〜 二 〜

 「ははっ、やはり神獣剣士であって、この攻撃は通用せぬか。」

 「・・・・・・」

 さも愉快げに笑う妖 —— 猫又と無言で対峙している琴葉は、不意に愛刀『脇差 幻花』を滑らし、相手の腕の軌道をずらしつつ懐に潜り込んだ。慌てた猫又が間髪入れずに攻撃を仕掛けようとするが、琴葉の方が上手だった。勢いよく回し蹴りで敵の腹を蹴り上げ、それにはどうすることもできなかった猫又が、風花の頭上を飛んで窓を突き破った。

 そのままだだっ広い草原に落ちていくのを見た琴葉は、唖然とそれを見ている琉斗と玲斗に目線で合図し、自身も窓から飛び降りていった。琴葉の合図に気がついた二人はそれに従い、小鳥遊兄弟と動けずにいる永峯に言った。

 「永峯さん、皆さん、別の部屋で避難していてください。今ここにいるのは危険です。」

 「風花、ここは危険だ。その刀を持って、下がってた方がいい。」

 小鳥遊兄弟は二人の言葉に従って、動けずにいる永峯を助け起こしていたが、風花はムッとしたように言った。

 「嫌。」

 その言葉に兄弟たちは間髪入れずに風花に言った。姉以外は。

 「・・・・・・今は我儘を突き通す暇はないぞ、風花。」

 「お前、何言ってるか分かってる?『危険だ』って言われたばっかだぞ。」

 「お姉ちゃん、ダメだよ。危険すぎるよ。」

 長兄、次兄、末弟と、次々と反対派が募る中、姉の楓は三人とは全く違う返答をした。

 「風花、あなた言ってたね。『父様みたいになる』って、あれは嘘ではないのね?」

 「うん、嘘じゃないよ、楓姉様。」

 「・・・・・・なら、止めないわ。」

 「ちょっ、楓、何言ってるのか分かってるのか。」

 楓の言葉に、兄の風樹が慌てて止めようとしたが、彼女はハッキリと言い切った。

 「あなたが決めたんだから、最後までやり切ること。それは忘れちゃダメだからね。」

 「うん、分かってるよ、楓姉様。ありがとう。」

 そう言って立ち上がった風花の目には、迷いなどが一切ない澄み切った眼がそこにあった。彼女は腰に刀剣を差すと、ハッキリとした口調で兄弟たちの様子を眺めていた琉斗と玲斗に言った。

 「お願い、私に力を貸してください!」

 その言葉に彼らの表情はガラッと変わって険しいものとなったが、彼女の真剣さのせいか分からないが、同じタイミングで笑みを浮かべて互いに顔を見合わせた。

 「真剣そのものだな。」

 「そうですね。・・・・・・そこまで言うんだったら、僕らは何も言わないよ。」

 そう言った玲斗が窓枠から外を見る。だだっ広い草原では猫又と琴葉が一対一で、壮絶な争いを繰り広げている。しかし、琴葉の方が有利ではある。軽々と全ての攻撃をかわしている琴葉に対し、猫又は彼女の鋭い攻撃をいくつか避けられずにいるので、所々切り傷があった。でもこれ以上、琴葉に頼っていてはダメだ。彼女だって限界はある。

 「風花はここを飛び降りるのぐらいは簡単だよね?」

 「失礼な、そのくらいできます。」

 琉斗と風花が妙な言い合いをするのを苦笑して見る玲斗は、戦っている琴葉の視線が一瞬だけこちらに向いたのに気がついた。無言で窓枠からヒラリと飛び降りた玲斗に続いて、琉斗が窓枠に手をかけると、それの後に続こうとした風花に一言こう言った。

