ぬ? ご主人様がですか?」

「あー、ご主人様じゃなくて、京也でお願いしてもいいですか? ご主人様なんて大層なもんじゃないんで」

「ご謙遜を。吸血鬼と契約をすることができるほどのお方なのに」

「吸血鬼?」

「ええ」

「だ、誰が?」

「私がですが」

 きょとんと二人して首を傾ける俺達。いくら考えても答えが見えてきそうもなかったので、俺は言葉を続けた。

「リリィさんって、もしかして人間ではないの?」

 そんなわけはない。そんな一縷の望みにかけて。

「生前最強と言われた吸血鬼です、ご主人様」

「……まじすか」

『攻略本』というダンジョンの案内役しかできないようなハズレ能力。それがどうして、吸血鬼なんかと契約してんの?

 これって、もっと別の能力の奴らがやることだよな? 

 おかしいな、『攻略本』の通りに動いただけなのに。

 自分の能力である『攻略本』それを信頼していたはずなのに、初めてそれに疑惑を持った瞬間だった。