「あれ、この小説って……」
「どうしたの?」
「うん。読んだことあるんだけれど、書いている人が違うんだ」
「ただのネタ被りではなくって?」

 暇なときは小説投稿サイトの小説を読んでいる姉妹、メグとマキ。ときどき互いのおすすめの小説を読みあいつつ、それぞれの小説投稿サイトのことについて語り合うのが、休みの日の過ごし方だった。
 最近はどの小説投稿サイトでも人気ランキングが導入されていて、上位にならないと読んでもらえないからと、その小説投稿サイト特有のテンプレート小説ばかりがランキングの上位に並ぶというのが、いち読者としては悩みの種だった。
 たとえば普段読書に使っているピコアプ。元々はアニメやマンガのファンイラストサイトだったことが原因で、アニメやマンガのファン小説……いわゆる二次創作以外はあまり読むことができない。ランキング上位は今期にやっている人気アニメの二次創作ばかりが並んでいる。人気アニメの二次創作が一番「読んでもらえる」からだ。
 ピコアプ内ではそこまで人気の出ないアニメや完全オリジナルの創作小説が読みたかったら、タグを駆使して読みたいものを探すしかない。今期のマイナーアニメのタグの小説を読んでいるときに、マキは妙なものを見つけたらしい。
 ランキングの一位や二位になった作品からは、ランキングを見ている人やランキングに載りたい人が真似して似たような作品をつくりやすい。たとえば「普通に平和に過ごしていたところ、可愛くってずる賢い女の子にはめられて皆から一斉に非難を浴びてしまう。自分はなにも悪いことをしていないのにと無実を晴らす話」というのはテンプレートになってしまっていて、さまざまな作品でそのテンプレートの派生を読むことができる。
 だから、似たような小説を見つけても、ちょっとやそっとじゃ「パクリ」とは言えない現状があるのだ。
 メグの指摘に、マキはタブレットでネットブラウザを二窓に展開した上で、「はい」と見せた。

「これ、ただのネタ被りで大丈夫なのかな?」
「どれどれ……」

 それぞれの小説を読み比べて、メグは目が点になった。
 片方は今期のマイナーアニメで、学園異能バトルというジャンルで、特に目新しさはないものの、男女バディの友情とときどきラブコメ、ラッキースケベ、それらをただの深夜アニメで終わらせない熱い熱血バトルで、原作のライトノベルのファンも唸らせる作品だ。残念ながらキー局でアニメ化されていない上にネット配信も限られてしまっているため、マイナーアニメ枠になってしまったが、原作の売り上げは本屋を大いに賑わせて、コミカライズの売り上げだって様々なネットサイトで上位を取得する程度の人気作だ。
 そしてもう片方。こちらは週刊少年マンガでアニメ化秒読みとも噂はあるが、まだ正式な告知は出ていない。こちらは打って変わってスポーツものだ。インターハイ制覇を目指す弱小テニス部の汗と涙とレギュラー争い……。少年少女のぶつかり合いは鬼気迫るものがあり、練習描写や試合描写も正確。なによりもスポーツに情熱をかける少年少女のキャラのアクの強さは凄まじく、その強過ぎる個性は公式でSFパロやらファンタジーパロをやらかすことで、より一層濃いキャラを確立している。
 一見するとまったく接点がない作品で、ネタ被りなんてしようもないように思えるが。


「あ、あのね……タクト、言っていいかな?」
 アヤセが隣に座った。ベッドがキチリと軋む。顔が近い。吐息が頬にかかる。
「な、なんだよ……言いたいことがあるんだったら、さっさと言えよ……」
 鎮まれ、鎮まれ俺の心臓……それでも心臓の鼓動の音は、やけに大きく響いて聞こえた。
「今日、帰りたくないんだ……今日だけでいい。一緒に寝てくれないかな?」』


「あ、あのね……裕也、言っていい?」
 薫が隣に座った。ベッドがキチリと軋む。顔が近い。吐息が頬にかかる。
「な、なんだ……言いたいことがあるんだったら、さっさと言え……」
 鎮まれ、鎮まれ俺の心臓……それでも心臓の鼓動の音は、やけに大きく響いて聞こえた。
「今日、帰りたくないんだ……今日だけでいい。一緒に寝てくれない?」』

 前者は学園異能バトルの主役バディーを題材にしたラブコメ。
 後者は主役校の男子テニス部の主将と女子テニス部の主将を題材にしたラブコメだ。
 ハプニングがあって怖くてひとりで家に帰れないから泊めて、とシチュエーションも一緒。キャラクターのセリフもほとんど一緒。朝チュンという寸止め描写まで一緒。
 はっきり言って、小説を全部コピーした上で、名前を変えて細部を調整したようにしか見えない。
 たまに会心の出来の小説をそのまま腐らせるのがもったいなく、新作アニメが来るたびに小説の登場人物を変え、細部を調整して同じ小説を投稿する作者もいるが、それぞれの作品のアカウントがちがう。

