クラスでパッとしない男子生徒。それが俺、上田京也だった。

 特に部活に属すわけでもなく、ただの帰宅部でイケメンでもなければスポーツだって得意ではない。勉強も特にできるという訳ではない。

 平凡凡庸。そんな俺でもアニメとかラノベとかは好きだったりした。

 中学二年生の頃なんかは、学校にテロリストが入ってきたらどうすればいいのかを何度も考えたことがあった。

 それと同じくらい考えているのが、クラスごと異世界に転移した場合にどうすればいいのかだ。

 そうして、異世界に行った場合にはクラスのみんながチート能力を貰える。これは鉄板だ。異世界に連れてこられた者には何かしらの能力が与えられるのだ。

 でも、俺みたいなモブには最強のチート能力は貰えない。それでも、一見弱く見えるチート能力を強化していくことで俺は最強のチート能力持ちになることができるのだ。

 休み時間。そんなことを考えていると、急に体に重力のようなものに押しつぶされる感覚があった。そう、まさにこんな感じに始まるのだ。

 そして、目を開けたときにはきっと異世界の景色が広がっているのだ。

 こんなふうに中世ヨーロッパの王宮みたいな景色が広がっていて、玉座に座る王にこう言われるのだ。

「来たか、異世界からの救世主たちよ」

 白い髭を生やしたおっさんが、王冠を被って玉座にふんぞり返っているおっさんがそんな事を言う。鉄板の王道パターン。

 ……あれ? これって、本当に言ってないか?

 俺の妄想ではないな、本当におっさんが目の前にいるな。

「なんだよ、ここ」

「え、どこなの?」

「教室にいたはずだよね? なにここ」

 俺はゆっくりと瞬きを一つした。

 辺りに見える景色は中性ヨーロッパのような建築。赤い絨毯と大理石のような物が引き詰められている。俺達の前には西洋や欧米のような顔立ちの人々がいて、ここに日本人がいないことが分かる。

 日本人は俺のクラスメイトだけ。どうやら、俺達はクラスごと異世界に来てしまったらしい。

「異世界だ……」

「異世界?」

「やったよ、僕たちは異世界に勇者として呼ばれたんだ!」

 俺の心の声を代弁したかのように、後ろの方で一部のクラスメイトが盛り上がりを見せていた。

 普段はクラスの隅でアニメの話をしている集団。どうやら、クラスのリア充たちよりもオタクたちの方が現状の理解をするのは早かったようだった。

「チートだよ! チート持ちだよ、僕たち!」

 チート。やはり、異世界と言われて初めに思い浮かべるのはチートだよな。

 その集団から離れながら、俺は一人で小さくガッツポーズをしていた。そうだ、これは異世界アニメ好きなら一度は憧れる展開。

 現実世界ではモブだった俺達が輝ける世界が、俺達を待っている。そんな俺を含めたキラキラした視線を受けて、玉座に座っているおっさんは口を開いた。

「なんだ、すでに神から与えられし『ギフト』については知っているのか」

 そのおっさんは失笑気味にそんな言葉を漏らした。それから、そのおっさんは隣に立っている若い女性に目配せを一つすると、説明を引き継がせた。

「突然、異世界からあなたたちを召喚してしまい申し訳ない! しかし、わが国も魔王の恐怖に対抗をする策のためには、こうすることしかなかったのだ。許して欲しい!」

 説明を引き継いだ女性からは、謝罪の言葉のわりに悪びれる様子が感じられなかった。急に異世界に連れて来たことを詫びるというよりも、むしろ誇らしく思えとでも言いたげな口調。

「別世界からこの世界に渡った物には、神からの『ギフト』が贈られると言われている! 君達にはその『ギフト』を駆使して、この世界で魔王の恐怖から民を守ってもらいたい!」

 それから、その女性は俺達が置かれている現状を説明した。

 この世界が魔王からの侵略を受けていること。それを阻止するために多くの兵士を使ったが、侵略を止められないでいること。また、魔王からの恐怖に対抗する策として、異世界人をこの世界に召喚したこと。

 そして、この世界に連れてこられた異世界人には『ギフト』という能力が付加されるとのこと。過去の勇者もその『ギフト』で手にした力で魔王を滅ぼしたと言われているとのこと。

 こんな話を聞かされて、一体どうしろというのか。知りもしない国が知らない奴に襲われている。

 だから、命をかけて戦ってくれってか?

