「ああ、読んでくれたんだ……うん、ありがとうありがとう。彼氏? そんなん出会いないよ……や、め、て。私の都合も考えて。仕事忙しいだから。切るよ」
ルリコは実家の電話をしながらも、キーボードを叩いていた。
広げられたファイルは文字で埋まっている。そしてところどころ入れられている赤文字は、出版社から修正指示だ。
実家の電話がひと段落したのに「ふう……」と息を吐きながら、ルリコはファイルと向き合い直す。今回はネットの再録小説ではなく、新規書き下ろしだ。
少女小説雑誌にずっと投稿、公募を重ねていたものの、賞にはかすりもしなかった。一生懸命下調べをして、ファンタジーの雰囲気を醸し出しつつも、自分の好きなものをたくさん詰め込んだ小説だった。
書き終わっても感想ももらえず、賞にかすりもしないで、ただルリコのHDDに埋もれてしまう自作が哀れでならずに、個人サイトを開いて載せてみたものの、閲覧はアクセス解析を見る限りあるにも関わらず、感想自体はもらえなかった。
「感想が欲しいなあ」
そう思っていた矢先、作家倶楽部の存在を知ったのだ。創作専門小説投稿サイトだし、ここに置いておいたら誰かが読んでくれるだろう。そう思って置いておいたら。
少女小説を好きな人ってこんなに隠れていたのか、というくらいに感想をもらってしまったのだ。
あー、よかった。自分の小説面白くないのかと思っていたのに、こんなに読者になってくれる人がいたのか。よかった、安心した。
ルリコはおおむね満足して、相変わらず少女小説の公募に参加しつつ、時にはさかくら向けの小説を上げるようになった。
そんなある日。
いつものように大賞に落ちた小説を、予約投稿して一日一話読めるようにセットしようと思った矢先、【運営からメッセージが届いています】と赤い文字が出ていることに気が付いた。
さかくらの運営ルールに反するようなものなんて、書いた覚えがないんだけれど。首を捻ってルリコはそのメッセージを読んだら、目玉が飛び出てしまった。
【お世話になっております作家倶楽部運営です。
やまだはなはな様に出版社から書籍化打診の連絡がありましたのでお知らせにあがりました。】
え、どれのことだろう。なんだろう。
ネット小説の拾い上げ書籍化というのは、今時珍しくはない。でもそれがいざ自分のもとに舞い降りてきても、そう簡単には信じることなんてできなかった。
ルリコはそわそわしながら、そのメールの続きを読む。打診してきたのは、少女小説レーベルの最大手の編集部だ。
そんなところから書籍化だなんて。でもこれ、嘘とかはったりとか、そんなことは本当にないんだろうか。
ルリコはそこに書いてある編集部のメールアドレスを、念のためネット検索をかけてみた。
さすが最大手編集部であり、すぐに検索に引っかかった。念のためそこの住所も検索かけてみると、その編集部のある出版社の会社が一番上に検索に出る。
今日の日付はエイプリルフールからは程遠く、さかくらは出版社の広告で運営を維持している会社だから、書籍化打診してきた出版社の選定はちゃんとしているだろう。
そこまで結論付けて、ようやくルリコはガッツポーズを取った。
書籍化作家になったからと言って、それだけで食っていけるわけはない。だからルリコは普通に会社で事務員をやりつつ、書籍化作業に明け暮れていた。
可愛い表紙と装丁に頬を緩めつつ、それでエネルギーをもらって作業に明け暮れていたら、あっという間に書籍化だ。
それが売れてからは、今度は全然違うレーベルから打診があった。今度は書き下ろし小説の依頼だ。
ルリコは出勤前に小説を書き、昼間は仕事をしながら休憩時間中にスマホでプロットを立て、夜は編集部からの修正指示に目を通しつつ原稿に手を加えるという作業に明け暮れていた。
通帳に入った印税に目を細め、それを元手に新しい資料を買ったり、今まで高すぎて躊躇していた観劇や鑑賞に行って自分の芸術スキルを磨きはじめた。
なにをしても、なにを見ても、なにを食べても、資料になる。小説の糧になる。
それが面白くて楽しくて、ルリコはますます小説にのめりこんでいった中、一通のメッセージが来たことに気が付いた。
最近は編集部とのやり取りもさかくらのメッセージ機能を使わず、メールでやり取りをしていた。いったいなんだろうと思って目をとおしたら、【盗作】というメールがやってきたのだ。