「……同一人物が、別のアカウントで小説あげているっていうのはなし?」
「そう信じたかったんだけど、これ見て」

 メグはそう言いながらタッチパネルを動かした。
 どうもテニスマンガの二次創作者は、最近はリアル都合が大変らしく、このアカウントは二年ほど新作が上がっていない。どれもこれもスポコンジャンルでラブコメを展開しているようだ。
 一方、学園異能バトルの二次創作者はというと。
 この前に書いていたのは、男子高校生が留学生と交流するシュールな日常ものアニメ。このシュールさが受けて、日常ものアニメとは思えないくらい社会現象になり、ワイドショーにまで取り上げられていた。
 その前に書いていたのはロボットアニメ。十年以上シリーズ展開されている作品であり、シリーズの中でどの作品が好きかによって好みがわかるとまで言われている。その年の作品はラブコメ展開がやたらと強調された話で、「女性向け」「女に媚び売り過ぎ」と揶揄されて男性ファンからは不評だったものの、女性ファンからは圧倒的な支持を受けていた。
 世の中には流行りものに弱く、そのアニメが放送中にはSNSで騒ぎ、ファンアートやら二次創作やらを公開するものの、放送終了したと同時に離れるファン層が存在する。その手の人々は「イナゴ」と陰口を叩かれているが、こうも露骨だと笑いだって出てくるが。問題はその作品。


 ミシェル「じゃあ、ずんだもちってそんなに有名な食べ物じゃナインダネ?」

 優斗「イエスイエス」

 埋「ウィームーシュ」

 ミシェル「笑」』

 ……セリフオンリーな箇条書きな上、ときどき書かれている箇条書きではない小説も、昔のケータイ小説みたいに改行しすぎて読みづらい。
 はっきり言って、あの朝チュン小説を書いたアカウントと中の人が同一とは信じたくなかった。
 マキは思わず寄った眉間を揉みこみつつ、メグを見た。メグもまた眉間にくっきりと皺を寄せていることからして、自分自身も同じ顔をしているのだろうと思う。

「通報したほうがよさげだね。このパクられた作者さんなにも悪いことしてないから、直接そのパクった作者を糾弾するよりも、運営サイトに直接言ったほうがいい。とりあえずどっちの作品もアドレス貼ったうえで送ろう」
「うん……やっぱりそれしかないよね」

 ひとまず運営のメールフォームを探し出して、そこに二作品のアドレスを貼り付け「こちらは時期から考えて盗作の疑いがあるので報告します」と文章を添えて送った。
 運営からすぐにメール返信があった。

【ピコアプ運営部です。
 今回は盗作の報告ありがとうございます。該当の作品は削除いたしましたので確認お願いします。
 今後そのようなことがないよう監視は続けますが、また盗作を発見した場合は連絡お願いします。】

 そのメールを確認してから、あの限りなく黒に近いグレーの作品のアドレスを見てみた。

【該当作品は、運営により削除されました】

 それにメグとマキはほっとした。ただでさえピコアプ内ではマイナーな作品なのだから、ひとり盗作が出たということでそのジャンルには盗作犯しかいないというレッテルを貼られたくなかった。
 よかった。本当によかった。
 ふたりは心からそう思っていたのだが、話はそこで終わらなかったのである。
 メグとマキは今日もふたりで、異能学園バトルのアニメの展開を熱く話していた。原作でも人気な学園タッグバトルの回であり、小説でも臨場感たっぷりで描かれていたそのシーンが、アニメで、動き回って、そして声優の巧みな演技で再現されて、興奮が醒めないでいた。

「ほんっとう、よかったよね。今回のシーン! いやあ、最近は女の子同士、男の子同士の戦いは見事だけど、男女バトルだったら加減入っちゃうのも多いのに、ここのスタッフは原作本当に読み込んでやってくれたよね!」
「本当、頭脳バトル展開のあのシーン、アニメでどうするんだろうと思ったけど……むっちゃわかりやすかったし、迫力あった!」

 知る人ぞ知るアニメだけれど、ネット民にも大好評だった今回の話。ピコアプでこそ人気は出ないものの、今回の話を見たら一作くらいはこれで作品を書いてくれている人はいないだろうか。
 そう思って探しはじめた。
 ぽつぽつとファン小説は上げられるようになり、どれもこれも熱い作品で嬉しくて、「いいね」ボタンを押しまくりながら次の作品を読んでいたんだが。

「……あれ?」

 ある一作にタップを続けていた手が止まり、メグの目が点になる。
 その作品は、明らかにこの間運営に頼んで削除依頼を出した小説だったのだ。

「どうしたの、お姉ちゃん」
「いやあ、この間削除依頼出した小説が、また上げられているんだよ……」
「あの人まだ懲りてなかったんだねえ……ちょっと待って」

 マキは顔をしかめつつも、タッチパネルでなにやら検索をはじめた。そして次の瞬間「なにこれ!」と叫んだ。

「どうしたの?」
「この人! この作品以外にも盗作してた!」
「まだそんなことしてたんだ……今度は誰の?」
「いや、それがさあ」

 ひとつはピコアプの作品ページ。そこには自分が前読んだ小説とは違う小説があげられている。
 そしてもうひとつ。
 それはピコアプではなく、別の小説投稿サイトだった。
 作家倶楽部、略してさかくらの作品ページだ。
 ここは元々は個人サイトだったものが企業化したサイトで、創作以外の作品公開を許してはいないサイトである。そしてもうひとつの特徴は、ここから書籍化される作品が多いということだ。「さかくら発!」というのは一種のブランドであり、中には書店員が決めるアンケートで一位になった作品やら映画化した作品、アニメ化した作品まで存在するので、どうにかここで書籍化を決めようとして、ここで切磋琢磨している書き手が多い。
 そして上げられている小説だが……。

