ピコアプはいいねがされるたびにピコンと音がして、タブに赤いマークがつく。普段の小説だったら、それが鳴ってもせいぜい一回二回「いいね」されたらそれでおしまいだというのに、今回はどうしたんだろう。
ワカナは気になってあげたばかりのタクアヤ小説を見てみた。
「うわあ……すごい」
今まで自分の小説をブックマークされてもせいぜいひと桁。十いったことなんてなかったのに、今回はどうしたんだろう。
「こんなに隠れてたんだ……『學園英雄録』が好きな人……」
またピコンと音が鳴って、赤いマークがつく。普段だったら「いいね」かブックマークのお知らせだっていうのに、今回は【感想欄に感想が届いております】というお知らせだ。
どきどきしながら感想欄を見ると、そこには感想が届いていた。しかも、一件だけじゃない。
【はじめてでカキコミ失礼します! 本当に理想のタクアヤでした! これからも応援しておりますので、素敵なタクアヤをお待ちしております!】
【素敵なタクアヤでした。本当にキュンキュンしました。】
【理想過ぎるタクアヤで胸キュンです!】
それにワカナは舞い上がる。
今までこんなにブックマークされたことなんてないし、「いいね」されたことだってないし、そもそも感想なんてもらったことがない。
小説が上手い人たちは皆こんないい想いしてたんだ。いいなあ。
振り返れば、ピコアプがある。アカウントは既に100万を突破。半数は閲覧オンリーだとしても、残り50万、半数は絵専門だとしても25万存在する。ランキングを見れば人気ジャンルか大手書き手以外はほとんどいないが、タグを駆使すればいろんな作家の小説が見つかる。
……うち、リアルで圧迫して放置されたアカウントなんて、いったいどれだけあることやら。
自然とワカナの喉は鳴っていた。
そうだ、自分はいい小説を読んでくれるように拾ってきているだけだ。なにも悪いことなんてしてない。だって何年も放置されていて、小説がかわいそうじゃない。誰も読んでくれないなんて、ひどいじゃない。
そう思ったら、ワカナは必死でタグを駆使して小説を探していた。
小説をコピーさせてもらうのは、ひとつのアカウントにつき一作だけ。できるだけパロディーで誤魔化しが利くよう、お江戸パロや陰陽師パロなどのタグを探し、できるだけ作品の独自用語を使っているような作品には手を出さない。そしてもうひとつ。コピーさせてもらう小説の最新作の小説を確認すると、投稿年月日や更新年月日が表示される。最低でもこれが二年以上経っていなければコピーはしない。それをワカナは徹底させた。
見つかったらなにを言われるかわからないし。そう思いながらまた自分の好きなように書き換えた小説を投げようとしたとき、自分がフォローしているユーザーが新しい小説を投げていることに気が付いた。
「あ、しまった……」
たまにいるタイプの作者だ。昔書いた小説を全部削除した上で、今ハマっているジャンルのキャラや舞台に書き換えて上げるタイプの人間。BLジャンルで多いが、たまにそれ以外のジャンルでも見かける。
今ちょうどあげようとしていた、大正パロの作者だったので、思わずワカナはうつむいて、黙って今まで書いた小説を消した。
ピコアプでだったら、すぐに見つかってしまうかもしれない。本当だったら盗作なんて行為そのものがまずいのだが、何作上げても誰も気付かず、ワカナを褒めそやすものだから、ワカナもだんだん「悪い」という感覚が消えつつあった。ミナモやナノハにも自分の書いた小説を読んで褒められたことが、ますますワカナは調子に乗ってしまっていたのだ。
ワカナが「うーん……」と悩んでいたら、ピコアプにまた新しい絵が投稿されたことに気が付いた。
「『私の乙女ゲーム攻略はなにか間違っているらしい』表紙描きました」
最近はイラストレーターが自分の商業作品を投稿することも多く、これは小説投稿サイトの「さかくら」発ネット小説での投稿らしい。
そこでワカナはピンと来た。
ピコアプ内でだったら見つかるかもしれないが、よそのサイトの小説からだったら見つかる確率はぐんと減るのでは? 特にさかくらはオリジナル小説オンリーの投稿サイトであり、二次創作ばかりが露出するピコアプとは毛色がかなりちがう。創作活動が好きな人はあまり二次創作を読まないし、二次創作が好きな人はあまり創作小説を読まない。読者層が全然違うんだから、見つからないのでは。