「え、なにこれ怖い」
ルリコは意味がわからず、ひとまずメッセージを開いてみた。
【夜分遅く失礼します。
先日小説を見掛けたんですが、はなはな先生の作品そっくりでした。大変お手数ですが、これははなはな先生が書いたものでしょうか?】
貼られていたアドレスを見て、ルリコは目を点にする。そのサイトは噂は聞いているものの、興味がなくって全然中に入ったことにないピコアプのものだったのだ。
イラストサイトにちょっとだけ小説の投稿機能も備わっているサイト。ルリコにとっては好きな絵描きのイラストを眺めるサイトであり、そこで小説を投稿したり読んだりする趣味はなかった。
一応そのアドレスで飛んだページの小説に目を通し、思わず眉をひそませる。
前に長編を書く前に世界観紹介も兼ねて書いた短編小説の、キャラ名だけ書き換えた小説だったのだ。
その長編小説は今も連載が続いているし、よく今まで見つからなかったものだなあと、やらかした子を見て溜息をついた。ルリコはどう返事をしようかと考えながらメッセージを返す。
【はじめまして、私はピコアプの存在は存じておりますが、そこで閲覧したこともアカウントを取ったこともありません。ご報告ありがとうございます。】
そうは言っても。これ通報するボタンってどれなんだろうとルリコは思う。そもそもユーザー以外は通報することなんてできないんだろうか。ピコアプのサイトを見ている間に、またもメッセージ欄が点滅した。
【ありがとうございます。
それでは、きちんと粛清してきますから、お待ちくださいね!】
……なに、怖いことを言っているんだろう。
ルリコは喉がヒュンと鳴るのを聞いた。正直、小説をパクられて嫌な気分なのはたしかだ。資料集めるだけで一ヵ月、短編だけで一週間、長編だったら四年書いているが、その小説の文章を全部コピーした上で固有名詞を変更するのなんて、小説作成ソフトで一発でできてしまうのだから。
でも。小説を書いている人を攻撃することは、ルリコにはできなかった。だって、小説を書く産みの苦しみを知っているはずなのだから。
ルリコの願いは、見知らぬアカウントによって、無残に打ち砕かれる。
ルリコは実家の電話をしながらも、キーボードを叩いていた。
広げられたファイルは文字で埋まっている。そしてところどころ入れられている赤文字は、出版社から修正指示だ。
実家の電話がひと段落したのに「ふう……」と息を吐きながら、ルリコはファイルと向き合い直す。今回はネットの再録小説ではなく、新規書き下ろしだ。
少女小説雑誌にずっと投稿、公募を重ねていたものの、賞にはかすりもしなかった。一生懸命下調べをして、ファンタジーの雰囲気を醸し出しつつも、自分の好きなものをたくさん詰め込んだ小説だった。
書き終わっても感想ももらえず、賞にかすりもしないで、ただルリコのHDDに埋もれてしまう自作が哀れでならずに、個人サイトを開いて載せてみたものの、閲覧はアクセス解析を見る限りあるにも関わらず、感想自体はもらえなかった。
「感想が欲しいなあ」
そう思っていた矢先、作家倶楽部の存在を知ったのだ。創作専門小説投稿サイトだし、ここに置いておいたら誰かが読んでくれるだろう。そう思って置いておいたら。
少女小説を好きな人ってこんなに隠れていたのか、というくらいに感想をもらってしまったのだ。
あー、よかった。自分の小説面白くないのかと思っていたのに、こんなに読者になってくれる人がいたのか。よかった、安心した。
ルリコはおおむね満足して、相変わらず少女小説の公募に参加しつつ、時にはさかくら向けの小説を上げるようになった。
そんなある日。
いつものように大賞に落ちた小説を、予約投稿して一日一話読めるようにセットしようと思った矢先、【運営からメッセージが届いています】と赤い文字が出ていることに気が付いた。
さかくらの運営ルールに反するようなものなんて、書いた覚えがないんだけれど。首を捻ってルリコはそのメッセージを読んだら、目玉が飛び出てしまった。
【お世話になっております作家倶楽部運営です。
やまだはなはな様に出版社から書籍化打診の連絡がありましたのでお知らせにあがりました。】
え、どれのことだろう。なんだろう。