 「無理だと思ったら、周りを頼れ。・・・・・・お前は一人じゃないからな。」

 それに無言で頷いた彼女は、ヒョイと飛び降りた琉斗の後に続いて窓から外を見る。先に降りた玲斗が琴葉と入れ替わりで猫又と戦うのが見え、先程飛び降りた琉斗もすぐに合流した。琴葉は琉斗と玲斗に敵を任せているようで、見下ろしている風花を逆に見上げていた。

 怖さをグッと我慢した彼女がいざ飛び降りようとした時、足音が後ろから聞こえた。ちょっと振り返ると、弟の翔也が白い肩掛けを持ってきている。何も言わずに差し出す弟を見た後、その後ろで真剣そうに見ている兄達と信頼しているような目線の姉、そして彼らに支えてもらいながら静かに笑って見送る永峯の姿を見た。

 それを見た瞬間、ガラリと彼女の目の色が変わった。静かに弟から受け取った肩掛けを身につけた彼女は静かに言った。

 「・・・・・・行ってきます。」

 それに応える人は誰もいなかったが、誰もが信じてくれていた。風花は今度は振り返らずに、窓から飛び降りた。


 肩掛けを靡かせて降りてきた風花が着地するのを見た琴葉は、隣に並んだ彼女に相手の攻撃範囲の情報を伝えた。

 「・・・・・・まず、相手は遠距離攻撃には弱くて、近距離攻撃を得意としている。魔力が弱いから魔法攻撃は比較的に少ない。遠距離で少しずつ弱らせてから、一気に叩くつもり。」

 「中距離攻撃はアリ?」

 「ものによるかも。」

 その言葉に風花は頷いて、ゆっくりと刀を構えた。不意に琴葉がその刀を見て、ちょっと驚いた風に言った。

 「・・・・・・それ、『嵐剣 疾風(あらしけん しっぷう)』?」

 「えっ、この剣のこと知ってるの⁈」

 「『風』の能力者が使っている剣だったから知ってただけ。風花は『風』の使い手なのね。」

 「うん。兄様たちや姉上、翔也は無能力者だから、私だけかも。」

 ちょっと表情を曇らせた風花に、琴葉は少し表情を緩めると、優しげな声で彼女に聞こえるように言った。

 「凄いね、自分だけなんて誇りを持てるじゃない。」

 「!」

 その言葉に驚いた表情をした風花は、少し考え込んだ後に微笑んだ。何か吹っ切れたような笑みに、琴葉も表情を少し緩めた。そして、ゆっくりとしまっていた刃を構えた。体制をなるべく低くした二人は、敵に気づかれないよう動き出した。


 さて、一度風花が窓から飛び降りるのに躊躇っていた時まで遡る。

 琴葉が猫又の爪の連続攻撃を弾ききった所に、玲斗が駆けつけた。そのまま『氷龍刀 雪華』を抜き放った彼は、琴葉と入れ替わりで懐に飛び込んだ。

 『氷華旋盤 氷山峰(ひょうかせんばん ひょうざんほう)』

 彼が猫又に突きを放ったと同時に、霊気が迸った。一直線に小高い氷の峰が次々とでき、後方に飛ばされた敵との距離が大分離れた。猫又が着地体制を取ろうとした時、ふと氷の峰の上を駆けて距離を詰めて来た剣士を見つけた。軽々と駆けてくる玲斗に猫又は不吉に微笑むと、鋭い爪を伸ばして構えを取ると高らかに言った。

 「遅えよ、《乱れ斬り 不変(ふへん)》!」

 その声と共に、無数の斬撃が襲ってくる。体制を低くして走る玲斗は、そのまま剣を構えると低く呟いた。

 『氷華旋盤 霰吹雪(あられふぶき)』

 すると、細かい氷の粒が降り注いでいき、無数の斬撃に当たって斬撃の速度が遅くなり、降り続ける霰吹雪の中で全てがことごとく破られた。その只中を駆け抜けた玲斗は、氷の峰の端に辿り着いた。

