洗濯と自分一人の朝食を済ませたタイミングで、春樹が起きてきた。
「お……よう……」
 台所に入ってきた春樹は、寝起きの擦れ声で挨拶すると、目を擦りながら抱っこを求めた。
 小学校一年生になって生意気な言動が増えてきたけど、寝起きのこのタイミングはまだ幼さが顔を覗かせる。
「春樹、おはよう。お父さんにも『おはよう』言った?」
 抱き上げて、子供特有の甘い香りがする髪に鼻を埋めて問いかけると、春樹は無言で頷く。
 大人と子供の代謝の違いか、同じような服装で寝ていたのに、春樹の体は温かくが汗ばんでいる。
「お母さん、やどかりの日、なんにするか決めた?」
 寝癖で縮れた髪を指で整えていると、首裏に手を絡めて背中を剃らせる春樹が聞く。
「まだ」
 仰け反る春樹の背中を支える柚咲が渋い顔で返すと、息子はやれやれといった感じで首を横に振る。
「困ったねぇ」
 大袈裟なため息混じりに呟く声の調子や表情が、どこか颯也に似ていて笑ってしまう。
「そうなの。お母さん、困ってるのよ」
 息子の温もりを愛おしく思いつつ、柚咲は冷蔵庫脇のカレンダーに視線を向ける。
 柚咲が働く「やどかり」は、毅一が営む居酒屋「いっこく」が営業していない昼間、厨房を借りて調理をし、配達と移動販売を主として営む弁当屋である。
 ちなみに店長は、柚咲の従姉妹である佐久間梨香だ。
 そんなやどかり弁当では、やどかりが背負う貝殻の渦をイメージとして、毎月16日と、月末の29日(2月だけ28日)を「やどかりDAY」と銘打ってスペシャル弁当を販売している。
 16日はお弁当にデザートを添え、29日は語呂合わせの意味合いも含めて、肉料理に力を入れている。
 柚咲は、16日のデザートを任されているので、そろそろメニューと段取りの手順を決めておきたいところだ。
「早め早めにしなきゃ、後で自分が苦しくなるよ」
 ぼんやりカレンダーを眺めていると、春樹にそんな忠告を受けてしまった。
 それは、春樹が片付けや宿題をなかなかしないときに柚咲が口にするお約束の小言だ。
 話し方までも、柚咲のそれを真似てくるのでつい笑ってしまう。
「気を付けます」
 柚咲の返事に、春樹がもっともらしく頷くと、柚咲は彼を床に降ろした。
 そして寝起きの腫れぼったい目で自分を見上げる春樹に、人さし指を唇に添えて言い足す。
「朝ご飯食べたら、自分で鍵締めて学校に行ってね。ジイジ寝てるから、優しい音でドア閉めてね」
 居酒屋を経営している毅一とは、生活リズムが違うので、お互いに相手が寝ている時間は音に気を付けている。
 柚咲の動きを真似て唇に指を添える春樹は、くるりと体の向きを変えると、頭を不安定に揺らしながら洗面所に向かう。
 その背中を見送って、柚咲は、春樹のためのご飯とお味噌汁をよそった。