異常な話のように感じられたが、リィンは納得もしていた。
 あれだけ乱暴な連中が、もしスケバン――つまりは統一を狙っているのなら、個人で動いているとは考えにくい。蛮族が倒した相手を配下に置いて他の支族を統べていくように、グループが生まれていくと考えるのが妥当だ。
 内情はともかく、エマの提案を受け入れたのは正解だったとリィンは思った。
 多くのグループがいる中で孤立するなど、自殺行為にも等しい。

「そのうち、二つのグループが頂点に近いって言われてる。一つは、『ドラゴンクラン』」

 説明を続けるエマが指したのは、前髪の半分をかき上げた、赤い髪の女性の顔が描かれた、紙の右端の最も大きな円。中には、『ドラゴンクラン』とも書かれている。

「三年生の『ドラゴンロード』、竜人のヴァネッサ・ドラグリオが二年の頃に結成したグループで、人数は少ないけど粒揃い。特に頭のヴァネッサは、滅多にいない竜人だ。純粋な戦闘力だけならエド女でナンバーワンだね」

 竜人。リィンは聞き覚えがあった。
 人間でも、エルフでも、獣人でもない種族。かの伝説の魔物ドラゴンの系統であり、途上国においては竜の血をひくだけでも統率者として選ばれる場合もあるという。
 当然、ただ名前だけが独り歩きしているわけではない。武力、知力、あらゆるスペックが多種族を上回り、翼と爬虫類のような尾を有する種族だ。
 ならば、クランを率いるほど戦闘力が高いのも納得できる。そんな人種がどうしてエド女にいるかは、ともかく。

「竜の血を継いでる……だったら、このヴァネッサさんが、頂点じゃないんですか?」
「そう上手くはいかないのよ。『タイガークラン』がいる限りね」

 リィンの問いに答えたのはエマではなく、ダイアナだった。
 次にエマが指したのは、『ドラゴンクラン』の隣にある、次に大きな円。描き込まれているのは、黒いロングヘアーの女性の顔。やはりグループの名前も記載されている。

「人数はこの学校でも最大、派閥としての勢いも中々……でも、何よりヤバいのは、頭のコテツ・トラマエ姫だね。ヤマト東国から来たイカれ獣人だよ」

 エマの説明を聞いて、リィンが首を傾げた。

「ヤマト東国って、東の島国の……ヤバいって、何がですか?」

 アクワン王国の属する大陸からずっと東に進んだ先にある島国、ヤマト東国。閉鎖的で、他国文化をほぼ寄せ付けない国だと、人伝に聞いたことはある。
 そこは大した疑問にはならない。リィンが気になったのは、全体的に危険な要素しかないエド女の生徒をしてヤバいと言わしめる、姫と称される女性についてだ。

「見た目はお淑やかなお姫様。だけど一度喧嘩となれば、死ぬ寸前まで痛めつける。笑いながら相手を血祭りに上げるから、『バーサークプリンセス』なんて呼ばれてるわ」

 こともなげに話すジェーンとは裏腹に、リィンは慄いた。
 ナンバーワンと言われるほど強い竜人と拮抗(きっこう)するくらいなのだから、相応に強いのは察せたが、まさか、たかだか喧嘩で人間を死ぬ手前まで痛めつけるとは。
 半殺しにされる自分の姿を想像で重ねるリィンの内情を無視して、エマは他の円についての説明をせず、二つのグループを交互につついて、エド女の今をまとめた。

「このドラゴンとタイガーが、ここ一年は睨み合ってるんだ。いざ戦うとなると学校を巻き込んだ大抗争になるし、双方疲弊(ひへい)する。その隙を突いてくる連中は校内外問わずいるだろうし、どちらも迂闊に動けないってのが、エド女の現状だね」

 片や、最恐の竜人。片や、狂っていると称されるほど危険な姫。
 怪物紛いの相手と戦って勝たなければ、スケバンとやらになれない。幾らお金を積まれても、リィンの委縮した体と心は、喧嘩をしようとは思わないだろう。

「……こ、こんな相手と戦って、スケバンなんて、絶対無理です……」
「まあまあ、今すぐにってわけじゃないし! 力をつけてから、ね!」
「力をつけても無理です……あ、そういえば」

 エマに肩を叩かれたリィンだったが、ふと思い出したように彼女に聞いた。

「この学校に、目の細い、銀髪の、エルフの女の子がいますよね? どこに所属してるか、分かりますか?」

 リィンが質問したのは、自分を助けてくれた女子生徒についてだ。
 話を逸らす意味もあったが、校内の情勢に詳しいエマ達なら、彼女についても知っているかもしれない。普段どこにいるかも、あわよくば知っておきたかったのだ。
 彼女に聞かれて考えこむエマに、思い出した様子で手を叩いてダイアナが告げた。

「銀髪のエルフ? ひょっとして、アビゲイル・ハイドのことかしら? 首にチョーカーをつけてる、サイドテールの?」

 アビゲイル・ハイド。
 ダイアナが話す特徴と、リィンを助けてくれた生徒の特長は合致していた。銀髪でエルフ、サイドテールとチョーカー、これらの特徴が被るなど、そうそうないだろう。

「間違いないです! 私、その人に助けてもらって、お礼が言いたくて……」

 彼女についてもっと聞きたいと思うリィンだったが、彼女の言葉を、エマが遮った。

「やめといたほうがいいよ。ハイドの奴、人に話しかけられるのが大嫌いだから」
「えっ? じゃあ、どこのグループに……」
「どこにも所属してないわ。入学してからずっと独りで、ドラゴンとタイガーからの誘いも断ってる。そのくせ喧嘩もしないし、何しにエド女に来たんだか、謎の多い奴よ」

 ジェーンの補足説明を受けて、リィンはしょげ返ってしまった。