3XXX年
今日も息苦しい世界で、人類は生きている。

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めがさめた。見える景色は真っ白で四角く、無機質な部屋。毎朝起きるたびにここはどこだろうと考える。そして毎朝、同じ答えに辿り着き、ため息をつく。
「ピロリン♪」
配達ロボのチャイムが鳴る。同じく四角いケースを受け取る。中には銀色に白光りする缶と、錠剤。その正体は、サバ缶と栄養剤。朝食だ。お米を水で戻してサバ缶と共に胃に流す。たいして味もしない。
今日は何をしようか。そんなに選択肢もなく、すぐに決定する。着替えて、同じドアの並び続ける真っ白の廊下に出る。
窓の外を見ると無数のシェルターと,星空。沢山の機械。星空と言っても時刻は午前5時30分。では、なぜ太陽がないのか。その状況は、とてつもなく壮大な話になる。

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端的に言うなら,地球滅亡と言ったところだろうか。
止められなかった地球温暖化により、異常気象が相次いだ。人間が生きることが出来ないほど二酸化炭素が増加し、人類の地球生活の最後の数年は、小型酸素ボンベと共にすることが余儀なくされた。そしていよいよボンベを作る酸素もなくなり,人類は地球から出た。
天の川銀河からも出て、人類は酸素の検出された地球から遠く離れたこの星、ステラに移住した。それもつい最近のことで、私たちも地球で生きていたことはある。ただ、酸素ボンベが当たり前の中だったが。
ステラも地球と比べれば酸素は薄く、かつての地球よりもずっと息苦しいそうだ。呼吸が浅い状態で人類は生活していた。
異常気象による大規模自然災害、二酸化炭素の増量により、災害の被害者や呼吸器官の弱い人が亡くなり、人口は4分の1以上に減った。私の母は病弱で、すぐに影響を受けた。母子家庭だったため、地球での私はAI(人工知能)と二人暮らししていた。その「リカ」と言う名前のAIも、荷物になるから、電気を消費するからと持って行くのを禁止された。それを聞いた時は呆然として、でも涙は出なくて。周りの人が段々と居なくなっていく孤独感が残るだけだった。
そんなわけで、シェルターに振り分けられて一人暮らししている。感染症を防ぐために食事の配給はロボットだし(ロボットはAIと違って感情がない。)犯罪などの防止の為、他のシェルターに行くには身体検査やら健康検査やら大量の書類やら検査代やらがあって友達とも気軽に会えない。だから本格的なぼっちだ。食事も味気ない保存食だし、スマホなんてネット環境がない中ただのゴミ。時々暇な人が申請してラジオを流してたりするけど、手続きの手間がかかるし聞くにはお金がかかる。それでも遺族が亡くなって遺産を大量に受け継いだりしてかなり人口割合の高くなった金持ちや成金は娯楽にお金を割く為、収入があるらしい。
もちろん私にはそんなお金がないので暇。だから毎日、誰も来ない奥まった場所にある非常階段に行く。考え事をするか、気の向くままに歌うか、もしくは運動しようと階段を昇り降りしたりする。運動部だったから運動不足になるときもちがわるい。
階段を登るか降りるか。上に行っても屋上なんてないし、下に行っても…いや、下行ったことない。下に行こう。
ひたすらトントンと階段を降りる。靴の踵がやたらと大きく音を響かせる。1番下まで行くと何もなくてガッカリする。まあ、何かある方が驚きだけども。それでもわざわざ下まで来たのだからここに居座ることにする。リカに歌った曲の記憶も段々と薄れてくる。定期的に歌わないとメロディーや歌詞の細かなところを忘れてしまう。でもリカが褒めてくれた時の声や本当に嬉しそうな笑顔は忘れられない。だからその笑顔を思い浮かべて、ここを歌った時はこんなことがあったとか思い出して、歌を紡ぐ。
ふと気がつくと、そこには一枚の扉があった。扉があった。ん?扉?
一つ言っておく。私は目は悪くないし、見落としてたなんてことはない。この踊り場は狭いし、薄暗いとはいえモノはハッキリ見える。絶対さっきは扉はなかった。
いずれにせよ、そこに扉はあった。もちろん暇な私は扉を開ける。ただ、誰かいたら怖いから、そうっと。人はいなかった。私は思わず安堵のため息をつく。ドアを目一杯まで開ける。そこには一本の廊下と、突き当たりに鏡があるだけだった。
でも。私はさっきと違って、ガッカリしていなかった。ドキドキして、高揚感に包まれた。本当にただ鏡があるだけなのに。その鏡にひどく惹かれた。思わず鏡まで歩き、手を触れた。
その瞬間。
真っ白で、でもカラフルで、素敵な香りがして、でもツンと泣きそうになるような、身が竦むような感覚に襲われた。なぜかは分からないけど、私は今から違う場所に行くんだと分かっていた。胸のドキドキは最高潮に達していた。故郷の景色を見たような懐かしさと、はじめてのテーマパークに行くワクワク感と、知らない場所に行くコワさがあって。今までの人生で1番素晴らしくて、不思議な、感覚だった。
朝一番の風が吹いて目を開けると、そこには大自然が広がっていた。
久しく星空と白く四角い空間しか見ていなかった私にとっては、目が痛くなるほどの鮮やかな色彩。絵の具をそのまま使ったかのような、あお、みどり、きいろなどのたくさんの色たち。人生でホントに初めて、今肺にめいいっぱい酸素が入ったと感じた。太陽が眩しくて、目が眩んだ。目に沁みるほどの色と光が、そこには溢れていた。
どこかに行くかと分かっていたと言えど、意味がわからない。だって。かんがえてもみて。鏡に触ったら大自然。え、なに。
でもそんなことより。濃い草木の香り、全身に降り注ぐ太陽の暖かさ、朝露の冷たさ、風のみずみずしさ、空の高さと水彩絵の具で伸ばしたような筋雲。そんな全ての美しさに釘付けになった。
「わぁ。久しぶり。こんな早くくるとは。」
人の声がした。え?
「うわっ。」
振り向くと、そこには同年代と思われる、笑顔の男子。日の光で茶髪の髪が金色に反射している。んー。見た目で判断するならチャラそう。
「うおっ。」
「え、えーっと。どちら様ですか?久しぶりって何?え、会ったことあります?」
「さあどうでしょう。」
え。何この人。え。意味わかんない。
「え、見覚え無い?ほんとに?」
「何そんな定番なナンパの手口使ってんのよ。」
「ナンパだなんて失礼な。」
ほんとにチャラかった。
「うーん…そうかぁ…覚えてないかぁ…」
「まだそのネタ引きずるの?」
「いや、ネタじゃないんだよ。…。」