『ポーンポーンポーンポーン……。
 ありえない鐘の音が鳴った。
 今は深夜だ、こんな時間に鐘が鳴るわけがない。でも時計台からは大きな音が学園いっぱいにこだましている。
 そして。時計盤。12の数字が急にくるりと引っくり返ると、そこからは13の数字が表れた。

「13時だ! いったい、奴はどこから現れる!?」

 そう大声を荒げて辺りを見回す。予告通り13時になったのだから、怪盗アーヤが表れるはずだ。警戒してタクト警部が辺りをうかがっている中、その神出鬼没な怪盗は、まるで警察を嘲笑うかのように、ひょんな場所から姿を現したのだ。
 彼女は時計塔の、時計の針の上に姿を現したのだ。』

『ポーンポーンポーンポーン……。
 ありえない鐘の音が鳴った。
 今は深夜だ、こんな時間に鐘が鳴るわけがない。でも時計台からは大きな音が学園いっぱいにこだましている。
 そして。時計盤。12の数字が急にくるりと引っくり返ると、そこからは13の数字が表れた。

「13時だ! いったい、奴はどこから現れる!?」

 そう大声を荒げて辺りを見回す。予告通り13時になったのだから、怪盗オディールが表れるはずだ。警戒して桐山が辺りをうかがっている中、その神出鬼没な怪盗は、まるで自警団を嘲笑うかのように、ひょんな場所から姿を現したのだ。
 彼女は時計塔の、時計の針の上に姿を現したのだ。』

 メグは頭痛が痛いってこのことをいうのか、と思わず額に手を当てた。
 前者は「ファンタジーパロです!」という触れ込みで、魔法あり幽霊あり恋ありなんでもありの学園パロと称して発表していた。頭が痛い。そもそも異能学園バトルものでファンタジーパロをするんだったら、既に手垢がつきすぎて一種のジャンルとなっているJRPGでも模倣すればよかったんだ。
 後者はさかくらに四年以上前に投稿された話で、魔法あり幽霊あり恋ありなんでもありありな全寮制学園を舞台にした、怪盗ファンタジーだった。モチーフにしているのはバレエだろう。ところどころにバレエの話を下敷きにした90年代の少女小説のような展開が繰り広げられている。
 ……そしてさらに、メグはその作者に見覚えがあった。

「……この人、盗作するにしても、せめて相手を選べばいいのに」
「え、お姉ちゃんどういうこと?」
「この人さあ」

 メグはマキからタッチパネルを借りると、さっさと彼女の自己紹介ページを開いた。

『やまだはなはな

 少女小説を中心に執筆しています!

 第8回乙女ちっくグランプリ優秀賞
「私の書いた乙女ゲームはなにかがおかしい」発売中です』

 彼女は昨今でいうところの乙女小説メインで執筆活動をしていて、乙女ゲームをモチーフにした小説一冊のほか、書き下ろしで乙女小説、ライト文芸などを出している。
 ネット小説の書籍化だけだったら、書籍化作家にくくられるだけだが、書き下ろして何冊も出している以上、それはもう作家カウントであろう。
 元々さかくらでは作者ページからだと最新作十作までしか表示されていないから、四年前に書かれた問題の学園ファンタジーも当然表示されていない。表示されてないからばれないとでも思ったんじゃないだろうか。
 マキはまたも眉間に皺を寄せた。

「……この人、どうして懲りてくれないんだろう」
「これは書籍化されてなかったから即バレはなかったけれど。いくらなんでも文章をまるまるコピペして名前だけ変換なんてありえない。どうしてばれないって思ったんだろう」

 勘違いされがちだが、著作権っていうのはネット小説にも存在する。公開した時点で発生するし、それはプロアマ問わない。
 ちなみにアイディアの場合は著作権にならない。だからわかりやすいシンデレラのオマージュのような話はどの時代にも存在するし、似たような話であっても文章さえ違えばパクリにはならない。
 文章の八割、内容が酷似している場合、それは大いに問題になる。
 ふたりは顔を見合わせた。

「……盗作だし、これも運営に通報しようか」
「そうだね。どうしてまた同じ作品を上げたのか知らないけど、再掲していたのも通報しておこう」

 この間したのと同じ手順で運営にメッセージを書き、「これは特によそのサイトの作品の盗作ですので、厳重注意をお願いします」と書き足したうえで送った。
 数分後、運営からの【該当の作品を削除しました】のお知らせをもらい、溜飲が下がった。
 でもそこでメグも疑問に思う。
 普通の神経であったら、人の小説をわざわざ盗作してまで小説をあげないと思う。テストでカンニングなんてしてもし見つかったら、最低でもそのテストは0点扱いされるはずだし、進学にだって関わる。いくらピコアプでマイナーとは言っても、他のサイトであったらいくらでもファンアートも二次創作小説も見つかる話なのに、そこまでして上げたいものなんだろうか。
 疑問に思ったメグは、盗作した人のピコアプの自己紹介ページを見た。