そうと決まったら、さかくらの検索機能を使って、古めの恋愛小説を検索した。あまりうがった内容のものは使えないが、軽くてさくっと読める感じのものだったら大丈夫だろう。ついでにあまりブックマークされていなくて、放置されているアカウントの作品が望ましい。
ワカナはそこから何作か小説を引っ張り出して、それのキャラの名前を変え、設定をいじってまたも投稿した。
またもピコンピコンと鳴る通知音を心地よく聞きながら、ワカナは部屋の天井を見た。
本当に楽しいし、気持ちいいなと。その満たされる感覚が病みつきになってしまっていた。
必要以上に気を付けてやっているものだから、罪悪感というものがまるでない。
****
「いやあ、熱意っていうものはすごいねえ。ワカナの小説面白かったし、更新速度も速いし、本当にすごいよ」
教室でしみじみと言ってくれるミナモの言葉に、ワカナは照れる。元の小説とわからないよう、一生懸命元ネタの上に『學園英雄録』の世界観を被せたのだから、そこを褒められたら素直に嬉しい。
「ありがとう……でも本当に夢中になってただけだから」
「うんうん、それでいいと思うよ。でもさあ、ワカナだったら狙えるんじゃないの?」
「え、なにが?」
「最近執筆活動に励んでいて、世の中に疎くなってるねえ! ピコアプで大賞やってるの知らなかった?」
「えー?」
ミナモはスマホを弄って、ひょいと画面を見せてくれた。
『ピコアプ文芸大賞 大賞作品には賞金100万円!
ライトノベルのアニメ化、ドラマ化のチャンスも!』
それにワカナは目をぱちんとさせた。
いつもいつも、二次創作しか書いていなかったし、創作で大賞に応募してみようなんて思ってもいなかった。そもそもワカナの書いている二次創作は、人から「お借り」しているんだから、マイナーな二次創作以外は書いていない。たしかに今までよりも小説を書いてはいるが、いまだにイチから書いたことはない。
ワカナは「うーん……」と言葉を濁していると、さっきから分厚い本を読んでいたナノハはぼそりと言う。
「難しいって思うんだったら、無理に参加しなくってもいいと思う。書きたいって思って書くのが創作だし」
パラ……とナノハは本を捲りながら言う。読んでいる本は、19世紀イギリスの社会体制についての本だった。ナノハは読む本はラノベからよくわからない歴史の本まで、活字と名のつくものはなんでも読むのでレパートリーが広い。
ナノハのその発言に、ミナモは肩をすくめる。
「かったいこと言うねえ、ナノハも」
「別に……趣味で書くぶんには、書きたい時に書くべきって思ってるだけ。ただ。賞に出す人って、皆本気だから、生半可なことしないでって思うだけ」
そうボソリ、と呟くナノハの言葉が、妙にワカナに残った。
書いてみたいって思っても、なにを書けばいいのかがわからない。
二次創作であったら、自分の書きたい話を想像して、それに合わせて「借りられる」小説を探す。それに『學園英雄録』の設定を落とし込むという作業をしていたけれど、創作の場合は話が違ってくる。
世の中には人気な話のストーリーラインはテンプレートとして持てはやされてはいるものの、そもそもピコアプでは創作小説のテンプレートなんて存在しない。だとしたら、さかくらのテンプレート小説を書けばいいんだろうか。
「うーん……」
ワカナは応募規約を読んでみる。
最低ラインとしては10万字以上。今までどんなに長くても5000字程度しか書いたことのないワカナにとっては未知の文字数だ。こんな長い話を本当に書けるんだろうかと不安になるものの。
ワカナは完全に調子に乗っていた。
ブックマークも「いいね」も増えたし、他のサイトの小説を「借りて」それっぽくすれば、たとえ賞は獲れなくても人に読んでもらえるんじゃないだろうか。
ひとまずキャラクターの設定を考え、世界観を好きなゲームの世界観に合わせて、あとはそれらしい創作小説をさかくらで探してみることにした。
どんな小説になるんだろう。そうわくわくしながら。
でも、ワカナはわかっていなかった。
