「あれ、この小説って……」
「どうしたの?」
「うん。読んだことあるんだけれど、書いている人が違うんだ」
「ただのネタ被りではなくって?」

 暇なときは小説投稿サイトの小説を読んでいる姉妹、メグとマキ。ときどき互いのおすすめの小説を読みあいつつ、それぞれの小説投稿サイトのことについて語り合うのが、休みの日の過ごし方だった。
 最近はどの小説投稿サイトでも人気ランキングが導入されていて、上位にならないと読んでもらえないからと、その小説投稿サイト特有のテンプレート小説ばかりがランキングの上位に並ぶというのが、いち読者としては悩みの種だった。
 たとえば普段読書に使っているピコアプ。元々はアニメやマンガのファンイラストサイトだったことが原因で、アニメやマンガのファン小説……いわゆる二次創作以外はあまり読むことができない。ランキング上位は今期にやっている人気アニメの二次創作ばかりが並んでいる。人気アニメの二次創作が一番「読んでもらえる」からだ。
 ピコアプ内ではそこまで人気の出ないアニメや完全オリジナルの創作小説が読みたかったら、タグを駆使して読みたいものを探すしかない。今期のマイナーアニメのタグの小説を読んでいるときに、マキは妙なものを見つけたらしい。
 ランキングの一位や二位になった作品からは、ランキングを見ている人やランキングに載りたい人が真似して似たような作品をつくりやすい。たとえば「普通に平和に過ごしていたところ、可愛くってずる賢い女の子にはめられて皆から一斉に非難を浴びてしまう。自分はなにも悪いことをしていないのにと無実を晴らす話」というのはテンプレートになってしまっていて、さまざまな作品でそのテンプレートの派生を読むことができる。
 だから、似たような小説を見つけても、ちょっとやそっとじゃ「パクリ」とは言えない現状があるのだ。
 メグの指摘に、マキはタブレットでネットブラウザを二窓に展開した上で、「はい」と見せた。

「これ、ただのネタ被りで大丈夫なのかな?」
「どれどれ……」

 それぞれの小説を読み比べて、メグは目が点になった。
 片方は今期のマイナーアニメで、学園異能バトルというジャンルで、特に目新しさはないものの、男女バディの友情とときどきラブコメ、ラッキースケベ、それらをただの深夜アニメで終わらせない熱い熱血バトルで、原作のライトノベルのファンも唸らせる作品だ。残念ながらキー局でアニメ化されていない上にネット配信も限られてしまっているため、マイナーアニメ枠になってしまったが、原作の売り上げは本屋を大いに賑わせて、コミカライズの売り上げだって様々なネットサイトで上位を取得する程度の人気作だ。
 そしてもう片方。こちらは週刊少年マンガでアニメ化秒読みとも噂はあるが、まだ正式な告知は出ていない。こちらは打って変わってスポーツものだ。インターハイ制覇を目指す弱小テニス部の汗と涙とレギュラー争い……。少年少女のぶつかり合いは鬼気迫るものがあり、練習描写や試合描写も正確。なによりもスポーツに情熱をかける少年少女のキャラのアクの強さは凄まじく、その強過ぎる個性は公式でSFパロやらファンタジーパロをやらかすことで、より一層濃いキャラを確立している。
 一見するとまったく接点がない作品で、ネタ被りなんてしようもないように思えるが。


「あ、あのね……タクト、言っていいかな?」
 アヤセが隣に座った。ベッドがキチリと軋む。顔が近い。吐息が頬にかかる。
「な、なんだよ……言いたいことがあるんだったら、さっさと言えよ……」
 鎮まれ、鎮まれ俺の心臓……それでも心臓の鼓動の音は、やけに大きく響いて聞こえた。
「今日、帰りたくないんだ……今日だけでいい。一緒に寝てくれないかな?」』


「あ、あのね……裕也、言っていい?」
 薫が隣に座った。ベッドがキチリと軋む。顔が近い。吐息が頬にかかる。
「な、なんだ……言いたいことがあるんだったら、さっさと言え……」
 鎮まれ、鎮まれ俺の心臓……それでも心臓の鼓動の音は、やけに大きく響いて聞こえた。
「今日、帰りたくないんだ……今日だけでいい。一緒に寝てくれない?」』