『アニメもマンガもゲームもだーい好きです♪
 絡んでくれる人大募集♪♪♪

 SNS垢↓』

 SNSのアカウントをご丁寧に載せていたものだから、メグはなんとはなしにその作者のSNSのリンクを踏んでそれを読み……頭痛はさらに激しくなった。

【〇〇:はあ~、タクアヤ最高~、書いたから読んで読んでー つ【https://〇〇……】】

【〇〇:みもちゃんに頼まれて書いたタクアヤ小説です☆ 感想くれたら嬉しいなあ~ つ【https://〇〇……】】

【△△:タクアヤ読みたいー、どうしてこんなに少ないのかなあ、公式じゃん】
【〇〇:>>△△:そんなあなたにつ【https://〇〇……】】
【△△:>>〇〇:うお、タクアヤー!!まじありがとう!!】

【〇〇:タクアヤはさっさと結婚すればいいんだよ。バディなんだし、夫婦じゃん】





 メグは黙ってその作者のSNSをブロックし、ミュート機能に【タクアヤ】と登録しておいた。
 そしてピコアプについているミュート機能にも、黙って【タクアヤ】と登録する。

「……お姉ちゃん?」
「うん。この作者、盗作したことなにひとつ反省してないし、はっきり言って同じ作品好きな人だとは思いたくない。もう原作で絶対に付き合うってわかってるカップルだから、原作以外信じない」
「え、なにそれ」
「見てもいいけど、気分悪くなっても知らないよ?」

 正直、「この人盗作犯です」とSNSに触れ回りたい衝動でいっぱいになったのは事実だ。だが、ただでさえピコアプでは本当に小さなジャンルなのだ。ただでさえ狭いジャンルで暴れまわったら、下手したらジャンルそのものに迷惑をかける恐れがある。
 そもそも、盗作された作者たちは、盗作された事実にすら気付いていないのだ。小説を書いている人間はデリケートで、悪口ひとつ書かれただけで筆を折ってしまう人だっている。盗作された人たちの作品自体はいいものだったのだから、その人たちにうっかり火の粉が被るような真似はしたくなかった。
 自分は見て見ぬふりをするし、このカップリングにはもう関わらない。原作さえあればいい。
 気分を変えるように、メグはマキに声をかけた。

「さっきの話、もう一度見ようか。あれは燃えたね」

 それにあいまいにマキも頷いた。

 実際、このふたりは本当にいいタイミングでこのジャンルから離れたのがよかった。
 これから起こる騒動に対して、このふたりは全く知らない間にはじまるし、終わる。もしこのジャンルをずっと追いかけていたら、そのニュースで胃を痛めていたのだから、純粋なファンのままではいられなかっただろうから。
「ああ、読んでくれたんだ……うん、ありがとうありがとう。彼氏? そんなん出会いないよ……や、め、て。私の都合も考えて。仕事忙しいだから。切るよ」

 ルリコは実家の電話をしながらも、キーボードを叩いていた。
 広げられたファイルは文字で埋まっている。そしてところどころ入れられている赤文字は、出版社から修正指示だ。
 実家の電話がひと段落したのに「ふう……」と息を吐きながら、ルリコはファイルと向き合い直す。今回はネットの再録小説ではなく、新規書き下ろしだ。

 少女小説雑誌にずっと投稿、公募を重ねていたものの、賞にはかすりもしなかった。一生懸命下調べをして、ファンタジーの雰囲気を醸し出しつつも、自分の好きなものをたくさん詰め込んだ小説だった。
 書き終わっても感想ももらえず、賞にかすりもしないで、ただルリコのHDDに埋もれてしまう自作が哀れでならずに、個人サイトを開いて載せてみたものの、閲覧はアクセス解析を見る限りあるにも関わらず、感想自体はもらえなかった。

「感想が欲しいなあ」

 そう思っていた矢先、作家倶楽部の存在を知ったのだ。創作専門小説投稿サイトだし、ここに置いておいたら誰かが読んでくれるだろう。そう思って置いておいたら。
 少女小説を好きな人ってこんなに隠れていたのか、というくらいに感想をもらってしまったのだ。
 あー、よかった。自分の小説面白くないのかと思っていたのに、こんなに読者になってくれる人がいたのか。よかった、安心した。
 ルリコはおおむね満足して、相変わらず少女小説の公募に参加しつつ、時にはさかくら向けの小説を上げるようになった。
 そんなある日。
 いつものように大賞に落ちた小説を、予約投稿して一日一話読めるようにセットしようと思った矢先、【運営からメッセージが届いています】と赤い文字が出ていることに気が付いた。
 さかくらの運営ルールに反するようなものなんて、書いた覚えがないんだけれど。首を捻ってルリコはそのメッセージを読んだら、目玉が飛び出てしまった。