ネタじゃないとか言われてもねー。知らないしねー。いきなり大自然に来たと思えば、なんかあるかなとか期待してたらこんなチャラ男に絡まれて…。
あ、なんか青い鳥飛んでる。わー。ラッキー。
「……聞いてる?」
「え?」
「聞いてないね。」
「あぁ、うん。ごめん聞いてない。」
「全然反省を感じない。」
知るか。
「初対面の人に反省を感じないとか言われても。で?何?」
「もっかい言うの…?」
「え、だって聞いてないもん。なんか用事あったんじゃないの?」
「自己紹介したんだけど。自己紹介何回も言うって結構恥ずくね?」
「じゃあしなくていいんじゃない。」
「めっちゃ興味ないね。」
「別に知らなくても損ないし。知ってても特ないし。」
「すっごい塩。」
「え、そんなことより」
「そんなことって。」
「ここどこ?」
「真っ当な質問。」
「うん。どこ?」
「どこだろ。」
「はい?なんで知らないの?」
「朝日だって自分がどこに住んでるのかわかんないでしょ。」
「ステラ」
「ステラってどこ?」
「……。」
「って言われてわかんないでしょ?そう言うこと。」
「…ん?」
待って。さっきこの人なんて言った?『朝日』って言った?
「なんで私の名前知ってるの?」
エスパー?え?こわ。
「んー?だって知ってるもん。」
「え待って。本当に会ったことある?名前は?聞いたら思い出すかも。」
「青木琉斗、16歳でーす!」
うん。チャラい。知らないわ。
「すみません。人違いかと…。」
「急にお店の店員さんになんないで(笑)」
「うーん。聞き覚え、あるような、ないような…。あ、あ!」
「え、思い出した?」
「あのさ、ほら。テレビに出てたよね。」
「え?」
「天才科学者みたいなので。小ニくらいの時。」
「あぁー…。そういえば出たような…。ってよくそんなの覚えてるね。なんでそれは覚えてて大事なとこ覚えてないの…?」
「覚えてるとか忘れてるとか…何私記憶喪失にでもなって、なる前に知り合いだっただとか?」
「うーん。まあ、近くもなく遠くもなく…。」
「なにそれ。あ、これ何?」
鏡の横に小さくて四角い、モバイルバッテリーみたいなのがある。
「ん?あぁ。その鏡の説明書きとか。まあ、俺の相棒のAIをこの鏡用に小さくしたやつ。タップしたら画面が出てくる。」
「さすが科学者。っていうかなんであなたはここにいるの?鏡で来たの?」
「いや、まあ。それは、まあ。」
「へーえ?」
ポワンと機械の音が鳴って、大自然に似合わないデジタルブルーの画面が浮き上がる。
『アップロード中』
『アップロードが完了しました。』
『こんにちは。私はsoraです。あなたは立花朝日さんですね?』
「あ、はい。立花朝日です。え、なんで知ってるの?」
『朝日さんは鏡を通りましたから。鏡の通過者の情報は読み取れるようになっています。』
すご。ちょっと怖いけど。
『朝日さん、この鏡は、この場所とステラを繋ぐゲートのようなものです。基本的に琉斗が許可した人のみ扉を見つけることが出来ます。この場所は、[テール]と琉斗は名付けています。』
「何よ。名前あるじゃない。」
「言ってもどこだよってなるだろ?」
んーまあ確かに。
『この鏡がステラとつながるのは午前6時と午後18時のみとなります。』
「変わってるね。」
『万が一誰かに見つかった時のちょっとした回避策です。』
「ふーん。」
……。特に話すことがなくなったのか、soraは何も言わなくなる。えっと。どうするの?
『あ、朝日さん、立ちっぱなしで疲れてませんか?そうですよ!琉斗、気が利きませんね。いつまでもお客さんをこんなところに立たせておくなんて。センターに連れて行ってあげてはどうですか。』
「えっ?ああ、ごめん朝日。行こっか。乗って。」
ポケットから出した四角いカプセルは琉とはがボタンを押すとバイクのようなものに変わった。ちょっとポケコンみたい。ほら、黄色いネズミみたいなビカチュウとかいるやつ。
近未来チックなデザインのバイクに腰掛けると、ピピッと音がして、体が浮いた。
うわっ。浮いた。空飛ぶバイクってさ。あれじゃん。アリー・ポッターじゃん。なんかパクリばっかり。この人の好みなのかなんなのか…。
そのまま山をいくつか越えて、山間部に着陸した。螺旋状のオプジェがついた、お洒落な建物。真四角のシェルターとは違ってデザイン的で、木も組み込んであってとっても素敵。
「ここがねー、センター。俺1人で作ったんだぜ。すごいでしょ。」
「え、うん。すごい。え、ほんとに?」
「まあ正確にはロボにプログラミングしたんだけど。」
いやロボを作るのもプログラムするのもすごい。
建物に入り、【リビングルーム】と書かれた部屋に入る。天井は吹き抜けでガラスの天窓がついていて温かな光がたっぷり差し込んでいて、ガラスのはまった壁にスカイブルーが反射していて綺麗で、とっても広かった。リビングの広さじゃない。
「朝日、ごめんちょっと待ってて。あ、soraと話してていいよ。」
『朝日さん、どうですか、このセンターは。素敵でしょう』
「うん。おしゃれ。」
あのチャラ男が作ったとは到底思えない。
『朝日さん意外と口悪めですよね。』
え、声に出てた?声には出してないつもりなんだけど。
『人間の心は仕組みが単純です。脳みその反応や心拍数などで心は読めます。』
やば。怖。
『怖くないです。』
「なんか私話してないのに会話してるから変な感じ。」
『新感覚!新しい会話の仕方!ぜひこの機会にいかがですかー!』
「デパ地下の宣伝の人にそっくり。ってか人間の声出せるんだね。」
『一応AIと人間で区別つけようと言う観点からこの声で普段はいますが、話し方やイントネーションはちゃんと学習しているので話せますよ。その辺の人間よりかは遥かに声真似上手だと思います!』
「なんだよ sora、俺と話すより楽しそうだな。」
『久しぶりに、というか初めて琉斗以外の人と話したんですよ!ガールズトークですよ!』
「え、 soraお前女子なの?」
『AIに性別とかありません!好きな方でいいんです!細かいところを気にするやつはモテないわよ!』
「やばい soraのテンションが爆発してる。」
「いつもこんなやつって訳じゃないのね。」
「うん。ちゃんと機械っぽいよ。」
「『ちゃんと機械っぽい』ってなんか面白いね。」
「ん?そう?あ、お茶持ってきたからどうぞ。」
「わ、玄米茶だ。私好きなんだよね。お茶で玄米茶出すって珍しいね。」
「え、あ、あ。うん。」
ん?なんか私変なこと言った?目が泳いでる。
「ね、ねえ朝日、ステラの生活、教えてくれない?できれば地球の後半の生活から話してほしいんだけど。」
「ん?いいけど。」