 馬鹿馬鹿しい。ていうか、なんなんだ、あんたのところの王様は。ずっとふんぞり返っていて、人にものを頼む態度じゃないだろ。

 異世界でチート能力を貰えるのはいいとして、この世界のために命を懸けるのは馬鹿らしいな。

「それでは、それぞれ神から与えらし『ギフト』の鑑定に移る!」

 そんな俺の考えなど知る由もなく、話はとんとん拍子で進んでいった。

 どうやら、俺達の能力を鑑定できる水晶があるらしく、俺達のステータスや能力、『ギフトを』鑑定していた。その鑑定結果を水晶の近くにいる人がカードに書き写していた。手をかざすことで、文字を書き込んでいるらしい。

 初めて見る魔法と言う奴だ。よく見ておこう。

 よっぽど高い戦闘能力があって周りに頼られるならともかく、ハズレの『ギフト』を引いて身を粉にして働くことだけは嫌だな。

 勇者とかしてこの世界でモテモテになるって言うなら、それもやぶさかではないが。

「次、上田京也! お前は、『攻略本』? なんだこの能力は? ダンジョン攻略などの際の攻略ルートの最適解を導きだす能力? 補助要員としていては使えなくもないか。でも、勇者や戦士の能力が強ければ別にいらない気がするな。……まぁ、いい。日々鍛錬に励め!」

「うす」

 俺は貰ったカードを見てその能力を確認した。ギフト『攻略本』。どうやら、ゲームの攻略本などに書かれているルートが分かる能力らしい。

 一見、便利そうに見える能力ではあるのだが、特にステータスが高いわけではない。良くても、勇者の後をついて道を教えるだけのナビゲーター。

 どうやら、俺は結局異世界まで来ても、人生が変わるようなチート能力を手にできるわけではなかったらしい。

 俺は小さくため息を一つついて、『ギフト』の能力が書かれているカードに興味なさげに目をとしたのだった。

「聞いたか? 坂口の奴、今日から一軍だとよ」

「まじか、誰が二軍落ち?」

「谷村。なんか『投てき』のスキルが『狙撃』よりもいいらしい」

「いやいや、そんなことないだろ」

「まぁ、俺達三軍が知っても仕方ないよな」

 俺達がこの世界に連れてこられてから数か月が経過した。そして、俺達は連れてこられた数日後、クラス分けというものが行われた。

 俺達のクラスは30人程いたため、その中から能力が高い順に振り分けられたのだ。

 まず一軍。これは戦闘に特化した『ギフト』を持つ者達が集まる、エリート集団だ。『勇者』や『戦士』、『魔法使い』や『回復魔法師』などが挙げられる。

 次に二軍。これは補助や生産系の『ギフト』を持つ者達が集められた。『錬金術師』や『鍛冶師』などが挙げられる。いわゆる、後方支援をするための集団だ。

 そして、我らが三軍。これはただの余りもの集団だ。一軍にも二軍にも入ることができなかったハズレギフト持ち。

 それぞれのクラスによって、与えられる食事や武器、アイテムが異なるのだ。噂に聞いたが、一軍の皆さま達は食べるだけでレベルが上がるような食事を頂いているとのこと。

 分かりやすく言えば、一軍様は総理大臣のような食事を。我々三軍は刑務所のような食事を食べているといった感じだ。

 そして、クエストにもまともに連れて行ってもらえない我々には逆転のチャンスなどはないのだ。

「上田! 一軍司令官がお呼びだ!」

「はい、はい」

「お、案内人か? 頑張って来いよ」

「はいよ」

 そして、こうしてたまに用があるときだけ呼ばれるのだ。

 仕事が終わったらまた元の三軍に戻される。俺が這い上がるためにはこの少ないチャンスを活かす他ないのだ。

 まぁ、そんな意気込みがあればの話なんだけどな。



「上田! 久しぶり、よろしく頼むな」

「え、ああ。おうよ」

 どうやら、俺が呼ばれたのはダンジョン攻略のためらしい。ダンジョンに向かうまでの道中。俺に気さくに話しかけてくる奴がいた。

 クラスの中心人物でサッカー部のエース、早乙女王子君だ。

 名前の通りの甘いマスクに、生まれ持った運動神経だけで周りからの信頼を勝ち取ってきたのだろう。なぜ高校生というまだ何も成功していない年齢で、それだけの自信を身に纏えるのか。

