「どうしてうちだったらやってないんだろうねえ」
「本当にそうだねえ……」
アニメは比較的映る地方のはずだが、キー局以外のアニメにはとことん弱い。
追っかけていたライトノベルの『學園英雄録』がアニメ化したにも関わらず、見ることができないでいた。
男子向けラノベレーベル発な上、男女バディというのが引っかかってか、女子受けはあまりよろしくない。オタク女子は「男同士の絆に女は不要。女が男の友情をダメにする」と頑なに信じる傾向があるからだ。一方、男女の絆をカップルに見立てて喜ぶ層というものが存在し、その手のファンからは受けていた。
ワカナとミナモはどちらかというと男女カップルに萌えを見出すタイプのオタクだったため、『學園英雄録』を図書館に入荷希望の紙を入れに行ったり、友達に小説の布教を行ったりしていたが、いまいち反応が乏しい。
「別に嫌いじゃないけれど、『學園英雄録』は全然BL受けしないんだよねえ」
「BLで受けたらそれで布教できるかもだけど……」
「でもあの子たちだって、男同士の絆で萌えているのであって、無理矢理BLにしても喜ばないんじゃないかと思うんだよね。いっそのこと、女子キャラ全員男体化した二次創作書いてみるとか」
「それ、『學園英雄録』のよさを殺しちゃうよ……」
「だよねえ……」
ふたりで「うーん……」と考えている中、その例の『學園英雄録』に見事にはまってくれたナノハは、最新刊を黙々と読みつつ、ぼそりと口を開いた。
「普通に好きなバディを推した二次創作をピコアプにでもあげれば?」
「ええー、でもピコアプって、今流行ってるのって……」
ピコアプは流行ジャンル以外はほぼ読んでもらえない。それでも読んでくれる場合は、作者に固定ファンがついているか、アマチュアに交じってアカウントを取っているプロの作品の場合のみだ。
ミナモは変な顔をしたものの、ワカナは目を丸くする。
今流行っているのは、無機物擬人化アニメだ。元々はブラウザゲームだったのが、舞台化、アニメ化したという不思議なメディアミックスで、キャラクターの設定以外は世界観設定すらユーザーに丸投げしているということで賛否両論になったものの「面白かったらなんでもいい」「こんなに二次創作しやすいジャンルはない」と口コミで人気が出ている。今のピコアプのランキングの八割を占めるのは、この作品の二次創作だ。『學園英雄録』が付け入る隙があるようには見えない。
「無理じゃないかな……だって、今の流行じゃないし……」
「別にランキングに載らなくってもいいじゃない。だって、アニメ化で絶対に好評な学園タッグバトルの回来るもの。そのときになったら絶対に、他の人の感想やら二次創作やら検索かけるよ。そのときになにもなかったら寂しいじゃない」
「そうかなあ……」
それ以上はナノハはなにも語ることはなく、『學園英雄録』の新刊に視線を戻してしまった。言い淀むワカナに対して、ミナモは乗り気だ。
「そっかあ、それだったら二次創作書こうよ! 私アカウント持ってるし! 一緒にちょこちょこ二次創作あげていったら、今は需要はなくってももしかしたら需要が来るかもしれないし、そうなったら供給だって来るよね!」
「え、うん……」
一応ワカナもアカウントは持っている。好きなアニメの話を書き散らしたようなもので、ブックマークもいいねもほとんどされていない小説ばかりだ。
大好きではあるけれど、自分の文才だったら自分の大好きな話を書ききれるかわからないなあ。そう思いながら、ミナモに促されるがまま、ワカナは頷いた。
****
「安請け合いしちゃったけど、なに書こう……」
公式が最大手とはよく言ったもので、『學園英雄録』は二次創作でお約束のネタは根こそぎやってしまっている。
肝試し、臨海学校、お風呂場でばったり、深夜にライバルとの共闘、惚れ薬騒動……。
学園もののお約束も異能バトルのお約束もラブコメのお約束も全てやってしまっているんだから、二次創作の入り込む余地がない。
男性向けであったら、「とにかくエロければいい!」とラッキースケベからのエロ展開なんてものもあるらしいが、まだ高校生のワカナはR-18を読まないようにフィルタリングが施されている。