ナノハが警告してくれた意味も、創作というものは、人の上澄みだけで書けるものじゃないということも。舞い上がっていて足が地についていない彼女にはちっとも。
ワカナは気になってあげたばかりのタクアヤ小説を見てみた。
「うわあ……すごい」
今まで自分の小説をブックマークされてもせいぜいひと桁。十いったことなんてなかったのに、今回はどうしたんだろう。
「こんなに隠れてたんだ……『學園英雄録』が好きな人……」
またピコンと音が鳴って、赤いマークがつく。普段だったら「いいね」かブックマークのお知らせだっていうのに、今回は【感想欄に感想が届いております】というお知らせだ。
どきどきしながら感想欄を見ると、そこには感想が届いていた。しかも、一件だけじゃない。
【はじめてでカキコミ失礼します! 本当に理想のタクアヤでした! これからも応援しておりますので、素敵なタクアヤをお待ちしております!】
【素敵なタクアヤでした。本当にキュンキュンしました。】
【理想過ぎるタクアヤで胸キュンです!】
それにワカナは舞い上がる。
今までこんなにブックマークされたことなんてないし、「いいね」されたことだってないし、そもそも感想なんてもらったことがない。
小説が上手い人たちは皆こんないい想いしてたんだ。いいなあ。
振り返れば、ピコアプがある。アカウントは既に100万を突破。半数は閲覧オンリーだとしても、残り50万、半数は絵専門だとしても25万存在する。ランキングを見れば人気ジャンルか大手書き手以外はほとんどいないが、タグを駆使すればいろんな作家の小説が見つかる。
……うち、リアルで圧迫して放置されたアカウントなんて、いったいどれだけあることやら。
自然とワカナの喉は鳴っていた。
そうだ、自分はいい小説を読んでくれるように拾ってきているだけだ。なにも悪いことなんてしてない。だって何年も放置されていて、小説がかわいそうじゃない。誰も読んでくれないなんて、ひどいじゃない。
そう思ったら、ワカナは必死でタグを駆使して小説を探していた。
小説をコピーさせてもらうのは、ひとつのアカウントにつき一作だけ。できるだけパロディーで誤魔化しが利くよう、お江戸パロや陰陽師パロなどのタグを探し、できるだけ作品の独自用語を使っているような作品には手を出さない。そしてもうひとつ。コピーさせてもらう小説の最新作の小説を確認すると、投稿年月日や更新年月日が表示される。最低でもこれが二年以上経っていなければコピーはしない。それをワカナは徹底させた。
見つかったらなにを言われるかわからないし。そう思いながらまた自分の好きなように書き換えた小説を投げようとしたとき、自分がフォローしているユーザーが新しい小説を投げていることに気が付いた。
「あ、しまった……」
たまにいるタイプの作者だ。昔書いた小説を全部削除した上で、今ハマっているジャンルのキャラや舞台に書き換えて上げるタイプの人間。BLジャンルで多いが、たまにそれ以外のジャンルでも見かける。
今ちょうどあげようとしていた、大正パロの作者だったので、思わずワカナはうつむいて、黙って今まで書いた小説を消した。
ピコアプでだったら、すぐに見つかってしまうかもしれない。本当だったら盗作なんて行為そのものがまずいのだが、何作上げても誰も気付かず、ワカナを褒めそやすものだから、ワカナもだんだん「悪い」という感覚が消えつつあった。ミナモやナノハにも自分の書いた小説を読んで褒められたことが、ますますワカナは調子に乗ってしまっていたのだ。
ワカナが「うーん……」と悩んでいたら、ピコアプにまた新しい絵が投稿されたことに気が付いた。
「『私の乙女ゲーム攻略はなにか間違っているらしい』表紙描きました」
最近はイラストレーターが自分の商業作品を投稿することも多く、これは小説投稿サイトの「さかくら」発ネット小説での投稿らしい。
そこでワカナはピンと来た。
ピコアプ内でだったら見つかるかもしれないが、よそのサイトの小説からだったら見つかる確率はぐんと減るのでは? 特にさかくらはオリジナル小説オンリーの投稿サイトであり、二次創作ばかりが露出するピコアプとは毛色がかなりちがう。創作活動が好きな人はあまり二次創作を読まないし、二次創作が好きな人はあまり創作小説を読まない。読者層が全然違うんだから、見つからないのでは。