【お世話になっております作家倶楽部運営です。
 やまだはなはな様に出版社から書籍化打診の連絡がありましたのでお知らせにあがりました。】

 え、どれのことだろう。なんだろう。
 ネット小説の拾い上げ書籍化というのは、今時珍しくはない。でもそれがいざ自分のもとに舞い降りてきても、そう簡単には信じることなんてできなかった。
 ルリコはそわそわしながら、そのメールの続きを読む。打診してきたのは、少女小説レーベルの最大手の編集部だ。
 そんなところから書籍化だなんて。でもこれ、嘘とかはったりとか、そんなことは本当にないんだろうか。
 ルリコはそこに書いてある編集部のメールアドレスを、念のためネット検索をかけてみた。
 さすが最大手編集部であり、すぐに検索に引っかかった。念のためそこの住所も検索かけてみると、その編集部のある出版社の会社が一番上に検索に出る。
 今日の日付はエイプリルフールからは程遠く、さかくらは出版社の広告で運営を維持している会社だから、書籍化打診してきた出版社の選定はちゃんとしているだろう。
 そこまで結論付けて、ようやくルリコはガッツポーズを取った。
 書籍化作家になったからと言って、それだけで食っていけるわけはない。だからルリコは普通に会社で事務員をやりつつ、書籍化作業に明け暮れていた。
 可愛い表紙と装丁に頬を緩めつつ、それでエネルギーをもらって作業に明け暮れていたら、あっという間に書籍化だ。
 それが売れてからは、今度は全然違うレーベルから打診があった。今度は書き下ろし小説の依頼だ。
 ルリコは出勤前に小説を書き、昼間は仕事をしながら休憩時間中にスマホでプロットを立て、夜は編集部からの修正指示に目を通しつつ原稿に手を加えるという作業に明け暮れていた。
 通帳に入った印税に目を細め、それを元手に新しい資料を買ったり、今まで高すぎて躊躇していた観劇や鑑賞に行って自分の芸術スキルを磨きはじめた。
 なにをしても、なにを見ても、なにを食べても、資料になる。小説の糧になる。
 それが面白くて楽しくて、ルリコはますます小説にのめりこんでいった中、一通のメッセージが来たことに気が付いた。
 最近は編集部とのやり取りもさかくらのメッセージ機能を使わず、メールでやり取りをしていた。いったいなんだろうと思って目をとおしたら、【盗作】というメールがやってきたのだ。

「え、なにこれ怖い」

 ルリコは意味がわからず、ひとまずメッセージを開いてみた。

【夜分遅く失礼します。
 先日小説を見掛けたんですが、はなはな先生の作品そっくりでした。大変お手数ですが、これははなはな先生が書いたものでしょうか?】

 貼られていたアドレスを見て、ルリコは目を点にする。そのサイトは噂は聞いているものの、興味がなくって全然中に入ったことにないピコアプのものだったのだ。
 イラストサイトにちょっとだけ小説の投稿機能も備わっているサイト。ルリコにとっては好きな絵描きのイラストを眺めるサイトであり、そこで小説を投稿したり読んだりする趣味はなかった。
 一応そのアドレスで飛んだページの小説に目を通し、思わず眉をひそませる。
 前に長編を書く前に世界観紹介も兼ねて書いた短編小説の、キャラ名だけ書き換えた小説だったのだ。
 その長編小説は今も連載が続いているし、よく今まで見つからなかったものだなあと、やらかした子を見て溜息をついた。ルリコはどう返事をしようかと考えながらメッセージを返す。

【はじめまして、私はピコアプの存在は存じておりますが、そこで閲覧したこともアカウントを取ったこともありません。ご報告ありがとうございます。】

 そうは言っても。これ通報するボタンってどれなんだろうとルリコは思う。そもそもユーザー以外は通報することなんてできないんだろうか。ピコアプのサイトを見ている間に、またもメッセージ欄が点滅した。

【ありがとうございます。
 それでは、きちんと粛清してきますから、お待ちくださいね!】

 ……なに、怖いことを言っているんだろう。
 ルリコは喉がヒュンと鳴るのを聞いた。正直、小説をパクられて嫌な気分なのはたしかだ。資料集めるだけで一ヵ月、短編だけで一週間、長編だったら四年書いているが、その小説の文章を全部コピーした上で固有名詞を変更するのなんて、小説作成ソフトで一発でできてしまうのだから。
 でも。小説を書いている人を攻撃することは、ルリコにはできなかった。だって、小説を書く産みの苦しみを知っているはずなのだから。
 ルリコの願いは、見知らぬアカウントによって、無残に打ち砕かれる。
「……なにこれ」

 ルリコは思わず口元を引きつらせる。
 あの物騒なアカウントは、ご丁寧にいち盗作者の検証wikiをつくっていたのだ。
 あのアカウントは、自分のページでルリコ(この場合はやまだはなはなか)の盗作の疑いのある人を軒並み有志を募って吊るし上げにしている。
 あのピコアプで盗作された小説みたいなモロパクリだったら酌量の余地もないんだが、イギリス風の巨大学園が舞台の少女漫画のお約束を詰め込んだ小説は軒並みターゲットにされているようだった。それはルリコの出身少女小説がそういう風習だったので、あそこで育った書き手は自然とそうなる作風のはずだ。もしそれがルリコの盗作になるんだったら、その少女小説読んで育った作家は全員ルリコの盗作になってしまう。そんな馬鹿な。むしろルリコにとっては尊敬すべき人たちだ。
 いくらなんでも、作者の意図を無視しちゃいないだろうか。
 おまけに。ルリコの元にぽんぽんとメッセージが来ていた。
 例のアカウントに攻撃された人たちからだ。

【誤解です。私は好きな小説を書いていただけではなはなさんの作品を盗作した覚えはありません。本当に信じてください。】

【私は単純に少女小説を書いていただけなのに、どうして吊るし上げに合わないといけないんですか。あなたのファンだったら、あなたがなんとかしてください】

【自分のファンを使って作家を攻撃して、恥ずかしいとは思わないんですか】





「……こんなん、どうしろと」

 もはやこれはファン活動の域なんて超えている。狂信者と呼ばれる類のそれだ。
 頭が痛くなるのを感じながら、あの物騒なアカウントの活動ブログを読みあげた。

【やまだはなはな先生のパクリとパクリ内容を見つけたら、ここにどんどん書き込んでください。軒並み粛清対象にします。】

【やまだはなはな先生をパクってのうのうとさかくらで活動しようなんていい度胸ですよね。運営に言ってもなかなかアカウントを消してくれないので、裏技つかって消えてもらいました。】