ネット小説の拾い上げ書籍化というのは、今時珍しくはない。でもそれがいざ自分のもとに舞い降りてきても、そう簡単には信じることなんてできなかった。
ルリコはそわそわしながら、そのメールの続きを読む。打診してきたのは、少女小説レーベルの最大手の編集部だ。
そんなところから書籍化だなんて。でもこれ、嘘とかはったりとか、そんなことは本当にないんだろうか。
ルリコはそこに書いてある編集部のメールアドレスを、念のためネット検索をかけてみた。
さすが最大手編集部であり、すぐに検索に引っかかった。念のためそこの住所も検索かけてみると、その編集部のある出版社の会社が一番上に検索に出る。
今日の日付はエイプリルフールからは程遠く、さかくらは出版社の広告で運営を維持している会社だから、書籍化打診してきた出版社の選定はちゃんとしているだろう。
そこまで結論付けて、ようやくルリコはガッツポーズを取った。
書籍化作家になったからと言って、それだけで食っていけるわけはない。だからルリコは普通に会社で事務員をやりつつ、書籍化作業に明け暮れていた。
可愛い表紙と装丁に頬を緩めつつ、それでエネルギーをもらって作業に明け暮れていたら、あっという間に書籍化だ。
それが売れてからは、今度は全然違うレーベルから打診があった。今度は書き下ろし小説の依頼だ。
ルリコは出勤前に小説を書き、昼間は仕事をしながら休憩時間中にスマホでプロットを立て、夜は編集部からの修正指示に目を通しつつ原稿に手を加えるという作業に明け暮れていた。
通帳に入った印税に目を細め、それを元手に新しい資料を買ったり、今まで高すぎて躊躇していた観劇や鑑賞に行って自分の芸術スキルを磨きはじめた。
なにをしても、なにを見ても、なにを食べても、資料になる。小説の糧になる。
それが面白くて楽しくて、ルリコはますます小説にのめりこんでいった中、一通のメッセージが来たことに気が付いた。
最近は編集部とのやり取りもさかくらのメッセージ機能を使わず、メールでやり取りをしていた。いったいなんだろうと思って目をとおしたら、【盗作】というメールがやってきたのだ。
「え、なにこれ怖い」
ルリコは意味がわからず、ひとまずメッセージを開いてみた。
【夜分遅く失礼します。
先日小説を見掛けたんですが、はなはな先生の作品そっくりでした。大変お手数ですが、これははなはな先生が書いたものでしょうか?】
貼られていたアドレスを見て、ルリコは目を点にする。そのサイトは噂は聞いているものの、興味がなくって全然中に入ったことにないピコアプのものだったのだ。
イラストサイトにちょっとだけ小説の投稿機能も備わっているサイト。ルリコにとっては好きな絵描きのイラストを眺めるサイトであり、そこで小説を投稿したり読んだりする趣味はなかった。
一応そのアドレスで飛んだページの小説に目を通し、思わず眉をひそませる。
前に長編を書く前に世界観紹介も兼ねて書いた短編小説の、キャラ名だけ書き換えた小説だったのだ。
その長編小説は今も連載が続いているし、よく今まで見つからなかったものだなあと、やらかした子を見て溜息をついた。ルリコはどう返事をしようかと考えながらメッセージを返す。
【はじめまして、私はピコアプの存在は存じておりますが、そこで閲覧したこともアカウントを取ったこともありません。ご報告ありがとうございます。】
そうは言っても。これ通報するボタンってどれなんだろうとルリコは思う。そもそもユーザー以外は通報することなんてできないんだろうか。ピコアプのサイトを見ている間に、またもメッセージ欄が点滅した。
【ありがとうございます。
それでは、きちんと粛清してきますから、お待ちくださいね!】
……なに、怖いことを言っているんだろう。
ルリコは喉がヒュンと鳴るのを聞いた。正直、小説をパクられて嫌な気分なのはたしかだ。資料集めるだけで一ヵ月、短編だけで一週間、長編だったら四年書いているが、その小説の文章を全部コピーした上で固有名詞を変更するのなんて、小説作成ソフトで一発でできてしまうのだから。
でも。小説を書いている人を攻撃することは、ルリコにはできなかった。だって、小説を書く産みの苦しみを知っているはずなのだから。
ルリコの願いは、見知らぬアカウントによって、無残に打ち砕かれる。