〜 3 〜

 さて、時は後継ぎ事件から二年後まで流れる。十六になった玲斗は、あの事件後に地下室から元の部屋に戻された。それまで御前の命で冷たく接していた使用人達も、彼に優しく接するようになった。

 同じく十六になった兄と共に勉学・武術に励み、その兄にも劣らない秀でた才能に、父親や兄のみならず先生や使用人たちも驚いた。使用人たちにも弟の実力を認められて、琉斗は物凄く嬉しそうだ。それでも次期当主としての任務は怠らず、二人は滝川家の人気者へと成長していた。

 そして、この事件で大活躍した彼女を忘れてはいけない。琴葉は今年で十二となり、まだ幼さが残るものの美しい少女へと成長していた。同年代の少女の中ではスラリと背が高い方だが、今育ち盛りの琉斗たちと比べると差があるので、ついつい二人は彼女を幼い子のように可愛がってしまう。

 思春期真っ只中のはずだが、温厚な態度を取るので彼女を嫌がる者は少ない。表情も柔らかくはなったが、時々無愛想になってしまうこともあり、苦戦している姿が使用人たちにとって可愛いと話題にもなっている。玲斗たちにとっても微笑ましく、とても平和な光景だった。


 話を元の時間に戻そう。暖かな春の訪れを感じる今日この頃、長年屋敷で働く庭師と共に花の手入れを手伝っていた琴葉は、ふと自分を呼ぶ声が聞こえたような気がしたので顔を上げた。そして、縁側でキョロキョロと彼女を探す玲斗とその側で同じく辺りを見渡す琉斗の姿を見つけた。

 彼女は庭師に一言話してから、縁側にいる二人の元に驚異的な跳躍力で舞い降りた。ふんわりとローブを翻しながら舞い降りてきた彼女に、ちょっと驚いた二人だったが少ししてフッと笑みを漏らした。

 「こんな感じじゃ、琴葉には追いつかないね。」

 そう言ったのは、書物を片手にクスクス笑っている琉斗。

 「兄上、琴葉はそう簡単には抜かせませんよ。本当にずるいなあ。」

 今度は琉斗と同じ書物を持ちながら、琴葉の髪に触れて儚く笑う玲斗が言った。琴葉はキョトンとしながらローブのフードを目深に被ると静かに言った。

 「何かご命令でも?」

 「いや、父上の所に行くついでに顔を見にきただけ。そういえば、最近ずっと玲斗が会いたがってたからなあ。」

 「あ、兄上⁈」

 突然の琉斗の言葉に、玲斗は顔を真っ赤にして少し慌てる。状況が読めずにキョトンとしている琴葉に、玲斗はまだ冷静さの欠けない口調で弁解した。

 「ずっと前までは毎日顔を合わせていたから、少し寂しかっただけ。あ、兄上も人が勘違いするようなことをサラッと言わないでください!」

 「あ〜、ハイハイ。」

 「全然感情こもってませんよ、兄上。」

 二人のやり取りを微笑ましく見守りながら、琴葉はゆったりと言った。

 「私へのご用が済んだのでしたら、そろそろ、旦那様の所に行ったほうがいいのではないでしょうか?」

 「あ、すっかり忘れてた。」

 「兄上、行きましょう。ありがと、琴葉。じゃあ、また後で。」

 そう言ってバタバタと駆けていく二人を見送る彼女だったが、ふと考え込むと右指を鳴らす。その瞬間、ローブの内側から花びらが吹き出すと、一瞬にして姿を消した。花びらたちは風に乗ってフワリと舞い上がると、父親の書斎に駆けていく二人の後をゆっくり追って行った。

 一方、父親は書斎である書類と睨めっこしていた。時々視線を逸らしたり、深いため息を吐いたり、頭を抱えたりしながらも睨んでいた。すると、書斎の扉がトントンとノックされたので、彼は慌ててその書類を仕舞い込む。

 「入れ。」

 そうぶっきらぼうな声で言うと、控えめな音を立てて扉が開かれた。

 入ってきたのは双子の愛息子達の琉斗と玲斗だった。片手に書物をそれぞれ持っているので、授業終わりに寄ってきたのだろう。だが、二人とも何やら真剣そうな表情で自分を見てくるので、戸惑った彼は慌てて聞いてみた。

 「ど、どうした?何か私の顔についていたか?」

 「いえ、ただ・・・・・・何か隠していませんか?」

 その琉斗の言葉に父親の体はビクッときたが、何も言わずに聞き流そうと視線を逸らす。しかし、勘が鋭い玲斗にはその行動で全てが一瞬でバレた。兄に視線を送った玲斗の様子で勘づいた琉斗はため息をつくと、辺りを見渡して原因を探り始めた。玲斗も目線で探し始めたが、隠し事に繋がりそうな物は見つからない。

 父親がホッとしていると、扉の隙間から花びらたちが現れる。その場で旋風を巻き起こすと、中から颯爽と琴葉が姿を現した。唖然とした三人を見ながら、彼女はゆっくりと父親の机に近づいていく。無愛想だが呆れたような表情で、問題の書類が仕舞われていた所を見つけ出すと引き出した。

 それを見た父親の表情がサッと変わったことにより、隠し事が何か分かった二人は琴葉に無言で感謝する。しかし、なぜその場所が分かったのだろう。そう思っていた二人の心を読んだかのように、静かに書類を琉斗に渡しながら彼女は言った。

 「ちょっと何かありそうなのを感じたので、お二人が着くよりも先に来て様子を伺っていたのです。なので、その書類を睨んでいたことも、お二人が来てからそれを仕舞っていたのもお見通しです。」