今まで書いたものだって、SNS形式の与太話だし、それは同性間の戯れだったらそんなものでもかまわないが、これは男女バディの素晴らしさを訴えたい話なので、どうにかラブコメを書いてみたいんだが……。
「私、そんなに文章うまくないんだよね……」
ときどき読みに行く作家の中には「どうしてこの人プロじゃないんだろう?」と思うくらいに説得力を持った文章力の人もいるし、書いているジャンルによって文体を巧みに変えている作家もいる。文章自体はそこまでうまくなくても、びっくりするくらいキャラに感情移入できる話を書く作家だっているが……ワカナは自分でもそんなにうまくないとはわかっていた。
せめて参考になる小説はないかな。そう思いながら、スマホをスクロールさせる。
ブックマークしたら、そのブックマークされた作品に合わせておすすめ小説を紹介してくれる。それをたどって小説を読んでいたところで、一作の小説が目に留まった。
「すごいな、こんな発想は全然なかった」
スポコンマンガの二次創作での朝チュン小説。この作者は巧みにその作品の空き時間を駆使して、部活で忙しい両片思いのふたりのラブコメを展開させている。
おまけに本番シーンはまったく書いていないにも関わらず、朝チュンの前と後だったらふたりのキャラの距離感が全然違う。それはもどかしかったり甘酸っぱかったり絶妙なものだ。
こんな小説を書いてみたいな。ワカナはそう思ってその小説のブクマをしようとして、気が付いた。
これは二年前の作品だということに。
作者の自己紹介ページを見てみたら「社畜」と自分を揶揄していて、二年前からピコアプのアカウントをまったく更新していないようだった。SNSのリンクは貼っているみたいだから、そこを飛んでみて……。思わず目が点になった。
【忙しい~ 上司くたばれー】
【イベント行きたい本つくりたい小説書きたい書けない
上司死ね】
【会社の規約が変わって本つくることができなくなりましたぁ~(ぐすん)】
・
・
・
どうも仕事が忙しすぎて、SNSも完全に愚痴日記になっているようだ。アニメも見ている暇がないらしく、最近の楽しみはもっぱらスマホゲームらしい。
なら。ワカナはブラウザバックで戻って、件の作者の小説を読む。
どれもこれも、ひと昔前の作品だ。最近は一クールでアニメが総入れ替えしてしまう傾向があるから、二年前の作品は八クール前の作品であり、中高生にとっては化石のような作品になってしまっている。
だとしたら。自分がその作品を「借りて」も大丈夫なんじゃないだろうか。
ワカナは「んー……」と考える。
最近のピコアプのニーズには合っていないし、誰も読んでいない。なら「練習」として借りるんだったら問題ないだろう。
もし作者に見つかって怒られたら「ごめんなさい」しよう。
そう思いながら、ワカナはその小説を広げながら、ルーズリーフを取り出した。その小説を元に、自分の推しているバディに当てはめて書き出してみるのだ。
こんな匂い立つ雰囲気を書いてみたい。
そう、最初はただの「練習」のつもりだったのだ。人の頭にはリミッターが存在する。悪いことをひとつするたびに、そのリミッターは緩んでいく。
やがて、ガチャリと音を立てて外れたとしても、罪悪感を感じなくなってしまうのだ。
「書けた! あとはこれをスマホで打ち直して、投稿しよう!」
書き終わったそれは、「練習」として借りた小説に酷似していたのだが、ワカナから言わせれば「練習させてもらっただけで全然違う小説」である。
だって、スポコン小説には異能バトルはないし、思わず女の子が男の子を殴るときに火花なんて飛ばないし。
スポコン小説の場合は主将ふたりの家は近所だけれど、『學園英雄録』は全寮制学園の話だし。
ただ話の形を「テンプレート」として借りただけだし。大丈夫大丈夫。自分にそう刷り込んで、その小説を上げてみた。
うっとりするほど匂い立つ情景や雰囲気。甘酸っぱさを醸し出す文章。書きあがった話は、やはり閲覧数は少なかったもののワカナはそれで大満足していた。
だってはじめてこんなにいい文章を書けたんだから。
ワカナはまったく気付いていない。
「それは書いたんじゃない。人が苦労して書いた小説の美味しいところ取りをしただけだ」ということを。
