その唐突な言葉に時雨は驚き、上に怒りさえも感じる形相を浮かべ私を見つめてきた。

「……時雨は人になりたいのでしょう?
七楽から解放されたいのでしょう?
だったら、私の心の臓を食べて」

「なにを…言っているんだ、椿?」

「時雨も知っているのでしょう。妖が唯一人になれるかもしれない禁忌──もし本当に私のことを愛しているなら……私の心の臓を」

その言葉に嘘はない。
時雨の暗い心に少しでも明かりを(とも)したかった。
けれど、その言葉は反対に時雨を傷つける言葉になってしまったようだ。

「それは…」


「……それは無理なことだとわかって言っているのか? 俺に愛する女の臓を食えと? 俺が……平気でそんなこと出来る男だと思っているのか?
それに、お前を失ったら(さくら)はどうなる──俺と同じ…一人になってしまうんだぞ。
妖は自分では死ねない…ずっと長い刻を一人で生き続けなきゃいけない運命(さだめ)
どうあがいても…いつの時代になっても椿と俺が同じ人になることはないのだっ!」

感情をあらわにした時雨の言葉が、静まり返った和室に響き渡る。


私は驚いた。

時雨が声を荒げて本音をぶつけてきたのは、正直初めてだった。
妖と人は決して交わることのない世界で生きているのはわかっていたつもり。
でも…私だって何度も考えてしまう。


もし、出逢ってしまったら…

交わってしまったら…

もし…妖と人が恋に落ちてしまったら。


その先に未来はあるのだろうか。


時雨のその言葉に私は改めて、妖ではなく時雨は人として生きたいのだと感じた。