「で、でもよぉ、この禁域の森って言ったら、今まで退治した恐ろしい悪妖らを冷凍してる所だろぉ?
こ、この炎で溶かしたら途端に俺達を襲ってくるんじゃないのかぁ」

小声で話す男達だが、それでも洞窟の中は反響し不気味さが更に倍増する。
その異様な雰囲気に飲まれ後ろを歩く男は、今にも逃げ出しそうな腰付きで松明をユラユラと照らしながら進んでいく。

「それは大丈夫だろ、あの御方も俺達の安全は約束してくれたしな。
何百年も凍っていた悪妖は溶かしても即座に動けない、溶かした後すぐその場を離れれば襲われることはないってな。
──あぁ、見てみろ。あれが歴史上恐ろしいと伝えられてきた悪妖らの氷漬けだ」

前を歩くその男は手に持つ松明を高々と前へ上へと突き出した。
するとそこには、“凍刀”で斬られた瞬間のまま凍った悪妖らがあちこちと乱雑に置かれていたのだ。

「…ヒ、ヒィィィッ〜!!」

突如として悪妖らの恐ろしい形相が写し出され、炎で照らされたその者らの影はユラユラと今すぐにでも動き出しそうな勢いだ。

「おい、慌てるなっ! どうせこいつらは動けないんだ、早く例の悪妖だけ溶かしてこんな所はさっさとずらかるぞ」

「…へ、へぃ」

弱々しい男は腰を抜かし震えながらも何とか崩れ落ちた身体を起き上がらせ、前の男にピッタリとくっつき歩いていった。

一つ一つ、松明で悪妖の顔を確認しながら突き進んでいく。
松明で照らされた周辺は見て取れるだけでもざっと百人ほどの悪妖がいるだろうか。
ある者は斬られる瞬間の怯えた顔、ある者の顔は無念や怨念がこもった異形──
しかし、それのどの凍てつき方とも違う妖がそこに一つ存在した。

「……あったぞ、これだっ!
あの御方が言っていた悪妖“時雨”だ。あとは不知火でこの妖を溶かせば俺らの仕事も終わったようなものだ」

「へぇ〜…これが()()、陰陽師七楽一族本家の女当主を殺した大悪妖か〜。…でも、なんかパッと見た感じそんな風には見えねぇな。斬られた瞬間、普通こんな穏やかな顔をするもんかねぇ?」