まじまじと見定めながら話すその“時雨”という名の男は人狼一族の妖だ。
二百年以上前に陰陽師一族の女当主を殺したと伝承されている大悪妖。
それも当主の心臓をえぐり取り自分で喰ったとも言われている。
幸いにもその場にあった凍刀で時雨は斬られ他に被害などは出さずに済んだが、現代まで時雨はずっとこの禁域の森で冷凍され続けてきたのだ。
そんな大悪妖が今、男達の目の前にいる。
立ち尽くしたまま両手をぶらりと垂れ下げ、顔は両目を瞑り無表情……嫌、よくよく見ると微かに笑っているようにも見えた。
「それにしてもこの妖……今で言うイケメンっていう奴だよな〜。長い銀髪に整った顔立ち、女ならば誰でもコロッと騙されちゃいそうだ。案外その女当主っていう奴も騙された口だったのかもなぁ」
気の弱い男は卑猥な妄想を頭に浮かべてはヒャッヒャッと下品な笑い声を上げる。
「おいっ! 無駄口ばかり叩いてないで、お前の持っているその不知火もこいつに近付けるんだ。こんな薄気味悪いところさっさと出て、上手い酒でも飲みに行こうぜ!」
もう一人の男が凍った時雨の身体に不知火を隅々まで当てていたが、中々思うように溶けていかない為、口ばかり滑らかに動く弱々しい男に応援を促した。
「あ、あぁ、そうだな」
そう言葉を返す弱々しい男は、持っていた松明を高々と上へ突き上げ時雨に近づけようとした──
がっ……!?
その、上へ突き出した松明が天井の何かに引火。
瞬く間に不知火の炎は横へ横へと天井を伝え広がり、即座に洞窟内を炎が覆い尽くしてしまったのである。
「う、うわぁぁぁっ!!」
燃え広がった天井を見上げた男は、着火点と思われる何かが自分の頭上で他よりも激しく燃えているのに気が付いた。
自分が突き上げた松明の先には、氷で天井に吊り上げられていた一匹の巨大な蜘蛛の妖がいたのである。
これも恐らく悪妖の一種──
天井に妖がいるとも知らず男は、高々と不知火の炎を突き上げその妖に間違って引火してしまったのだ。