「ここは、こっちだな」

「おい、いい加減にしろよ!」

「え、どうした急に大きな声出して?」

「いつまで同じような所ぐるぐる回ってんだよ! いつになったら、最下層に着けんだよ!」

 ダンジョンに入ってから数時間が経過した。しかし、景色は特に代わり映えすることなく、ずっと同じような景色が広がっていた。

 俺が間違えているのか知れない。きっと、今ここいる人達の大半がそう思っているのだろう。そう感じるだけの圧力があった。

 しかし、俺に言われても困る。俺はただ『攻略本』に沿って動いているだけだ。俺が目を向える方向に現れる矢印の通りに進んでいく。ただそれだけなのだ。

 急に大声を出されても、そんな進路変更をしろという『攻略本』からの指示もない。当たり前だろ、ていか気短すぎないか?

「次はこっちだな」

「おい、そっちは上じゃねーか。俺達は下に向かいたいんだよ!」

「いや、そんなこと言われても知らんって」

 俺に疑いの目をかけられても、俺にできることなんて限られている。ただ、『攻略本』が示す方向に進んでいくしかないのだ。他にできることなど何もない。

それなのに、なんでそんな疑いの目を向けられなくちゃならんのだ。

「指令さん、一回こいつ抜きでこのダンジョンクリアしてみませんか?」

「なに?」

 今回のダンジョンには国家騎士団の役職クラスが同伴していた。その同伴者が今回の指令役。悪原はその指令役に不満交じりに言葉を続けた。

「だって、前もこいつに従って付いて行ったら、変な所に迷い込んだし、時間かかったじゃないすか」

 悪原が言っているのは、以前俺が同伴したときのダンジョンについてだろう。確かに、あのダンジョンに潜ってから脱出するのには数日かかってしまった。初めは俺のことを歓迎していたメンバーの目が今日はあまり良くはない。それもきっと、あの日のダンジョン攻略に時間がかかったからだろう。

 でも、あのときは悪原たちが俺の言っている方向と違う方に進むと言って聞かなかったから時間がかかったんだろ?

 なんであの時時間がかかった原因が俺にあるみたいな態度が取れるんだ?

「確かに以前のダンジョンは少し時間がかかったが、普通はあのくらいかかるものなんだ。あれが最適解だったかもしれないだろ?」

「いいや、俺はそうは思わないんすよね。俺達の強さを知らないから、あんな遠回りしたんじゃないすか。俺達って異世界から来たし強いんでしょ? 遠回りなんかしないでちゃっちゃと進んでいきましょうよ」

「しかし、そういう訳にもいかないだろ」

 折れずに自分の考えを通そうとする悪原と、決まりを守ろうとする指令役。しかし、どうも空気は悪原の意見に賛同する者達が多かったように見えた。

 ていうか、俺が折れないのが悪いみたいな空気さえある。

 なんだこの圧倒的アウェイな空気は。ただでさえ異世界だから居場所ないんだぞ。これ以上アウェイになったら、俺どうなっちゃうんだよ。

「じゃあ、こうしないかい?」

 早乙女は妙案を思いついたように手を叩くと、周囲の視線を自分に集めた。話す前から信頼があるって言うのは羨ましいことですな。

 さぞ生きやすい人生だろうよ。

「ここで俺達と上田のチームに分かれるんだ。そして、どちらが早くダンジョンの最下層に行って、地上に帰ってこれるかを確認してみないかい?」

 あたかも提案するかのような口調。話し終える前から早乙女が話す内容が決定事項のような空気がしただけあって、どうやら完全にその方向に話が傾いていた。

「いや、しかしだな」

「指令、俺達は魔王と戦わなければなりません。それなら、ダンジョンに掛ける時間も無駄に浪費はできないと思うんです」

「分かった。早乙女がそこまで言うなら、試してみてもいいかもな」

 指令、肝心の俺はまだ了承していないんですけど、試しちゃうんですか?

 参ったな、俺まともにモンスター相手と戦ったことないぞ。モンスターと戦うことになったら、即ゲームオーバーだよ。

 そんな状況で最下層を目指せって、鬼なのか貴様らは。

「よし、指令からオーケーが出たぞ。俺と一緒に来る人と上田に付いて行く人で分かれようか」

 そして、本人の意思に任せたチーム分けが行われた。当然、考えるまでもなくみんな早乙女のチームに流れていく。

 チーム分けが終了した頃には、俺とその他のクラスメイトというチーム分けが完成されていた。

 おいおい、さすがに泣いてもいいか。

「えっと、さすがに誰もいないとなると、困るんだけどな。誰か、上田の方に行ってもいいって人いない?」

 向けられるのは失笑や、同情のような感情。誰も俺の方に来ようとしない時間が長く続き、やがて苛立ったような感情が俺に向けられて来た。

「いや、いいよ。俺もギフト持ちだ。一人で何とかなるって」

 この一言を言わせるような空気。これが圧力という奴ですな、中々に効くぜ。

「何とかなるって、本当に大丈夫なのか?」

「いざとなったら、俺は引き返して早乙女達と合流するよ。それで問題ないだろ?」

 ここまで言って、俺に向けられる感情はようやく折れたかといったようなため息。なんで俺がわがままを言っているような空気になってんだろうな。不思議だ。

「問題あるに決まってるだろ! 問題が起きてからじゃ遅いんだぞ!」

 しかし、そんな俺の言葉に一人だけ反対をする人物がいた。

 それはこのクラスを任された指令だった。当然だろう、俺一人帰らなくなったら責任問題だ。

 いや、三軍の生徒が一人死んだくらいでは大した責任にはならないのか?

「指令、本人がこう言ってますし、任せましょう」

「そ、そうか? まぁ、早乙女が言うなら信じてみてもいいか」

 そこは俺の言葉を信じるんじゃないんですか、早乙女君ですか。

 なんとも言えない気持ちになる俺を置いて、早乙女達ご一行は俺を置いて俺とは別の道を進んでいった。

「……俺、人望なさ過ぎないか?」

 俺は一人残されてそんな言葉を一人呟いたのだった。