********

「えー。まじかぁ。うーん。」
一通り話すと、差し込む光は黄金色になっていた。琉斗はやたら顔を顰めて考え込むように体を曲げた。
『朝日さん、そろそろ帰る時間ですよ。今帰らないと死んじゃいますよ。』
「死にはしないでしょ。」
『それがですね…ほんとなんですよ。夜は絶対に向こうに帰らなきゃ死んじゃいます。こちらの諸事情により。申し訳ありません。』
「えー。なんでだろ。変なの。まあ、死にたくないから帰るわ。明日って来れるの?」
『はい。次に来れるのは明日の午前6時です。』
「わかった。じゃあ来るね。」
「ホント⁉︎よっし!」
「え?」
「え?なんか変なこと言った?」
「だって『また来るね』って言って喜ぶような仲?」
「なんだよひねくれてるな。そんなん言ったら朝日だって『明日も来る』ってさ。そんなに楽しかったか?」
「向こうと比べたら圧倒的にね。ご飯も美味しいし。」
「そこ⁉︎」
『ほらほら、遅れますよ。朝日さん死にますよ。』
「言い方が物騒。」
「ごめん。いやマジなんだよ。行こう。」
同じようにバイクで空を飛び、なんにもない星の地平線の夕日を見て、鏡についた。
「また触ればいいの?」
「うん。今、5時59分40秒。時間ギリギリ!」
「じゃあね。」
「ん!また明日ー!」
鏡に手を触れると同じように白く光って、私はあの無機質で酸素の薄い廊下に立っていた。
ああも色の溢れた場所にいるとなぁ。急に白とかグレーとかしか見えなくなるとほんとに色彩感覚なくなったんじゃないかと思うくらいに地味な場所。部屋に戻って着いていたお昼を回収する。お昼食べたパスタ、美味しかったな。こんな缶詰とは大違いだ。
夕食はまた缶詰を食べて、ステラに来て初めて目覚まし時計をセットし、ベットに入った。


****************

次の日の朝。
目覚まし時計の音が鳴る前に起きて、ちょっと昨日よりもにやけた顔が鏡に映っているのを誤魔化すように顔を洗い、ほんのちょっとだけ気を遣った服を着た。
届いたご飯は食べずにカバンに入れて、リカの写真もそっとしまう。
階段を早足に駆け降りてドアを開けようとして失敗してガチャガチャとドアノブを何度も回し直して開け、でもまだ時間じゃなくてウロウロと廊下を歩き、時々止まって時計を見る。
6時。
鏡に手を触れ、琉斗のところに行く。
「おはよ。」
「おお!朝日ホントに来たー!よかったぁ。あ、おはよ!」
『朝日さん、おはようございます。』
朝からハイテンション。
「お腹すいたろ?朝飯食べようぜ。パン派?ご飯派?ってか好きな食べ物は?」
「んー。しばらく食べてないからパンかなー。でも、炊き立てご飯、と言うならご飯かなー。えー、好きな食べ物ー?美味しいものー。あ、強いて言うならなすとパイナップルかなー?」
「いや組み合わせ。まあ、パンもご飯もいいって事で、どっちもちょっとずつにしよう。バイキングだ! sora、連絡お願い。」
『分かりました』
「あ、ちなみに俺の好物もずく酢と海ぶどうね。」
「渋っ!おじいちゃんみたいな。」
「嫌いな食べ物はゴーヤとピーマン。ってかゴーヤはピーマンの進化系。」
「今度は急に子供舌!」
『朝日さん言ってやってください。好き嫌いは良くないですもの!』
「そうだそうだー。」
「そこ団結されると勝てないからやめて〜。」
そんな他愛もない会話をしながらセンターに移動して、今度は【ダイニングルーム】と書かれた部屋に通される。ビビットな感じの部屋で、丸いモチーフが多い。中央にある机には目を見張るほどの料理があって、どれも素晴らしい香りと色を出していた。
やばいホントに美味しそう。
思わずお腹が鳴って、聞こえてないかなとちょっと心配になった。チラッと見ると、
「すごいでしょ!めっちゃ美味しそうでしょ。」
と言う、聞こえてたのか聞こえてないのか分からないことを言われた。ま、聞こえてないっしょ。
とろろご飯が美味しい。出汁でいい感じなとろろと醤油とご飯。めっちゃいい。洋食も美味しい。フレンチトースト最高!主食ばっかで太るよって?うるさいなぁ。おかずも食べてるしー。しばらくまともに食べてないんだからいいでしょ。成長期だし!)
「はー。うまー。機械も侮れないわー。」
「作った本人が侮る訳ないでしょうね。自画自賛。」
「美味しいでしょ?」
「うん。」
でもちょっと気になることがある。
「こんなにあるけど全部食べれないでしょ。捨てるの?」
「ん?いや。もったいないじゃん。フードロスってやつだし。捨てないよ。っていうかもともとないよ。」
「何言ってんの?」
「全部映像投影で出てるだけで食べたいなーと思って、トングとか手に取ると、その人が取る分だけ作られて、そこで初めてリアルで出てくる。匂いとかも作ってる。」
え。なんか夢壊された気分…。にしてもリアル〜。最新技術すごい。
「なんか裏切られたショックと感心で顔が歪んでるよ。」
「は?乙女に向かって顔が歪んでるとは何よ!デリカシーのない。」
「そしてその反応はドンピシャでもあることを示している。」
「………。」
ふんっ。

ご飯を食べ終わって、センターの中を見学した。どこもオシャレで、キレイで、ハイテクだった。あとめちゃくちゃ広い。レストランもあって、お昼は中華を食べた。(さっきから食べてばっかりって?センターがめちゃくちゃデカいから全部回るのに午前一杯、なんなら午後も余裕でかかりまくったのっ。エビチリ美味しかったし…!)
その間琉斗はお喋りし続けて、 soraも時々口を挟んだ。2人の会話はコントみたいで面白い。

