* * *

 あれから数週間経ったある日、小鳥遊家中が大騒ぎになっていた。永峯や使用人たちが慌ただしく動き回っている。廊下に溢れる人々を少し離れた場所からぼんやりと眺めながら、同じくそれを見ている自分の主を交互に見比べて、琴葉はフードを下げながら言った。

 「・・・・・・なんか琉斗様と玲斗様が送られた時と似てる気がします。」

 「確かにこの光景はそうかも。琴葉はこれを見ながら待っててくれたよね。」

 のんびりと左隣で腕を頭の後ろに組む琉斗がそう答えると、腕を組んで見守る玲斗もぼんやりと言った。

 「そうですね。」

 三人でぼんやりと人並みを見ていると、その中から小柄な少年がこっちに向かって駆け寄ってきた。小鳥遊兄弟の末弟、翔也だ。今日のことがあってか、彼もしっかりとした正装をしている。

 「あ、皆さん!探しましたよ。」

 「お、どうかした?」

 琉斗がヒラヒラ手を降りながらのんびりと返答する。それに苦笑した彼は、人並みの向こう側を指差して言った。

 「兄様方と姉様方がお待ちになっています。是非とも一番に見せたいとかで。」

 そう言って早く見せたい様子の彼に、今度は琉斗と玲斗が苦笑した。二人は顔を背けて笑いを堪えているようだ。琴葉は相変わらずフードを深く被って表情が見えなかったが、ふと翔也の方に顔を向けて言った。

 「・・・・・・風花の調子はどう?相変わらず?」

 「あ、はい。いや、それ以上かもしれない。知らせがあった後、眠れてなかったと思います。」

 「そう。じゃあ、宿先では寝かせなきゃ。」

 「そうですね、ありがとうございます。」

 翔也が頭を下げると、ふと笑いを堪えられた琉斗と玲斗が彼を見て、穏やかな声で言った。

 「風花については、心配いらないよ。僕らいるし。」

 「手紙が書けるようになったら、ちゃんと返事を送るから。大丈夫だよ。」

 「はい、本当にありがとうございます。」

 ペコペコ頭を下げる翔也に微笑んでいた琉斗と玲斗は、琴葉に軽く裾を引っ張られたのに気がついて、二人の間にいる彼女を見下ろした。彼女は真っ直ぐ人並みに右人差し指を指したので、二人は彼女の指す方に視線を向けた。そこには人並みを掻き分けながら誰かを探す長女、楓の姿があった。楓も正装していて、いつもは降ろしていた髪も高く結い上げている。不意に目が琉斗たちに定まると、ホッとしたように近づいてきた。

 「翔也、何してるの?すぐに帰ってこないから、心配して探したのよ。」

 「ごめんなさい、ちょっと話し込んでいました。」

 シュンとした様子で深々と謝った翔也に対して、楓は穏やかに苦笑しただけだ。琉斗たちに手招きして、彼女は彼を連れて少なくなった人並みを通り抜ける。静かに進む彼女の足に迷いは感じとれなくなった。翔也もオドオドせず、意見を言うようになった。琴葉の言葉は鋭いながらも的確で正確なので、人は変わっていけるのだ。

 「そうそう、僕、一つ気になったことがあってさ〜。」

 「気になったこと、ですか。」

 琉斗と玲斗がそんな話を始めたので、間にいる琴葉も耳を澄ませる。琉斗は表情を曇らせるとボソッと呟いた。

 「辰樹さん、今日は見かけないね。」

 その声色の変化に気づいたのか、玲斗が視線を送る。その時、琴葉が表情を曇らせたことは気づかれなかった。

 「確かに。事件後しばらくは、廊下の端々で会うこと多かったですよね。一体、どうしたんでしょう。」

 キョトンとした様子で考え込んだ二人に、その間で神妙な面持ちで聞いていた琴葉が静かに口を開いた。

 「・・・・・・それ、私のせいかもしれません。」

 「「は?」」

 琴葉の突然の白状に、異口同音の声が琴葉の双方から飛んできた。二人が琴葉に視線を向けると、それを言うのも拒絶しているような、その名前さえも言いたくないような渋い顔になっているのにようやく気がついた。それで勘のいい玲斗は、何があったか一瞬で分かってしまった。

 「・・・・・・辰樹さん、琴葉にちょっかい出してたんでしょ?」

 「はい。だから、『これ以上、近づいて来ないでください。』と言ってしまって。多分、それで。」

 珍しく物静かに話し始める琴葉に、琉斗と玲斗も辰樹の悪戯心に苦笑した。まさかそんなことになっていたとは。

 「まあ、今回は確実に辰樹さんが悪いね。」

 「そうですね。琴葉はこういうの苦手だからね。」

 同意するように腕を組みながら頷く琉斗と、穏やかな表情で優しく琴葉の頭を撫でている玲斗は、前で楽しそうに話していた楓と翔也が振り返ったのに気がついた。二人は話を聞いていたのか、顔を見合わせて話し始める。

