確認事項の多い食堂

言ってしまえば都市伝説の類だ。話半分に聞くのがいい。

不幸なことをスッキリ忘れさせてくれる飯屋がある。路地裏でひっそりやってるんだ。
それを知ってて、行こうとしてる奴にしか見つけられないっていうおとぎ話みたいな店さ。
どちらかというと怪談の類かもしれないが。

食堂だっていうのに行った奴は皆何食ったか覚えてないんだよ。
でも期待どおり嫌なこと忘れて帰ってきて気分はいいもんだから、人づてに評判が広がるんだろう。
口コミってのは最強の宣伝だな。
まあそれはどうでもいいや。

仮にあんたが店を訪れたとしようか。
ああ店は『猫又軒』っていうんだ。
扉にメッセージが注意書きしてある。
「当軒は確認事項の多い食堂ですからどうかそこはご承知ください」と。
例のあれになぞらえたジョークだな。

入ると最初に店員から訊かれるんだ。
「つらくて忘れてしまいたいことがありますか」ってな。
ここで「はい」と答えないと追い出される。
この時点でもう飯屋じゃないよな。

「はい」と言えば個室に通されていろいろと訊かれる。それが確認事項ってやつだ。
悩んでること・苦しんでることの具体的な内容のヒアリング。
日常的なことでも、昔のトラウマでもいい。
ただ適切に解消するため詳しく語るように言われるから、多少は心を開く必要がある。
そこは割り切ってくれ。

たとえば「横暴な上司からきつく当たられて参っている」とする。仮の話な。
「会社を辞めてしまいたいが嫁に何と言われるかわからない、恐くて相談もできない」と。

そうすると次はこう訊かれる。
「上司と嫁の存在を忘れてしまいたいのですか」
うっかり「はい」と言ったら大変なことになる、質問には正確に答えなきゃいけない。
「とりあえず上司に言われることを」
「今まで言われたことすべて?」
「すべては困るなあ。仕事に直接関係あること以外で」
「あなたの上司にあたるすべての人の」
「それは多いです!特定の1人だけで」

こんな具合で不幸の輪郭をはっきりさせていく。
あるいは「友だちに裏切られた。人間を心から信用できなくなってしまった」、そんな場合だ。

「ではそのお友だちの存在を忘れてしまいたいのですか」
どうも極論を言うことが多くていけない。
「いや、いい思い出もあるから、できるなら悪いことだけ忘れたい」
「裏切り行為に関する部分だけ、がよろしいですか」
「金貸して逃げられたんだ。金を貸した事実は忘れずに逃げられた怒りと悲しみだけ消せないかな」
「やってみましょう」

…とまあ事情はそれぞれ。問題をはっきりさせる意味がわかったろ。

ヒアリングが済んだら次に進む。
体調と大きな病気やケガの有無の確認。
施術中は決して目隠しをとってはいけないことの確認。
体調を崩したり記憶に変調をきたしたりしても店側は責任を負わないことの確認。
ついでにお代の確認。なんとお金はとらないんだよ。

逆におかしいし、そもそも食堂なのになんで施術なんだって話なんだが、だんだん正常な判断ができなくなるんだな。
この世のものじゃない空気が充満してるもんだから。

問題なければいよいよ施術だ。
客のあんたは台に横になって、目元にタオルをかけられる。

この話はここからだよ。
あんたがリラックスしたのを見計らって店主が出てくる。
店主の、猫又がな。ざっくり言うと猫の妖怪だ。

足の方から静かに近づいてって一気に飛びかかる!
すると猫又は煙になってスーッと吸い込まれてく、鼻から入って脳まで突き抜けるんだ。

あとは注文どおりに、脳の中の記憶をムシャムシャ食べる。食べる。食べる。
ドクターフィッシュならぬドクターキャットだな。精神科医より効くかもしれない。
食堂ってのはつまり店主が食事する場所だった訳だ。

美味しく食べ終わると煙がまたスーッと口から出てきて猫又に戻る。
ほんやりして何が起こったかわからないままスッキリ軽やかな足取りであんたは帰っていく、と。

タダで癒されてありがたいと考えるか、こっちが食べるもの出したんだから金よこせと考えるかは何とも言えないところだ。
しかし客は覚えてないからトラブルもなくウィンウィンの関係が成り立つ、心温まる話だろう。
うっかり注文より余計に食べられたりしない限りはな。

そんなことより、だ。
妖怪なんだから有無を言わさず好きに食っちまえばいいと思わないか?ご丁寧に食べていいものダメなもの確認しちゃってさ。
誰も傷つけない妖怪というか、コンプラ時代の波もここまで来たかって感じよ。

まあ厳密には力づくで食っちまうケースがないこともない。
なにしろ無料で売上がないからな、店員に給料を払ってないんだよ。

じゃあなんで店員は辞めないのか。
タダ働きで不満がたまるだろ、その不満を勝手に食べるんだ。だからいつまでも従業員満足度が落ちない。
雇われ側がタダ飯を提供するって意味では逆まかない飯だな。なかなかよくできたシステムだ。

あとたまに獏がクレーム入れに来るんだ。悪夢を食べるっていう幻獣の。
人の不幸を猫又がどんどん食べるせいで悪夢の生まれる量が減るらしい。
言いがかりなんじゃないかって気もするがな。

だが獏が乗り込んできても面倒くさくなる前にさっさと不満を食っちまう。
そうしたら気が晴れて帰ってく。そういう寸法だ。
猫又の方が一枚上手ってことだな。

あれは人間の世界でいう競合他社みたいなもんなのかな。
限られたパイの奪い合いって意味では。

…え、なんでそんなもの競って食べるのかって?
おい今さら何言ってんだ。

「他人の不幸は蜜の味」だろ?

(おわり)