 学校の七不思議としてカウントしてくれないかな、本当に。

 倒すべき相手である魔王とも話し合いで解決とはしちゃいそうなタイプ。そして、この男のギフトは『勇者』だという。

 なんで異世界まで来てまで勝ち組なんだよ。いい加減にしてくれよ、神様さんよ。

「なんか、しばらく見ないうちにごつい装備を付けるようになったんだな」

「え? ああ、これかい? 飯田君とか大野さんが俺用に武器とか防具を作ってくれたんだ! ここにいるみんなは、クラスメイトが作ってくれた装備を身に着けているんだ!」

「はえー」

 そう言った早乙女はなんか金色の防具と、金色の大剣を担いでいた。どこかの成金みたいだな、とでも言ってやりたいが、そんな事を言ったら周りから非難されるのは俺だろう。

 それにしても、みんなか。一軍様は良い装備品を貰えるんだな。

 そんな俺は制服に腰から短剣をぶら下げただけの装備だった。なんかこの中にいると俺だけ異世界から来た人みたいだな。だって、皆さん異世界に馴染んでいらっしゃるんですもの。

「こいつ必要なのか?」

 そう言って来たのは、同じくクラスの中心メンバーである悪原誠人。こいつは名前にふさわしくないほど腐った性格をしている。確か何人かいじめの被害にもあっていたはずだ。細い腕のくせにヤンキーを気取っている子なのである。

 反撃をして手でも出したら停学になる可能性があるから、一方的に殴られてやっている人がいるというのに、自分を強いと錯覚しているらしい。

 まったく、おめでたい奴ですよ。

「上田って、『案内人』ってギフトだったかな?」

「いんや、『攻略本』」

「本? いや、本ってなんだよ」

 もはやフォローに入ろうとした早乙女も俺のギフトを聞いて、なんとも言えない笑顔を浮かべることしかできないでいた。

 それも当然だろう。俺だって内心は同じ気持ちだからな。

 結局、異世界に行ってもスクールカースト上位の奴が良い『ギフト』を貰って一軍にいた。中には、クラスの隅にいた奴が一軍に上がったりもしているらしい。

 そいつは、きっと今頃ラノベの主人公気取りだろうな、羨ましいぜ、本当に。

 いや、突然連れてこられた異世界。そこで、衣食住を無料提供してもらえる時点で俺達は勝ち組なのかもしれないがな。

 そんなやる気のない俺は周りとの温度差を受けながら、ダンジョンの入り口までやってきたのだった。
「ここは、こっちだな」

「おい、いい加減にしろよ!」

「え、どうした急に大きな声出して?」

「いつまで同じような所ぐるぐる回ってんだよ! いつになったら、最下層に着けんだよ!」

 ダンジョンに入ってから数時間が経過した。しかし、景色は特に代わり映えすることなく、ずっと同じような景色が広がっていた。

 俺が間違えているのか知れない。きっと、今ここいる人達の大半がそう思っているのだろう。そう感じるだけの圧力があった。

 しかし、俺に言われても困る。俺はただ『攻略本』に沿って動いているだけだ。俺が目を向える方向に現れる矢印の通りに進んでいく。ただそれだけなのだ。

 急に大声を出されても、そんな進路変更をしろという『攻略本』からの指示もない。当たり前だろ、ていか気短すぎないか?

「次はこっちだな」

「おい、そっちは上じゃねーか。俺達は下に向かいたいんだよ!」

「いや、そんなこと言われても知らんって」

 俺に疑いの目をかけられても、俺にできることなんて限られている。ただ、『攻略本』が示す方向に進んでいくしかないのだ。他にできることなど何もない。

それなのに、なんでそんな疑いの目を向けられなくちゃならんのだ。

「指令さん、一回こいつ抜きでこのダンジョンクリアしてみませんか?」

「なに?」

 今回のダンジョンには国家騎士団の役職クラスが同伴していた。その同伴者が今回の指令役。悪原はその指令役に不満交じりに言葉を続けた。

「だって、前もこいつに従って付いて行ったら、変な所に迷い込んだし、時間かかったじゃないすか」

 悪原が言っているのは、以前俺が同伴したときのダンジョンについてだろう。確かに、あのダンジョンに潜ってから脱出するのには数日かかってしまった。初めは俺のことを歓迎していたメンバーの目が今日はあまり良くはない。それもきっと、あの日のダンジョン攻略に時間がかかったからだろう。

 でも、あのときは悪原たちが俺の言っている方向と違う方に進むと言って聞かなかったから時間がかかったんだろ?

 なんであの時時間がかかった原因が俺にあるみたいな態度が取れるんだ?

