「主上、泣いておられるのですか……?」

「ああ。余の皇后が公主たちから(した)われているのが嬉しくてな……」

先日、(やまい)により五十歳で崩御した皇后馬氏(ばし)は洪武帝の最愛の妃だった。彼女は聡明(そうめい)かつ慈愛(じあい)に満ちた献身的な女性で、夫である洪武帝を助けた。明の建国に伴い皇后に冊立されたが、皇后となっても(おご)ることがなく、贅沢もほとんどしなかった。長年、支えてくれた馬皇后が崩御したことを知った洪武帝の悲嘆は相当なもので、しばらくの間は身もだえして慟哭(どうこく)し、立ち上がることすらできなかったという。

「皇后さまの御恩(ごおん)(はか)り知れません。公主や皇子たちはたくさんの愛情を注いでもらったのです。皆が慕うのも当然のことでしょう」

「貴妃の言う通りだ。慈愛に満ちた皇后は皆に愛情を注いだ。そなたのおかげで皇后との約束を思い出せた。礼を言う」

「恐れ多いですわ」

「謙遜するな。皇后の病が分かった時に交わした約束を忘れずに済んだのだから」

「約束……とは?」

「もしも亡くなってしまったら、葬儀には気持ちを添えてくれるだけで良いから派手にしないでほしい、と言われたのだよ」

馬皇后は建国されたばかりで不安定な明の財政を(うれ)い、莫大な費用がかかる葬儀を縮小するように頼んだ。
臣下たちは宗室の威厳が損なわれるとして反対したが、馬皇后は民たちが苦労して国の基盤を作ってくれているというのに国母(こくぼ)たる私が贅沢などできようかと言い返し、臣下たちは皇后さまは英明(えいめい)なりと(たた)え、ひれ伏したという。

「皇后が亡くなった悲しみのあまり、約束を忘れてしまうとは……余は(おろ)かなものだ。皆の殉葬は取りやめよう」

「主上……」

「殉葬は……皇后が望むものではないだろう。代わりに牡丹を添えてやってくれ。喜ぶであろうから」

「かしこまりました」