そうと決まったら、さかくらの検索機能を使って、古めの恋愛小説を検索した。あまりうがった内容のものは使えないが、軽くてさくっと読める感じのものだったら大丈夫だろう。ついでにあまりブックマークされていなくて、放置されているアカウントの作品が望ましい。
ワカナはそこから何作か小説を引っ張り出して、それのキャラの名前を変え、設定をいじってまたも投稿した。
またもピコンピコンと鳴る通知音を心地よく聞きながら、ワカナは部屋の天井を見た。
本当に楽しいし、気持ちいいなと。その満たされる感覚が病みつきになってしまっていた。
必要以上に気を付けてやっているものだから、罪悪感というものがまるでない。
****
「いやあ、熱意っていうものはすごいねえ。ワカナの小説面白かったし、更新速度も速いし、本当にすごいよ」
教室でしみじみと言ってくれるミナモの言葉に、ワカナは照れる。元の小説とわからないよう、一生懸命元ネタの上に『學園英雄録』の世界観を被せたのだから、そこを褒められたら素直に嬉しい。
「ありがとう……でも本当に夢中になってただけだから」
「うんうん、それでいいと思うよ。でもさあ、ワカナだったら狙えるんじゃないの?」
「え、なにが?」
「最近執筆活動に励んでいて、世の中に疎くなってるねえ! ピコアプで大賞やってるの知らなかった?」
「えー?」
ミナモはスマホを弄って、ひょいと画面を見せてくれた。
『ピコアプ文芸大賞 大賞作品には賞金100万円!
ライトノベルのアニメ化、ドラマ化のチャンスも!』
それにワカナは目をぱちんとさせた。
いつもいつも、二次創作しか書いていなかったし、創作で大賞に応募してみようなんて思ってもいなかった。そもそもワカナの書いている二次創作は、人から「お借り」しているんだから、マイナーな二次創作以外は書いていない。たしかに今までよりも小説を書いてはいるが、いまだにイチから書いたことはない。
ワカナは「うーん……」と言葉を濁していると、さっきから分厚い本を読んでいたナノハはぼそりと言う。
「難しいって思うんだったら、無理に参加しなくってもいいと思う。書きたいって思って書くのが創作だし」
パラ……とナノハは本を捲りながら言う。読んでいる本は、19世紀イギリスの社会体制についての本だった。ナノハは読む本はラノベからよくわからない歴史の本まで、活字と名のつくものはなんでも読むのでレパートリーが広い。
ナノハのその発言に、ミナモは肩をすくめる。
「かったいこと言うねえ、ナノハも」
「別に……趣味で書くぶんには、書きたい時に書くべきって思ってるだけ。ただ。賞に出す人って、皆本気だから、生半可なことしないでって思うだけ」
そうボソリ、と呟くナノハの言葉が、妙にワカナに残った。
書いてみたいって思っても、なにを書けばいいのかがわからない。
二次創作であったら、自分の書きたい話を想像して、それに合わせて「借りられる」小説を探す。それに『學園英雄録』の設定を落とし込むという作業をしていたけれど、創作の場合は話が違ってくる。
世の中には人気な話のストーリーラインはテンプレートとして持てはやされてはいるものの、そもそもピコアプでは創作小説のテンプレートなんて存在しない。だとしたら、さかくらのテンプレート小説を書けばいいんだろうか。
「うーん……」
ワカナは応募規約を読んでみる。
最低ラインとしては10万字以上。今までどんなに長くても5000字程度しか書いたことのないワカナにとっては未知の文字数だ。こんな長い話を本当に書けるんだろうかと不安になるものの。
ワカナは完全に調子に乗っていた。
ブックマークも「いいね」も増えたし、他のサイトの小説を「借りて」それっぽくすれば、たとえ賞は獲れなくても人に読んでもらえるんじゃないだろうか。
ひとまずキャラクターの設定を考え、世界観を好きなゲームの世界観に合わせて、あとはそれらしい創作小説をさかくらで探してみることにした。
どんな小説になるんだろう。そうわくわくしながら。
でも、ワカナはわかっていなかった。
ナノハが警告してくれた意味も、創作というものは、人の上澄みだけで書けるものじゃないということも。舞い上がっていて足が地についていない彼女にはちっとも。