「確かに以前のダンジョンは少し時間がかかったが、普通はあのくらいかかるものなんだ。あれが最適解だったかもしれないだろ?」

「いいや、俺はそうは思わないんすよね。俺達の強さを知らないから、あんな遠回りしたんじゃないすか。俺達って異世界から来たし強いんでしょ? 遠回りなんかしないでちゃっちゃと進んでいきましょうよ」

「しかし、そういう訳にもいかないだろ」

 折れずに自分の考えを通そうとする悪原と、決まりを守ろうとする指令役。しかし、どうも空気は悪原の意見に賛同する者達が多かったように見えた。

 ていうか、俺が折れないのが悪いみたいな空気さえある。

 なんだこの圧倒的アウェイな空気は。ただでさえ異世界だから居場所ないんだぞ。これ以上アウェイになったら、俺どうなっちゃうんだよ。

「じゃあ、こうしないかい?」

 早乙女は妙案を思いついたように手を叩くと、周囲の視線を自分に集めた。話す前から信頼があるって言うのは羨ましいことですな。

 さぞ生きやすい人生だろうよ。

「ここで俺達と上田のチームに分かれるんだ。そして、どちらが早くダンジョンの最下層に行って、地上に帰ってこれるかを確認してみないかい?」

 あたかも提案するかのような口調。話し終える前から早乙女が話す内容が決定事項のような空気がしただけあって、どうやら完全にその方向に話が傾いていた。

「いや、しかしだな」

「指令、俺達は魔王と戦わなければなりません。それなら、ダンジョンに掛ける時間も無駄に浪費はできないと思うんです」

「分かった。早乙女がそこまで言うなら、試してみてもいいかもな」

 指令、肝心の俺はまだ了承していないんですけど、試しちゃうんですか?

 参ったな、俺まともにモンスター相手と戦ったことないぞ。モンスターと戦うことになったら、即ゲームオーバーだよ。

 そんな状況で最下層を目指せって、鬼なのか貴様らは。

「よし、指令からオーケーが出たぞ。俺と一緒に来る人と上田に付いて行く人で分かれようか」

 そして、本人の意思に任せたチーム分けが行われた。当然、考えるまでもなくみんな早乙女のチームに流れていく。

 チーム分けが終了した頃には、俺とその他のクラスメイトというチーム分けが完成されていた。

 おいおい、さすがに泣いてもいいか。

「えっと、さすがに誰もいないとなると、困るんだけどな。誰か、上田の方に行ってもいいって人いない?」

 向けられるのは失笑や、同情のような感情。誰も俺の方に来ようとしない時間が長く続き、やがて苛立ったような感情が俺に向けられて来た。

「いや、いいよ。俺もギフト持ちだ。一人で何とかなるって」

 この一言を言わせるような空気。これが圧力という奴ですな、中々に効くぜ。

「何とかなるって、本当に大丈夫なのか?」

「いざとなったら、俺は引き返して早乙女達と合流するよ。それで問題ないだろ?」

 ここまで言って、俺に向けられる感情はようやく折れたかといったようなため息。なんで俺がわがままを言っているような空気になってんだろうな。不思議だ。

「問題あるに決まってるだろ! 問題が起きてからじゃ遅いんだぞ!」

 しかし、そんな俺の言葉に一人だけ反対をする人物がいた。

 それはこのクラスを任された指令だった。当然だろう、俺一人帰らなくなったら責任問題だ。

 いや、三軍の生徒が一人死んだくらいでは大した責任にはならないのか?