「あ、なあなあ、俺のとっておきの場所があるんだけど見る?ってか見てくれない?」
「分った。」
「反応薄っ!ホント朝日は相変わらずしょっぱい。」
「琉斗のテンションが高すぎなんだよ。」
『そうですよ琉斗』
「なんか soraやたらと朝日の見方するよなー。俺父親なのに。」
『私の父は琉斗ではなく間宮博士です』
「間宮博士って誰?」
『私の父です。』
「それは聞いたけど。」
「うん。 soraの父だよ。」
何よさっきまで自分が父親とか言ってたくせに。なんか絶対隠してる。ホントこの人隠し事下手。目がオリンピックの水泳選手かよってくらい泳いでる。
「あ、着いた。そうそう、見て!俺の渾身の【リュートパーク】っ‼︎」
ネーミングセンスないなとか思ったけど。
ドアが開くと思わず息を呑んだ。某ネズミの国とUSN(ユニバーサルスタジオ日本)とトロロというお化けが有名なあの会社のパークと…と言った思いつく限りの娯楽施設を全部詰めたらこんな感じ…みたいな部屋が広がっていた。
「アトラクションもあるし、公園も水族館も動物園もプールも映画館もショッピングモールも、お店もアニメーションの街並み再現エリアもあるし、地球の世界遺産のエリアも、お土産屋さんもあるんだぜ!しかも映画は俺が作った‼︎ヤバくね⁉︎」
ヤバい。うん。経費が気になるけどこの星にお金なんてなさそうだし,琉斗以外の人間もいないらしいから関係ないのだろう。
「え、これも全部映像投影?」
「いや、こっちは全部ちゃんと実物。作った。」
絶対高2じゃない。この人。チャラいくせして頭はいいとか…。なんなの。
とにかく。ここ、ホントに3年くらいは居れそう…!
いや私、めっちゃテーマパーク好きなんだよね。やばい。早く行きたい…っ!
「ふふふ。朝日さん顔がにやけてますぞ。早く行きたいんでしょ〜。」
「な、何よ。悪い⁉︎」
「はいはいムキにならないの。どうぞ好きなだけ回ってください。いゃ〜だってさぁ、せっかく頑張って作ったのに俺以外いないから誰も来ないしさぁ〜。正直つまんなかったんだよ。だから思いっきり楽しんで!」
じゃあお言葉に甘えて。でもエリアがびっくりするくらいあるから(水族館ひとつで40個くらいに分かれてる。どこそこの海のエリア〜みたいな。)
1日ひとつ、回ることにした。目指せ全プリ…!
でもやっぱり最初の1日目のエリアは大事…!どうするか…。
「おいおい朝日、そんな悩んでたら時間なくなるぞ。」
『と言うか、センターの見学をしていたせいでもう時間ですよ。』
「ええっ!そんな…!」
『また明日来ればいいでしょう。』
「そうだぜ朝日。今日回んなきゃ死ぬわけじゃあるまいし。ここが無くなるわけでもない。」
『なんなら回った方が死にますよ。』
「毎日毎日死にますよって言うのやめてー。」
『事実を述べているのです。』
「急に淡々とするのもやめてー。」
「まあまあ、そんな駄々こねないの。」
「うっわ琉斗に宥められるとか最悪。」
「えー。」
『気持ちは分かります。」
「 soraまでヒドイ〜。」
『ほらっ!帰りなさい!』
「めっちゃお母さん感ある。」
「ちょっと琉斗早く行こう。私死んじゃうらしいから。」
「これが冗談じゃないのが怖いところ」
「はーやーくー。」
「へいへい。」
なんだかんだ言ってバイクはもう出してくれていた。あっという間に鏡について、またモノクロの極夜の世界に戻った。
目覚まし時計をやっぱりセットして、明日のことが楽しみで、やっぱちょっと認めたくなくて。1人の部屋で1人で勝手に拗ねて寝た。

****************
こんな調子で毎日毎日、2、3年(日付感覚ないから分かんないけど)ほどテールに通い、【リュートパーク】も今日回れば残りひとエリアと言うところまできた。
その日の朝はいつもより一層ソワソワして、でもあとちょっと終わっちゃうのが嫌で、明日回ったら明後日から何にしようかなと考えて、やっぱり何かあるんだろうなと思ってまたワクワクするのをずっと繰り返していた。

…1日回って、とうとう残りひとエリア…!
「明日楽しみだな。ちょっと終わるの寂しいけど。」
「そうねー。でもやっぱり制覇した感っていいよねぇ!」
「いつになくテンション高いな朝日。」
「だって、ね!」
いつも通りバイクで鏡について、帰る時。 soraがこんなことを言った。
『ほら、琉斗、早く言いなさいよ。時間がなくなりますよ。』
「え、あ、あぁ。うん。」
琉斗がどもった。
「え〜何なに?告白とかぁ?」
「いや…。」
いつもなら「んなわけないだろ!」ってくるはずのところをたいして言ってこない。え、マジで告白だっりする?それともそんなこと言ってられないくらい深刻な話?
「あの、朝日。」
「…はい。」
「俺さ、夜の間にずっと、作ってたものがあって。」
「?はい。」
なにを、だろう。
「朝日が地球で一緒に住んでた、AIの『リカ』を、作ってみたんだ。型とか調べて、写真見て、話を聞いて性格を設定して。」
「……は?なんで?」
「朝日が、ステラに帰って寂しくないようにって soraと話して。」
何言ってんだ。まずそう思った。ここ1年間、ずっと楽しんでたから、こんなに琉斗に怒りの感情が芽生えたのは随分久しぶりなことだった。
「 soraの相棒にもなるし。見てくれない?」
「え…。む、無理。」
「えっ?」
「だから無理って言ってんの!」
「………え、あご、ごめ」
「なにが?」
ごめんと言おうとしたであろう琉斗を制する。
「……。」
八つ当たりなのは分かっていても。どうしても消化できない。
そんなので慰めてもらいたくて話したわけじゃない。私の中ではもうケリはついていたのだ。そんなところに今更リカが来たって。いくら再現したって言っても。全部隅々まで一緒なわけない。ちょっとだけパーツをアレンジしたところ。話し方の癖、ほんの小さな思い出。
ほんとに、余計なおせっかいだ。
「帰るね。死ぬから。」
「あ…うん。ま…じゃあな。」
琉斗は『また明日』とは言わなかった。いつも『また明日』だったのに。自分で突き放したくせして都合がいい。何悲しむようなこと。
琉斗にムカついてるのか自分にむしゃくしゃしてるのか分からないけど。とにかく明日は行かない。そう決めた。

********

それからまた、つまんない日々が続いた。ご飯はまずいし、部屋は狭いしモノクロの世界。話す相手もいなければ、新鮮な空気もない。
やっぱり非常階段で歌って暇を潰して、時々ドアの前まで行ってみたり、なんなら鏡の前まで行ったりしたけど。行く勇気はなかった。琉斗に合わせる顔がなかった。
一つ変わったところといえば、だいぶ昔に見た夢を見るようになったことだ。
小さい頃は、地球に住んでるのに、『地球で待ってる』と誰かに言われる夢をよく見た。もう忘れていたけど、最近はまた見るようになった。誰かはよく分からない。男の子だと思うけど、ぼんやりしてて、その言葉を言われたこと以外覚えてない。友達に言ったら「怖っ」って言われたけど、私は逆に、嫌なことがあった時にその夢を見ると安心していた気がする。
地球、か。絶対違うけど、テールに似てる。でも私が最後に見た地球は、地獄のような光景だった。溶岩が流れ出し、猛暑で、地震や暴風雨、山火事が相次ぎ、植物は枯れ、燃え尽き、建物はぐちゃぐちゃで、あちこち溶けていた。