 ちょうど同じ頃に地に着地した猫又は、彼が刃をかざしたのが目に入った。慌てて避けた猫又の残像に霰吹雪が駆け巡った。それと同時に峰から降りた玲斗が刃を一振りすると、峰の向こう端から無数の斬撃を加えられていたのか砕け散った。

 『氷華旋盤 雹針(ひょうばり)』

 その言葉と共に一旦空中に浮かんだ氷の針が一ヶ所に集まると、猫又めがけて飛んできた。避けきれなかった何本かに四肢に裂傷をつけられたが、奴が動きを止める様子はなかった。深々と地面に刺さった針を見て、猫又は笑う。

 「ふっはははっ。流石は神獣剣士、お前を改めて見直したぞ。しかし、これはどうかな?」

 それとともに手をかざした猫又の動きに合わせて、先程突き刺さった氷の針が浮かび上がった。構えを変えた玲斗が身構えた時、猫又を中心にグルグルと風が渦を巻き始めた。それに飲み込まれる氷の針たち。

 「《乱れ渦 毒針》!」

 勢いよく回る渦から玲斗に針が襲いかかってきた。それには流石に表情を変えた玲斗は、少し後ろに下がって構え直すと、余計な力を抜いて意識を集中させた。そして、不意にカッと見開いた時、周りの温度は数度低くなった。

 『氷華旋盤 冷霧(れいぎり)』

 その言葉とともに彼の持つ刀から霧がブワッと渦巻いた。そして、勢いよく彼を飲み込むどころか、迫ってきた針までも飲み込んでしまった。そのまま猫又までも飲み込んでいった。辺り一面が濃霧に包まれている。

 「くそっ、どこだ⁈」

 猫又は完全に霧に視界を遮られて、玲斗の姿は見えなくなっていた。その霧に紛れてふと猫又の背後から、誰かが近づいていた。その人は刀を構え直すと、静かに呟いた。

 『水龍羅刃 大白波(おおしらなみ)』

 刀から水が迸ると、大きな波を作り出して猫又に迫っていく。猫又がそれに気がついた時には、大波が頭上から降り注いだ。ちょうどその時には霧が晴れて、何が起こったのか猫又にも少しずつわかっていた。

 大波を叩きつけられて地面に平伏した彼は、目の前に立つ少年が先程まで戦っていた少年ではないことにようやく気づいた。色重ねした羽織を着た少年 ——— 琉斗だった。玲斗は彼から少し後ろの方に立っていて、放たれた針を粉々にしたようだったが、所々擦り傷があった。全て避け切ることは難しかったが、大きな怪我はないようだった。

 「無茶しすぎだぞ、玲斗。後で琴葉に怒られるぞ?」

 不意に振り返った琉斗が言うと、玲斗は荒い息を吐きながらもキッパリと言った。

 「・・・・・・別に平気。僕は僕らしく戦うから。」

 「そうか。まあ、いいかな。」

 曖昧な返事を返して琉斗は猫又の方に向き直った。同じく玲斗も兄の横に並ぶと静かに構え直した。猫又は驚いたような顔をしていたが、不意に笑い始めた。

 「ふふ、ふはははっ、君たち兄弟か。しかも、双子の。非常に不憫だ。」

 その言葉に二人の気配が豹変した。琉斗は静かになり、玲斗は激昂している。しかし、先に動いたのは静かに怒る兄の方だった。一瞬で間合いに滑り込んだ彼は、静かな目で猫又を見ると呟いた。

 『水龍羅刃 波打ち(なみうち)』

 一瞬のうちに一撃を入れると、後ろに下がった。その隙を狙って猫又は攻撃を入れようと爪を伸ばしたが、瞬く間に斬撃が繰りだされて爪を粉々にした。玲斗は唖然としながら、兄が自分の隣に降り立つのを見ていた。怒りの矛も収まってしまった。兄は目に怒りを露わにしながら、猫又の方を見て言った。

 「お前に僕らの苦しみなど分からないだろ、もう嘲笑うのをやめろよ。」