「次期当主っ!
そんなお姿でみっともない…お止めください!」

東京の一等地。
そこに建つは完璧なセキュリティを散りばめた純和風の建築物件──と、広大な庭。
まるで漫画に出てくる極道の家のような佇まい……いや、“陰陽師”もある意味似たような稼業なのかもしれない──

縄張り意識も高ければ伝統や掟を重視する。
それに家の為、一族の為と言っては嫌がる孫娘に結婚を要求してくる。
(まっと)うな家族がするようなことじゃない。

「じ、次期当主…ど、とうか、お待ちを〜──」

「待つわけないでしょっ!
人を騙してお見合いの場に連れて行こうだなんて…それが家族のすることぉー!?」

本来着物を着る際、下着のような長襦袢というものをつける。
たった一枚のその長襦袢だけを羽織り、帯も締めずに前襟を手でぎゅっと掴み体を覆い隠すだけ。
……そんなあられもない姿でバタバタと廊下を走る一人の女性。

彼女の名は、陰陽師一族本家・次期当主、七楽 槇芽(ならく まきめ)という。十七歳の高校二年生。
幼くして両親を亡くし親代わりの祖父から、女らしくかつ強くかつ陰陽師修行を厳しく叩き込まれたのだが──それが裏目に出てしまった。

中学二年になった辺りからあまりの厳しさに彼女の中の何かがプツンと切れた。
元々男っぽい性格を隠して抑えていたのもあったのか、今までとの性格が逆転──表にその男っぽい性格が全面に出てきてしまったのである。

そして、茶色と黒が混ざったようなちょうど中間色の髪も、短く切りたいとこだったが祖父がそれだけは切るなと…もし切ったら、ペットの秋田犬、“幹太(かんた)”を他所へやってしまうと犬質を取られ、泣く泣く言うことを聞いている始末。

そんな彼女と今、必死に追いかけっこをしてそろそろ力尽きようとしているこの屋敷の女中頭、(きぬ)さん、推定年齢六十八歳とは、かれこれ三十分ぐらいこの攻防戦を続けている───


槇芽(まきめ)っ!!
ええ加減にせんかっ!」

── と、この攻防戦を繰り広げることになった張本人が、睨みをきかせ槇芽に一喝してきたので追いかけっこはあえなく終了となってしまった。