テールは人類が発展する前の地球のよう。見たことない植物はあるけど、自然がある。大抵の星に生命体はいない。だからそれこそ、タイムリープしたようだ。
地球で待ってる。誰かが、私を待っている。私も、その誰かに会いに行く。その人が、もし、琉斗だったら。そして、琉斗じゃなかったら。

****************

そんなふうにして三ヶ月ほどした頃。

ロボットが食事と共にメッセージを運んできた。
『立花 朝日様
本日午前11時に管理室にいらしてください。』
ここでは忙しいなんてことはないから拒否権はナシだ。はぁー。やだな。なんだろ。非常階段立ち入り禁止だったのかな。だとしたらめんどくさいな。っていうか管理室行ったことないからどこにあるか分かんないし。日本人かな。超テンション高い外人とかだったらやだな。言葉は分かるけどさ。翻訳イヤホンあるし。でもね。そういうことじゃないのよ。
ブツブツ文句を心の中で言いながらわざわざ迎えに来たロボットについて管理室に行く。逃がさないな。はぁー。
嫌な予感は当たった。非常階段が立ち入り禁止なんじゃなくて。テンション高い外人だった。
「ヘーイ!アサヒー!ゲンキカーイ⁉︎ボクはボブ!」
ハイテンションすぎて無理。こんなに絵に描いたようなハイテンションな人、そうそうお目にかかれないと思うわ。
「キミの歌、聞いちゃった!非常階段で、いつもウタッテルでしょう?」
は?なんで?あそこ壁薄いの?
「ソレデネ〜、キミをウチのラジオにスカウトしにキタノ!まあ、拒否権ナイケドね!」
え。何言ってんのこいつ。人権どこ行った?
「ボクたちは娯楽ヲ求めてるんだ!オカネを払ってくれてるヒトがいるのに、ウタい手が足りないんだ!お願いダヨ!食事も部屋も、なんでも用意するからサ!オカネは入るし、キミにはカゾクがいないんだし、忙しいなんてことはこのご時世ナインだし〜!って事でお願いネ!ハヤイとこスタジオにイクヨ!」
引きずられるようにして私はスタジオに連れていかれ、歌う歌を決められて、少し練習したらもう収録だった。こんな早いもんなの?そんなわけないよね?
人が足りてないからとりあえず数稼ぎって事なんだろうけど。
なんかその辺の歌たいして真面目にやらずにパパッと歌っただけでこんなに金入るとか、ちょっと引くよね。人類もここまで落ちたか…みたいな。上から目線だわね。

リカだったらなんていうかな。褒めてくれるかな。ボブのこと辛辣に言ったりするかな。とか考えて、琉斗と soraとテールのことを思い出して、ちょっと寂しくなって、嫌になる。

お金は一曲歌うたびにガッポガッポと入ってくる。ゆうて使い道もないけれど、お洒落な部屋で、豪華な食事が出されて、温室も入れたけど、やっぱりテールの方が綺麗で、美味しくて、面白い。

何をするにもテールの事を考えてしまって、やるせない気持ちになって、でも忙しいし、それに今更向こうにどんな顔していけば分かんないし。
グダグダ言い訳ばかりして結局テールに行かなくなってから1年経った。
私のお役目は放免された。ステラがそれどころじゃなくなったからだ。
人類は戦争を始めた。各シェルターで、地球から持ち出し禁止のモノリストに書いてあったにも関わらず持ち出されていた銃が発砲された。原因は、食糧問題だ。
貧しいとまで行かなくても、一般層と裕福層では扱いが違う。食事は特にそうで、一般層は裕福層と比べて圧倒的に栄養バランスが悪くてレパートリーが少なく、量も少ない。そしてその缶詰などもとうとう底をつき、まだまだたくさんあるはずの裕福層向けの食事を政府が一般層に出すのを渋って、一般層の反感を買ったというわけだ。

私は貴重品だけかき集めて、戦争が始まるなりすぐに鏡の廊下に行った。ここなら誰も来ない。でも毎日鏡を見ると、思わず触りそうになって、時間かどうか確認して、時間じゃなければそっと触れて向こうを思い出す。不思議なことに、時間でない時は移動できないはずなのに、少し風を感じたり、一瞬濃い酸素が肺に入ったりした。
懐かしさでどうにかなりそうだし,テールにいって、最後のエリアを、 琉斗と soraと回れたらどんなにいいだろうと考える。でもどうしても勇気が出ないし、会ってもそこにいないかもしれないと思うと怖くてたまらない。もう時間になっても鏡まで迎えに来るのをやめてて、センターにいたらどうしよう。センターまでの道は分からない。空を飛んでたし、おしゃべりに夢中でたいして方角も見なかった。
天井から聞こえる音は荒々しくて、泣き叫ぶ声、怒鳴る声、銃声。物の壊れる音は物の悲鳴に聞こえた。

だいぶ長いことここにいた気がする。何ヶ月もいた気がする。とにかく,音は聞こえなくなった。

そっと上に上がって、シェルターを見た。誰もいなかった。
全部の部屋のドアを開けて、声の限りに叫んだ。
「誰か‼︎誰かいませんかー⁉︎」
焦燥を感じた。何に対して、という物でなく。強いて言うなら、1人だけ取り残されたような感覚に対してか。
最後に、どうしても行きたくなかったけど、もう全て見たので、意を決して、火葬場に行った。そこには1人の男性と、沢山の燃えている人々。
「あのっ!」
その男性はゆっくり振り返った。思わず息を呑む。その人は、痩せこけてはいたものの、確かに、私を歌手にしたその人だった。
「アサヒ?あぁ…。生きていたんだね。」
ボブの呼吸は弱く、随分と辛そうだった。死体を扱っていたせいか、あちこち血まみれだ。
「せめて人類の最後が死体まみれのシェルターにならないようにと思ってね。お片付けさ。」
いつものように冗談っぽく言って、でも顔は辛そうだった。
「ボクも、長くないんだ。しばらく食事を食べていない。元気でね、アサヒ。1人だけ残してしまうことを悔やむよ…」
「ぁっ……。」
そのままボブは、焼かれている人々の上に倒れ込むように亡くなった。すぐに火が回る。地獄を見たようだった。耐えきれなくて、鏡まで真っ直ぐ走った。全然時間じゃないけど、鏡に手を押し付けた。