「指令、本人がこう言ってますし、任せましょう」

「そ、そうか? まぁ、早乙女が言うなら信じてみてもいいか」

 そこは俺の言葉を信じるんじゃないんですか、早乙女君ですか。

 なんとも言えない気持ちになる俺を置いて、早乙女達ご一行は俺を置いて俺とは別の道を進んでいった。

「……俺、人望なさ過ぎないか?」

 俺は一人残されてそんな言葉を一人呟いたのだった。
「こっちか」

「次はこっち」

「ぜぇぜぇ、こっちか。本当に合ってるんだろうな?」

 一人きりとなったダンジョン攻略。一人で残されたことに対して悲しく思ったのか、自然と独り言が増えてきた。

 一人暮らしの時間が長くなると、独り言も増えると聞いたことがある。そこに一歩足を踏み入れてしまったのだろうか。俺はため息つきながらそんなことを考えていた。

「お、アイテムあるじゃん」

 長い道のりの先にはアイテムボックスが置かれていた。本当なら、このボックスに罠がないかを確認する必要がある。

 しかし、『攻略本』を使うことでこのアイテムボックスに罠がないことは確認済みだ。それどころか、開ける前からここに入っているアイテムが何であるのか教えてくれていた。

『レベルアップの欠片』。そのアイテムの効果も頭に自動で流れ込んでくる。どうやら、文字通り俺の冒険者としてのレベルを上げてくれるらしい。

 俺の今のレベルは5。色んな特訓を付けてもらってようやくレベル5になったのだ。早乙女達はもう二桁のレベルになったと聞いたな、どうやらできが違うのだろう。

 俺はそのボックスを開いて『レベルアップの欠片』を手に入れた。本当なら、ダンジョンに入ったときはアイテムは山分けにするのだ。しかし、このようなレベルを上げるアイテムは俺達の元にはおりてこない。基本的に一軍の皆様が使われるのだろう。

「まぁ、黙って使ってもバレないだろ。……そういや、どうやって使うんだ?」

 そんなことを考えると、俺の脳にそのアイテムの使い方が流れ込んできた。これも『攻略本』の効果なのかもしれない。

 なんか『攻略本』って大まかなギフトだと思ったが、使いようによっては結構使える能力なのかもしれないな。

 俺は『攻略本』から教えてもらった使い方通り、その欠片を指の先で潰してみた。

 すると、潰れた欠片が周囲に舞った。煌めく欠片の破片が舞っていく中で、体の奥の方が微かに熱くなるのを感じた。

 俺は何気なしにステータスが記載されているカードを確認して見ることにした。多分、使い方があっているのならば、レベルとかステータスが上がっているはず。

「おー、本当にレベルとステータスが上がったな」

 俺のレベル上昇に従って、ほぼすべてのステータスが上昇しているのが分かった。あれだけレベルを一つ上げるのに苦労したというのに、こんな欠片一つでレベルが上がるのかよ。

「一軍は、これにプラスして豪華な食事つきか。そりゃあ、いつまで経っても距離が縮まらない訳だ」

 きっと、どこかに行く度にこういうアイテムを見つけて使用しているのだろう。

 羨ましいと思う反面、今さら三軍に戻って訓練を受けるのも馬鹿らしく思えてきたな。

「……なんか、アイテムの反応がそこら中にあるな」

 俺の『攻略本』が反応していたので、周囲に意識を向けてみるとアイテムの反応があることに気がついた。

 しかし、アイテムの反応がある場所まで行っても周囲にはアイテムボックスのような物はなかった。

『攻略本』の誤反応? いや、そんなことはないと思うのだが。

 そう思ってその反応する場所に目を凝らしてよく見てみると、そこには赤色の結晶のような物が落ちていることに気がついた。

 それを拾ってよく見てみると、それが『攻略本』が示していたアイテムであったことが分かった。

 誤反応などではない。ただ俺が気づくことができなかっただけだったのか。

「これは、『攻撃力向上の欠片』。アイテムボックスにも入ってない物なんてあるのか?」

 アイテムって、こんな形で落ちてたりもするんだな。俺は『攻略本』の情報から、それが何であるのかを確認した。

ていうか、こんなの鉱石とかに詳しい人じゃないと分からないだろ。

俺はその赤く輝く結晶を角度を変えて眺めていた。先程は『レベルアップの欠片』を勝手に使用してしまった。今回は持って帰った方がいいのだろうか。

「まぁ、たまには羽を伸ばしても罰は当たらないだろ」

 俺はそんなことを考えながら、『攻撃力向上の欠片を』指の先で砕いたのだった。

 俺の攻撃力が上がった。
「『防御力向上の欠片』」

「今度は『素早さ向上の欠片』」

「「『魔力向上の欠片』。お、二つもあった」

 俺はそれからアイテムの収集に夢中になってしまった。初めはそれぞれの欠片を砕く度にステータスを確認していたが、面倒くさくなって確認をしなくなっていた。

 面白いくらい見つかるせいもあって、カードを確認するのももったいない。そんなふうに数十個も拾ったアイテムを使用していると、さすがにアイテムも見つからなくなってきた。このダンジョンにあるアイテムをほぼ見つけてしまったのかもしれない。

 そこまでいって、ようやく思考がまともになってきた。興奮して拾ったアイテムを使いすぎてしまっていたことに気がついたのだ。

 さすがに、使いすぎたかな? 

