一部始終を見ていたのかと疑うように状況を代弁するエマに、リィンは驚く。

「どうして……?」
「なんとなく。けど、リィンちゃんの場合はラッキーだよ。中庭であいつをぶっ飛ばして実力を見せたから、もうナメた真似はしてこない。けど、もしそうじゃなかったら?」

 試すようにそう言ったエマの言葉の裏に潜む恐ろしい未来を、リィンは読み取れた。
 今回は銀髪の少女の助けもあったが、最終的にはリィンがつい手を上げて、結果としてお金は取られなかった。
 もしも、そうならなかったら。誰の助けもなく、暴力も振るわなかったら。

「喧嘩なんてしたことがないってバレて、お金を取られてたら? きっと、また同じようにお金を奪いに来てたよ。明日も、明後日も、明々後日も……」
「……ずっと、ゆすられ続けていた?」

 誰かの財布となり続ける未来に震えるリィンの問いに、エマは頷いた。

「そーゆーこと。でも、あたしの話を聞いて、提案を呑んでくれるなら、とりあえずはあたし達が一緒にいて、ああいうバカ共が来たら守ってあげる。自衛手段も教えてあげる。そう考えれば、悪い提案じゃあないと思うんだけど?」

 少女に寄り添うように発したこの台詞にこそ、エマの目的が凝縮されていた。
 このまま強引にスケバンになろうと押したところで、リィンは首を縦には振らない。意図せず編入された不良校の頂点に立つなど、弱気な彼女の性格上、今すぐにとはいかない。
 ならば、まずは自分から仲間になりたがる状況を作ればいいのだ。トラウマになりかねない事件を引き出し、有り得た未来を想像させる。そうならない対策を教え込みつつ、自分達に都合の良い環境に置かせる。
 協力と善意が主点に見えて、実は単なる懐柔(かいじゅう)
 こんな言い包めには前例があったのか、カーン姉妹は顔を合わせて肩をすくめた。

「何を見出したんだか……っていうか、エマって、昔から人を丸め込むのは得意よね」
「そうそう。将来は詐欺師になるんじゃないかってずっと思ってたもの」
「こらーっ! そこの二人、人聞きの悪いこと言うな!」

 口から火を吐く勢いで姉妹を制しながら、エマはもう一度リィンに向き直り、問う。

「ご、ごほん! とにかく、ひとまずは話を聞いてくれるってことで、オッケー?」

 幸い、リィンの中で、提案を呑むハードルは大きく下がっていた。スケバンになるのではなく、守ってくれる相手の話を聞くくらいなら無下にする理由もないだろう。
 何より、もとよりリィンは人の要求をそう断れない性格だった。

「まあ、話を聞くくらいだったら……大丈夫、です」

 だから、リィンは小さく、本当に小さく、頷いた。
 彼女の頷きは、全面的な合意と同意であるとエマに伝えてしまった。

「よっしゃーっ! 契約成立、言質取りました! ダイ、早速『あれ』を出して!」

 次の瞬間、エマは勢いよく椅子から立ち上がった。そして大きくガッツポーズを取ったかと思うと、ダイアナを指差して命令した。
 ダイアナはというと、エマを止めるのが不可能だと悟った。そしてやれやれといった調子で、パーカーの右ポケットから一枚の紙を取り出して机の上に広げた。
 小さく折り畳まれた紙を広げると、机の八割を占めるほどのサイズになった。複数の円の中に人の顔と何かしらの名称、人数等が書き込まれて、小説の目次に付け足された人物同士の相関図のようだ。

「これは……?」

 口をつけられていないカップをどかしながら、リィンはエマに聞いた。
 エマはずい、とリィンに顔を寄せながら、どこからともなく取り出した木の棒で紙の中心をつつきながら答えた。

「喧嘩のやり方はさておき、頂点を取るには、このエド女の勢力を知っておかないとね。どんな相手がいるかを知っておけば、リィンちゃんが避ける相手も分かるでしょ?」

 言われてみれば、そうかも。

「なるほど、確かに……?」

 すっかりエマの言葉を信じ切ったリィンは、何も疑わなかった。
 物事が自分の思い通りに動きつつあるのを実感しながら、かつカーン姉妹のちょっぴり冷たい目線を背中に受けながら、エマは話を続けた。

「大前提として、さっきも言ったけど、この学校にはスケバンがいない。大小合わせて八個は下らないグループが、頂点を狙ってしのぎを削ってるんだ。あたし達も含めてね」

 一国の内乱の状態を語っているわけではない。
 彼女が語るのは、あくまで学校内の勢力争いだ。