〜 一 〜

 ここは、風が吹き荒れる西の荒れ野の土地。風が荒々しく吹き付ける中、とある旅人たちがゆっくりと道なき道を歩いている。その中で一番小柄な人が道を先導し、その人の後を追うように残りの二人は歩いていた。神獣剣士として旅を始めた「滝川家」の双子兄弟:琉斗と玲斗、二人の従者として旅を共にしている若き神獣剣士:花蝶 琴葉だ。

 三人は数ヶ月前に滝川家領地を出て、本部の命令の元に西部の地までやって来たのだった。
 琴葉が貰った手紙にはこう書いてあった。
 『西の領主を務めている元剣士と定期連絡を行っているが、数年前から消息が途絶えている。
  二〜三年ならまだしも、途絶えてから約七年が経過した。
  何人か剣士を送ったが、何か起こったのか全員消息不明だ。
  復帰してすぐで悪いが、新人二人を連れて様子を見に行ってくれ。』

 琴葉は琉斗と玲斗の初任務にしては内容が重いのではないかと考えたが、二人はやる気に満ち溢れていたし任務はいたってシンプルなので大丈夫だろうと改めた。二人はここ二年間は勉学・武術共に猛特訓を繰り返していたので、剣技の腕は格段に上がっていた。

 また、旅をしながらの数ヶ月間は琴葉に教わりながら、剣技の特訓をしていたので通常の新人以上の実力はつけていた。そして、琉斗の『水』、玲斗の『氷』の能力も鍛錬で格段に上がって、家宝刀『水龍刀 霧雨』や『氷龍刀 雪華』の剣術も鋭く強くなっていった。道々で会う弱い闇の妖は倒せるようにもなって、琴葉は手出しをしないようにしていた。

 彼女はやはり並大抵以上の実力者なので、やはり才能も桁外れている。彼女の刀剣は『脇差 幻花』と言うが、その名の通り幻のような奇妙な動きも可能なので、彼女が味方で良かったと二人は思ってしまうことが多い。しかし、二人はまだ彼女が刀剣を使う姿は見たことがない。道々での戦いはほとんど二人に任せていて、自身が抜く必要もないからなのかもしれない。


 さて、話を戻そう。

 三人は西部の土地に来てから何度目かの丘を越えた時、フードを目深に被った姿の琴葉が、風に煽られてバタバタ旗めくローブを抑えながら、静かに先の方を指を挿して言った。

 「・・・・・・見つけました。あれが、西部の街です。」

 琉斗と玲斗は彼女が示した大きな風車が立ち並ぶ街を、驚いたのと少し疲れたのが織り混ざった表情をしながらしばし眺める。

 「僕らの初任務場所にしては、結構大きい街だね。こりゃあ一筋縄ではいかないかもな〜。」

 のんびりとした口調で言ったのは、紺色の隊服にまるで水のような色で重ねて染めた羽織を着る兄の琉斗。長旅でよっぽど疲れたのか、その場にしゃがみ込んでいる。

 「琴葉、領主の屋敷は何処にあるか分かる?」

 続いて冷静な口調で琴葉の方を見るのは、同じく紺色の隊服に薄い色の袿を羽織る弟の玲斗。首に巻いている白いマフラーが風に旗めいている。玲斗の言葉に琴葉は首を振ると申し訳なさそうに言った。

 「・・・・・・ごめんなさい、そこまでは。」

 「琴葉は復帰したばかりなのを忘れたのか、玲斗。」

 「あ、そうでした。ごめん、琴葉、気がつけなかった。」

 「いえ、謝られることはありません。・・・・・・噂でもここまで大きな街とも聴いてませんから。」

 「「えっ?」」

 異口同音で聞き返す二人に、彼女は一度視線を外す。強風に吹かれて取れかけそうなフードを再度被りなおした。そして、先程指で示した街を見やると、冴えた口調で言った。

 「あの街は元々そんなに大きな街ではなく、他の場所に点々と小さな町が存在していたそうです。領主から連絡が途絶えた七年前におそらく何か異変などがあったのでしょう。小さな町に住んでいた人々が集結して、一つの大きな街を創り出した可能性はあると思います。問題は領主とも関わりがありそうな大きな異変が、なぜ本部のある首都まで届かなかったのか。・・・・・・「妖」との縁がないとは言えませんね。」

