歴史上最強の呼び声も高い皇帝を擁するその帝国は、大陸統一を目前に控えていた。
帝国以外に大陸に残されたのは弱小国家ザッコー。
国力差を見れば圧勝も圧勝、相手は風前の灯であった。
にも関わらず帝国がザッコーを最後まで残し警戒したのは、彼らが切り札を残していたからだ。
それは異世界召喚術。
かつて此処とは異なる世界、ゲンダイニホンからザッコーが召喚した勇者は、世界を滅ぼしかけた魔族の王と対峙し、世界を救ったと言う伝説がある。
しかし、どうやら今回ザッコーのその異世界召喚は失敗に終わったらしく、呼び出されたのは特に強い力を持たない病弱な少女。
それだけでも帝国の勝利はほぼ揺るぎないが、更に万全を期す為に、皇帝は二人の男を派遣する。
大陸一の強さを誇る最強の剣士と、同じく大陸一の攻撃力の破壊魔法を使う最高の魔導士。
彼らの参戦でザッコーは万に一つの勝機すら潰え、皇帝としては、あとは朗報を待つのみ。
の、筈であった。
しかし数日後に皇帝が告げられたのは、最強剣士と最高魔導士が敗れ、重症になって帰って来たと言う報告であった。
ザッコーで何があった!?
皇帝は耳を疑うと共に先代皇帝の「ザッコーを舐めてかかってはいけない」と言う遺言を思い出すのだった。
私、藤野屋 舞は生まれながらに多くの持病を抱える病弱な女である。
物心ついた時から罹患した病気の数たるや、百から先は覚えていない。
ただそんな病原体とは奇妙な共存関係があり、寿命が縮むような重症になった事がない。
病原体達にとって私の身体は相当に居心地が良いのか、致命的な病因は防御してくれていたようだ。
とは言え複数の病気は私の体力を確実に奪い、頭痛に腹痛にと全身の痛みを伴い普通に苦しいので、病気のないまっさらな身体をいつも望んでいた。
そうして病気で入退院を繰り返して学校も殆ど行かないうちに、気づけば高校に入学するぐらいの年齢になり、見慣れた病院の個室から、春を告げる桜が舞うのを眺めていた、そんなある日。
突然病室のベットに浮かび上がる魔法陣の光。
あ、これ知ってる。ファンタジー系の漫画で見た召喚の儀式だ。
私は異世界へと召喚されるのだろうか。
もしそうなら転移特典で健康な身体を……
と、光に包まれてからは本当に一瞬で、私は見覚えのない石造りの建物の中にいた。
「異世界からの勇者召喚、上手くいったようです!」
「おお!」
「これで我々ザッコーも、あの帝国に一矢報いる事が!」
何やら私の周囲を、期待に満ちた人々が取り囲んでいる。煌びやかな服装からして高位の貴族、いや王族かもしれない。
刹那、私はその場で吐血する。
「だ、大丈夫ですか勇者様!」
「まさか召喚の反動で体調を崩されたか!?
回復術師を呼べ!」
いやうん、心配してくれるのはありがたいが自分の身体だからよく分かる。
異世界召喚されたにも関わらず、私の身体の中の病原体はほぼそのままの様だ。一部を除いて。
なんてこったい。
ショックと疲れで、私はそのまま意識を失った。
再び目が覚めた時には、私はフカフカのベットに横になっていて、病院のベットより数段快適な寝心地であった。
「お目覚めになられましたか、勇者様!」
そう声をかけてきたのは、金髪で純白のドレス、頭には王冠を被った10歳ぐらいの少女。
「あ、自己紹介が遅れました。
わたくしはこの王国ザッコーの王女、ミルカラニ・ザッコーと申します。
気軽にミル、と呼んでいただいてかまいません」
「……ええっと、フジノヤ・マイです。フジノヤが名字で」
ミル王女の自己紹介に、私も自己紹介で返す。
「ではマイ様とお呼びしますね!」
ミル王女が屈託のない笑顔を向ける。か、かわええ。
そして私はミル王女から色々と、この世界の説明を受ける。
帝国の脅威に晒されて、この国が滅ぼされるのも時間の問題である事も。
「そう言えば、マイ様は異世界から来たのに我々と普通に会話が出来ていますね。
やはり召喚の際に特殊能力を授かったのでしょうか?」
ああうん、チートと言えるか分からないが元いた世界にはなかった特殊な能力が、実は一つだけ私に追加されてはいる。
普通に王女と会話が出来てるのも、その能力の恩恵なのだけど……
「た、大変です王女様!」
そう言って部屋に駆け込んでくる小太りの男。
後で聞いた話だが、彼はこの王国の宰相、王を補佐する大臣長にあたる人であるらしい。
「帝国からあの、千人斬りの剣聖ザク・ザックーと
最高破壊魔導士ガンガン・ガンボが!」
……えーと、誰?