【本当にやまだはなはな先生に逆らおうなんてどんな神経しているんでしょうね。】

【残念でした☆ 私は悪いことなーにもしてないので、アカウント削除はできませんよ。私を運営に通報した皆さんお疲れ様です。】

 ルリコはこの内容を見て、ますます眉をひそめた。
 こんなん放置していたら、「やまだはなはなはファンを使って作家潰しをやっている」なんて汚名を着せられてしまう。そもそも自分は一度もそんなこと頼んだ覚えもないというのに。なに好き勝手言っているんだ。
 ルリコは物騒なアカウントから一旦離れて、しばらく考えていると、今度はメールがやってきた。今付き合っている出版社からだ。

【やまだはなはな様
 お世話になっております、タニシです。
 プロットが無事通過しましたので、打ち合わせをしたいと思いますが、やまださんの大丈夫なスケジュールを教えてください。前に行った喫茶店で大丈夫でしょうか?】

 そのメールを見て、ルリコは思わずぽろっと涙を零すと、そのままガタガタとメールを打った。

【タニシ様
 お世話になっております、やまだです。
 スケジュールですが、仕事上がりが5時半以降ですので、それ以降の時間でしたら何曜日でも問題ありません。
 また、少々問題が発生しているんですが、相談に乗っていただけないでしょうか?】

 ルリコはがたがたと一連の出来事をアドレスやスクリーンショットを添えて、担当に送った。
 長々と書いたメールを送ってから、ちょっとだけ正気に戻ったルリコは、思わず天井を見る。
 あんなメールを見たら、普通はどん引いてもう仕事をくれなくなるんじゃないだろうか。せっかくプロット通ったって言ってくれたのに。
 そうモダモダしていたら、メールが返ってきた。思わずメールをかたかたと読む。

【やまだはなはな様
 今回は本当にご心労で大変でしたね。心中お察しします。
 でもよかったこともあります。
 まず、どのメッセージにもやまださんは本当のことしか書かず、感情論でメッセージを返さなかったこと、問題のアカウントに攻撃をしなかったこと。これらは英断だったと思います。
 また、その問題のアカウントですが、やまださんの名前を騙って誹謗中傷を行っている。そこが問題だと思います。
 今は運営は動いていないと書かれていますが、恐らくこれは運営に連絡してほしくないから対策として書いたのでしょう。
 やまださんが「自分はそんなことを言った覚えはない」と一連のことのスクリーンショットを持って運営に連絡した場合は、ちゃんと削除されると思います。
 同じように、自分の名前を騙って誹謗中傷しているという旨をWIKIの運営会社に連絡すれば、そのWIKIも削除されるかと思います。
 このことはうちの編集長にも伝えておきます。あまりにひどい場合は、うちの弁護士も動かしますから。

 最後になりますが、ネットで小説を掲載されていると、ときおり作者や作品を「コンテンツ」としてしか見ない人もいます。
 やまだ先生をただのコンテンツ扱いしている人のことは、相手にしないほうがいいですよ。
 共に頑張りましょう。】

 その言葉に、ルリコは突っ伏して泣いた。
 正直、今回の一件は、なにかひと言ふた言書いたほうがいいんじゃないだろうか。さかくらにはブログ機能も備わっているのだから、声明を出そうと思えば出せる。頭ではわかっているものの。
 怖くて書きたくないのだ。
 なにも悪いことなんてしてないのに、つるし上げられようとしている現状にも納得がいっていないし、訳のわからない人の暴走のせいで、被害者が増えていっている。
 終わりにしないと。震えそうになる自分を励ましながら、ルリコはタニシの言った手順どおりに、ことを進めはじめた……。
 さんざん悩んだ結果、あまりにも粘着質なアカウントが増えたことと、謂れのない誹謗中傷に疲れ果てた結果、ルリコはさかくらのアカウントを削除するしかできなかった。
 たくさん感想ももらったし、なかには一連の出来事がルリコの本意ではないとわかって励ましてくれた人だっていたが、中には「こんなことにかまっている暇があったら続きを書いてください」という声もあり、それに同調する流れもあったのが、削除の決め手となった。
 ここで初めて自分の小説に自信を深め、書籍化を決め、今の出版社のお世話になることができたというのに。
 悔しくて悔しくてたまらないと、ルリコは打ち合わせに行った際にタニシにこぼした。
 打ち合わせしながら、タニシはルリコの話を聞きつつ、全部聞き届けてから、ようやく声をかけてくれた。

「……でも、やまだ先生はこれでよかったと自分は思いますよ?」
「……それって、アカウント消したこと、でしょうか?」
「ええ。たしかに、今は小説投稿サイトで小説を探し、それを見つけて書籍化するという流れが存在しますが、同時に声の大きな人が勝つ、というおかしな流れも存在していますから。……前にも言いましたよね。はっきり言って、ネットで『いい』と言われた作品が、必ずしも本の売り上げには繋がらないと」
「……言っていましたね」
「声が大きいからと言って、その本が欲しい人に必ず届くわけではないんです。やまだ先生の作風は少女小説で、少女小説が好きな人はさかくらのユーザーの一割も満たしていませんから」