「本当にそうだねえ……」
アニメは比較的映る地方のはずだが、キー局以外のアニメにはとことん弱い。
追っかけていたライトノベルの『學園英雄録』がアニメ化したにも関わらず、見ることができないでいた。
男子向けラノベレーベル発な上、男女バディというのが引っかかってか、女子受けはあまりよろしくない。オタク女子は「男同士の絆に女は不要。女が男の友情をダメにする」と頑なに信じる傾向があるからだ。一方、男女の絆をカップルに見立てて喜ぶ層というものが存在し、その手のファンからは受けていた。
ワカナとミナモはどちらかというと男女カップルに萌えを見出すタイプのオタクだったため、『學園英雄録』を図書館に入荷希望の紙を入れに行ったり、友達に小説の布教を行ったりしていたが、いまいち反応が乏しい。
「別に嫌いじゃないけれど、『學園英雄録』は全然BL受けしないんだよねえ」
「BLで受けたらそれで布教できるかもだけど……」
「でもあの子たちだって、男同士の絆で萌えているのであって、無理矢理BLにしても喜ばないんじゃないかと思うんだよね。いっそのこと、女子キャラ全員男体化した二次創作書いてみるとか」
「それ、『學園英雄録』のよさを殺しちゃうよ……」
「だよねえ……」
ふたりで「うーん……」と考えている中、その例の『學園英雄録』に見事にはまってくれたナノハは、最新刊を黙々と読みつつ、ぼそりと口を開いた。
「普通に好きなバディを推した二次創作をピコアプにでもあげれば?」
「ええー、でもピコアプって、今流行ってるのって……」
ピコアプは流行ジャンル以外はほぼ読んでもらえない。それでも読んでくれる場合は、作者に固定ファンがついているか、アマチュアに交じってアカウントを取っているプロの作品の場合のみだ。
ミナモは変な顔をしたものの、ワカナは目を丸くする。
今流行っているのは、無機物擬人化アニメだ。元々はブラウザゲームだったのが、舞台化、アニメ化したという不思議なメディアミックスで、キャラクターの設定以外は世界観設定すらユーザーに丸投げしているということで賛否両論になったものの「面白かったらなんでもいい」「こんなに二次創作しやすいジャンルはない」と口コミで人気が出ている。今のピコアプのランキングの八割を占めるのは、この作品の二次創作だ。『學園英雄録』が付け入る隙があるようには見えない。
「無理じゃないかな……だって、今の流行じゃないし……」
「別にランキングに載らなくってもいいじゃない。だって、アニメ化で絶対に好評な学園タッグバトルの回来るもの。そのときになったら絶対に、他の人の感想やら二次創作やら検索かけるよ。そのときになにもなかったら寂しいじゃない」
「そうかなあ……」
それ以上はナノハはなにも語ることはなく、『學園英雄録』の新刊に視線を戻してしまった。言い淀むワカナに対して、ミナモは乗り気だ。
「そっかあ、それだったら二次創作書こうよ! 私アカウント持ってるし! 一緒にちょこちょこ二次創作あげていったら、今は需要はなくってももしかしたら需要が来るかもしれないし、そうなったら供給だって来るよね!」
「え、うん……」
一応ワカナもアカウントは持っている。好きなアニメの話を書き散らしたようなもので、ブックマークもいいねもほとんどされていない小説ばかりだ。
大好きではあるけれど、自分の文才だったら自分の大好きな話を書ききれるかわからないなあ。そう思いながら、ミナモに促されるがまま、ワカナは頷いた。
****
「安請け合いしちゃったけど、なに書こう……」
公式が最大手とはよく言ったもので、『學園英雄録』は二次創作でお約束のネタは根こそぎやってしまっている。
肝試し、臨海学校、お風呂場でばったり、深夜にライバルとの共闘、惚れ薬騒動……。
学園もののお約束も異能バトルのお約束もラブコメのお約束も全てやってしまっているんだから、二次創作の入り込む余地がない。
男性向けであったら、「とにかくエロければいい!」とラッキースケベからのエロ展開なんてものもあるらしいが、まだ高校生のワカナはR-18を読まないようにフィルタリングが施されている。