 前者は学園異能バトルの主役バディーを題材にしたラブコメ。
 後者は主役校の男子テニス部の主将と女子テニス部の主将を題材にしたラブコメだ。
 ハプニングがあって怖くてひとりで家に帰れないから泊めて、とシチュエーションも一緒。キャラクターのセリフもほとんど一緒。朝チュンという寸止め描写まで一緒。
 はっきり言って、小説を全部コピーした上で、名前を変えて細部を調整したようにしか見えない。
 たまに会心の出来の小説をそのまま腐らせるのがもったいなく、新作アニメが来るたびに小説の登場人物を変え、細部を調整して同じ小説を投稿する作者もいるが、それぞれの作品のアカウントがちがう。

「……同一人物が、別のアカウントで小説あげているっていうのはなし?」
「そう信じたかったんだけど、これ見て」

 メグはそう言いながらタッチパネルを動かした。
 どうもテニスマンガの二次創作者は、最近はリアル都合が大変らしく、このアカウントは二年ほど新作が上がっていない。どれもこれもスポコンジャンルでラブコメを展開しているようだ。
 一方、学園異能バトルの二次創作者はというと。
 この前に書いていたのは、男子高校生が留学生と交流するシュールな日常ものアニメ。このシュールさが受けて、日常ものアニメとは思えないくらい社会現象になり、ワイドショーにまで取り上げられていた。
 その前に書いていたのはロボットアニメ。十年以上シリーズ展開されている作品であり、シリーズの中でどの作品が好きかによって好みがわかるとまで言われている。その年の作品はラブコメ展開がやたらと強調された話で、「女性向け」「女に媚び売り過ぎ」と揶揄されて男性ファンからは不評だったものの、女性ファンからは圧倒的な支持を受けていた。
 世の中には流行りものに弱く、そのアニメが放送中にはSNSで騒ぎ、ファンアートやら二次創作やらを公開するものの、放送終了したと同時に離れるファン層が存在する。その手の人々は「イナゴ」と陰口を叩かれているが、こうも露骨だと笑いだって出てくるが。問題はその作品。


 ミシェル「じゃあ、ずんだもちってそんなに有名な食べ物じゃナインダネ?」

 優斗「イエスイエス」

 埋「ウィームーシュ」

 ミシェル「笑」』

 ……セリフオンリーな箇条書きな上、ときどき書かれている箇条書きではない小説も、昔のケータイ小説みたいに改行しすぎて読みづらい。
 はっきり言って、あの朝チュン小説を書いたアカウントと中の人が同一とは信じたくなかった。
 マキは思わず寄った眉間を揉みこみつつ、メグを見た。メグもまた眉間にくっきりと皺を寄せていることからして、自分自身も同じ顔をしているのだろうと思う。

「通報したほうがよさげだね。このパクられた作者さんなにも悪いことしてないから、直接そのパクった作者を糾弾するよりも、運営サイトに直接言ったほうがいい。とりあえずどっちの作品もアドレス貼ったうえで送ろう」
「うん……やっぱりそれしかないよね」

 ひとまず運営のメールフォームを探し出して、そこに二作品のアドレスを貼り付け「こちらは時期から考えて盗作の疑いがあるので報告します」と文章を添えて送った。
 運営からすぐにメール返信があった。

【ピコアプ運営部です。
 今回は盗作の報告ありがとうございます。該当の作品は削除いたしましたので確認お願いします。
 今後そのようなことがないよう監視は続けますが、また盗作を発見した場合は連絡お願いします。】

 そのメールを確認してから、あの限りなく黒に近いグレーの作品のアドレスを見てみた。

【該当作品は、運営により削除されました】

 それにメグとマキはほっとした。ただでさえピコアプ内ではマイナーな作品なのだから、ひとり盗作が出たということでそのジャンルには盗作犯しかいないというレッテルを貼られたくなかった。
 よかった。本当によかった。
 ふたりは心からそう思っていたのだが、話はそこで終わらなかったのである。