 彼女の明確な推理に、琉斗・玲斗は納得したように頷きながらその街を見る。

 「琴葉の言葉が正しければ、この街には『妖』が住み着いていそうだな。まずは、領主の存在が無事かどうかちゃんと確認して、そこからこの街の大改革について掘り下げていけばいいね。」

 琉斗がのんびりとだがハッキリとした口調で言うと、それに同情するかのように玲斗は風で解けかけたマフラーを巻き直すと、冷酷で鋭い視線を街に向けて言った。

 「それが一番かと。じゃあ、行こうか。」

 その言葉に二人は頷くと、琉斗はゆっくりと立ち上がった。

 そして、琴葉が先導するように先を歩き始めて、二人はその後について行く。風は三人を歓迎するかのように、さらに強く吹きつけていた。


 街に入った三人は、街を見て心底驚いた。店や家はともかく、人も物も行き交っていて、前に何かあったとかは微塵も感じない。静かに人々の様子を見ていた琉斗は、相変わらずのんびりとした口調で言った。

 「なんだろう、普通の街並み風景な気がするんだけど?二人とも何ともなさそう?」

 その言葉に玲斗だけでなく、無愛想のままの琴葉も頷いた。静かに辺りを見渡す彼女は、違和感ない街の雰囲気に無愛想な表情をさらに険しくさせながら言った。

 「とても嫌な感じがします。この街自体に違和感が何もないことが、異変があったことを感じないことが、やけに気になります。」

 「琴葉が言うことなんだから、やっぱり何かあったんだろうな。」

 そう言って玲斗は琴葉の表情を窺いながら、優しくフードの中に吹き込んだ風で乱れた彼女の髪を整えてくれた。その手にされるがままになっていた彼女は、ふと自分たちの方に近づいてくる気配に警戒心を強めて、バッと後ろを振り返った。二人も少し遅れて気配を感じて、後ろを向いた。

 そこには初老の凛々しい老人が立っていた。少し表情を曇らせている小柄な老人は、自身に険しい目線を向けてきた三人に一礼するとそっと話してきた。

 「大変無礼ながらお聞きいたしますが、皆様方は神獣剣士の方々でよろしいでしょうか?」

 「そうですが?」

 自分たちを『神獣剣士』だと真っ先に気がついたので、ますます三人は警戒心を強める。一方、龍斗の言葉に安堵したような様子の老人は、恭しく礼をすると言った。

 「私は、領主家のもとで長年仕えています、永峯というものでございます。以後、お見知り置きを。」

 「領主家の?領主家の方が一体何の御用で僕らのとこに?」

 いつも冷静な態度をとる玲斗も、予想外のことが起きまくってか、少し動揺したような声で尋ねた。小柄な老人はその言葉に険しい表情になったので、琉斗と玲斗は驚く。すると、静かな口調で老人は言った。

 「申し訳ありません、今ここでは話せません。もしよろしければ、領家の屋敷にて説明いたしますので。」

 必死になって言ってくる永峯に、琴葉が少しだけ警戒心を解いて二人を見上げた。

 二人は強張っていた体を正して頷きあうと、代表して琉斗が穏やかな調子に戻って言った。

 「分かりました、伺わせていただきます。」

 「ありがとうございます、ではこちらです。」

 嬉しそうな表情で頷いた永峯は、そう言って歩き始めた。しかし、彼が小柄で人並みに紛れてしまうので、彼の事を追うのも一苦労だ。琉斗が必死に永峯を追う後ろで、琴葉も背が低いので人並みを潜り抜ける事すら大変そうだ。