「ザク・ザックーだ。
聞いてるぞ、お前らが出来損ない勇者を召喚したって事はなあ!」
「ガンガン・ガンボじゃ。
とっとと降伏して、我が帝国軍門に降れば楽になるぞい?」
王国城の入り口で自己紹介と降伏勧告をしてくる、大剣を持った大男と装飾された杖を持つ長衣の老人の二人組。
「な、なんとかならないのですが騎士団長、魔導長!」
小太り宰相は王国の精鋭二人にそう尋ねるが、
「まあ私が行ってもザックーの持つ大剣の前に瞬殺でしょうなあ」
と老齢の騎士団長。
「それ以前に、ガンボが本気で魔法使ったら城ごと消滅するのは確実」
と小柄の魔導長は肩をすくめた。
「そんな!やはり降伏しか……
いやしかし長き伝統を守りしザッコーの地を帝国にみすみす明け渡すなどご先祖様に申し訳が……」
「あの、宰相さん?」
頭を抱える彼に、私は声をかける。
「私が、なんとかします。
と言うかなんとかなりそうって、言ってるので」
「ふへ?」
「おーっと、噂の病弱勇者様のお出ましか」
「逃げずにやって来たのは褒めてやるが、もう既に虫の息じゃぞい?大丈夫か」
そうなのだ。
私は長い闘病生活でずっと寝たきりだったから歩くこともままならず、私はここまで来るのにミル王女の肩を借りてやっと歩いて来た。
おかげで酷い息切れで、頭もくらくらする。
「どうしても、あなた達に会いたがってたからね」
と私は、朦朧とする頭で二人にそう告げる。
「いや意味が分からん。
お前さんがオレ様達に会いたいって訳ではなく?」
と剣士ザク・ザックー
「嬢ちゃん、一体誰が誰に会いたいという話なのじゃ?」
とガンガン・ガンボ。
「ふっ……私が病弱で何も出来ないと思って油断したね?
まあこうやって、出会った時点で回避不可能なんだけど」
「一体何を言って……うぐぅっ!!」
「どうしたザク……んがぁ!!」
よし、無事に彼らは到着したようだ。
剣士は腹を、魔導士は頭を押さえて、その場にうずくまる。
「あのマイ様、これは一体……」
目を丸くするミレ王女に、私は種明かしをする。
私がこの世界で手に入れたのは、一緒に世界を渡って来た病原体達と会話する能力。
そしてこの世界にも、数多の病原体が空気中に生息している。
私がこの世界の人間と会話が出来るのも、病原体同士が意思疎通することで翻訳してくれるからに他ならない。
そしてそんな病原体達が私に言うのだ。
「マイの身体は確かに居心地が良いが、せっかく異世界に来たのだから他の人間も感染てみたい」と。
そして私の中の最強腹痛と最強頭痛の病原体が、今解き放たれて剣士と魔導士に感染している。
何しろ病気慣れしてる私でも鎮痛剤飲んでギリ我慢出来るかと言う激痛だ。
「あがががががっ!」
「うばばばばばっ!」
果たして、この二人に耐えられるかなあ?