そんなつもりなど、毛頭なかった。
どうにかしてやろうなんて、ちっとも考えていなかった。
むしろ自分は、どうにかされる側の人間だった。
あともう少しで酷い目に遭うところを、偶然、とある少女に助けてもらったのだ。その相手に礼を言おうとして、邪魔されたのだ。
彼女はこれまで、一度だって暴力を振るった経験がなかったが、しつこく後ろから怒鳴りつけてくる女子生徒があまりにも喧しくて、思わず顔を殴ってしまった。
ちょっとした抵抗。
ただのそれだけ。
それだけのつもりだったのに。
「……あ、あれ?」
女子生徒は、ずっと遠くに吹き飛ばされていた。
中庭で顔面を殴られた彼女は、花壇に激突してもまだ勢いを殺しきれず、壁に叩きつけられても止まらず、衝突した箇所にヒビを作ってようやく止まった。
女子生徒にしては人並み以上に良い体格をしているが、よほど強力な一撃だったのか、生徒は口から泡を吹き、白目を剥いて失神していた。制服は衝撃でぼろぼろ、髪はぐちゃぐちゃ。まとめれば、悲惨な有様。
女子生徒の仲間が駆け寄るが、揺すっても声をかけても目を覚ます様子がない。死んではいないだろうが、平常でもない。
惨状を目の当たりにして、少女はぺこぺこと、頭を下げるばかり。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい! 私、ええと、そんなつもりじゃ!」
驚愕の光景を見ていたのが加害者集団だけならば良かったのだが、そうはいかなかった。彼女がとんでもない一撃をお見舞いした舞台は、校内の生徒達が最も集まる、校舎の中庭だったのだ。
当然、視線は集中する。
ひ弱な少女の腕撃と、恐るべき才覚に。
「ほーう、大した奴じゃねえか」
二階の校舎から眺める一人は、秘められた素質に感心して。
「せやけど、下品な戦い方やわぁ」
廊下を偶然歩いていた一人は、素人丸出しの戦いに呆れた調子で。
「…………!」
たった今少女を助けて中庭を通り過ぎようとした一人は、潜在能力の高さに驚いて。
全員に共通しているのは、今まで一度だって見たことのない異端な力への関心。
各々が感想を述べる中、中庭に繋がる廊下から少女が女子生徒を殴り飛ばす瞬間を見ていた三人組だけは、他の誰とも違う結論を抱いていた。
「エマ、見た? あの威力のパンチを、あんな弱っちそうな子が……!」
全く同じ外見をした長身の二人の少女が、自分より背の小さな女子生徒に声をかけた。
彼女は、目を輝かせていた。
眩く輝く黄金を発見したような。無限の可能性を秘めた卵を発見したような。
少女の瞳の中に映る姿は、いずれでもあり、いずれよりも素敵だった。
「……ダイ、ジーン。間違いないよ」
だから、自分の言葉に、疑いはなかった。
金髪の少女は、確信していた。
「彼女こそ――この『エド女』の頂点に立つ、未来のスケバンだよ」
この混乱極まる戦国時代を統べる救世主が、彼女であると。
親友の口から出たとんでもない話を聞いて、二人は顔を合わせて、少女を見つめた。
廊下の、中庭の周囲の女子生徒、総勢約三十名以上の視線を釘付けにした。
特に奥の三人の視線を我が物にしてしまっているにしている少女――リィン・フォローズは、未だに困惑して、中庭の真ん中で慌てふためいているばかりだった。
どうしてこんな事態になってしまったのか。
詳しく説明する為には、リィンがここに来た理由から語らなければならない。
市内最強最悪、悪の巣窟と謳われる不良校、『聖エドワーズ魔法女学院』に編入したところから語らなければならない。
単なる勘違いから、ちょっとしたミスから。
そこから。
あるいはここから。
リィン・フォローズの伝説が始まるのだ。
どうにかしてやろうなんて、ちっとも考えていなかった。
むしろ自分は、どうにかされる側の人間だった。
あともう少しで酷い目に遭うところを、偶然、とある少女に助けてもらったのだ。その相手に礼を言おうとして、邪魔されたのだ。
彼女はこれまで、一度だって暴力を振るった経験がなかったが、しつこく後ろから怒鳴りつけてくる女子生徒があまりにも喧しくて、思わず顔を殴ってしまった。
ちょっとした抵抗。
ただのそれだけ。
それだけのつもりだったのに。
「……あ、あれ?」
女子生徒は、ずっと遠くに吹き飛ばされていた。
中庭で顔面を殴られた彼女は、花壇に激突してもまだ勢いを殺しきれず、壁に叩きつけられても止まらず、衝突した箇所にヒビを作ってようやく止まった。
女子生徒にしては人並み以上に良い体格をしているが、よほど強力な一撃だったのか、生徒は口から泡を吹き、白目を剥いて失神していた。制服は衝撃でぼろぼろ、髪はぐちゃぐちゃ。まとめれば、悲惨な有様。
女子生徒の仲間が駆け寄るが、揺すっても声をかけても目を覚ます様子がない。死んではいないだろうが、平常でもない。
惨状を目の当たりにして、少女はぺこぺこと、頭を下げるばかり。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい! 私、ええと、そんなつもりじゃ!」
驚愕の光景を見ていたのが加害者集団だけならば良かったのだが、そうはいかなかった。彼女がとんでもない一撃をお見舞いした舞台は、校内の生徒達が最も集まる、校舎の中庭だったのだ。
当然、視線は集中する。
ひ弱な少女の腕撃と、恐るべき才覚に。
「ほーう、大した奴じゃねえか」
二階の校舎から眺める一人は、秘められた素質に感心して。
「せやけど、下品な戦い方やわぁ」
廊下を偶然歩いていた一人は、素人丸出しの戦いに呆れた調子で。
「…………!」
たった今少女を助けて中庭を通り過ぎようとした一人は、潜在能力の高さに驚いて。
全員に共通しているのは、今まで一度だって見たことのない異端な力への関心。
各々が感想を述べる中、中庭に繋がる廊下から少女が女子生徒を殴り飛ばす瞬間を見ていた三人組だけは、他の誰とも違う結論を抱いていた。
「エマ、見た? あの威力のパンチを、あんな弱っちそうな子が……!」
全く同じ外見をした長身の二人の少女が、自分より背の小さな女子生徒に声をかけた。
彼女は、目を輝かせていた。
眩く輝く黄金を発見したような。無限の可能性を秘めた卵を発見したような。
少女の瞳の中に映る姿は、いずれでもあり、いずれよりも素敵だった。
「……ダイ、ジーン。間違いないよ」
だから、自分の言葉に、疑いはなかった。
金髪の少女は、確信していた。
「彼女こそ――この『エド女』の頂点に立つ、未来のスケバンだよ」
この混乱極まる戦国時代を統べる救世主が、彼女であると。
親友の口から出たとんでもない話を聞いて、二人は顔を合わせて、少女を見つめた。
廊下の、中庭の周囲の女子生徒、総勢約三十名以上の視線を釘付けにした。
特に奥の三人の視線を我が物にしてしまっているにしている少女――リィン・フォローズは、未だに困惑して、中庭の真ん中で慌てふためいているばかりだった。
どうしてこんな事態になってしまったのか。
詳しく説明する為には、リィンがここに来た理由から語らなければならない。
市内最強最悪、悪の巣窟と謳われる不良校、『聖エドワーズ魔法女学院』に編入したところから語らなければならない。
単なる勘違いから、ちょっとしたミスから。
そこから。
あるいはここから。
リィン・フォローズの伝説が始まるのだ。