大正元年

新時代は二つの世界に分断された。
──人間界と異界

そんな蒸し暑い夏の夜のこと。
この二つの世界で各々トップに君臨する(おさ)達は、ある協定を結ぶことでお互い共存の道へと歩み出したのである。


そして、
更に刻は進み令和五年:現在──

東京の奥深く

誰の行き来もない取り残されたその森は、光が全く届かない深い洞窟の中に位置していた。
一日中真っ暗で気味の悪いその森は“禁域(きんいき)の森”と呼ばれ誰からも恐れられる場所。
人、ましてや人ならざる者でも滅多に近づこうとしない。

もし、その森に近づこうとする者がいるとするならばそれは……邪な心を持つ怪しき者たちだけ。

シンと静まり返る洞窟内は重苦しい冷気が充満し、時折天井から滴り落ちる水音のみが響き渡っていた。
不気味としか言い表せないこの森に立ち入れば、数分も経たない内に誰の熱をも奪い取り凍てつかせ、瞬きする間にあの世へ送ってしまうだろう。

そんな光も声も感情も、何も届かない暗い場所に何やらユラユラと揺れ動く二つの明るい光が浮かび上がる。
その光は洞窟内の中心部へ向かいゆっくりと近付いていた。

「……な、なぁ、本当にここ入っていいのかよ」

冷気の漂う場所と知ってのことか、防寒着に身を包んだ人間の男二人が松明を手に慎重に先を進んでいる。

その内の一人は歯をガチガチと小刻みに震えさせながら、この洞窟内に足を踏み入れたことを今更に後悔しているようだった。

「何びびってやがるっ。金はたんまり貰えるって約束だろ。…それにあの御方から頂いたこの“不知火(しらぬい)”の炎で悪妖を溶かしさえすれば俺達の役目は終了なんだ。簡単なことだろ?」

周りをキョロキョロと不安そうな顔を伺わせる男とは対照的に、先を歩くもう一人の男は自信に満ち溢れた顔で足早に進んでいく。
既に大金を手にしたかのような高揚感でいっぱいのご様子。