 少女小説メインの小説投稿サイトは、現状では存在しない。そういうサイトをつくろうとしている動きはあるらしいが、まだ実現はされていない。
 それはそれで、「出版社は売り出したい作家を売るためにそんな大がかりなことをするんだろう」と言い出す人間がいて、根拠がないとはねれば「火のないところに煙は立たない」と騒ぎ出す。
 結局のところは、出版社に最低限宣伝してもらったあと、少しずつ読んでほしい人に勧めていく以外にないのだ。

「私、ネットで小説を書くの、怖くなってきましたよ。あんなに好きでしたのに」
「そうですねえ……でも、やまだ先生の小説をもっと読みたいという方がいることだけは、絶対に忘れないでくださいね」
「え……?」

 タニシが取り出した封筒に、ルリコは驚いて目を落とす。大きな封筒の中には、カラフルな封筒が次々と飛び出てきた。

「前回の話がよかったんでしょうね。前回の作品の感想がこんなに届いたんですよ。待っている人が、こんなにいるんです」
「すごい……こんなに、ですか?」
「はい」

 ファンレターなんてものは、てっきり都市伝説だとばかり思っていたが、まさかこんなに届くなんてルリコは夢にも思っていなかった。
「読んでいいですか?」と聞いたら頷いてくれるので、急いで封筒を一枚一枚開ける。
 綺麗な手書きのイラストを描いてくれる人もいれば、達筆過ぎて読めない人、すごい癖字ながらも「面白かったです」と短い文をくれる人……。
 メールは打てば顔も見せずに投稿できるが、ファンレターはレターセットを買って、切手を買って、郵便ポストを探さないと送れない。こんなに手間暇かけてファンコールをくれる人たちは本当にいたのかと、思わずルリコは背中を丸めた。
 ファンレターが濡れてしまわないようにかばいながら。

「……タニシさん、私、小説書きます。次の作品も頑張ります」
「ええ。頑張りましょう」

 もうネットには上げられることはなくても、小説を頑張って続けよう。
 そう思うには十分だった。
「どうしてうちだったらやってないんだろうねえ」
「本当にそうだねえ……」

 アニメは比較的映る地方のはずだが、キー局以外のアニメにはとことん弱い。
 追っかけていたライトノベルの『學園英雄録(がくえんえいゆうろく)』がアニメ化したにも関わらず、見ることができないでいた。
 男子向けラノベレーベル発な上、男女バディというのが引っかかってか、女子受けはあまりよろしくない。オタク女子は「男同士の絆に女は不要。女が男の友情をダメにする」と頑なに信じる傾向があるからだ。一方、男女の絆をカップルに見立てて喜ぶ層というものが存在し、その手のファンからは受けていた。
 ワカナとミナモはどちらかというと男女カップルに萌えを見出すタイプのオタクだったため、『學園英雄録』を図書館に入荷希望の紙を入れに行ったり、友達に小説の布教を行ったりしていたが、いまいち反応が乏しい。

「別に嫌いじゃないけれど、『學園英雄録』は全然BL受けしないんだよねえ」
「BLで受けたらそれで布教できるかもだけど……」
「でもあの子たちだって、男同士の絆で萌えているのであって、無理矢理BLにしても喜ばないんじゃないかと思うんだよね。いっそのこと、女子キャラ全員男体化した二次創作書いてみるとか」
「それ、『學園英雄録』のよさを殺しちゃうよ……」
「だよねえ……」

 ふたりで「うーん……」と考えている中、その例の『學園英雄録』に見事にはまってくれたナノハは、最新刊を黙々と読みつつ、ぼそりと口を開いた。

「普通に好きなバディを推した二次創作をピコアプにでもあげれば?」
「ええー、でもピコアプって、今流行ってるのって……」

 ピコアプは流行ジャンル以外はほぼ読んでもらえない。それでも読んでくれる場合は、作者に固定ファンがついているか、アマチュアに交じってアカウントを取っているプロの作品の場合のみだ。
 ミナモは変な顔をしたものの、ワカナは目を丸くする。
 今流行っているのは、無機物擬人化アニメだ。元々はブラウザゲームだったのが、舞台化、アニメ化したという不思議なメディアミックスで、キャラクターの設定以外は世界観設定すらユーザーに丸投げしているということで賛否両論になったものの「面白かったらなんでもいい」「こんなに二次創作しやすいジャンルはない」と口コミで人気が出ている。今のピコアプのランキングの八割を占めるのは、この作品の二次創作だ。『學園英雄録』が付け入る隙があるようには見えない。

「無理じゃないかな……だって、今の流行じゃないし……」
「別にランキングに載らなくってもいいじゃない。だって、アニメ化で絶対に好評な学園タッグバトルの回来るもの。そのときになったら絶対に、他の人の感想やら二次創作やら検索かけるよ。そのときになにもなかったら寂しいじゃない」
「そうかなあ……」

 それ以上はナノハはなにも語ることはなく、『學園英雄録』の新刊に視線を戻してしまった。言い淀むワカナに対して、ミナモは乗り気だ。

「そっかあ、それだったら二次創作書こうよ! 私アカウント持ってるし! 一緒にちょこちょこ二次創作あげていったら、今は需要はなくってももしかしたら需要が来るかもしれないし、そうなったら供給だって来るよね!」
「え、うん……」