数年ぶりに光に包まれて、私の足はテールの地面を踏んだ。
「あさ…ひ…?朝日っ…‼︎」
伏せられていた琉斗の瞳がハッと上がり、私を捉えた。
「ごめんっ…!朝日、俺…」
「待って。琉斗は何もしてない。私の方こそ…ごめん。良かれと思って一生懸命作ってくれたのに、逆ギレして…。琉斗、意味わかんなかったハズなのに…。それを分かってて、一方的に八つ当たりして…。」
「ううん。一年もあったからさ。 soraと話してたんだよ。同じ状況で、例えばリカが soraだったとしたら…って思うと、朝日が怒る理由も分かる気がするんだ。ごめんっ。」
「…ありがとう。」
「何が?」
「待っててくれて。リカを…作ってくれて。」
「俺が、朝日は戻ってくるって信じてたかっただけ。この賭け、朝日を信じた俺の勝ち。」
琉斗はニヤッと笑った。
「バカ。そんなの当たり前じゃん。」
目頭が熱い。絶対泣くもんかと下唇を噛む。
「朝日泣きそうじゃん。」
「琉斗もでしょ。」
「憎まれ口はどんな時でも閉じないね」
「バカにしてるよね?」
「まさか!」
すごくわざとらしい。心底心外だとでも言うように目を見開いている。
「やっぱ許さない。」
「え〜っ。」
『今のは琉斗が悪いです。』
「 sora〜父さんを裏切るなよ〜。」
『ガキの分際で、AIの父を名乗らないでください。私の方が圧倒的に頭いいんですから。』
「父親がバカでも子供は頭いいのもあるだろ?」
『私の上に立つにはまだまだです。人生経験が足りてません。乙女心も分ってません!』
「AIにまで乙女心があってたまるかよ。」
『琉斗、今のはAIの人権侵害に繋がります。訴えますよ?』
「どこにさ。」
『うーん。公平さを求めて朝日さんですね。』
「はい判決出ました〜 琉斗有罪〜。」
「公平さとは⁉︎」
「あははっ」
「うーし朝日笑った! sora、俺の勝ちだ!」
『私とのコントで笑いました。琉斗1人では笑ってないはずです。よって私の勝ちです。』
「何、なんの勝負?」
「えー。朝日絶対悲しい状態で帰ってくるでしょ?だから先に朝日を笑わせられた方が勝ちっていう勝負。」
なにそれ…。そんなことされたら泣いちゃうじゃん。感動しちゃうじゃん。
『あ、琉斗、朝日さんを泣かせましたね!私の勝ちです。泣かせてどうするんですかこの鈍感男!』
「あああ、朝日!ごめんって!俺なんかしたか⁉︎」
「って言ってる時点でダメじゃん。」
『ナイスツッコミ朝日さん』
「2対1はキツイて…」
思ったよりも懐かしくない。懐かしさより、安心感。ここにまた来られた。また琉斗と soraと、話せた。
「ねえ、琉斗、 sora。」
「ん?」
『どうしましたか?』
「なんで私、今通れたの?鏡。」
『それは…。琉斗、もう話さないと。』
「うん…そうだよな。」
なに。なんだろう。知りたいけど、知るのが怖い気もする。
「朝日。ごめん、ずっと隠してて。全部、言うから。…いい?」
「…うん。」