 「辰樹は琴葉ちゃんのことを兄様に話してたよ。でも辰樹が悪かったのか、兄様に説教されて反省中。」

 「あ、確かに。珍しくしょげてましたよね。」

 どうやら兄弟たちも知っていたらしい。辰樹のしょげた顔を誰もが想像して、苦笑した。すると不意に声がした。

 「うるせえ。そして遅え。」

 大広間の扉の前で腕を組んで寄りかかる辰樹が不機嫌そうに言った。その隣に共に待っていた長男の風樹がいて、眉をピクリと上げると口悪い弟の肩を叩き、辰樹は痛みに顔を顰める。思わず琉斗と玲斗が苦笑して、琴葉は笑わないように視線をあらぬ方向にやった。それにムッとしながらも、辰樹は扉をノックした。

 「おい、風花。皆さん、きてくださったぞ。」

 「は〜い。」

 嬉しそうな風花の声がして、その少し後に扉がゆっくりと開かれた。風花は琉斗、玲斗、琴葉と同じ紺色の隊服を見に纏い、肩には戦いの時に身につけた白い肩掛けを身につけている。耳の後ろの方で結われた髪には鶯色の紐飾りを付けていて、腰には『嵐剣 疾風』を携えている。その場でクルリと一周した風花は気恥ずかしそうな表情だ。

 「いいんじゃない?なんか前の戦いの時より凛々しくなった?」

 「はい。なんだろう、キリッとしたというか。う〜ん、どう言えばいいのかな?」

 「・・・・・・大人っぽいとか、勇ましいとかですか?」

 「そう、それだ。ありがとう、琴葉。」

 彼女について語り合う剣士三人に、気の強い風花も気恥ずかしそうに顔を伏せた。その耳は真っ赤になっている。

 「よかったな、風花。剣士になれて。」

 不意に風樹がそう言った。風花は頷いて、あの日三人がした提案を思い出した。

 『琴葉が文通で本部と連絡する時に、僕らや風花のことを剣士登録できるか聞くのはどうでしょうか。』

 この提案に誰もがビックリしたが、いざやってみるとわずか十日で話はついた。風花は琴葉から話を聞いただけだったが、手紙には簡素にこう書いてあったという。

 『嵐剣の使い手が剣士になってくれるのは、こちらとしてもありがたい。
  剣士登録はこちらでしておくので、活動を始めてくれていい。    』

 そんなに手厚くしてくれるなんて、何も分からない自分にとっては感謝しきれないほどだ。また手紙の続きには、風花が慣れるように琉斗たちと共に行動することを許可する文もあった。同い年の琴葉がいてくれることは、風花にとって嬉しい限りであった。この仲間に自分も参加できることは、彼女にとっては支えとなり力になりそうだ。そんなことを考える風花に、琉斗たちが近づいてきて琴葉が話しかけてくる。

 「風花、次は東南の地に向かうよ。そこの領主が危機に晒されているらしいの。」

 何も考えずに頷いた風花は、視線を外して思案している風樹を見て首を傾げたが、兄は何も言わずに笑うだけだ。他の兄弟の方も見たが、三人とも兄とは違って兄弟同士で話し合っていて、琴葉の声を聞いてはないようだ。

 「さ〜て、そろそろ行こうか。」

 「そうですね。また遠くに向かうのですから、時間かかりますよね。」

 琉斗と玲斗がそう言って来た道を戻り始めた。琴葉と風花が仲良く話しながらそれについていく。何やらぶつぶつ呟いている風樹が続き、他の兄弟たちもそれに続いた。先程まで騒がしかった廊下には、今は人一人もいない。それどころか、庭の方が騒がしくなっていることに風花は気がついた。

 庭で待つ使用人たちは、風花たちが外に出てくると手を叩いたり歓声を上げて祝福した。慣れている琉斗たちや知っていた小鳥遊兄弟は慣れたように手を振り返したり、様子を見ていたが、何も聞かされていなかった風花は驚いたように辺りを見渡し、やがてはにかんだように微笑んだ。そんな使用人たちから一歩前に進み出たのは、まとめ役を勤めている爺様こと永峯だ。

 「風花様、いずれか戻ってこられることを爺は心から望んでおります。」

 「分かってるよ、爺様。必ず帰ってくるし、時々手紙だって出すから安心して。」

 涙目で今にも泣きそうな永峯に苦笑している風花は、見守っている兄弟たちに向き直ると誰もが笑い合った。

 「風樹兄様、この家をお願いします。」

 「ああ、任せろ。」

 「楓姉さん、爺様をお願いします。」

 「ええ、もちろんよ。」

 「辰樹兄さん、元気でいてね。」

 「お前もな。」

 「翔也、兄さんたちをお願いね。」

 「分かってるよ、姉さん。」

 兄弟に別れの挨拶を済ませた風花は、門で待っている琉斗たちに駆け寄った。

 「じゃあ、行くか。」

 「皆、行ってきます!」

 琉斗と風花の声で四人となった剣士たちはゆっくりと門の外に足を踏み出した。手を振る小鳥遊家の人々と共に、風が祝福するように吹きつけた。 ——— これからの旅に幸福を呼び寄せるように。

 * * * 

 風が吹く。 天高く強く風が吹く。  森が騒ぐ。 葉を震わせて森が騒ぐ。

 道は歌う。 足音噛み締め道は歌う。  草はそよぐ。 音に耳すませ草はそよぐ。

 笛は鳴く。 澄み渡る音で笛は鳴く。  僕は走る。 守り抜くために僕は走る。

 君はわかるか 僕の思いを  君は知るのか この悲劇さえ