「まぁ、別に気づかれんだろうな」

 俺はアイテムの収集をほどほどにして、再びこのダンジョンの最下層を目指して歩き出した。しかし、そこで『攻略本』が最下層とは別の道を示し始めた。

 アイテムの反応とは別の反応。最下層とは違う方向を示す矢印、その道に進むことが正規のルートだとでも言いたげに、脳内に曖昧ながら強い意志を伝えてくる。

 どうしたものだろうか。

 早乙女達は『攻略本』が示す方向とは違う方向を進んでいった。それならば、俺はせめて『攻略本』が強く示す方に進むことにしよう。

 そもそも、『攻略本』の通りに進んだ場合にどうなるか。早乙女達と比較してどれくらいダンジョン攻略に時間がかかるかを確認してるんだよな。ここで、『攻略本』が示す方向とは別の方に進んでしまっては意味がないだろ。

 俺はそんなことを考えながら、最下層へと向かう道とは異なる道を進んでいったのだった。

「なんだ、これは?」

 そうして『攻略本』の指示通りに進んだ先には、身の丈を大きく超える大きさの結晶に閉じ込められている少女がいた。

 銀色の長い髪をした少女。古風なメイド服姿をした浮世絵離れしたような少女だった。俺よりもいくつか年下だろう。

そんな子が結晶の中に閉じ込められているというのに、俺はその美しさに目を奪われていた。

現実味がない作り物のような精巧な顔立ちをしている。

「いや、見惚れている場合ではないか」

 一刻も早くこの子を助け出さねば、というかまだ生きているんだよな? 白すぎる肌からは生気のような物感じることができない。

 というか、この結晶を壊せば少女は助かるのだろうか? これって、力づくで壊すしかないのか?

 そんな俺の考えが伝わったのか『攻略本』が発動して、俺にその少女の助け方を教えてくれた。

 俺はその指示に従う形で、彼女が閉じ込められている大きな結晶に触れた。そして、脳に流れてくるどこの国の言葉か分からない言葉を口にした。

「~~~~」

 すると、俺が結晶に触れている部分が小さな青色の光を放った。かすかな光はそのまま結晶に亀裂を入れるように広がっていき、やがて鈍い音と共に目の前の結晶が砕けた。

 結晶が砕けていく中で、ゆっくりと目の前にいる少女は目を開けた。

 切れ長の目はどこか感情が感じられず、人形のように繊細な造りをしていた。硝子細工でできているようなまつ毛が揺れて、こちらをじっと覗き込んできた。

 しかし、それも数秒。目の間にいる少女は俺に跪くと、そのまま首を垂らした。

「ノスフェラトゥ・リリィと申します。なんなりとお申し付けください、ご主人様」

「え? ご主人様?」

「はい。忠誠を誓う代わりに助けていただきました」

 一体、この子は何を言っているのだろうか。

 確かに、俺はこの子を助けようと思った。でも、別にこの子に忠誠を誓ってもらうためとかではない。

 ていうか、助けられたから忠誠を誓うなんてそんなゲームじゃあるまいし。

 しかし、そんな俺の考えとは裏腹に俺と少女の体は青い光によって包まれていた。なんで同じ光に包まれているのだろうと思ったら、その光は先程俺の手の平にあった物と同じ物だったことに気がついた。

「うお、なんだこの手の甲の奴」

 俺の甲には何かの魔方陣のような物が浮かび上がっていた。まるで、目の前にいる少女と共鳴するかのようにその光は強くなる。

「ご主人様は、契約をするのは初めてでしたか?」

「契約? まぁ、未成年だし俺名義では初めてかな?」

「そうでしたか。失礼ですが、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「え、ああ」

 俺はただ普通に名乗ろうとした。しかし『攻略本』によって、名乗るときはこうやって名乗れと言われている気がして、俺は言葉を続けた。

「上田京也。我の名のもとに契約を成立させる」

「謹んでお受けいたします」

 その言葉を受けて、手の甲にあった魔方陣は光を増したようだった。そして、しばらくすると、その魔方陣は光と共に消えていった。

 一体、何だったんだ。

「何なりとお申し付けください」

「何なりとって言われてもなぁ。あ、そうだ、ノスフェラーーえっと、なんだけ?」

「ノスフェラトゥ・リリィです。呼びにくいようでしたら。リリィとお呼びください」

「じゃあ、リリィさん。リリィさんって、結構強かったりする?」

「私ですか? そうですね、それなりに力はあるかと思います」

「それじゃあ、俺がこのダンジョンを出るのを手伝って欲しいんだけど、お願いできたりする?」

「ええ、謹んでお受けいたします」

「よかったぁ。モンスターと出くわしたらまじで死ぬところだったわ」

「死ぬ? ご主人様がですか?」

「あー、ご主人様じゃなくて、京也でお願いしてもいいですか? ご主人様なんて大層なもんじゃないんで」

「ご謙遜を。吸血鬼と契約をすることができるほどのお方なのに」

「吸血鬼?」

「ええ」

「だ、誰が?」

「私がですが」

 きょとんと二人して首を傾ける俺達。いくら考えても答えが見えてきそうもなかったので、俺は言葉を続けた。

「リリィさんって、もしかして人間ではないの?」

 そんなわけはない。そんな一縷の望みにかけて。

「生前最強と言われた吸血鬼です、ご主人様」

「……まじすか」

『攻略本』というダンジョンの案内役しかできないようなハズレ能力。それがどうして、吸血鬼なんかと契約してんの?