琉斗は遠い目をしながら、話し始めた。胸がドキドキしていた。それは、緊張か、興味か、恐れか、ワクワクか。

****************

「ここは、テールであり、テールじゃない。ここは、地球だ。テールという名は、フランス語で『地球』という意味だ。よかった。朝日がフランス語話せなくて。」
ここは、『地球』。その事実は、ストンと私の頭に入った。やっぱり、と言う思い。そんな訳、と言う思い。似ていても、どこか違う。見たことない生態系が、私の前には広がっている。山の形、空気の香り、生き物の独特の気配。やっぱり、私の知っている地球じゃない。
「一度、地球は滅びた。人類の戦争だ。世界大戦だ。人々は容赦なく原子爆弾や、それ以上のものを使い、お互いを徹底的に潰しあった。
俺は、小さい頃から間宮博士の元で暮らしていた。 soraが父親だと言った、博士だ。俺は家族がいなかったから、博士が俺を育ててくれた。科学者だった博士は、俺にできる限りのことを教えてくれた。世間には発表していないことがほとんどで、『どうして発表しないのか』と何度も聞いた。その度に博士は、『いいように使えるものは、悪くも使える。今の世の中では、悪い方に使われる確率の方が高いのだ。自分の素晴らしい発見で、人殺しなんぞしたくないのさ。』と言っていた。
戦争が収集のつかないものになると感じ始めた博士は、透明マントを作った。博士はアリー・ポッターが大好きだった。マントも、空飛ぶバイクもその影響だ。そう、なぜマントを作ったか。自分だけ生きるためじゃない。死んでいく人々に、ある薬をつけるため。人類の最後を、幸せにするためだ。「自分たちは戦争を止められない。だから自分は生き残り、人々に文字通り夢を与えるんだ」そう、博士は言っていた。
その薬は、夢を見させる薬だった。それも、ただの夢じゃなくて、みんな同じ夢。それぞれがもう一度、人類の歴史をやり直す夢だ。失敗したら、つまり人類が滅びたら、何度でもやり直す。やり直すたびに、もう一度やり直すか、それとも終わりにするかを選べる。そしたら段々人が減っていくと思うだろ?でもその人が終わりにしたら、代わりの、その人を再現した人が夢に出るようになる。だからいつか、夢の人々は全員、代役になるかもしれない。朝日が生きていたのは、その夢のループの中の、第一ループの世界だ。
間宮博士は、材料を取りに行った時に銃でひどく打たれ、帰ってきた瞬間倒れた。間宮博士は自分には薬をかけないでと頼んだ。だから間宮博士はもう、完璧にいない。なぜって、「自分の薬のせいで死んでも死にきれないのは嫌だ。」だってさ。じゃあなんでその辺の人は良いんだよって、聞いたんだよ。そしたら、「自分は随分な年だし、平和な時代を生きたことがある。でも、今戦争で亡くなっている人達は、生涯を戦争の中で生きた人も多いんだ。俺はもう十分だけど、そういった人達には一度でいいから平和な世の中を生きてもらいたいんだ」って。まあ、結局夢の中でまで戦争して、人類絶滅してる訳なんだけど。
遺されたのはまだ起動したことのない soraと、様々な研究結果と、透明マント。俺は透明マントで生き残り続け、やがて人類が滅亡した暁には、死体が残ってる限りの人々に薬をかけた。他所から見たら1人だけ生き残って、呑気に暮らしてるんだって思うかもしれない。でも、せいぜいAIしかいない、だだっ広い星でぼっちだぜ?ホント、笑えたもんじゃない。博士も、「最後には孤独になる。これは俺の始めたことなんだから、琉斗は付き合う義務、ないんだぞ。絶対、最後は辛い。どうする。それでもホントにやるか?」って、全てを放り出す権利を俺にくれた。でも、自分を育ててくれた恩師の、最後の願いだぜ。放棄する訳にはいかないじゃん。だからこの孤独は、俺が自分で選択した未来なんだよ。でもやっぱり、微塵も呑気になんかなれないし、寂しいなぁとは思うよな。」
琉斗の言葉はそこで途切れた。
遠くの山の上を、分厚い雲が覆っている。小さな雷が聞こえる。
山から一斉に鳥の群れが飛び立つ。
「でもっ、私は、ここにいる。」
その話じゃ、私は死んでるって事になる。
でもそんな事より、妙に遠くを見る琉斗に、何か焦りを感じた。琉斗が遠くに行ってしまうような気がした。
そんな私に気が付いたのか、琉斗は私の目を見てちょっと笑った。
「うん。朝日を、俺は、ずっと待っていた。朝日が来ることだけが、俺がこの何の用もない地球に生き残っている、ただ一つの理由だった。」
どう言う事なんだろう。聞きたくて、聞こうとして、でも琉斗は琉斗のタイミングで、絶対話してくれるはずだからと、私は口を閉じた。
「朝日、乗って。」
急に琉斗は立ち上がるとバイクを出して、私に乗るように促した。
「朝日に見せたいものが、見せなきゃいけないものがある。いや。合わせないといけない人、か。」
とくん。心臓の音を感じた。琉斗以外いないはずのテールに…いや、地球に、私が会うべき『人』がいる。
バイクは無言のまま、山を越える。琉斗の表情は真剣そのもので、やや硬くも見えた。私は琉斗の肩を掴む手に力を込めた。
センターに着くと、琉斗は入り口に向かわず、そのままセンターの壁沿いに歩いた。こっちには行ったことがない。庭とは違う方向。いつもより心なしか早歩きの琉斗にただただついて行く。しばらくして、階段が見えた。上に上がる階段。私の胸は、また音を立てた。今度は一度じゃなくて、大きな音のまま動き続ける。それも、普段よりずっとペースを上げて。
階段は螺旋状で、コンクリート造り。2人分の足音だけが響く。
一つのドアの前に着く。琉斗はロックをゆっくり解除する。ドアが開く。そこにあるのは1つのカプセル。中には1人の人がいる。カプセルが反射して、中はよく見えない。
「これは…コールドスリープのカプセルだ。」
コールドスリープ。別に驚くことなんかじゃない。なのになぜか、ビクッとした
中に寝ている人は誰なのか。私が合わないといけない人。
琉斗がカプセルの側に行く。こっちに来るように私を促した。
こん、こん、こん
ゆっくりとカプセルの方向に、スニーカーを歩ませる。臓の音が全身に鳴り響く。
「……っ⁉︎」
声にならない叫び声が口から漏れた。そこにいるのは、私、だった。
「別にホラーじゃないぜ。むしろ感動する話だ。」
私の動揺を感じたのか、少し冗談めかして言う。
「これは朝日だ。言ったろ?朝日のいた世界は夢なんだって。」
「じゃあ…」
私、は?
「朝日は何も覚えてないんだろ?うまく行ったって事だけど、流石に感動の再会のシーンで忘れられてるってのはキツいよな〜」
私が初めてここに来て、琉斗と会った時のことを言っているのだろう。でも再会って事は、初めてじゃなかったって事だ。私のことを知ってたってことだ。だから玄米茶のこと、知ってたのもしれない。
「あの時俺、泣きそうだったんだぜ。全然分かんなかっただろ。朝日が来たって時に泣きそうで、なんならちょい泣いて、涙拭って、それから朝日に話しかけたんだぜ。絶対バレてない自信ある。」
うん。全然分かんなかった。
「俺と朝日は、現実…って言えばいいのかな?まあ、で、幼馴染だったんだ。朝日は体が弱かった。戦争のストレスや土埃で体調を崩して、かなり危なかったんだ。それで、俺と博士の計画を朝日は知ってて。私も夢を見たいって言っていた。でも死んじゃうのは嫌だな。私も博士達と一緒に、最後まで地球に生きていたいな、って。いつもちょっと口が悪いフリして、ぶっきらぼうに演じてるけど、でもホントは根っこから、なんなら枝くらいまで優しくって明るい朝日がめずらしく弱々しく言った言葉だったんだ。病弱でも、朝日はいっつも面白い事と、みんなが笑う事ばっかり言ってた。それで朝日自身も楽しそうだったし、無理してるなんて思わなかったんだ。実際、朝日も無理してた訳じゃないと思う。でも、ただただちょっと、本音が出たんだと思う。少し寝ぼけてたしね。
それで俺と博士は考えて、朝日にコールドスリープを提案した。コールドスリープをした状態で薬の夢を見るようにして、何かあった時のために鏡…ここと夢を繋ぐ場所を、全てが終わった地球と朝日の中に作った。いや、大変。夢を作っても、操作してる訳じゃないから、そこに何かを加えて、しかも朝日の夢にしか出てこないんだから。こっちの世界に来た、朝日の魂をどう実体化するかも大変。まあ博士の作った『朝日の夢見るプロジェクト』のマニュアル見ながらなんとかやって、無事朝日は夢の中へ。後は人類が絶滅して、人類の後のガラクタや死体なんかで地獄のように汚い地球を、1年も続いた大雨が綺麗さっぱり流してくれて、俺は地下のシェルターから出てこのセンターを作り、 soraをプログラムして、朝日を待ってた。そう言う事だ。」
『朝日の夢見るプロジェクト』って何よ。名前ダサすぎ。
淡々と言ってのけた琉斗とは裏腹に、私は泣きそうだった。サラッと言ってるけど、どれだけこの1人ぼっちの世界で、私を待っててくれたんだろう。私のためだけに、生きててくれたんだろう。
「綺麗な空気と安定した環境で、スリープしてる朝日の状態は随分良くなったんだ。
第一ループ目も終わったようだし、そろそろ朝日を…戻しても大丈夫なんじゃないかと思うんだけど…今の記憶、残しておきたい?その…ステラにいた間の、今までの記憶。もし残すなら、その記憶と、本来の朝日の記憶でズレが生じるから、またしばらくの間、スリープ状でいないといけないんだ。一年、くらい。もしそれが嫌なら、別にこのままでもいいんだ。どうしたい?」
少し躊躇いがちと言うか、遠慮がちと言うか。何をそんなに、と思う。別に何もデメリットなんてないように思う。
「戻りたい。」
「いいの?本当に?」
琉斗は私が即答した事に対して随分驚く。そんなに。
「たった一年だよ。」
「一年も、だよ。」
「別に時間なんてたっぷりあるじゃない。二年くらいここに来なかった訳だけど、琉斗も soraも、なんにも変わってない。一年くらい、余裕でしょ?そんなたかが一年のために琉斗との思い出全部消せって?やだよ。それにこの計画は、『私』が同意してやったんでしょ?ってことは『私』は戻って欲しいはずだから。戻りたいはずだから。何?それとも琉斗寂しいの?」
「それもあるけど… 全部の記憶が戻るんだ。思い出したくないこともあるだろうし、記憶がごちゃごちゃして、自分がよく分かんなくなる可能性もあるんだ。まだ、誰もやったことないから全て推定の上での仮設なんだ。机上の空論ってやつだよ。失敗するかもしれない。心理的なストレスから、体調が崩れるかもしれない。なにも確かじゃないんだ。それでも本当に、戻るのか?」
「戻ってほしくないの?なんか否定的だよね。」
「だって、それで、朝日に何かあったら…!」
「琉斗は琉斗を信用してないってことだ。」
「……。」
「琉斗と博士が、綿密に計画して、私が同意した上でやった計画なんでしょ?それで失敗しても別に琉斗だけの責任じゃないし。失敗するかもって言うのは、博士を信用してないって事にもなる。そう言うことなの?」
「違う…!」
「じゃあ別に何も心配することなんてないでしょ?体調なんて悪くなったってどうせ琉斗が治せるんだし。」
「俺医者じゃないんだけど。」
「なんとかなるでしょ?ってかなんとかしてくれるでしょ?」
「そんな無茶な。」
そこで2人の言葉は途切れた。
やたらと綺麗なドーム状の部屋に、おそらくカプセルから聞こえると思われるブーンという機械音が響く。
一呼吸して、琉斗の目を見て、私は言う。
「私、戻りたい。」
「ん。分かった。」
一見ここまで悩んでたにしては軽い会話。でもそこには色々なものが詰まっていた。