 その言葉に苦虫を噛んだような表情になる父親を、双子は苦笑しながら彼女が渡した書類を一緒に覗き込むように見ていたが、やがて二人の表情がだんだん険しくなっていくと、次第にワナワナ震え始める。
そして、物凄い形相で父親を見るとやはり視線を逸らされたが、隣に立つ琴葉の痛い視線に彼はため息を吐くと渋々語り始めた。

 「・・・・・・二人共は、神獣剣士を知っているか?」

 その言葉に彼らは『何を言ってるのか』というように頷いた。その説明を父親の隣で聞いている琴葉が、念の為に重要なことを取り出して話してくれた。

 「神獣剣士は神獣の加護を受け、人々を襲いし悪の存在『妖』と闘う能力者の剣士。特に優秀で強力な力を持つ強き戦士の三人は『三大剣士』と呼ばれる。重要なのは、その剣士が排出されるのは能力者の名家であることですよね。」

 「そう、その通りだ。」

 彼女の言葉に、父親はコクコクと相槌を打った。

 「・・・・・・ちなみに、前に話すことができなかったのでこの際に言っておきますね。」

 そう言って彼女はローブを肩に掛け直すと、着ている服が姿を現した。丈夫そうな紺色の女性隊士服に膝上ぐらいまである長いスカートを履き、細い足をラインにピッタリ合う白いタイツに長い革ブーツを履いている。そして、左腰に差している不気味な気配を感じる脇差が自然と目に留まる。静かにその姿を見遣っている琉斗と玲斗は、大体彼女が言いたいことがわかった。

 「父上、すごい人を玲斗の護衛にしてたのですか?」

 「琴葉の実力だとそんな感じだとは感じてたけど、まさか神獣剣士の一人だったとは。」

 二人でそう言っているのを父親は苦笑しながら聞いている。しかし、二人がギロッと睨んだので、ショゲショゲとして縮こまった。一方、琴葉はなんでもないと言う感じの表情で、睨んでいる双子を見ながら言った。

 「・・・・・・お二人は、私が『花』の能力を持っているのはご存知ですよね。まあ、そんな感じです。」

 そう言う彼女に、琉斗も玲斗も納得したように笑って頷いた。彼女がローブの位置を戻すと、また父親に目線を送った。その無言で送る威圧の視線に怖気ついた父親は、逸れた話を戻すように話し始めた。

 「彼女が神獣剣士であると聞いて、私が自ら首都にある本部まで行って頼んで、琴葉を玲斗の護衛として連れてきた。その時に、その本部から『随分前から我が家から剣士が出てきてないこと』について連絡を受けたのだ。我が家も能力者の名家の一員なので受けようとは思ったのだが、琉斗は次期当主になったばかりだから行かせるのはどうかと思ったり、玲斗はまだ戻ってきたばかりで大変なのではとか思ったりして、返事に悩んでいたのだ。・・・・・・二人共、相談できなくて、本当にごめんな。」

 「父上・・・・・・」

 父親の自分達を案じた本音に、琉斗も玲斗も口篭って黙り込んでしまう。琴葉もそれを聞いて考えこんでいたが、ふと父親の考えを覆すような考えを口にした。

 「・・・・・・お二人が共に神獣剣士になることはできないのですか?」


 その言葉に三人は驚いて固まっていたが、真っ先に立ち直った父親が反対した。

 「な、何を言っているんだ、琴葉。我が後継と唯一の『氷』の使い手を見捨てる気か!」

 「・・・・・・そう言うわけではありません。」

 そう言って父親の近くから離れた彼女は、琉斗と玲斗の隣に立った。彼女の静かに閉じた目がゆっくり開いた時、その目には少女らしくない鋭利な光が差していた。それは父親を蹴落とすような眼力で、隣にいる二人を強張らせるほどだった。少女は敵を見ているような辛辣で冷めた口調で、父親に畳み掛けていく。

 「ではお聞きいたしますが、お二人を行かせずにどうするおつもりでしたか?今、旦那様が行っても年齢的にも限界がありますし、万が一に当主を失えば、家が没落してしまう可能性もあるのです。そして、ご子息二人に戦いの経験を学ばせなければ、のちに大きな戦争事が起きた時にどうするのですか?役に立たなければ、後は潰されていくだけです。今後のためにも、家を潰すわけにはいきませんよね?」

 彼女の力強い説得に、父親も少し悩み始める。そこで彼女は少し表情を緩めて、隣で表情を強張らせている自分の主たちを見遣りながらハッキリと自分の意見を述べた。

 「二人の『力』を磨くためにも、修行の一環として行かせたほうがいいと思います。勿論、護衛としてでもありますが、私も一旦現役復帰して同行させてもらいます。それでもダメでしょうか?」

 琴葉の言葉に悩みに悩んでいた父親は、行く本人の意見も聞こうと思ったのか、琉斗と玲斗に視線を送った。その視線を受けて二人は顔を見合わせたが、気持ちが定まっていたのか頷きあうと代表で琉斗が言った。

 「琴葉の言うとおりだと思います。ここで「滝川家」の名に泥は塗りたくありません。どうか行かせてください。必ず無事に帰ってくることを僕らは誓います。」

 そう言って二人がほぼ同時に頭を下げると、琴葉もそれに見習って頭を下げた。三人の様子を見て、父親も意思を固めたようだ。当主らしい鋭い目線に変えると、はっきりとその場にいる三人に宣言した。

 「滝川家当主、滝川 小竜(しょうりゅう)が命ずる。王家の命令に従い、我が息子の琉斗、玲斗を神獣剣士として行かせ、また神獣剣士の花蝶 琴葉を現役復帰させることを、只今ここで宣言する。本部にも私からこの事をしっかり伝えておこう。」

 その言葉に三人がしっかり頷くのを確認した父親は、ふと思い出したように言った。

  「さて琴葉、いつ旅立つつもりだ?」