 これって、もっと別の能力の奴らがやることだよな? 

 おかしいな、『攻略本』の通りに動いただけなのに。

 自分の能力である『攻略本』それを信頼していたはずなのに、初めてそれに疑惑を持った瞬間だった。

「どーしよ」

 俺に与えられたギフトである『攻略本』を駆使してダンジョンに潜っていたら、なんか知ないうちに吸血鬼と契約していたらしい。

『攻略本』にそうやって指示されて行動しただけなのに、こんなことってありえるのか?

「そう言えば、リリィさんを助ける前にどこの国の言葉か分からない言葉を言ったな」

 リリィが結晶に閉じ込められているとき、その結晶に触れながら何かブツブツと唱えた気がする。その後に、リリィが解放されたということは、やはりあの時の言葉がきっかけか。

 まさか、あれが契約の儀式だったなんて思いもしなかった。

「まぁ、考えてもしかたないか。とりあえず、俺一人じゃこのダンジョンからでれないだろうしな」

「出られないというのは、どういうことでしょうか?」

「え、ああ。俺ってかなり弱いからさ、モンスターと戦えないのよ」

「弱い? ご主人様がですか?」

「えーと、京也でお願いできないか? さすがに、照れ臭い」

 照れ臭いというかそういうプレイをしている気になって、興奮してしまう。だから、俺の鼻息が荒くなるまえにその呼び名をやめて欲しい。

「失礼しました。京也様とお呼びいたしますね」

「いや、様もいらんのだけど」

「なりません。それと、私のことはリリィと呼び捨てでお呼びください」

「いや、女子相手に呼び捨てはちょっと」

「……」

 別に、名前を呼び捨てで呼ぶのが嫌いという訳ではない。ただ、思春期の男子からすると可愛い女子を呼び捨てで呼ぶという行為は緊張するのだ。

「リリィ」

 だから、俺の声が少しだけ上ずったことはスルーして欲しい。

「なんでしょうか、京也様」

「……様付けは何とかならんものですか」

「なりません」

「……さいですか」

 何とかならないなら仕方がないか。

 リリィの言葉を聞く限り、俺とリリィの関係には上下関係があるように見える。というよりも、主従関係のようなものなのかもしれない。

 友達のようなフレンドリーさなんてものは感じられず、後ろから付き従うかのような言動だしな。

 そうなると、俺が結んだ契約は主従関係なのか? ダメだ、ただリリィを助け出そうと思って言葉を呟いただけだから、あの言葉が何を意味するものだったのか分からない。

 契約内容が分からない契約って、かなり怖いな。

……今度契約するときは、面倒でも契約書を隅々まで読みこむことにしよう。

「ご主人様は、何か戦えない理由があるのですか?」

「いや、俺が弱いからだけど」

 なんでここではてなワークがついてしまうんだ? 難しいことは言っていないはずなのに。

「分かった。それじゃあ、仮に俺がモンスターと対峙したときにでも確認してくれ。あ、でもあれだぞ、危なくなったら助けてくれよ?」

「ええ、分かりました」

 言っても伝わらないなら、実践で俺の弱さを確認してもらうことにしよう。

 ……なんか情けないな。

 そうは言っても、このダンジョンに入ってからモンスターと出会ってない。リリィに俺の弱さを証明する機会も来ないかもしれないな。

 俺達がしばらく歩いていくと、道が二股に分かれた。片方を示すのはこのダンジョンに入ってからずっと頼ってきた矢印。そして、もう片方は先程リリィを助けたときに見たのと同じ色の矢印だった。