****************
めがさめた。薄く目を開けると強い光が入ってくる。LEDの光も、太陽光も入ってくる。ふわふわした心地でまた目を閉じたり、開けたりを繰り返す。手で光を遮ろうとして、手がイマイチ思うように動かない。思わず呻き声のようなものが出る。
「朝日…!」
琉斗の顔が光を遮った。ああ、これで眩しくない。そんな場違いなことが脳裏を横切る。
「大丈夫?朝日?ちょっとまだしんどいだろうけどしばらくしたら大丈夫になると思うから。」
アタフタして機械の操作を始める琉斗。琉斗の顔はまた私の上から退いて、また眩しくなる。
ピピッと音がして、何かの気体が私の上に噴出される。少し楽になる。
「りゅ…う、と」
やっとの思いで声を絞り出す。私、生きてたよ。琉斗に、会えたよ。そんな想いで琉斗を呼ぶ。
戻った。元に。あの後私はただねただけで、目が覚めたら戻っていた。多分寝ている間にシステム解除したんだろう。
立花朝日としての記憶。そんなに変わらない。お父さんと、お母さんと、リカと、博士と、そして琉斗との、16年間が戻ってきたくらいだ。記憶が混ざると言いつつも、一度コールドスリープに入ったところから夢を見て、また起きてきたって感じ。普通と違うのは、せいぜい夢をしっかり覚えてるってくらい。

「ねぇ…どの、くらい…経った…?」
「ん?そんなに。思ってたより早かった。半年強くらいじゃないかな。もうちょい寝てたほうがいい。ベッドの寝心地悪い?大丈夫?お腹すいた?喉は乾いてる?」
「いい…起きる。」
半年なんて。6ヶ月よりも多く経ったんだ。その間もまた、琉斗は待ってくれてたんだ。
ちょっとずつ体が自由になる。あの気体、なんだろう。どんどん楽になる気がする。ちょっと不気味だけど、どうせ何か聞いても分からないだろうし、なんでもいい。琉斗が変なのを出すわけがない。
はぁ。私、忘れてたのか。私が琉斗だったら、再会して忘れられてたとかショックで耐えられない。よくそのまま接してくれて、歓迎してくれて、なんなら待っててくれたわ。
「朝日、大丈夫?これ飲んで。」
ホカリを渡されて飲み干す。絶対ホカリじゃなかった。琉斗のお手製だ。だってなんか体が随分楽になった。
「ほら、体調崩したらなんとかしてくれてるでしょ?」
「ここ半年余りで何かあった時の薬を研究しまくったんだよ。」
「ありがと。」
「どう?」
「めちゃくちゃ楽。」
「そうじゃなくて。記憶の方。」
「ん。覚えてる。思い出した?なんか忘れてたのを忘れた感じ。」
「なにそれ。」
「ふふ。」
メインセンターに移動して、テラスに出る。
「ねえ思い出したんだけどさ。『リュートパーク』って私が行ってみたいって言ってたところ、全部再現してくれてたでしょ。」
「おお。覚えてた。」
「いやそっちこそよく覚えてたよね。」
「絶対作るって決めてたから。リアルじゃ無理だから、経済的に。だからほら、VRとかで作って、映画とかであるあるな4次元的な感じで作ろうかなと思ってたんだけど…。」
「地球滅んじゃったからリアルで作れたね。滅んでくれてよかった?なんてね。」
「冗談でも全然良くないよ。地球滅亡だなんてとんでもない。」
「滅んだけどね。」
「話題の割に口調が軽い。」
「はは。」
東向きのバルコニーは、やんわりとした紫や黄色なんかで染まっていて朝日が眩しい。
「私めっちゃ早起きしたね。」
「7ヶ月も寝てたくせに何を。」
「それもそうね。」
バルコニーからは地球が見渡せて、息を呑むほど綺麗だった。
「地球ってこんなに、綺麗だったんだね。」
「うん。」
「私が見ていた地球は、白くて四角い病室と、テレビで映る戦争してる恐ろしい光景ばかりだったもの。」
「だから俺は、朝日に綺麗な地球を見てもらいたかった。本物を見てもらいたかった。色のない部屋で、メディアが選んだニュースしか流れないような四角い機械で見た地球が、朝日にとっての地球になってほしくなかったんだ。」
朝日が段々昇っていく。一瞬でも目を離すとその景色を見逃しちゃうんじゃないかってくらい空の色はどんどん移り変わっていく。
「ありがとう。地球を見せてくれて。ずっと、待っててくれて。一緒に、いてくれて。」
「どういたしまして。こちらこそ、ありがとう。」
朝日が昇る。空の色はいつも違うし、どれも比べようがないくらい綺麗だけど。今の空は1番綺麗だと感じるほどに綺麗だった。
口に感じるしょっぱさは、遠くの海から吹く潮の香りのせいでより強くなる。
「何泣いてんの。」
「うるさいなぁ。感動しちゃったの。」
「俺も泣いちゃうじゃん。」
「知らないよ。」
私を待っていたのは君だった。
誰もいないこの地球を、君ともう一度。
私たちが死ぬまでの間、人類はまだ終わらない。
もし私達が死ぬその時は。
人類の最後を君と、飾る。