 一応ワカナもアカウントは持っている。好きなアニメの話を書き散らしたようなもので、ブックマークもいいねもほとんどされていない小説ばかりだ。
 大好きではあるけれど、自分の文才だったら自分の大好きな話を書ききれるかわからないなあ。そう思いながら、ミナモに促されるがまま、ワカナは頷いた。

****

「安請け合いしちゃったけど、なに書こう……」

 公式が最大手とはよく言ったもので、『學園英雄録』は二次創作でお約束のネタは根こそぎやってしまっている。
 肝試し、臨海学校、お風呂場でばったり、深夜にライバルとの共闘、惚れ薬騒動……。
 学園もののお約束も異能バトルのお約束もラブコメのお約束も全てやってしまっているんだから、二次創作の入り込む余地がない。
 男性向けであったら、「とにかくエロければいい!」とラッキースケベからのエロ展開なんてものもあるらしいが、まだ高校生のワカナはR-18を読まないようにフィルタリングが施されている。
 今まで書いたものだって、SNS形式の与太話だし、それは同性間の戯れだったらそんなものでもかまわないが、これは男女バディの素晴らしさを訴えたい話なので、どうにかラブコメを書いてみたいんだが……。

「私、そんなに文章うまくないんだよね……」

 ときどき読みに行く作家の中には「どうしてこの人プロじゃないんだろう?」と思うくらいに説得力を持った文章力の人もいるし、書いているジャンルによって文体を巧みに変えている作家もいる。文章自体はそこまでうまくなくても、びっくりするくらいキャラに感情移入できる話を書く作家だっているが……ワカナは自分でもそんなにうまくないとはわかっていた。
 せめて参考になる小説はないかな。そう思いながら、スマホをスクロールさせる。
 ブックマークしたら、そのブックマークされた作品に合わせておすすめ小説を紹介してくれる。それをたどって小説を読んでいたところで、一作の小説が目に留まった。

「すごいな、こんな発想は全然なかった」

 スポコンマンガの二次創作での朝チュン小説。この作者は巧みにその作品の空き時間を駆使して、部活で忙しい両片思いのふたりのラブコメを展開させている。
 おまけに本番シーンはまったく書いていないにも関わらず、朝チュンの前と後だったらふたりのキャラの距離感が全然違う。それはもどかしかったり甘酸っぱかったり絶妙なものだ。
 こんな小説を書いてみたいな。ワカナはそう思ってその小説のブクマをしようとして、気が付いた。
 これは二年前の作品だということに。
 作者の自己紹介ページを見てみたら「社畜」と自分を揶揄していて、二年前からピコアプのアカウントをまったく更新していないようだった。SNSのリンクは貼っているみたいだから、そこを飛んでみて……。思わず目が点になった。

【忙しい~ 上司くたばれー】

【イベント行きたい本つくりたい小説書きたい書けない
 上司死ね】

【会社の規約が変わって本つくることができなくなりましたぁ~(ぐすん)】





 どうも仕事が忙しすぎて、SNSも完全に愚痴日記になっているようだ。アニメも見ている暇がないらしく、最近の楽しみはもっぱらスマホゲームらしい。
 なら。ワカナはブラウザバックで戻って、件の作者の小説を読む。
 どれもこれも、ひと昔前の作品だ。最近は一クールでアニメが総入れ替えしてしまう傾向があるから、二年前の作品は八クール前の作品であり、中高生にとっては化石のような作品になってしまっている。
 だとしたら。自分がその作品を「借りて」も大丈夫なんじゃないだろうか。
 ワカナは「んー……」と考える。
 最近のピコアプのニーズには合っていないし、誰も読んでいない。なら「練習」として借りるんだったら問題ないだろう。
 もし作者に見つかって怒られたら「ごめんなさい」しよう。
 そう思いながら、ワカナはその小説を広げながら、ルーズリーフを取り出した。その小説を元に、自分の推しているバディに当てはめて書き出してみるのだ。
 こんな匂い立つ雰囲気を書いてみたい。
 そう、最初はただの「練習」のつもりだったのだ。人の頭にはリミッターが存在する。悪いことをひとつするたびに、そのリミッターは緩んでいく。
 やがて、ガチャリと音を立てて外れたとしても、罪悪感を感じなくなってしまうのだ。

「書けた! あとはこれをスマホで打ち直して、投稿しよう!」

 書き終わったそれは、「練習」として借りた小説に酷似していたのだが、ワカナから言わせれば「練習させてもらっただけで全然違う小説」である。
 だって、スポコン小説には異能バトルはないし、思わず女の子が男の子を殴るときに火花なんて飛ばないし。
 スポコン小説の場合は主将ふたりの家は近所だけれど、『學園英雄録』は全寮制学園の話だし。
 ただ話の形を「テンプレート」として借りただけだし。大丈夫大丈夫。自分にそう刷り込んで、その小説を上げてみた。
 うっとりするほど匂い立つ情景や雰囲気。甘酸っぱさを醸し出す文章。書きあがった話は、やはり閲覧数は少なかったもののワカナはそれで大満足していた。
 だってはじめてこんなにいい文章を書けたんだから。

 ワカナはまったく気付いていない。
「それは書いたんじゃない。人が苦労して書いた小説の美味しいところ取りをしただけだ」ということを。