 分岐点でありながら、『攻略本』が強く示すのはリリィを助けたときと同じ色の矢印。

 ……なんか嫌な予感がするな。

 俺は振り返って、リリィの方に視線を向けた。

 俺の視線を受けて、リリィはきょとんと可愛らしく首を傾けていた。

 まぁ、この子を助けたことを後悔してるわけでもないしな。『攻略本』がそうしろと言うのなら、そうするよ。

 俺はその『攻略本』が示す道に従って歩き出した。


 そうして歩くこと数分。俺達の前には道を塞いでいる大きな猪のモンスターと遭遇した。距離が遠いせいか、まだ俺達の存在には距離がついていないみたいだ。

 カバを一回り小さくしたくらいの大きさをしたそれは、鋭い角を二本鼻の脇から伸ばしている。

 あんなのに突進でもされたら、ひとたまりもないな。

「うわっー、どうしよ。引き返すか」

「戦わないのですか?」

「戦えないの」

「どういう意味でしょう?」

「戦ったら俺死んじゃうからーーいや、丁度いいか」

「俺がどれだけ弱いのか、見せておこう」

 どうやら、俺がリリィと契約をしたからか、リリィは俺のことを強者か何かだと勘違いしているらしい。なんか知らんが敬われているしな。

 それなら、ここで俺の弱さをアピールしておこう。

 多分、これからダンジョンを潜っていくにあたってリリィの力は必要になる。本当の危機に遭遇するよりも前に、俺の弱さを証明しておく必要があるだろう。

 そうしないと、いざという時の反応が遅れるはずだ。俺を助ける反応が。

 早くも俺は尊厳を失うのか。はぁ。

「もしも、というか、絶対に俺負けそうになるから颯爽と俺を助けに来てもらってもいいですか? 本当に。危ないと思った時にはもう手遅れなので、そこんところお願いします!」

「わ、分かりました。なぜそんな剣幕でおっしゃるのでしょう?」

「だって、見捨てられたら俺死んじゃうからな。頭くらいいくらでも下げるよ」

 相手のモンスターは小柄ではないが、肉食獣という感じではない。なぶられても殺されることはないだろう。

 それに、なんかリリィって最強とか言ってたしな。問題ないだろ。

 俺はあえて音を大きく出して、猪のようなモンスターに向かい合った。当然、こちらが戦闘態勢を見せれば相手も戦闘の体勢に入る。

 見つかったぁ。

 というか、もしかして俺達のことには気づいていたのではないだろうか。戦う意思を見せなければ、黙って通してくれたかもしれない。

 まぁ、目の前で突進に入る体制を取られた今となっては、もう遅いのだけれども。

「よ、よし、このくらいでいいだろ。リリィ、そろそろーーん?」

 なんだろうか。モンスターを前にして何かの情報が頭に流れ込んできた。

 まるで、アイテムを見つけたときと同じように『攻略本』が勝手に反応しているかのようだ。そして、頭には『モンスター攻略法』という文字が流れてきた。

 な、なんだこれ? 『モンスター攻略法』?

 その意味が分からないままでいると、そんな俺の考えなどお構いなしに猪のモンスターが突っ込んできた。慌てて視線をリリィに向けるが、リリィは特に動こうという様子を見せない。

 え、まさかのスルーですか?

 俺は急いで視線を猪のモンスターの方に向け直した。すると、先程の『モンスター攻略法』が勝手に頭に流れ込んできて、俺の行動を指示する。

 何もしないと、俺はこのモンスターの突進を避けることはできない。そう考えた俺は、流れに任せるように『モンスター攻略法』に頼ることにした。

 俺は体の動きをその『攻略法』に合わせるように、『攻略法』に体を任せるようにすることにした。むしろ、意識的に『モンスター攻略法』を発動させた。すると、何か脳の中でちかっと光のような物が見えた。

 次の瞬間、体が勝手に動いていた。

 無駄のない動きで短剣を引き抜くと、そのまま流れるように突進してくるモンスターに刃を向けた。攻撃をかわしながら、見切ったような体の使い方。そして、筋肉の流れに沿ったようにモンスターに当てられた刃は抵抗なくモンスターの体を切り裂いた。

 ほんの数秒の出来事。短剣から血を払って鞘に納めた俺の後ろには、一太刀で切られて倒れているモンスターがいた。

「さすがです、京也様」

「……え?」

 え、俺がやったのか?

 いや、俺がどうやって? ていうか、俺って戦闘に向かないハズレのギフト持ちだったはずだろ?

 それがどうして、こんなにあっさりとモンスターを狩っているんだ?

 そこでふと、先程頭に流れ込んできた情報について思い出した。

『モンスター攻略法』。

 まさか、『攻略本』ってただのダンジョン案内以外に使い道があったのか?

 ていうか、『モンスター攻略法』ってなんだ?