 不満そうな目になっている彼女に後ろで彼女を追っていた玲斗が気がつくと、彼は彼女の手を繋いで離れないようにした後、自分から前に出て歩き始める。時々、振り返って彼女が追えているか確認して、彼女の歩くペースに合わせながら歩き、先で永峯を追う兄の気配をしっかり辿っていた。

 しばらくしてようやく人並みから抜けた二人は、随分先で歩く琉斗が止まったのを見た。辺りを窺っていた彼が、駆け寄ってきた二人に気がついて目の前に聳え立つ門を見て言った。

 「大分離れた所にあるんだね。でもさっき見てきた建物たちより遥かに大きいよ、この屋敷。」

 無言で頷いた琴葉が、ボソッと呟いた。

 「・・・・・・ここが多分領主のお屋敷でしょう。」

 そして、その時になって初めて、永峯の姿がないのに首を傾げていると、それに気がついた玲斗が代弁して聞いた。

 「兄上、永峯さんはどこに?」

 「ああ、屋敷の中だよ。合わせたい人がいる、とかなんとか言ってサッサと入って行ったよ。」

 そう言った琉斗の言葉が終えるか終わらないうちに、門が音をたてて開いた。そこから永峯が出て来ると、後ろにいる誰かに何か促した。すると、静々とした動作で現れたのは、鶯色の羽織に袴姿の少女だった。

 ふんわりした茶色の髪を後ろで二つ結びで結い上げ、剣帯を着けた腰には、細めで軽そうに見える刀を携えている。少し真剣そうな表情で三人を見ていた彼女だったが、不意に表情を緩めると言った。

 「初めまして、ようこそ我が屋敷へ!と言っても、私はいつもこんな感じだから、誰でも敬語とか使わないことが多いのでごめんなさい。私は小鳥遊 風花、この領主の娘で、歳は十二。以後よろしく!」

 意外とハイテンションな自己紹介に、琉斗たちもパチクリとした目を向ける。一番先に立ち直ったのは、無愛想で受け流していた琴葉で、いつも通りの冷静な口調で自身の自己紹介をした。

 「・・・・・・こんにちは、風花。私は、花蝶 琴葉。このお二人に従える従者で、歳は同じく十二。よろしくね。」

 「よろしくね、琴葉!同い年の子が来るなんて珍しいから、なんか変な感じがする。」

 そう言ってオロオロしている風花に琉斗と玲斗は苦笑しながら、互いに名乗っていく。

 「僕は、滝川 玲斗。『双力』の名家「滝川家」の次男、歳は十六。こちらこそよろしく。」

 「僕は、滝川 琉斗。玲斗の双子の兄で長男、歳は十六。まあ、仲良くやっていこう。」

 自己紹介が済むと、それまで風花の後ろで静かに立っていた永峯が前に出てきて言った。

 「琉斗様、玲斗様、そして琴葉様、わざわざこの老いぼれの訴えに耳を傾けてくださり、誠に感謝申し上げます。この領家は七年前から窮地に立たされています。どうか、お力をお貸しください。」

 その言葉に穏やかだった琉斗と玲斗の視線が、急にガラリと変わって険しくなった。

 「七年前?あの手紙にもあった通りだ。」

 「永峯さん、この領地で一体何があったのですか?」

 二人の言葉に頷くと、彼は門を開いて風花と共に三人を領家の屋敷に招き入れた。庭を抜けて静々と廊下を進んでいく永峯の気配は、なぜか凄く重い。

 後ろを歩く風花は、彼の纏う重い雰囲気に眉を顰めると言った。

 「ねえ、なんで爺様、あんなに暗い雰囲気なの?」

 「私にもこればかりは分かんない。風花の方が詳しそうに見えるけど、分からないものなの?」

 「う〜ん、私も爺様が何考えているかは読むの苦手だなあ。」

 珍しく琴葉が敬語を崩して話している。風花とは同い年だから気を使わず話せるだろうし、とても親しみやすいのだろう。