今まで書いたものだって、SNS形式の与太話だし、それは同性間の戯れだったらそんなものでもかまわないが、これは男女バディの素晴らしさを訴えたい話なので、どうにかラブコメを書いてみたいんだが……。
「私、そんなに文章うまくないんだよね……」
ときどき読みに行く作家の中には「どうしてこの人プロじゃないんだろう?」と思うくらいに説得力を持った文章力の人もいるし、書いているジャンルによって文体を巧みに変えている作家もいる。文章自体はそこまでうまくなくても、びっくりするくらいキャラに感情移入できる話を書く作家だっているが……ワカナは自分でもそんなにうまくないとはわかっていた。
せめて参考になる小説はないかな。そう思いながら、スマホをスクロールさせる。
ブックマークしたら、そのブックマークされた作品に合わせておすすめ小説を紹介してくれる。それをたどって小説を読んでいたところで、一作の小説が目に留まった。
「すごいな、こんな発想は全然なかった」
スポコンマンガの二次創作での朝チュン小説。この作者は巧みにその作品の空き時間を駆使して、部活で忙しい両片思いのふたりのラブコメを展開させている。
おまけに本番シーンはまったく書いていないにも関わらず、朝チュンの前と後だったらふたりのキャラの距離感が全然違う。それはもどかしかったり甘酸っぱかったり絶妙なものだ。
こんな小説を書いてみたいな。ワカナはそう思ってその小説のブクマをしようとして、気が付いた。
これは二年前の作品だということに。
作者の自己紹介ページを見てみたら「社畜」と自分を揶揄していて、二年前からピコアプのアカウントをまったく更新していないようだった。SNSのリンクは貼っているみたいだから、そこを飛んでみて……。思わず目が点になった。
【忙しい~ 上司くたばれー】
【イベント行きたい本つくりたい小説書きたい書けない
上司死ね】
【会社の規約が変わって本つくることができなくなりましたぁ~(ぐすん)】
・
・
・
どうも仕事が忙しすぎて、SNSも完全に愚痴日記になっているようだ。アニメも見ている暇がないらしく、最近の楽しみはもっぱらスマホゲームらしい。
なら。ワカナはブラウザバックで戻って、件の作者の小説を読む。
どれもこれも、ひと昔前の作品だ。最近は一クールでアニメが総入れ替えしてしまう傾向があるから、二年前の作品は八クール前の作品であり、中高生にとっては化石のような作品になってしまっている。
だとしたら。自分がその作品を「借りて」も大丈夫なんじゃないだろうか。
ワカナは「んー……」と考える。
最近のピコアプのニーズには合っていないし、誰も読んでいない。なら「練習」として借りるんだったら問題ないだろう。
もし作者に見つかって怒られたら「ごめんなさい」しよう。
そう思いながら、ワカナはその小説を広げながら、ルーズリーフを取り出した。その小説を元に、自分の推しているバディに当てはめて書き出してみるのだ。
こんな匂い立つ雰囲気を書いてみたい。
そう、最初はただの「練習」のつもりだったのだ。人の頭にはリミッターが存在する。悪いことをひとつするたびに、そのリミッターは緩んでいく。
やがて、ガチャリと音を立てて外れたとしても、罪悪感を感じなくなってしまうのだ。
「書けた! あとはこれをスマホで打ち直して、投稿しよう!」
書き終わったそれは、「練習」として借りた小説に酷似していたのだが、ワカナから言わせれば「練習させてもらっただけで全然違う小説」である。
だって、スポコン小説には異能バトルはないし、思わず女の子が男の子を殴るときに火花なんて飛ばないし。
スポコン小説の場合は主将ふたりの家は近所だけれど、『學園英雄録』は全寮制学園の話だし。
ただ話の形を「テンプレート」として借りただけだし。大丈夫大丈夫。自分にそう刷り込んで、その小説を上げてみた。
うっとりするほど匂い立つ情景や雰囲気。甘酸っぱさを醸し出す文章。書きあがった話は、やはり閲覧数は少なかったもののワカナはそれで大満足していた。
だってはじめてこんなにいい文章を書けたんだから。
ワカナはまったく気付いていない。
「それは書いたんじゃない。人が苦労して書いた小説の美味しいところ取りをしただけだ」ということを。