“死”という言葉に一瞬頭が真っ白になったが、時雨の記憶に辛い自分を残したくない。
すぐに微笑みを取り戻し、時雨の問いに答えた。

「死ぬのも時雨と離れてしまうのもとっても怖い。今日だって一段と心の臓が弱くなっているし…じきにそれも動かなくなるだろうから。
でも、今は時雨と話しているだけですごく楽しい気持ちになるの」


死ぬのは誰だって怖い。

寿命だとしても運命だとしても、死を考える度に奈落の底に突き落とされる。
今まではそこから這い上がってはこれなかった。

少しずつ死が近づいているのだろうとただ感じるだけ──


でも…

時雨と出逢ってからは心の臓がいつもより早く脈打つのだ。
体が熱くなる。
幸せな気持ちになる。
とても恋しくなる…

…もっとずっと、いつまでも時雨と一緒にいたいという欲が出てきてしまう。

私の言葉に時雨は少し照れながら、先程とは違う柔らかな表情を見せ、心の奥まで染み入るような透き通った声で話し始めた。

「人が…椿が羨ましい。
妖はそのような死の恐怖を味わったことがない。ある程度いけば歳も取らず今までと変わらぬまま七楽(ならく)を守り続けるだけだ…」

時雨は私から目線を外し、既に暗くなっていた外の景色に目を移す。
…さっきまでの柔らかい表情は一瞬で消え、とても悲しい目を向けている。

「私にとって一番の恐怖は、死ねない孤独だ」


「……時雨。私の心の臓を食べて」